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インキュバスの育成ルール

インキュバスの育成ルール

By:  少女の呟きCompleted
Language: Japanese
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私はネット通販で、イケメンでクールなインキュバスを一体ポチった。 けど、届いたそいつはなんかずっと唸ってるし、私をじっと見つめてくるし、体温も死ぬほど熱い。 病気なんじゃないかって心配になって、私は慌ててサポートセンターに問い合わせた。 私の説明を聞き終わった担当者は、黙り込んでしまった。 【お客様……もしかしてそのインキュバスは病気なんじゃなくて、ただお腹が空きすぎて……お客様とキスしたいとか、何か他の『悪いコト』がしたいだけ、とかじゃないですかね?】

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Chapter 1

第1話

私はネット通販で、大金叩いてインキュバスを一体ポチった。

商品詳細によれば、このインキュバスはイケメン、クール、そして腹筋はバキバキに割れていて、腰つきもヤバいらしい。

そして何より、「めっちゃデキる」らしい。この特性が私の心にブッ刺さった。迷うことなく、秒でポチった。

ところが注文した直後、サポートからDMが来た。

【お客様、いらっしゃいますか?】

【どうしたの?】

【先ほどご注文いただいたインキュバスですが、容姿は申し分ないものの、少々気難しい面がございまして。その上、成熟期を迎えているため、精力も……少々強すぎるきらいがございます。

もしこのタイプがお気に召さないようでしたら、一度キャンセルしていただき、当店から別の優しいタイプのインキュバスをお勧めすることも可能ですが】

私は返した。

【いらない。そういうクールで『デキる』タイプが、今すぐ必要なの】

するとサポートは、どこか意味深な祝福を送ってきた。

【承知いたしました。では、予定通りお客様のご自宅へ到着いたします。彼との毎日が、どうぞ幸せでありますように~】

数日後。広い肩幅に引き締まったくびれ、冷たい顔立ちのインキュバスが、我が家のドアをノックした。

彼を見た瞬間、私は一瞬我を忘れた。

インキュバスが一族揃って美形ぞろいで、容姿が人並外れているのは人類共通の認識だ。

けど、それにしてもイケメンすぎない?事情を知らなければ、どこかの高貴でクールなお坊ちゃまが、血迷ってホストにでもなったのかと誤解するレベルだ。

「ご主人様」

インキュバスが私を呼んだ。

その声はひどく冷めている。なのに、ふわふわした小さなブラシで耳の中をくすぐられるような、妙なむず痒さを感じた。

私は気恥ずかしさから手を振る。

「べ、別に主人なんて呼ばなくていいから。水野汐(みずの しお)……汐でいいよ。あ、あなたの名前は?」

「俺は朱鷺宮廻(ときのみや めぐる)」

そう言うと、廻は自分の尻尾を私の目の前に差し出した。先端が小さなハート型になっている、綺麗な尻尾だ。

「規則上、あなたが俺の尻尾を握らないと、引き渡し完了にならない」

「あ、はいはい」

私は慌ててその尻尾を握った。スベスベしていて柔らかい。オモチャのような、不思議な感触。思わずむぎゅっと握りしめてしまった。

「ん……っ」

廻が不意に息を詰めたような声を漏らす。力を入れすぎて痛かったのかと、私は慌てて尻尾を離して謝った。

「ご、ごめん。痛かった?」

廻は私をじっと見下ろし、喉仏を小さく動かした。喉の奥から、かすかに奇妙な音が響いている。ゴロゴロと。

「いや、こっちの心構えが足りなかっただけだ」

「そっ、そっか、よかった」

彼が緊張しすぎているのだと思い、私は慌てて慰めた。

「そんな緊張しなくていいよ。ちょっと休む?これから、いっぱい『力仕事』が待ってるんだから」

「あなたが望むなら、今すぐでも構わない」

「今?」

私は少し戸惑った。

「ん……まあ、いっか」

「ああ」

廻の喉の音が一層、はっきりとしてきた。

私は彼の手首を掴んで、優しく声をかける。

「なんでまだそんな緊張してるの?

