ログイン夫の突然の韓国出張に違和感を覚えた美月は、国内ホテルの利用履歴から嘘を見抜く。 SNSで助けを求めながら証拠を集めた先で、浮気相手が実の妹だと知る。裏切りを暴き、離婚と制裁を経て、自分の人生と新しい愛を取り戻す物語。
もっと見る親指が、画面の上で止まっている。
もう10分も、こうしている。
画面には、打ち終えた文章がある。
【いまから夫が浮気をします。これまでの全部を、さらします】
指先が冷たい。心臓の音だけが、やけに大きい。
押した。
1秒の静寂。
それから、通知が雪崩れた。
【えっ、どういうこと!?】
【待ってた。ずっと待ってました】 【奥さん、ついにやるんですね】 【拡散します。みんな見て】【証拠、全部あるんですよね。見届けます】
画面が、震え続けている。リプライの数字が二桁になり、三桁になり、見たこともない速さで回り始める。
3か月前には、フォロワーが1人もいなかったアカウントだ。
いまは、私が次の一文を打つのを、何千人もの人が待っている。
画面の向こうにいる人たちは、夫の顔も、私の本名も知らない。それでも、この3か月、私が見つけたものを一緒に数えてくれた。
パスポート。レシート。カード明細。そして、最後の写真。
ここまで来たら、もう戻れない。
どうして、こうなったのか。
話は、3か月前に戻る。
……
夫が韓国出張と偽って会っていた相手は、私の妹だった。
3歳の息子を守るため、私は匿名の投稿と証拠を武器に、2人の嘘を暴いて離婚する。
裏切られた妻が仕事と愛と家族を自分の手で選び直す、痛快な再生物語です
神崎が代表を務める会社との、初めての打ち合わせは思ったより、ずっと事務的だった。画面越しに現れたのは担当者だという若い女性で、代表者本人は最後まで出てこなかった。匿名性の配慮、登壇の形式、謝礼の金額。淡々と条件が並んでいく。「代表はいつもこういった実務はほとんど現場に任せていまして」「そうなんですね」「ただ、美咲さんの発信については代表自身が以前から注目していたと聞いています」その一言に少しだけ、引っかかった。以前から。どれくらい前から、という質問はなんとなく、口に出せなかった。
翌朝、昨夜の返信を読み返すと、「今度、書きますね」という自分の言葉が、小さな約束として残っていた。まる子さんへの返信を送ってから、数日が経った。その「いいこと」の答えを私は思いがけない形で、少しずつ、受け取ることになった。1つではなく、いくつもの小さな出来事が重なるようにして。……それからの3カ月、私は事務の試用期間を終え、寄稿の締切を守りながら、陽翔との生活を崩さない働き方をひとつずつ覚えた。大きな逆転は起きなかった。ただ、その積み重ねで、仕事は私たちの生活の土台になり始めていた。「結城さん、そろそろ、契約社員への切り替え、検討してもらえませんか」
崇が地方の実家へ戻ったことは、養育費の連絡先変更として、弁護士経由で知らされた。新しい住所と振込元口座。それだけが書かれた、短い事務連絡だった。見送りの言葉も労いの感傷も何もなかった。崇という人が私の人生の画面から、静かにフェードアウトしていく。かつて、あれほど大きく私の世界を占めていた人がいまは事務連絡の1行に収まっている。香織については、代理人を通じて私と陽翔、勤務先へ接触しないと回答があったあと、誰からも情報は入ってこなかった。行き先を告げずに独りで街を出た。それだけが私の知る最後の事実だ。寂しさがまったくないと言えば、嘘になる。姉妹として過ごした時間は確かに存在した。でもその寂しさはもう、私の日常を揺らす強さを持っていない。ただ、静かに心の奥のほうにしまっておける種類の感情だった。
翌朝、その投稿はすでに、崇のアカウントの外まで広がっていた。前夜に保存した文面は変わっていない。プロフィール写真には、少し痩せた崇の殊勝な顔が使われていた。短い投稿なのに、拡散だけが先に走った。コメント欄にはすでに何百件もの反応がついていた。【元夫、ちゃんと反省してるじゃん】【珍しいね、こういう素直な謝罪】【美咲さんとのこともしかして仲直りできるのかな】その最後の一文に私は静かに画面を閉じた。仲直り、という言葉の軽さに少しだけ、めまいがした。
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