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第4話
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もし私が忘れてなかったら 第10話
兄の家を出たあと、悠人がまた私を訪ねてきた。彼はどうしてもお礼をしたいと言い張り、私の目の前で跪いて頭を下げた。「当時、うちの両親があまりにも感情的で、雨さんに酷いことをしました。本当にすみません」彼は、亡くなった姉の遺した日記を読んだという。そこには、あの暗い時期に私が唯一の光だったと書かれていた。悠人はずっと私に感謝を伝えたかったが、勇気が出なかったらしい。そして今日になって、彼はようやくすべてを打ち明け、当時の両親の決断について謝罪してきた。私はまた体を壊し、バスの中で意識を失って倒れた。親切な人が病院へ運んでくれた。朦朧とした意識の中で、私は誰かに電話をかけた。「やっぱり、私のせいなんでしょう？」「君のせいじゃない」二つの言葉が、同時に響いた。私の感情はまたしても制御を失い、涙が止まらなかった。「初哉、私はいい母親じゃない」電話の向こうの彼はしばらく沈黙したあと、低く言った。「でも、ルウ君は君が大好きだ」愛は、どんな困難も超える。回復した後、私は初哉と一緒に彼の家へ戻った。そして、私たちはソファに並んで座り、きちんと心を通わせた。彼はかすれた声で言った。「正直言うと、雨、俺は何度も君を憎んだ」生まれたばかりの赤ん坊を受け取った瞬間、初哉は一度、本気でそのままルウ君を病院に置いていこうと思った。彼はまた捨てられた側の人間だから、私から生まれたこの子も、彼にとっては憎い存在になった。しかし、遠くへは行けず、彼は再び崩れ落ちて戻ってきて、子供を抱きしめながら激しく泣き始めた。彼にはもう、その子しかいなかった。初哉は、もしこの子がいれば、いつか再会した時に彼女に復讐できるのではないかと考えたこともあった。だが、ルウ君が初めて「パパ」と呼んだ瞬間、彼は抑えきれずに大泣きした。憎しみよりも、愛の方が強かったのだ。彼は再会の瞬間を何度も想像していた。しかし、私が何も覚えていないとは思いもしなかった。彼とルウ君のことは、すっかり忘れてしまっていた。眠っていたルウ君は、初哉のすすり泣きを聞いて起きた。そして、とことこと近づいてきた。彼は初哉の膝に乗ると、頸に腕を回して、背中を軽く叩いた。「パパ、泣かないで……ルウ君、いい子にするよ……もう怒ら
もし私が忘れてなかったら 第9話
その日から、私は病院に半年間の長期休暇を申請した。私は、いくつかの真実を探し出さなければならないことを自覚していた。兄に会いに出発する前日、初哉から一通のメッセージが届いた。【ルウ君の状態が悪化して、君に会いたがっている。病院に来てくれないか？】子どもは無実だ。ルウ君が本当に私を大切に思っていることは、感じ取れる。だから、私はまた病院に足を運んだ。ルウ君は血液検査を受けている。私は初哉が手に持っていた書類を自然に受け取って、ちらっと目を通した。偶然だろうか、彼の子どもも私と同じく珍しいRhマイナス血液型だ。私はちょうど場の空気を和ませようとしたところで、ふと顔を上げると、初哉がずっと私を見つめていることに気づいた。彼は私の考えていることを察したように、冷たく無感情な声で言った。「偶然じゃない。ルウ君は、君の子どもだ」……私は逃げ出した。挨拶もせず、ただその場から離れた。言い換えれば、私はそのすべてをどう受け止めていいのか分からなかった。私の記憶では、初哉とはただ二年間付き合って、別れ際に大げんかをして終わったはずだった。どうして突然、こんな大きな子どもができたのか？それに、私は自分が子どもを産んだことを、忘れるはずがないだろう。私は兄を探し出し、あの時のことを全て話してほしいと頼んだ。兄は黙っていて、まず食事を一緒に取ることにした。食後、兄は屋根裏部屋から大きな箱を持ってきた。その中にはさまざまな写真が入っている。その中で、私はすぐに赤ん坊のしわだらけの顔を見つけた。「病院から君が危篤だって連絡を受けたときのこと、今でも覚えてる。君は感情が高ぶりすぎたせいで、難産になり、母子ともに命の危険があった。君は必死にその子を産み、電話番号だけを残して意識を失った。目を覚ましたときには、何も覚えていなかった。医者は、心理的なストレスが強すぎて、体が防衛本能で過去を選択的に忘れたと言った。その後、調べてみて分かったんだ。あの女子高生は亡くなった。すべての世論が君に向けられたんだ。彼らは君の心理カウンセリング室を壊し、君に脅迫と恐喝をしてきた。君がヤブ医者だと非難した。その後、彼らが矛先を初哉に向け、彼から金を巻き上げようとしていると聞いた時、君は初哉と大げんかをして、