大丈夫、ヤっちゃえばすぐに慣れるから。ほら、こっち来て」

廻は素直に私の後について、キッチンへと入った。そして、ピタリと固まった。

「……キッチンで?」

「そうだけど。どうかした?ベッドルームからのほうが良かった?」

気を利かせて尋ねてみた。

彼の視線が重く熱っぽくなる。

「……キッチンでいい」

私は頷いて、彼に向き直る。

そして、その熱い視線を浴びながら、新品の雑巾を彼の手のひらに押し付けた。

私は優しく告げた。

「はい、廻。今日は『デキる』インキュバスのあなたに、家事を手伝ってもらいたいの。食器洗い、できるよね?」

「……食、食器洗い?」

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松坂 美枝
松坂 美枝
面白かった!!! 陰鬱なもんばっか読んでるせいかこういうのがありがたく思える(笑) 主人公のおマヌケさやインキュバスの気苦労さもいちいち笑えるw なんなら私も一体欲しいわいくらするのかしら
2025-11-27 10:27:13
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10 Chapters
第1話
私はネット通販で、大金叩いてインキュバスを一体ポチった。商品詳細によれば、このインキュバスはイケメン、クール、そして腹筋はバキバキに割れていて、腰つきもヤバいらしい。そして何より、「めっちゃデキる」らしい。この特性が私の心にブッ刺さった。迷うことなく、秒でポチった。ところが注文した直後、サポートからDMが来た。【お客様、いらっしゃいますか?】【どうしたの?】【先ほどご注文いただいたインキュバスですが、容姿は申し分ないものの、少々気難しい面がございまして。その上、成熟期を迎えているため、精力も……少々強すぎるきらいがございます。もしこのタイプがお気に召さないようでしたら、一度キャンセルしていただき、当店から別の優しいタイプのインキュバスをお勧めすることも可能ですが】私は返した。【いらない。そういうクールで『デキる』タイプが、今すぐ必要なの】するとサポートは、どこか意味深な祝福を送ってきた。【承知いたしました。では、予定通りお客様のご自宅へ到着いたします。彼との毎日が、どうぞ幸せでありますように~】数日後。広い肩幅に引き締まったくびれ、冷たい顔立ちのインキュバスが、我が家のドアをノックした。彼を見た瞬間、私は一瞬我を忘れた。インキュバスが一族揃って美形ぞろいで、容姿が人並外れているのは人類共通の認識だ。けど、それにしてもイケメンすぎない?事情を知らなければ、どこかの高貴でクールなお坊ちゃまが、血迷ってホストにでもなったのかと誤解するレベルだ。「ご主人様」インキュバスが私を呼んだ。その声はひどく冷めている。なのに、ふわふわした小さなブラシで耳の中をくすぐられるような、妙なむず痒さを感じた。私は気恥ずかしさから手を振る。「べ、別に主人なんて呼ばなくていいから。水野汐(みずの しお)……汐でいいよ。あ、あなたの名前は?」「俺は朱鷺宮廻(ときのみや めぐる)」そう言うと、廻は自分の尻尾を私の目の前に差し出した。先端が小さなハート型になっている、綺麗な尻尾だ。「規則上、あなたが俺の尻尾を握らないと、引き渡し完了にならない」「あ、はいはい」私は慌ててその尻尾を握った。スベスベしていて柔らかい。オモチャのような、不思議な感触。思わずむぎゅっと握りしめてしまった。「ん……っ」廻が
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第2話
