夫の浮気相手は、私の妹でした〜いまから夫の浮気を暴きます〜

夫の浮気相手は、私の妹でした〜いまから夫の浮気を暴きます〜

last update最終更新日 : 2026-09-13
作家:  Amyたった今更新されました
言語: Japanese
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概要

現代

一人称

バッドエンド

独立

浮気・不倫

夫の突然の韓国出張に違和感を覚えた美月は、国内ホテルの利用履歴から嘘を見抜く。 SNSで助けを求めながら証拠を集めた先で、浮気相手が実の妹だと知る。裏切りを暴き、離婚と制裁を経て、自分の人生と新しい愛を取り戻す物語。

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第1話

あらすじ

親指が、画面の上で止まっている。

もう10分も、こうしている。

画面には、打ち終えた文章がある。

【いまから夫が浮気をします。これまでの全部を、さらします】

指先が冷たい。心臓の音だけが、やけに大きい。

押した。

1秒の静寂。

それから、通知が雪崩れた。

【えっ、どういうこと!?】

【待ってた。ずっと待ってました】

【奥さん、ついにやるんですね】

【拡散します。みんな見て】

【証拠、全部あるんですよね。見届けます】

画面が、震え続けている。リプライの数字が二桁になり、三桁になり、見たこともない速さで回り始める。

3か月前には、フォロワーが1人もいなかったアカウントだ。

いまは、私が次の一文を打つのを、何千人もの人が待っている。

画面の向こうにいる人たちは、夫の顔も、私の本名も知らない。それでも、この3か月、私が見つけたものを一緒に数えてくれた。

パスポート。レシート。カード明細。そして、最後の写真。

ここまで来たら、もう戻れない。

どうして、こうなったのか。

話は、3か月前に戻る。

……

夫が韓国出張と偽って会っていた相手は、私の妹だった。

3歳の息子を守るため、私は匿名の投稿と証拠を武器に、2人の嘘を暴いて離婚する。

裏切られた妻が仕事と愛と家族を自分の手で選び直す、痛快な再生物語です

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レビュー

面白い発想大好き
面白い発想大好き
ヒロインと一緒に証拠集め 楽しいですね
2026-09-20 14:39:32
0
0
offmode
offmode
えええ!最悪な旦那だけど、家族がもっと許せないわ。ネットで徹底的に潰してほしい
2026-09-01 17:00:57
3
0
41 チャプター
あらすじ
親指が、画面の上で止まっている。もう10分も、こうしている。画面には、打ち終えた文章がある。【いまから夫が浮気をします。これまでの全部を、さらします】指先が冷たい。心臓の音だけが、やけに大きい。押した。1秒の静寂。それから、通知が雪崩れた。【えっ、どういうこと!?】 【待ってた。ずっと待ってました】 【奥さん、ついにやるんですね】 【拡散します。みんな見て】【証拠、全部あるんですよね。見届けます】画面が、震え続けている。リプライの数字が二桁になり、三桁になり、見たこともない速さで回り始める。3か月前には、フォロワーが1人もいなかったアカウントだ。いまは、私が次の一文を打つのを、何千人もの人が待っている。画面の向こうにいる人たちは、夫の顔も、私の本名も知らない。それでも、この3か月、私が見つけたものを一緒に数えてくれた。パスポート。レシート。カード明細。そして、最後の写真。ここまで来たら、もう戻れない。どうして、こうなったのか。話は、3か月前に戻る。……夫が韓国出張と偽って会っていた相手は、私の妹だった。3歳の息子を守るため、私は匿名の投稿と証拠を武器に、2人の嘘を暴いて離婚する。裏切られた妻が仕事と愛と家族を自分の手で選び直す、痛快な再生物語です