もし私が忘れてなかったら 第8話
過去の記憶が、潮のように一気に押し寄せてきた。だが、その景色はぼやけていて、まるで誰かの大きな手が私の頭を押さえつけ、真実を探らせまいとしているようだった。ただ一つだけ確かなのは、私が本当に何かを忘れているということだ。それはきっと、初哉に関係している。その日、私はいつものように定時で仕事を終えた。オフィスを出た瞬間、遠くからルウ君が手を振っているのが見えた。また、彼らが迎えに来てくれたのだ。胸の奥に、何とも言えない複雑な感情が込み上げてくる。まるで……私たちは家族のようだ。はっと我に返った私は、激しく頭を振って、その考えを振り払おうとした。何か家族だ？あの親子と私には、何の関係もないはずじゃない。そんなことを思いながら、今夜こそしっかりと話をつけようと思っていた矢先、突然誰かが私の名前を呼ぶ声が聞こえた。振り返ると、見覚えのない男性が立っていた。少なくとも、私の記憶にはない顔だ。しかし彼は、嬉しそうにこちらへ駆け寄ってきた。「雨さん、本当にあなたなんですね！やっと見つけました！」「あなたは？」「僕、悠人（はると）です！覚えてませんか？子どもの頃、一度会いました。僕の姉があなたにカウンセリングをお願いしたことがあるんです」看護師になる前、私は確かに心理カウンセラーをしていた。だがその頃、どんなアドバイスをしたのか、あまり思い出せない。兄が言うには、私は一度大きな怪我をして、解離性健忘に陥っているらしい。だから、特に気にも留めていなかった。それでも、目の前の男にはまったく見覚えがない。私が何かを言おうとしたその瞬間、大きな手が私を後ろに引き寄せた。初哉だ。彼は私の前に立ち、全身で守るような態勢をとった。その迫力に、悠人と名乗る男は気まずそうに一歩後ろへ下がって、距離を置いた。「誤解しないでください。僕は雨さんを傷つけるつもりなんてありません。当時の件で、謝罪とお礼を言いたくて……」言い終わる前に、初哉が冷たい声で遮った。「過去のことは、もう蒸し返すな」悠人はうつむき、悔しそうに肩を落とした。ここが人目の多い場所だと気づき、彼はそれ以上何も言わずに去っていった。帰り道、ルウ君は疲れて私の腕の中で眠ってしまった。途中は、沈黙が長く続いた。
もし私が忘れてなかったら 第7話
私は妻という言葉を、もう長い間耳にしていなかった。意識がぼんやりしている中、ルウ君はどういうわけかベッドに登ってきて、私の懐に丸まって横たわった。彼は私の腹部に寄り添うようにして横たわり、私はその姿をぼんやりと見つめていた。まるで彼がここから生まれたように感じられた。その直後、ルウ君は一瞬で初哉に抱き上げられ、彼の腕の中へ戻された。温かくて馴染みのある抱擁から離れると、彼は再び泣き出した。しかし、どんなに泣いても、初哉は一向に動じることなく、ただ無言で立っている。私は少し胸が痛んだ。ルウ君が泣きすぎて何か問題を起こすのではないかと心配になり、声をかけた。「ベッドで寝かせておいても大丈夫だよ。ルウ君が悲しんでいる」初哉はただ私をじっと見つめて、目の中に心配の色を浮かべていた。「君の方が大事だ」あまりにも眠くて、頭がぼんやりとしたまま、私は再び深い眠りに落ちていった。高熱が突然やってきて、しばらくの間、私は病院に入院することになった。初哉とルウ君は毎日、病院に来て、私に食事を届けてくれた。おそらく、私の体がなかなか回復しないのを見て、初哉はどこからかもっと権威のある医者を探し出してきた。私は二人の会話を聞いていた。「二人、どういう関係なんだ？友達だなんて言わないでくれ。君がそんなに他の友達に親身になっているのを見たことがない」初哉は黙っていた。友達はさらに続けて聞いた。「君の息子、ちょっと彼女に依存しすぎじゃないか？それを放っておくのか？知らない人が見たら、ルウ君は彼女の子どもだと思うだろうよ」初哉はやはり何も言わなかったが、その指が突然、ズボンの縫い目をぎゅっと握り締めた。子どもが生まれたばかりの頃、彼はこういう言葉を何度も耳にした。【お前の息子、お前に似ているだけで、他の部分が全然似ていないな。その子、いったいどこから来たんだ？】その頃の彼は、ミルクの作り方すら知らず、よく温度が合わなかったり、濃度が違ったりした。ルウ君はしょっちゅうお腹を壊していた。だんだんと、医者も彼に慣れてしまい、会うたびに「こんなに子どもを苦しませて、父親として失格だろう？」と言われるようになった。厳密に言えば、彼は父親としては失格だった。ルウ君は彼の子どもであって、物理的な意味ではそ