廻は手元の雑巾を見つめ、呆然とした表情を浮かべた。その顔には「困惑」「混乱」「理解不能」と書いてあるようだった。「そうだよ。もし洗い物ができないなら、床拭きとか、掃除とか、洗濯とか、他の家事でもいいから適当にやって」彼は信じられないような様子で問いかけてきた。「待て。あなた、俺を買ったのは……家事をさせるためなのか?」私は瞬きをした。「そうだけど。それ以外に何があるの?」「……」次の瞬間、インキュバスの喉から鳴っていたあの奇妙な音が、ピタリと止んだ。その通り。私が廻を買ったのは、家事をさせるためだ。この名案は、同僚の雑談を耳にした時に思いついた。その同僚もまた、ネット通販でインキュバスを購入していたのだ。給湯室で彼女はいつも、「うちのインキュバスったら働き者で素直なの。料理も洗濯も、家事全般を自ら進んでやってくれるし、毎晩もう死ぬほど幸せよ」と惚気けていた。他の同僚たちがニヤニヤと怪しい笑みを浮かべる中、どこか抜けている私は、あるキーワードだけをキャッチしたのだ。家事を手伝ってくれる!私の目が輝いた。社畜である私は、日々の激務に追われて部屋を片付ける暇もない。おかげで家の中はゴミ屋敷寸前の惨状だった。それが結構な悩みだったのだ。だから、家事のできるインキュバスなんて、コスパ最強じゃないか。それが、私が一番「デキる」と評判の廻をポチった理由だ。キッチンで仏頂面のまま皿を洗っている大きな背中を一瞥し、私は快適なベッドで眠りについた。それから一週間、この有能なインキュバス・廻は、黙々と家事をこなし始めた。最初は少し手際が悪かったが、二日もすれば完璧に慣れてしまった。すごく賢い。起きれば布団を畳んでくれる。顔を洗えばタオルを渡してくれる。仕事から帰れば、豪華な夕食ができている。寝る前には、ベッドを温めておいてくれるサービス付きだ。彼の残り香と体温で温められた布団に潜り込むと、私は満足げにため息をつき、骨抜きにされた気分になる。いい。すごくいい。さすが最高級のインキュバスだ。あまりにも実用的すぎる。唯一の疑問は、廻がずっと鳴っていることだ。喉の奥で、ゴロゴロと。最初は環境が変わって怯えているのか、緊張しているのかと思った。でも一ヶ月経っても、彼はまだ鳴っている。毎晩、私のベッドの脇
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第3話
呼吸がわずかに止まる。廻は私の名前を呼んだ。その声は、熱っぽく掠れていた。「汐……」彼が腕を上げて抱きつこうとしたその瞬間、まだ異常に気づいていない私はサッと身を引くと、親切心から甲斐甲斐しく布団をかけ直してあげた。上げようとした彼の手も、不穏にゆらゆら動く尻尾も、すべて無理やり布団の中に簀巻きにした。風邪が悪化したら大変だと、私はわざと真顔を作って警告した。「いい子にして。暴れちゃダメ。布団を蹴るのも禁止だからね」「……」廻はこの世の終わりみたいな顔をして目を閉じた。電気を消して、私は廻に背を向けて横になった。スマホを取り出し、沈痛な面持ちでアフターサービスのチャット画面を開く。【すみません、うちのインキュバス、なんか様子がおかしいんだけど】すぐに返信が来た。【お客様、飼育に関する基本的なトラブルについては、『インキュバス飼育マニュアル』をご参照ください】【申し訳ございません。前回、マニュアルをお送りするのを忘れておりました】私は憂鬱な気分で返事をした。【いいよ。でもマニュアルじゃ解決しないと思う。たぶん病気だから。それも結構重い病気】担当者は心配そうに尋ねてきた。【お客様、そのインキュバスの症状を詳しく教えていただけますか?】【ずっと喉を鳴らしてるし、体温も異常に高いし、いつも恨めしそうに私をじっと見てくるの】【それは正常ですよ。お客様と一緒にいるのが嬉しいという証拠です】私は驚き、そして喜んだ。【なんだ、正常だったんだ。毎日家事をさせてたから、疲れが溜まって病気になったのかと思った】担当者が動揺したのがわかった。【家事?】【ちょっと待ってください、お客様はインキュバスに家事をさせているんですか??】私はきょとんとした。【違うの?広告に『すごくデキるから、人間に極上の幸せを与える』って書いてあったじゃん】【……】【なるほど、それでインキュバスの様子がおかしかったんですね】担当者は何か言いたげだ。その言葉に、私はまた焦り始めた。【え、じゃあやっぱり病気なの?】【お客様、彼は病気ではありません。ただお腹が空いているだけです】【お腹?ちゃんと毎日ご飯食べてるよ】意味がわからない。担当者は呆れたのか、怒涛の勢いで長文を送ってきた。【
