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第14話

Auteur: 子猫の月登り
離婚の手続きはあっけなく終わった。

わずか20分足らずで、夫婦という関係は紙切れ一枚で完全に断ち切られた。

紬は最初から最後まで、彼をただの一度も見ようとはしなかった。

役所を出ると、彼女は待っていた湊の車に乗り込み、そのまま去っていった。

朔也は役所の階段に立ち尽くしていた。

日差しはひどく心地よかったが、彼は自分がまるで大馬鹿者のように思えてならなかった。

こうなった以上、彼は腹を括って凛と生きていくしかなかった。

最初はまだマシだった。彼女は妊娠6ヶ月を過ぎてお腹も大きくなっており、彼もできる限り甲斐甲斐しく世話を焼いた。

だが、日が経つにつれて、二人の生活には嫌な歪みが生じ始めた。

停職処分を受けてからというもの、彼は毎日家に引きこもっていた。講義もなければ、会議もない。連絡してくる同僚もいない。

当然、給料も出ない。

凛は相変わらず金遣いが荒かった。

以前の彼なら、それを「洗練された美意識」と好意的に見ていたが、今の彼にはただ目に余る散財としか思えなかった。クレジットカードの請求書が届いても、彼にはとうてい払いきれない。

凛は昔から生活の質にこだわる
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  • もうあなたのために無理はしない   第17話

    朔也は返す言葉を失い、その場に立ち尽くした。紬は車のドアを閉め、エンジンをかける。車は走り去っていった。朔也は石のように硬直していた。彼は背後からの視線に気づいていなかった。トイレに立とうと外へ出てきた田舎の親戚数人が、この一部始終を目撃していたのだ。一人が目を細めて小声で言った。「あれ、朔也くんじゃないか?今の女は誰だ?さっき元夫だの元妻だの言ってたぞ。ってことは、前の奥さんじゃないのか?」親戚たちは顔を見合わせ、言葉には出さずともすべてを悟った。席に戻るなり、その噂はあっという間に広まった。「さっき朔也くんが必死に追いかけてたの、前の奥さんらしいよ。あの子、自分で言ってたってさ。本当は結婚したくなかったのに、親に脅されたんだって」噂は面白おかしく尾ひれをつけて伝播していった。朔也の母親の耳に届く頃には、すっかりとんでもない話に化けていた。「あの凛って女、お腹の子供を盾にして無理やり結婚を迫ったらしいよ。子供だって本当に朔也くんの子か怪しいもんね。じゃなきゃ、なんで前の奥さんがわざわざ来るのよ。あの女の化けの皮を剥がしに来たに決まってるわ。朔也くんは微塵も結婚する気なんてなくて、両親があの女にたぶらかされてるのよ」それを聞いた朔也の母親は、顔を真っ赤にして怒りに身を震わせていた。朔也の父親は箸をバンッとテーブルに叩きつけ、苛立たしげに悪態をついた。凛はまだ壁の隅にうずくまって泣きじゃくっており、周囲の風向きが完全に変わってしまったことなど知る由もなかった。彼女の頭にあるのは、薄汚い男たちに体を触られ、寄ってたかって辱められたのに、いくら泣いても誰一人として慰めに来てくれないという屈辱だけだった。朔也が宴の席に戻ってくると、冷ややかな視線が一斉に彼に突き刺さった。彼は誰とも目を合わせず、無言で腰を下ろす。親戚たちの目は、まるで滑稽な見世物でも楽しむかのように、朔也と凛の間をせわしなく往復していた。凛は壁際から立ち上がり、わななく唇を噛み締めながら朔也を見つめた。彼からの弁明を待っていたのだ。しかし、朔也は彼女を見ようともしなかった。数秒間そこに立ち尽くした凛は、ふと周囲の視線の異様さに気づいた。それは明らかに、哀れなピエロを嘲笑うかのような目つきだった。誰かがボソッと呟い

