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第90話

last update Dernière mise à jour: 2025-06-14 18:00:11
「そういえば、皇羽さんと大喧嘩した日もありましたね」

「……あったな」

 それは皇羽さんがレオをしていると、私が初めて知った夜のこと。

 「大嫌いな Ign:s のレオと一緒に住めない」と私が言った時。

 皇羽さんは顔を歪めて、こんな事を言った。

――俺がどんな気持ちでレオをやってるか、少しも知らないくせに

――俺だってお前が嫌いだ、何回も” Ign:s 嫌い”って言いやがって。デビュー曲が嫌いって言いやがって

 私を探すために玲央さんと揃ってアイドルになり、多忙な毎日を送っていた皇羽さん。

 私の幸せを願いながら、私のために歌詞を書いてくれた皇羽さん。

 その皇羽さんの想いを、再会した日から今まで私は否定し続けて来た。

 皇羽さんが怒るのも当たり前だ。

 もし私が皇羽さんなら、呆れてとっくに相手のことを嫌いになってる。

 だけど……

 皇羽さんは、ずっと私を好きでいてくれた。

 ずっとずっと。

 私だけを一途に想ってくれた。

――そんな事を言われても、俺はまだ萌々の事が好きなんだ。ずっと変わらずな

 あの日出会ったのが皇羽さんじゃなかったら、今も私は暗い顔をして過ごしていた。

 皇羽さんが私を諦めないでいてくれたおかげで、今こんなにも幸せなんだ。

「皇羽さん、あなたのおかげで過去を好きになれそうです」

「俺のおかげ、か。光栄だな」

「ふふ」

 過去を思い出すのは辛かったし、苦しかった。ティッシュ配りのバイトだって、思い出すだけで何度も胸が締め付けられた。

 だけど、今なら分かる。あのバイトを引き受けたのは運命だったんだ。私と皇羽さんが出会うために、私の人生において必要なことだったんだ。

 あの日、バイトをして良かった。

 皇羽さんに出会えて、本当に良かった。

「皇羽さんは、私を嫌いになった事がありますか?」

「嫌い?」

「事情を知らなかったとはいえ、散々ひどい事を言ってきたので……」

 すると皇羽さんは目を瞑り、何やら考えている様子。だけど口元を緩ませ、「ないな」と、きっぱり否定した。

「売り言葉に買い言葉を言ったことはあれど、萌々を嫌った事は一度もない。だけど……」

「?」

「歌を聞いた萌々が希望を持って幸せになればと思って書いた『Wish&』の歌詞が、まさか裏目に出るとは思わなかった。嫌われていると知った日は、さすがに凹んだぞ」

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