last update最終更新日 : 2026-08-03
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1話
親指が、画面の上で止まっている。もう1分近く、こうしている。画面には、打ち終えた文章がある。【いまから夫が浮気をします。これまでの全部を、さらします】指先が冷たい。心臓の音だけが、やけに大きい。押した。1秒の静寂。それから、通知が雪崩れた。【えっ、どういうこと!?】 【待ってた。ずっと待ってました】 【奥さん、ついにやるんですね】 【拡散します。みんな見て】 【証拠、全部あるんですよね。見届けます】画面が、震え続けている。リプライの数字が二桁になり、三桁になり、見たこともない速さで回り始める。3カ月前には、フォロワーがひとりもいなかったアカウントだ。いまは、私が次の一文を打つのを、何千人もの人が待っている。画面の向こうにいる人たちは、夫の顔も、私の本名も知らない。それでも、この3カ月、私が見つけたものを一緒に数えてくれた。パスポート。レシート。カード明細。そして、最後の写真。ここまで来たら、もう戻れない。どうして、こうなったのか。話は、3カ月前に戻る。……「陽翔、ほら、靴」「じぶんで!」3歳の息子、結城陽翔(ゆうき はると)は、最近なんでも自分でやりたがる。左右逆の靴を履き直させて、幼稚園バスに手を振って、それで私の午前が始まる。バスが角を曲がるまで、陽翔は窓へ顔を押しつけて手を振る。見えなくなってから家へ戻ると、玄関には脱ぎ散らかした小さな靴と、夫の結城崇(ゆうき たかし)が揃えて置いた革靴が並んでいた。私は、その光景が好きだった。大人と子どもの靴が同じ家に並ぶ。それだけで、自分が作りたかった家庭を持てた気がした。結城美咲(ゆうき みさき)、29歳。育休中。復職予定までは、あと半年。昼間は陽翔の衣替えをし、夕方には幼稚園へ迎えに行く。崇の帰宅が遅い日は、夕食をラップで包み、陽翔と2人で先に食べる。忙しくても、不満はなかった。崇が働き、私がいま家を守る。陽翔がもう少し大きくなったら、また2人で働く。そういう途中にいるだけだと思っていた。夫の崇は大手商社の営業マンで、朝は7時に出て、夜は遅い。その夜も、遅かった。「ごめん、接待」玄関で崇はそう言って、私の横をすり抜けた。その瞬間、ふわりと香った。甘い匂いだった。私のものではない。花のような、若い匂い。私は陽翔が生まれてから、香水を使わな
last update最終更新日 : 2026-08-03
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2話
「来週から韓国。1週間」夕食の席で、崇は目を合わせずに言った。箸が、一瞬止まった。「韓国? 急だね」「ああ。先方の工場でトラブル。うちの部署から誰か出せって」崇の部署は国内営業だ。海外案件は別のフロアの仕事のはず。海外出張なら、いつも総務から日程表が来る。航空券の時間、現地の連絡先、泊まるホテル。新婚旅行のあとに一度だけ台湾へ出張したとき、崇は印刷した予定表を冷蔵庫へ貼っていた。今回は、何もない。「飛行機、何時?」「まだ最終調整中。会社で取るから」「泊まる場所は?」「先方が用意する。決まったら送るよ」答えは返ってくる。でも、確認できるものはひとつも返ってこなかった。でも、私が「そうなの?」と聞き返すより早く、崇は続けた。「香織に手伝い頼んどいたから。美咲、ワンオペきついだろ」「……香織に? もう?」「昨日、たまたま連絡来たからさ」たまたま。香織。妹の遠野香織(とおの かおり)のことだ。夫が出張を知った翌日に、妹から連絡が来る。そこだけを切り取れば、偶然で説明できる。けれど、私がまだ知らなかった予定を、香織はもう知っていた。その言葉を、私はそのまま飲み込んだ。