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第4話
廻は光の速さで私の布団に潜り込んできた。いつの間にか上着を脱いでいるのはどういうわけだ。バキバキに割れた腹筋と引き締まった腰つきが、私の目を焼きつくさんばかりに輝いている。彼は枕に散らばった私の髪の毛先に、そっと顔を寄せた。そして上目遣いで、私をじっと見つめてくる。眉間から唇まで、舐めるように。その眼差しは重く、貪欲だ。……いくら「鈍感力」MAXの私でも、今隣に寝ているのが無口な「犬」なんかじゃないことはわかる。これは、侵略本能むき出しの「狼」だ。ただ、主人の許可がないから、爪を立ててこないだけだ。私はコホンと咳払いをし、気まずそうに謝った。「廻、ごめんね。インキュバスなんて飼ったことなかったから、生態を全然知らなくて……てっきり家事ロボットみたいなものかと勘違いしてたの」「気にしないで。汐のために家事をするのは好きだから」そう言っている間にも、彼の喉の音は激しさを増していく。もはや急かすようなリズムだ。私はゴクリと唾を飲み込み、さっき読んだマニュアルの最初のアドバイスを思い出した。【インキュバスが飢えている時は、まず自分から抱きしめさせてあげましょう。主人の体温と匂いは、彼らの焦燥感と渇きを効果的に癒やします】だから私は言った。「廻、もし本当に辛いなら、私を抱きしめてもいいよ」「……いいのか?」彼の目が輝き、腕を伸ばして私を抱きしめた。最初は行儀が良かった。だがすぐに、私が顔を赤くするだけで嫌がっていないのを見て取ると、彼は大胆になってきた。片手で背中を押し、もう片方の手で腰を抱く。尻尾は私の太ももにピタリと吸い付いている。首筋に顔を埋めて匂いを嗅ぎ回り、熱い吐息を吹きかけてくる。私の意識がだんだん朦朧としてきた。ヤバい。このインキュバスの腹筋、ガチで本物だ。なんか、マジで値段以上の価値がある気がする。廻はしばらくすり寄っていたが、突然しゃがれた声で言った。「汐……まだ苦しい」こっそり腹筋の形状を観察してのぼせ上がっていた私は、無意識に聞き返した。「じゃあ、どうしたいの?」彼は顔を上げた。「……キスしても、いいか?」「……」私は躊躇った。「それはちょっと……」さすがに親密すぎる。正直、恥ずかしい。廻はガックリと目を伏せた。「わ
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第5話
インキュバスを甘やかした末路がこれだ。私の唇はパンパンに腫れ上がり、舌には傷までできてしまった。喋るだけで痛い。元凶である廻は、氷嚢を持って甲斐甲斐しく私の腫れを冷やしている。たっぷり「食事」をして満足したのか、廻はまたあのクールで無口な様子に戻っていた。「痛いか?」「うん、平気」私は顔を赤らめて首を振った。手は無意識に彼の尻尾をニギニギしている。だって、私も相当なむっつりスケベなのだ。さっきのキスは正直、最高だった。さすがインキュバス。人間の理性を吹き飛ばすのが上手すぎる。魂を抜かれるというか、何もかも投げ出して、ただひたすら彼とイチャイチャ溺れたいと思わせる魔力がある。さっきの刺激的で恥ずかしいシーンを思い出し、私は小さく咳払いをして、なんとか理性をかき集めた。ちょっと真面目な話をしよう。そうしないと、また理性が飛んで襲いかかってしまいそうだ。「ねえ廻。インキュバスって、お腹が空いたら……ゴホン、つまり『アレ』な意味でお腹が空いたら、主人と濃厚接触しないと治らないの?」廻は頷いた。「ああ」「じゃあ、前の主人ともそうしてたの?」「してない」廻は即答した。「俺に前の主人なんていない。主人は汐、あなただけだ」私は驚いたが、すぐに納得した。「まあそうだよね。あなたを買って、返品する人なんていないだろうし」彼は首を振った。「そうじゃない。インキュバスには上級と下級がある。下級は人間に買われて飼育されるしかないが、上級のインキュバスは人間社会で自由に生きられる。人間と対等の地位を持ち、時には巨万の富さえ築く者もいる」「こんなにイケメンなのに、下級なの?」私は納得がいかなかった。「あなたより顔がいいインキュバスなんているわけ?誰よ、あなたを下級にランク付けした節穴は」廻の瞳に、深い混乱の色が走った。彼は少し躊躇ってから口を開いた。「わからない。俺は記憶を失っているらしい。店長に拾われたんだ。身分証明のないインキュバスは、人間に買われるのを待つしかないから」私は胸が締め付けられた。脳内で瞬時に、廻の波瀾万丈で悲惨な生い立ちがドラマのように再生された。これぞまさに「薄幸の美青年」ってやつだ。私は居ても立っても居られず、彼を抱きしめて慰めた。「大丈夫。今は私がいる