  • もうあなたのために無理はしない   第16話

    婚姻届を出したその晩から、凛はさっそく結婚式の準備に浮き足立っていた。「盛大な式を挙げるわ。誰よりも豪華なやつをね」彼女はソファに深くもたれかかり、スマホで結婚式場の広告をスクロールしながら目をギラギラと輝かせている。朔也は隣に座ったまま、一言も相槌を打たなかった。凛は一人でしばらくの間、ガーデンウェディングがどうだの、豪華なシーフードビュッフェがどうだのと、勝手にまくし立てていた。やがて、朔也がようやく口を開いた。「……金がない」凛は呆然と固まった。「は?」「金がないと言ったんだ。これだけ長く停職を食らって、カードもとっくに限度額をオーバーしてる」朔也の声は氷のように冷淡だった。凛の顔が数秒間引きつった。「じゃあ……親しい人を何人か呼んで、せめて食事会くらいはできるでしょ?」朔也は何も答えず、黙殺することでそれを承諾した。凛は、この惨めな妥協がどうしても腑に落ちなかった。彼女はスマホの連絡先をスクロールし、紬の名前を見つけ出してタップした。そして、こっそりと招待状を送りつけた。3日後、凛は頃合いを見計らって紬に電話をかけた。「招待状、届いた?」凛の口調は得意気だった。「私、もうすぐ朔也と結婚するの。ねえ、悔しいでしょ?」紬は無言だった。「私のお腹の子、男の子なのよ」凛は軽い口調で続けた。「彼のご両親も大喜びよ。知ってるでしょ、彼のご両親、男の子じゃないとダメだって人たちだから。あなたの娘のことなんて、これっぽっちも孫扱いしてないわよ。どうせ他所に嫁ぐだけの金食い虫だものね」紬は依然として沈黙を保っていた。凛は少し苛立ち、焦ったように言葉を継いだ。「私たちの結婚式がどんな風になるか、気にならないの?」紬は静かに問い返した。「いつなの?」「今週の土曜日よ」「分かった。行くわ」電話を切った後、凛の胸には拭い去れない不気味なざわめきがじわじわと広がっていった。本当は紬が泣き喚くのを聞きたかったというのに、彼女からは何の感情の揺れも感じられなかったからだ。土曜日。凛は朔也がせめて市内のレストランで式を挙げてくれるものと信じ込んでいた。ところが、花嫁を乗せた車が向かった先は、あろうことか朔也のド田舎の実家だった。結婚式とは名ばかりの、ただの田舎の寄り合い宴会だったのだ。

  • もうあなたのために無理はしない   第15話

    朔也が帰宅した頃には、すでに深夜を回っていた。玄関のドアを開けると、リビングにはまだ明かりが点いていた。凛はソファに腰を下ろし、顔にシートマスクを貼りつけたまま、スマホで騒々しいショート動画を流し見していた。玄関のドアが開く音がしても、彼女は顔を上げようともしなかった。「よく帰ってくる気になったわね」朔也は何も答えず、黙って靴を脱ぎ、寝室へと向かって歩き出した。「ちょっと、話しかけてるんだけど!」凛はスマホをローテーブルにバンと叩きつけ、金切り声を上げた。「今月の生活費、まだもらってないんだけど!私に霞を食って生きろって言うの?来月には子供が産まれるっていうのに、まだ必要なものも揃えきれてないのよ。ベビーカー一台にいくらかかるか分かってるの!?」朔也の足がピタリと止まった。「それに、学区のマンションよ」凛の声はさらにトーンを上げていく。「何度も言ったわよね?翔太が最初から周りの子に差をつけられるなんて、絶対嫌なの!名門小学校の近くの物件、ちゃんと探してくれた?今すぐ買わないとどんどん値上がりするんだから!」朔也は振り返り、彼女を見据えた。シートマスクが顔の半分以上を覆い隠し、ただ目だけが覗いている。その両目には、微塵も隠そうとしない強欲なまでの「要求」だけが渦巻いていた。「乗馬クラブのレッスン料だって更新の時期よ」彼女は指を折りながら数え立てる。「翔太は来月大会があるから、用具も一式新調しなきゃいけないの。コーチも言ってたわ……」「いい加減にしろ」朔也の声は決して大きくはなかったが、凛は面食らったように一瞬言葉を失った。「俺は停職中だ」朔也は吐き捨てるように言った。「給料もないし、金なんてどこにもない。乗馬クラブだの、学区のマンションだの、ベビーカーだの……一体どうやって買えって言うんだ?」「そんなの私の知ったことじゃないわよ!」凛はシートマスクを乱暴に剥ぎ取り、顔を真っ赤にして激昂した。「あなた男でしょ!?あなたが稼がなくて誰が稼ぐって言うのよ!私のお腹には、あなたの子供がいるのよ!私に向かって大声出さないでよね!」朔也は冷ややかな目で彼女を見下ろした。かつてあれほど魅力的だと思っていたこの顔が、今ではただ不快で、見知らぬ他人のようにしか思えなかった。「その子は、本当に俺の子供なの