妹が兄夫婦を気にかけてくれる。ありがたい話のはずだった。……香織は次の日の夕方、大きなエコバッグを提げてやってきた。「お姉ちゃん、はい、これ陽翔くんの好きなゼリー。あと崇さんが好きなやつ、お惣菜のとこの唐揚げ」「え、覚えてたの? あの唐揚げ」「前に食べておいしいって言ってたじゃん」香織はフリーランスのデザイナーで、時間の融通が利く。垢抜けていて、気が利いて、陽翔にも懐かれている。「1週間ずっと来てもらうのは悪いよ」「泊まらないよ。火曜と木曜は幼稚園バスのお迎えに間に合うから、そのまま夕飯とお風呂まで手伝う。土曜は陽翔くんを公園へ連れていく。それなら、お姉ちゃんも買い物できるでしょ」具体的な曜日まで、もう決めていた。助かる予定だった。陽翔の迎え、夕飯、入浴。その3つが2日分減るだけで、1週間の重さはかなり違う。「ありがとう。本当に助かる」「姉妹なんだから、当たり前」香織は、私がいちばん欲しかった言葉を、いつも迷わずくれた。両親が遠方へ引っ越してから、何かあれば真っ先に駆けつけてくれるのは香織だった。陽翔の発熱で私が一晩眠れなかった翌朝も、
last update最終更新日 : 2026-08-03
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3話
崇が出発して3日目の朝、スマホを開いたら、通知が20件ついていた。【わかります。うちも夫が単身赴任で、育児ぜんぶ私】 【ワンオペ1週間はきつい。無理しないで】 【手抜きご飯でいいんですよ。母が倒れたら終わりだから】知らない人たちだった。顔も名前も知らない誰かが、私の30秒の愚痴に、まじめに返事をくれていた。その中に、ひとつ、長めのコメントがあった。【うちの夫も昔「出張」が増えた時期がありました。結果は、書かなくてもわかりますよね。奥さんのことが心配です。何かあったら、1人で抱えないで。一緒に見ましょう】アイコンは、手描きふうの丸い顔。名前の欄には「まる子」とあった。一緒に見ましょう。その1行を、私は何度も読み返した。見る。何を?——決まってる。私がずっと、見ないふりをしてきたものを。台所で、鍋の火を止めて、気がついたら泣いていた。悲しかったんじゃない。誰かに「疑ってもいいんだよ」と、初めて許された気がしたのだ。ほかの返信も、ひとつずつ読んだ。【出張先のホテル名と、帰国便だけでも聞いておいたほうがいい】 【今すぐ問い詰めないで。違っていたら謝ればいい。でも、記録は残して】 【お子さんがいるなら、あなたの生活を守るのが先です】誰も「浮気だ」と決めつけてはいなかった。私より先に怒る人と、私より冷静な人がいる。その両方に挟まれて、ようやく私は、自分の違和感をなかったことにしなくていいと思えた。……崇からのLINEは、まめに来た。【着いた】 【会食終わり。もう寝る】私が【陽翔が声を聞きたがってる】と送ると、返事は決まって【今日は無理。先方と一緒】だった。写真を頼んでも、届くのはホテルの部屋でも韓国の街でもなく、コンビニで買ったらしいコーヒーの紙カップだけ。商品名は、日本でも売っているものだった。返信は、いつも妙に早かった。時差を計算しようとして、指が止まる。韓国と日本に、時差はない。じゃあ、この「早さ」の違和感は何だろう。……そうだ。国内にいるときと、まったく同じ速さなのだ。仕事中でも会食中でも、5分と空けずに既読がつく。海外の工場でトラブル対応をしている人の、既読の速さだろうか。考えすぎ。また、いつもの言葉で蓋をした。……その日の午後、陽翔の保険証が見当たらなかった。来週、幼稚園の検診がある。家族の書類はぜ
last update最終更新日 : 2026-08-03
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4話