もし私が忘れてなかったら 第6話
私の胸の奥から、抑えきれない苛立ちが込み上げてきた。ルウ君の名前は、初哉と彼の妻がとても仲睦まじいことを示している。しかし、彼のルウ君に対する態度は、まるで子供はただの意外に過ぎないと言わんばかりだった。私はふと、あの廊下の椅子で、彼が言った一言をようやく思い出した。「違う」そうだ。私が間違っていたのだ。初哉は、ルウ君を愛していない。私はルウ君を寝かしつけるのに、かなり時間がかかった。やっと眠りについた彼をベッドに戻したときも、ルウ君の手は私を離そうとしなかった。部屋を出る直前、心の中の苛立ちが抑えられず、私はつい初哉に噛みついてしまった。「一体誰の子なの？どうしてそんなに無関心でいられるの？冷酷無情な男ね」彼は相変わらず沈黙したまま、そこに立っている。私はもうこれ以上話しても無駄だと思い、そのまま背を向けた。だが、背後から彼の声が届いた。「ルウ君と君は、縁があるんだ。今日はありがとう。もうルウ君には、君を煩わせないように言っておく」私の胸が妙に締め付けられた。そんなつもりじゃなかった。夜勤を終えて家に帰ると、同僚たちのグループチャットに通知があった。開いてみると、私が盗撮されていた。写真の中で、初哉が私を強く抱きしめている。その背後には、まぶしいほど赤い「救急中」のライトが光っていた。【雨、正直に言いなさいよ。このイケメンとどういう関係？】【お似合いに見えるけど、彼、子どもいるんじゃなかったっけ？結構大きいよね？】【雨、イケメンだからって舞い上がっちゃダメよ。冷静にね】私はスマホを放り投げ、何も返信しなかった。しかし、あの赤いライトがまぶたの裏に焼き付き、頭痛を引き起こした。どうしてなのか分からないが、私は救急室のあの光景をひどく嫌悪していた。ぼんやりとした状態で、私は深い眠りに落ちていった。ただ、ぐっすり眠っていたことだけで、うつろな意識の中でまたひとつ夢を見ていた。心理カウンセリング室のガラスが粉々に砕け、老人が狂ったように私の髪をつかんで離さない。耳元には、心が引き裂かれるような泣き声が響く。「全部お前のせいだ！今どきの子がそんなに弱いわけない！お前みたいなヤブ医者が、うちの子を殺したんだ！かわいそうに！なんでお前が生き
もし私が忘れてなかったら 第5話
初哉は一瞬、体が硬直した。彼が顔を上げて、私を見たその表情は、憎しみだった。「雨、俺も聞きたい。君は本当に何も覚えていないのか？」私は記憶のことを追求しようとしたが、その時、救急室のドアが開かれた。初哉は数歩前に進み、ルウ君の状態を尋ね始めた。幸いにも、ルウ君は肺炎にかかっていただけで、数日間の入院治療で回復するとのことだった。ただ、彼の体は他の子供たちよりも弱く、病気になるとそれがとても深刻に見える。結局、記憶については何も聞けずに終わった。夜中、ルウ君が目を覚ましたとき、最初にしたことは病室の中をキョロキョロと見回すことだった。会いたい人がいなかったのを察した瞬間、ルウ君はすぐに涙を浮かべ、初哉を見つめながら泣き始めた。「パパ、雨ちゃんは来てくれなかったの？僕を捨てたの？」初哉は目を伏せて沈黙した。よく見ると、彼の顔にもわずかな悲しみが浮かんでいる。ルウ君だけでなく、彼自身もまた捨てられた側だったのだ。私はわざわざ一時間早く出勤して、彼らの様子を見に来た。私の登場のおかげで、病室の中の暗い雰囲気が少し和らいだ。ルウ君の目に光が戻り、まるでモーターのように手を振りながら叫んだ。「雨ちゃんよ。パパ、見て！雨ちゃんだ！僕のところに来てくれた！僕を捨ててないよ！僕、すごく雨ちゃんが会いたかった！」私の心は溶けてしまいそうだった。私は一歩前に出て、ルウ君を抱きしめた。彼は私の首筋にしがみついて、喉を鳴らしていた。ルウ君はもともと体が弱かったから、病気のせいでさらに痩せてしまっているように感じた。彼のぷくぷくした顔が小さくなった気がした私は、少し胸が痛んで、思わず優しくつまんでしまった。「私もルウ君が会いたかったよ。かわいそうね。最近はちゃんとパパの言うことを聞いて、元気になってね。分かった？」ルウ君は力強くうなずき、私の腕にしがみついたままだった。時間が過ぎ、スマホに打刻のリマインダーが届くと、私は席を立たざるを得なかった。立ち上がった瞬間、ルウ君が私の服の端を掴んだ。彼はポケットから先に私があげたあの飴を取り出し、私の手に押し込んだ。そして、涙をためた目で私を見つめた。「雨ちゃん、行かないで。ルウ君、雨ちゃんがいなくなるのが嫌だよ」私は彼の頭を撫でながら、