  • もうあなたのために無理はしない   第14話

    離婚の手続きはあっけなく終わった。わずか20分足らずで、夫婦という関係は紙切れ一枚で完全に断ち切られた。紬は最初から最後まで、彼をただの一度も見ようとはしなかった。役所を出ると、彼女は待っていた湊の車に乗り込み、そのまま去っていった。朔也は役所の階段に立ち尽くしていた。日差しはひどく心地よかったが、彼は自分がまるで大馬鹿者のように思えてならなかった。こうなった以上、彼は腹を括って凛と生きていくしかなかった。最初はまだマシだった。彼女は妊娠6ヶ月を過ぎてお腹も大きくなっており、彼もできる限り甲斐甲斐しく世話を焼いた。だが、日が経つにつれて、二人の生活には嫌な歪みが生じ始めた。停職処分を受けてからというもの、彼は毎日家に引きこもっていた。講義もなければ、会議もない。連絡してくる同僚もいない。当然、給料も出ない。凛は相変わらず金遣いが荒かった。以前の彼なら、それを「洗練された美意識」と好意的に見ていたが、今の彼にはただ目に余る散財としか思えなかった。クレジットカードの請求書が届いても、彼にはとうてい払いきれない。凛は昔から生活の質にこだわる女だった。なんと言っても裕福な奥様上がりで、資産家の前夫の元で「衣食住すべてにおいて何不自由ない贅沢な暮らし」にどっぷりと浸かっていたのだ。かつてその資産家が彼女を口説き落とした時も、湯水のように金を注ぎ込んでいた。だが、朔也は違う。彼はしがない大学准教授に過ぎず、中流階級とすら呼べない身分だ。月給は40万円にも満たず、凛のブランドバッグ一つすら買ってやれない。ましてや今は停職中の身であり、仮に今後職場復帰できたとしても、減給処分になる可能性すらある。最も笑えるのは、今の彼が凛だけでなく、翔太と、さらに彼女のお腹にいる子どもまで養わなければならないという残酷な現実だった。ある日、凛が新しいバッグを買ってほしいと要求してきた。朔也は「金がない」と冷たく突っぱねた。すると彼女は即座に逆上した。「私はあなたの子どもを妊娠してるのよ!少しばかりお金を使ったからって、何だって言うの!」朔也は黙り込んだ。だが、胸の奥では疑念が渦巻いていた。この子は、本当に俺の子なのか?以前の彼なら、「仮に俺の子でなかったとしても構わない、今まで通りやっていこう」