投稿するまでに、3時間かかった。書いては消し、書いては消し、最後に残ったのは、短い文と1枚の写真だった。写真の端に住所や書類名が映り込んでいないか、何度も確認した。元画像は撮影時刻が残ったまま、私しか開けない保管先へ移した。【韓国出張中の夫のパスポートが、家にあります】写真は、濃紺の表紙だけ。名前のページは写さなかった。送信して、陽翔と風呂に入って、寝かしつけて、恐るおそるスマホを開いた。拡散の数字が、4桁になっていた。【は? どういうこと?】 【パスポートなしで海外……行けるわけない】 【偽装出張だ。うちの元夫と同じ手口】 【奥さん、落ち着いて。まず証拠の保全を】 【いや待って、更新で古いのが家にあるだけかも。冷静に】コメント欄は、燃えているというより、沸騰しながら整列していた。責める声を、たしなめる声が抑える。憶測を、経験談が裏づける。夜中の3時に、知らない人たちが、私のために本気で議論していた。その中に、ひときわ具体的なコメントがあった。【元調査業界の者です。パスポートだけでは「行っていない」と断定できません。古い旅券ではないか、有効期限も確認してください。出入国記録は本人以外が簡単に取れるものではないので、離婚を視野に入れるなら、まず弁護士に相談して、必要な手続きや照会方法を確認してください。最初は自治体の無料法律相談でもいいと思います】アイコンは虫眼鏡のマーク。まる子さんがすかさず【調査員さんだ。この人の言うことは確か】と返していた。弁護士。その言葉が、画面の中で急に現実になった。愚痴のはずだった。吐き出すだけの場所のはずだった。それがいま、「離婚を視野に」という言葉と一緒に、私の手の中にある。……朝になって、私はひとつの投稿をした。【たくさんの反応、ありがとうございます。ひとつだけお願いです。夫の名前や勤務先を探すのは、やめてください。私は事実を確かめたいだけで、誰かを晒したいわけじゃありません。名前も顔も、これからも出しません】【了解です】 【それでこそ奥さん】 【俺たちは証拠集めのお手伝いだけな、みんな】ルールが、できた。私と、顔も知らないこの人たちの間に。私は投稿を閉じ、スマホのメモを開いた。【出発2日前 崇が韓国出張と説明】【出発前日 香織が荷造りを手伝う】【出発当日 崇が出発。韓国到
last update最終更新日 : 2026-08-05
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5話
「出張」から帰った崇は、玄関に入るなり、よく喋った。「いやあ、長かった。向こうの担当が全然動かなくてさ」最初は1週間。そこから、あと2、3日。結局、崇が帰ってきたのは、出張に出てから10日目の夜だった。「ぱぱ、おかえり!」陽翔が飛びつくと、崇は笑って抱き上げた。「ただいま。いい子にしてたか?」「してた!」「美咲も、おつかれ」崇が差し出した紙袋には、韓国海苔と、ハングルの書かれたチョコレートが入っていた。それだけでは、何も証明できない。空港で買ったかもしれない。国内の輸入食品店で買ったかもしれない。いまの私にわかるのは、それだけだった。「ありがとう。陽翔、よかったね」ちゃんと笑う。崇の肩越しに、書斎の引き出しを思い浮かべる。あの濃紺のパスポートは、まだ家にある。この人は、どこから帰ってきたのだろう。夕食には、崇が好きな肉じゃがを出した。帰宅の日くらいは温かいものをと思い、陽翔を迎えに行く前から煮込んでいた。崇は味の染みたジャガイモを頬張り、満足そうに息をついた。「やっぱり家の飯がいちばんだな。向こうは毎日、外食だったから」「大変だったね」「美咲も寂しかっただろ。陽翔と2人で、よく頑張ったな」労う言葉も、肉じゃがを食べる顔も、10日前までなら疑わなかった。それなのに、崇が「向こう」と言うたび、書斎のパスポートが頭に浮かぶ。私は箸を持つ指に力を込め、何も知らない妻の顔を保った。「次の休み、3人でどこか行くか」「陽翔に聞いてみる」目の前の家庭を手放したくない気持ちは、まだ残っていた。崇の話が全部本当ならいいと、いまも願っている。