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第5話

Autor: 子猫の月登り
朔也が凛を抱えて部屋を出て行った後。

私は書斎に入り、パソコンから朔也のLINEにログインした。そして、二人のやり取りの履歴、送金の日付、さらに……ホテルの利用履歴をスクリーンショットで保存した。

それから離婚弁護士に連絡を取り、これらの証拠をすべて送信した。

田中弁護士はこう言った。「親権の問題はありません。この状況なら、裁判所が彼に親権を認めることはありません。ただ、今後、彼が子供を口実にあなたに付きまとってくる可能性はあります」

「それはないです」私は淡々と答えた。「あの人は、私たちを恥晒しだと思っていますから」

すべての作業を終えた後、私はベッドに横たわり、結衣を寝かしつけた。

心の中は、驚くほど穏やかだった。

ところが、朔也がドアを開けて入ってきて、珍しく自分から口を開いた。「紬、少し話があるんだ」

彼は軽く咳払いをした。

「紬、お前も分かってると思うが、准教授という立場にもなれば、周囲に多少なりとも……親しくする人間が出てくるものだ。凛のことはお前も知ってるし、お互い素性も分かってる。

だが、変な勘ぐりはしなくていい。彼女がお前の立場を脅かすことはない。お前はいつまでも俺の妻だ。俺はただ、女手一つで子育てをしている彼女が可哀想なだけなんだ」

朔也の視線が一瞬泳いだ。

しかし、すぐに元の落ち着きを取り戻した。

「紬、お前もこれからは彼女と上手く付き合っていくようにしてくれ。これからは凛の子供も、俺たち自身の子供だ。俺の妻として、お前にもきちんとした態度を示してもらいたい」

彼は顔を上げ、私を見た。

私は彼の目をじっと見つめ返し、何も言わなかった。

朔也はこの数年間、ほとんど変わっていないようだった。相変わらず端正な顔立ちで、歳月は彼を少し成長させたに過ぎない。

初めて彼に出会ったのは、大学の図書館だった。

窓の外は土砂降りの雨だった。

自転車に乗っていた私はずぶ濡れになり、道端で転んでしまったが、気にかけてくれる人は誰もいなかった。

そんな時、駆け寄ってきて、無言のまま私を背負って医務室まで走ってくれたのが朔也だった。

彼の背中は広くて、とても安心できた。

医者に薬を塗ってもらった後、私は彼がもう帰ったのだと思っていた。

だが数分後、朔也は温かい料理を手に、急ぎ足で戻ってきた。

全身ずぶ濡れの彼は、初々しい声で言った。

「ゆっくり休んで、少し何か食べた方がいいよ。俺はこれで……」

その瞬間、自分の激しい心音が聞こえた。

ドクン、ドクンと、耳をつんざくほどに。

そして今、私は目の前の朔也を見つめている。

あの頃と同じ目元、同じ輪郭。

それなのに、まるで完全な別人だ。

私は伏し目がちに、淡々と答えた。「わかったわ。努力する」

彼はホッと息をついた。私がようやく物分かりが良くなり、妥協することを覚えたのだと勘違いしたらしい。

「紬、お前なら分かってくれると思っていたよ」

彼は立ち上がり、命令するように言った。「明後日、凛が来る。豚の角煮でも作ってやってくれ。彼女の体のために栄養をつけさせたいんだ」

「ええ」

私は一切反抗せず、飼い慣らされたペットのように従順に頷いた。

朔也が部屋を出て行ったのを見計らい、私は隠しておいた離婚協議書を取り出し、躊躇いなくサインをした。

「田中さん、書類にサインしました。手続きはいつ頃できますか?」

「来週ですね。証拠が出揃い次第、私も同行いたします」

電話を切った。

ドアの外から、朔也と凛の通話する声が聞こえてきた。

彼は笑いながら言った。「ああ、紬は納得したよ。あいつは物分かりがいいって言っただろ。明後日、他に食べたいものはあるか?全部あいつに作らせるから。あいつ、料理だけはそこそこ上手いからな」

私は唇を噛み締め、視線をそらした。

朔也、今回ばかりはあなたの間違いよ。

翌日の早朝、私は離婚協議書をリビングのローテーブルに置いた。

そして、買い物に行くと嘘をつき、結衣と荷物を抱えて母の車に乗り込んだ。

母は涙ぐみながら、痛ましそうに私を抱きしめた。

父は今にも上の階に乗り込んで朔也を問い詰めようと、怒りに震えていた。

だが私は父を引き止め、静かに首を振った。

「お父さん、もうどうでもいいの」

何もかも、もうどうでもよかった。

スマホに朔也からのメッセージが届いた。

【紬、今夜はキャンドルを灯してディナーにしよう。夫婦水入らずの時間を楽しむんだ。これからは、そういう機会も少なくなるだろうからな】

私は口角を上げ、冷たく笑った。

窓の外は春の陽射しが心地よく、柔らかな風が吹き抜けていた。

私はぐっすりと眠る結衣を抱きしめ、初めて解放されるような心地よさを味わっていた。

朔也、この結婚生活はね、私のほうから、あなたを切り捨てたのよ。

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