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第9話

Author: 昔の昔
「彼女はどこへ?」

女性警官は肩をすくめる。「わかりません」

怜司の不安はますます募るが、沙羅は優しい声でなだめる。

「遥さん、きっとお金で何とかして釈放してもらったんだよ。怜司さん、彼女はきっとどこかに隠れてるだけ。気持ちが落ち着いたら、また戻ってくるよ。

今ごろはどっかで買い物してるかもしれないし」

怜司はため息をつく。「俺が甘やかしてきたからだ。お前を気絶させて冷蔵庫に押し込むなんて。警察に連れて行かれても頭を下げようとしなかった」

沙羅は口元に笑みを浮かべて言う。「それでも、怜司さんはまだ遥さんを探すつもり?」

怜司は目元を緩める。「もう少しリュミエールを見て回ろう。面白い場所はまだいくらでもある」

……

遥が目を覚ましたのは、それから三日後だった。

すぐにスマホを手に取ると、怜司からの着信やメッセージ、そして母親からの不在着信が並んでいた。

ベッドのヘッドボードに寄りかかりながら、遥は怜司からのメッセージを開く。

【遥、お前はいつまで駄々をこねるつもりなんだ?早くホテルに戻れ!】

【遥、お前のせいで沙羅と子どもが危うく死ぬところだった。これはちょっとしたお仕置きだ。さっさと戻れば、今回のことはなかったことにしてやる】

六十秒の音声メッセージがいくつも続く。遥は聞かずに全部消した。

遥は母に折り返す。「お母さん、ごめん、昨日はスマホの充電が切れてて……」

電話の向こうで、母は涙声で言う。「遥!お父さんが……心臓発作で亡くなったの!」

世界がぐらりと傾き、視界が真っ暗になる。

遥は下唇を噛み、鉄の味が広がる。

「怜司なの?怜司がやったの?」

母は泣きじゃくりながら、途切れ途切れに事情を語った。

「もともと怜司さんの部下が私たちを解放してくれたんだけど、誰かから電話が入った途端、また獣の檻に閉じ込められて、野獣と一晩過ごすことになったの……

お父さんは救急車の中で息を引き取ったのよ。遥、これから私たち、どうやって生きていけばいいの……?」

遥は拳をぎゅっと握りしめ、爪が手のひらに食い込む。

「お母さん、誰があの電話をかけたのか絶対に突き止める。お父さんを死なせた犯人は、絶対に許さない!」

怜司はスマホの画面をじっと見つめ、遥とのメッセージを何度もスクロールしていた。

我慢できずにもう一度電話をかけるが、「おかけ
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