けれど、それは崇が嘘をついていない証拠ではない。家族を失いたくない私の願いにすぎなかった。食事が終わると、崇は土産のチョコレートを陽翔と分けた。私は空いた皿を重ねながら、信じたい気持ちを事実と混同しないよう、心の中で線を引いた。その夜、香織からLINEが来た。【崇さん、無事に帰ってきた?お姉ちゃん、10日間おつかれさま!】【帰ってきたよ。ありがとう】送ってから、文面を見直した。無事に帰ってきた?ただの気遣いだ。香織は、崇が十日ほどで帰る予定だと知っている。出発前に荷造りまで手伝ったのだから、今日あたりだと見当をつけてもおかしくない。それでも、帰宅したその夜に届いたことが、妙に胸に引
last update最終更新日 : 2026-08-06
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6話
カードの利用明細なら、私にも見られる。 家族カードではない。結婚したとき、生活費と固定費をまとめるために作った夫婦共通のカードだ。契約者は崇でも、毎月の明細を確認し、家計簿へ入力するのは私の役目だった。 ログイン情報も、崇が自分で家計用ファイルへ入れた。 見ること自体は、いつもの家事だ。見ないままにしていた範囲を、広げるだけ。 陽翔を幼稚園バスへ乗せたあと、私はパソコンを開いた。 まず、「韓国出張」の期間。 駅前のカフェ。 都内の百貨店。 タクシー会社。 スーツから出てきた3枚と、日付も金額も一致した。 そして、帰国した日の欄に、見慣れない請求があった。 【ホテルS 18万6400円】 韓国にいたはずの10日間を、まとめて精算したような金額だった。 ホテルSは、駅前にある高層ホテルだった。出張前、崇が「接待」と言って遅くなった夜にも、同じ名前がある。 画面を3カ月、半年と遡った。 4月12日。ホテルS、2万8000円。 5月17日。ホテルS、2万8000円。 6月8日。ホテルS、3万1000円。 そして今回、18万6400円。 同じホテルが、4回。 金額と日付を表にした。その隣へ、その日に崇が私へ言ったことを書く。 【部の飲み会】 【会議が長引く】
last update最終更新日 : 2026-08-07
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7話
崇が帰ってきてから数日後の朝、陽翔の熱は39度あった。その日は土曜日だった。崇は、玄関でゴルフバッグを肩へ掛けていた。「接待だから休めない」と、昨夜から言っていた日だ。「ぱぱ、いってらっしゃい……」布団の中から、陽翔がかすれた声を出す。崇は寝室の入口から手を振った。「おう。ごめんね。ママとお医者さん行ってきてね」「病院、かなり待つと思う」私が言うと、崇は腕時計を見た。「悪い。美咲なら大丈夫だろ。俺、幹事だから抜けられないんだよ」崇が家を出たあと、玄関には靴底から落ちた乾いた芝が残っていた。準備だけは、よくできている。私は陽翔を抱き上げた。熱い頬が首に触れる。夫の嘘より、この子の熱が先だ。迷う余地はなかった。……土曜の小児科は混んでいた。2時間待ち、診断は夏風邪。薬を受け取って帰宅した。りんごをすりおろし、水分を少しずつ飲ませる。「ママ?」「いるよ。ずっとそばにいるよ」私の指を握ったまま、陽翔は眠った。崇へ送ったLINEは、2時間たって既読になった。【陽翔、39度。夏風邪だって】返信は、さらに1時間後。【大丈夫そう?本当、ごめん】帰るとは書いていない。電話もない。昼すぎ、陽翔が浅い眠りから目を覚ました。「パパ、まだ?」熱で潤んだ目が、寝室の入口へ向いている。「今日はお仕事だからね、ママがいるよ」接待ゴルフだと説明する気にはなれなかった。陽翔には、父親がいま帰れないという事実だけで十分だった。「パパに、でんわしたい」私は一度だけ、崇へ電話をかけた。長い呼び出し音のあと、留守番電話へ切り替わる。