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第8話

Author: 微笑み
私に会えて喜びで輝いていた蕭清安の表情は、みるみるうちにかげり、そしてなりふり構わず駆け寄ってきた。

「満、違うのだ……」

彼は叫びながら私に手を伸ばそうとしたが、下僕たちに遮られ、容赦なく階段から突き落とされた。

私は彼を見下ろし、微笑んだ。「蕭清安、これから、私たちは、もう何の関係もないのよ」

その日、蕭清安は盛家の門前から立ち去ろうとしなかったため、父が人を遣わして彼を縛り上げ、鎮安侯府へ送り返した。

聞くところによると、彼は鎮安侯府に戻るやいなや私の部屋へ行き、枕元からあの、とうに書き終えていた離縁状を見つけ出したらしい。

そればかりか、傍らには子を健やかにするための薬と子堕ろしの薬の処方箋もあった。

重ねられた二枚の薄い処方箋は、彼には持ち上げることのできないほど重かった。

処方箋に染みついた点々たる血の跡を目にし、あの夜の血に染まった服を思い出した蕭清安は、顔面蒼白になった。

なぜ盛満が日に日に物静かになり、そして悲しみを募らせていったのかを、その瞬間、彼はすべてを悟った。

あとほんの少しで、あの時の私が子を堕ろしたばかりだったことに気づけたはずだった。だが彼は背を向け、東宮の沈蘭のもとへ去ってしまったのだ。

彼が沈蘭の宮殿で、笑みを浮かべながら彼女のために子を健やかにするための薬を煎じていたその頃、私は鎮安侯府で、絶望に打ちひしがれながら苦い子を堕ろす薬を飲み干していた。

蕭清安は狂ったように私の部屋を隅々まで探し回ったが、私が残した痕跡は一片たりとも見つからなかった。

部屋は、彼がここ数年気まぐれに与えてきた品々や、かつての結納の品で埋め尽くされていた。

ただ、盛満に関わるものだけは、一夜にしてすべてが消え去り、まるで初めからここにいなかったかのようだった。

蕭清安はその場にへたり込み、胸の痛みを抑えきれずに、狂ったように自らの胸を叩いた。「満、どうして……なぜ、そんな馬鹿なことを!」

麝香の腕輪も、白玉のかんざしも、沈蘭への若かりし頃の、ほんの僅かな情に過ぎなかったのだ。

六年にわたる穏やかな夫婦の暮らしの中で、蕭清安はとっくに盛満を深く愛していた。ただ、盛満が自分の元を去るはずなどないと、そう思い込んでいただけなのだ。

たとえ子がなくとも彼女を愛し、守るつもりだった。たとえ沈蘭を迎え入れたとしても、彼の唯一の妻
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