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第6話
もちろん、捨てるなんてありえない。もし廻を動物に例えるなら、ヤマネコといったところか。クールで気位が高くて、自分の意志をしっかり持っている。むしろ、捨てられるのは冴えない飼い主である私のほうかもしれない。顔は平凡、財布は空っぽ。そんな私が、こんな美形のインキュバスと一緒にいられるだけで、奇跡的な幸運なのだ。翌朝、出勤の時間が迫っていたが、私はこの温かいベッドから離れがたくて仕方がなかった。以前は、廻のことをただの「家事パートナー」だと思っていた。けれど昨晩のキス以来、その感情は明らかに変質していた。言葉にできない独占欲が、ふつふつと湧き上がってきた。「廻、最近物騒だから、絶対に外に出ちゃダメだよ。あなたみたいに綺麗なインキュバスは、悪い人間にすぐ捕まって売り飛ばされちゃうから。私、もうあなたを買い戻すお金ないんだからね」「ああ」「食材とかは、私が帰ってから買うし、一緒に行ってもいいから」「わかった」廻はクールに頷いているが、喉の奥はずっと鳴りっぱなしだ。ゴロゴロ、ゴロゴロと。彼は伏し目がちに、私の世話を焼くふりをしながら、マフラーを丁寧に整えてくれている。マニュアルを熟読して賢くなった今の私には、もう鈍感さなど微塵もない。彼が私の唇に視線を釘付けにしていることに、鋭く気づいてしまった。口角から唇の膨らみまで、舐めるように。その視線は熱く、渇望に満ちている。私は言葉を切り、思わず喉を鳴らした。めっちゃほしい!「廻、もしかして……お腹空いてる?」「……ああ」「キスがいい?それともハグ?」「ご主人様……両方とも……ダメか?」廻の声が低く響く。その呼び方にゾクッとして、私は無意識に頷いてしまった。「もちろんいいよ。こういうことは許可なんて取らなくていいから。全部オッケーだから」言い終わるか終わらないかのうちに、肩をトンと押された。勢いで背中がドアに密着した瞬間、目の前が大きな影に覆われた。一晩明けて、廻はまた飢えていたのだ。玄関先で、チュッ、クチュッという水っぽい音が響き渡る。私は頭が真っ白になるほどキスされ、心臓は早鐘を打っていた。階段を降りてくる隣人に、この破廉恥な音が聞こえていないか心配になるレベルだ。結局、遅刻して皆勤手当が飛ぶという社畜の厳しい現実を思い出し、私は泣く泣
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第7話
廻はあんなにイケメンなのに、私ごときと極貧生活を送らせるなんて忍びない。来たれ!金よ!ビッグマネー、カモン!「一攫千金、一攫千金」と祈るように唱えながら帰宅すると、部屋は真っ暗だった。あれ?うちのインキュバス、買い物にでも行ったのか?大人しくしてろって言ったのに。近所のスーパーに探しに行こうと踵を返した瞬間、ちょうど階段を上がってきた廻と鉢合わせた。私の顔を見ると、彼はどこか気まずそうな表情を浮かべた。「……帰ってたのか?」私は頷き、何気なく尋ねる。「家にいなかったじゃん。どこ行ってたの?」「食材を買いに行っていた」「そう。で、荷物は?」私は手ぶらのインキュバスをジロリと疑いの目で見やる。廻は少し沈黙した後、謝った。「すまん。買い直してくる」そう言って踵を返そうとする彼を、私は引き止めて優しく言った。「買いに行かなくていいよ。まだ家にいっぱいあるし」「……ああ。じゃあ、飯を作る」彼はスリッパに履き替え、キッチンへと向かった。おかしい。いつもなら私が帰るなり、玄関で待ち構えていた彼は、喉をゴロゴロと盛大に鳴らしているはずだ。