【陽翔が起きて、パパの声聞きたいって。手が空いたら電話して】そう送ったが、既読はつかなかった。薬を飲ませると、陽翔は苦いと言って少し吐いた。私はシーツを替え、着替えさせ、スプーンで水をひと口ずつ飲ませた。体温計は39.4度を示している。不安で病院へ電話すると、意識があり、水分が取れているなら処方薬を使いながら様子を見るよう言われた。変化があれば、すぐ受診する。言われたことを紙へ書き、枕元に置いた。「ママ、いかないで」「行かないよ」陽翔の手は熱く、私の人差し指をつかんだまま離さなかった。私はベッドの端に腰を下ろし、寝息が落ち着くまで、その小さな指を握っていた。この子が父親を待っている時間まで、私が
last update最終更新日 : 2026-08-08
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8話
週明けの月曜日、私は市役所の小さな相談室にいた。 パスポートの写真を投稿した日から、およそ2週間待った無料法律相談の日だった。 担当は、三上沙耶(みかみ さや)弁護士。私より少し年上に見える女性だった。 私は印刷した表を机へ置いた。 家にあるパスポート。 出張期間中の都内のレシート。 家計用カードの明細。 ホテルへ入る崇の後ろ姿。 三上弁護士は、ひとつずつ日付を確認した。 「よく、事実と推測を分けましたね」 褒められたのは、我慢でも、覚悟でもなかった。 分けたことだった。 その一言で、肩に入っていた力が少し抜けた。 「夫が韓国へ行っていない証明になりますか」 三上弁護士は、すぐにはうなずかなかった。 「行っていない可能性は、かなり高いです。ただし、このパスポートだけで断定はできません。別の有効な旅券がないか、出入国したかを、奥様が本人に無断で直接照会することも原則できません」 パスポートを投稿したときのコメントを思い出す。 弁護士経由なら取る方法がある。 それは、いつでも簡単に取れるという意味ではなかった。 「調停や訴訟へ進み、必要性が認められれば、記録を求める方法を検討できます。ただ、いま手元にない公的記録を、あるものとして話してはいけません」 「ホテルへ問い合わせるのは?」 「奥様が『身に覚
last update最終更新日 : 2026-08-09
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9話
ベージュの革に、金色の金具。 写真を閉じても、鞄の形だけがまぶたに残った。 あのブランドは去年から流行っている。同じ鞄を持つ人は、街にいくらでもいる。 だから、鞄だけでは何も決まらない。 そう書いた付箋を、パソコンの横へ貼った。 【見た事実】 崇が、接待ゴルフの日にホテルSへ入った。 女性が隣にいた。 女性はベージュの鞄を持っていた。 【まだわからないこと】 女性の名前。 崇との関係。 ホテルの部屋へ入ったか。 書いてみると、わからないことのほうが多い。 それでよかった。疑いを、答えのふりで扱わない。 付箋の余白へ、香織との古い記憶が割り込んだ。 私が小学5年生、香織が3年生だったころ。下校中に雨が降り、傘は私の1本しかなかった。私は香織を内側へ押し込み、自分の肩を半分ぬらして歩いた。 途中で水たまりを避け損ね、2人とも靴下までびしょぬれになった。帰宅して母に叱られたあと、布団の中へもぐり込み、濡れた靴下の跡を見せ合って笑った。 「お姉ちゃんと一緒なら、雨の日も好き」 香織はそう言って、私の腕へ頬を寄せた。 守るのは、私の役目だと思っていた。おやつを半分多く渡すことも、母に叱られそうな失敗を先にかばうことも、姉なら当たり前だと思っていた。 だからいまも、香織の名前を疑いの欄へ移すだけで、自分が妹
last update最終更新日 : 2026-08-10
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