  • もうあなたのために無理はしない   第13話

    屋根裏部屋には、二人きりだった。朔也と、紬だ。窓辺に腰を下ろした紬は、静かな面持ちで目の前の男を見つめ……ふと、ひどく見知らぬ他人のように感じた。先ほどの一悶着で朔也の服はしわくちゃになっており、かつての自信に満ち溢れた姿は見る影もなかった。大学での一件は、紬もすでに耳にしている。朔也は女性問題により、停職および調査処分を受けているのだ。おそらく今が、彼の人生のどん底なのだろう。紬は彼を見つめながら、ふと思った。この男も、所詮はこの程度だったのだ、と。かつてのあの眩いばかりの輝きは、自分が勝手にかけていたフィルターに過ぎなかったのかもしれない。実際の柊朔也という男は、ただの平凡な男だったのだ。紬はふと伏し目がちに、彼のスラックスの膝についたシワを見た。土埃で汚れ、先ほど土下座をした痕跡がくっきりと残っている。紬は唐突に口を開いた。「ねえ、朔也。あなたがうちの両親に土下座までしてみせたのは、私とやり直したいから?……それとも、私に大学で弁明させて、自分の仕事を守るため?」朔也はビクリと固まった。声が喉の奥で詰まり、言い訳の一言すら出てこない。正直なところ、彼にとって紬を手放すのは確かに惜しかった。だが、男がこの年齢になれば、愛情よりも自身のキャリアの方が重みを持つのは当然のことだ。もし紬がどうしても離婚すると言って譲らないのなら、しばらくは落ち込むだろうが、それも長くは続かない。大学准教授という立派な肩書きさえあれば、再婚相手を見つけることなど造作もないからだ。しかし今、彼は停職処分を受けている。ここで紬との離婚騒動を穏便に処理できなければ、その頼みの綱の仕事すら失いかねない。男という生き物は、どれほど情に厚い素振りを見せようと、根底ではどこまでも計算高く、現実的な損得で動くものなのだ。紬は、痛いところを突かれて言葉を失っている彼の姿を見て、ふっと口角を上げて笑った。――やはりそうか。朔也が土下座までして見せたのは、十中八九、自分の仕事のためだ。5年間の結婚生活も、彼にとっては自分の地位を守るための交渉材料に過ぎない。「朔也、あなたって本当に昔から変わらないのね」紬の口調に、微かな自嘲の色が滲んだ。「最初こそ一目惚れだったのかもしれないけれど、その後、あなたがあれほ

  • もうあなたのために無理はしない   第12話

    車がかなりの距離を走り去ってから、ようやく紬が口を開いた。「ごめんなさい、驚かせてしまって」結城湊(ゆうき みなと)はハンドルを握ったまま、軽く微笑んだ。「俺は平気だよ。それより、君は大丈夫?」「私は大丈夫」彼女は少し言葉を区切った。「湊、さっきの人は……」「誰かは分かってるよ」湊の口調は、まるでずっと前から知っていたかのように穏やかだった。彼は少し間を置き、ハンドルを指先で軽く叩いた。「紬。ずっと君に言いたかった言葉があるんだ。何年も機会を待ってた。でも、君がもうすぐ離婚する今、俺はもうこれ以上待つつもりはない」紬は黙ったまま聞いていた。「君のことが好きだ。ずっと昔からね」湊は、すでに確定している揺るぎない事実を語るように淡々と言った。「君が結婚した年、俺は自分に言い聞かせたんだ。もう諦めようって。デートもしたし、見合いもした。君のことから自分を完全に切り離したくて必死だった。でも、どうしてもダメだったんだ。相手の女性が悪かったわけじゃない。俺自身が前に進めなかったんだ。事あるごとに、子供の頃の思い出が蘇ってくる。いつも一緒にいて、君のご両親が笑いながら『この子たちは幼馴染だから、将来は許嫁だね』なんて言っていたこととか」紬はごくりと唾を呑み込んだ。「この数年、他の人と付き合って、真剣にやり直そうとしたこともあった。でも、ある段階に達するたびに気づかされるんだ。違う、この人じゃないって。ずっと一人でいたわけじゃない。他の誰かと生きようと努力もした。でも……どうしてもダメだったんだ」彼は車を路肩に停め、エンジンを切り、彼女の方へと向き直った。「だから、君に聞きたい。俺と付き合ってみる気はないか?」車内は静まり返っていた。紬は俯き、自分の両手を見つめた。惨めな結婚生活は彼女を容赦なくすり減らし、手にはゴツゴツとしたタコが痛々しく残っていた。少女の頃のような屈託のない無邪気さなど、とうの昔に失われてしまっている。こんな女、恋愛市場ではもはや何の価値も残っていないだろう。紬自身すら、自分に自信が持てなかった。男という生き物を、もう二度と信じられないような気すらしていた。たとえその相手が、目の前にいる湊であったとしても。「湊」彼女は顔を上げ、彼を見つめた。「うん」「少し、時間

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