なのに今夜は無音。調理しながら心はここにあらずといった様子だ。いつもあざとく揺れて私を誘惑している綺麗な尻尾も、悩み事があるのか力なく垂れ下がっている。廻の様子がおかしい。一体どうしたんだろう?それから数日、廻はずっと奇妙な様子だった。喉は鳴っているし、「飢えて」もいる。なのに、ただ行儀よく私のそばに伏せて、複雑な光を宿した瞳で私を見つめてくるだけだ。逆に私の方が我慢できなくなって、彼の顔中を唾液まみれになるまでキスし倒し、尻尾もぐちゃぐちゃになるまで弄り回してしまった。家事は相変わらず完璧に、いや、以前よりも完璧にこなしてくれるおかげで、干物女の私はますますダメ人間に退化していた。だが、仕事から帰ると廻がいないことが何度もあった。コソコソと何かをしているようだ。ある日、我慢できずに聞いてみた。「ねえ廻、最近何かあったの?」私の靴下を洗っていたインキュバスは、言葉を濁した。「いや……ただ、俺の家族が見つかったかもしれない」私は驚いた。「本当!?それ、すごいいい事じゃん。会社休んでついていこうか?確認とか、再会と
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第8話
「ああ」廻は素直に上着を脱ぎ捨てた。寝室の暖かな間接照明の下、その完璧な肉体が露わになる。バキバキに割れた腹筋に、引き締まった雄々しい腰。へその下から股間へと伸びる際どい筋肉のラインが、パジャマのズボンの奥へと消えている。私はゴクリと生唾を飲み込んだ。心臓の音がうるさいくらいに鳴り響いている。唸っている廻の声よりも、私の鼓動の方が大きいくらいだ。「脱いだぞ」「ズ、ズボンも脱いで。いい子は言われなくても自分でやるものでしょ?」「汐」彼は動こうとせず、上目遣いで私をじっと見つめた。そして私の手を掴み、自分のズボンの紐へと導いた。「あなたが脱がせてほしい。俺のすべては、あなたのものだから……ご主人様」その服従の証ともいえる呼び名に、私は腰が砕けそうになった。震える手を、ゆっくりと伸ばす。……こうして、私たちは一夜を過ごした。幸い翌日は土曜日で、皆勤手当のために必死で起きる必要はなかった。けれど、目を覚ました時、既に廻の姿は消えていた。朝食は作られていて、服も綺麗に畳まれていた。私は噛まれて切れた唇に触れ、胸にぽっかりと穴が空いたような虚しさを感じた。それから二日間、私は抜け殻のように家で寝込み、またわずかな皆勤手当のために定時出社する社畜生活に戻った。毎日は平凡で、クソみたいだった。ふとした瞬間に、部屋の隅に廻が忘れていった小さな私物を見つけては、ぼんやりと見つめ、身体中から「死んだ」気配を漂わせるだけの日々。彼は家族と再会できたんだろうか?家族は彼に優しくしてくれているだろうか?記憶は戻ったんだろうか?もう半月も経つけど、帰ってくるつもりはあるんだろうか?はぁ。廻は本当に、気まぐれなヤマネコと同じだ。簡単に飼い主を捨てやがって。こんなことなら、彼を家に鎖で繋いで、毎日ベッドを温めさせたり靴下を洗わせたりすればよかった。それから数日後のことだ。会社に着くと、近くの席の同僚たちが何やら新しいゴシップで盛り上がっているのが聞こえてきた。「ねえ聞いた?朱鷺宮財閥の行方不明だったあの人、見つかったらしいよ」「ニュースで見たよ。可哀想に、あんな大富豪の御曹司が、ライバル会社にハメられて記憶喪失になってたんでしょ?でももう完治したらしいけど」「その御曹司、名前なんて言ったっけ?」「朱鷺宮廻
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第9話
……?私は戦慄した。瞬時にあることに気づいてしまった。もし廻が記憶を取り戻した後、我が家で靴下や下着を洗わされ、その他諸々の家事をさせられていたことを「屈辱」だと感じたとしたら?彼はその落とし前をつけに私のもとへ来るのではないか?答えはイエスだ。彼は十中八九、干物女である私をミンチにして犬の餌にし、鬱憤を晴らすだろう。私は躊躇もなく大家に連絡した。何をする?っと聞くまでもない!退去して夜逃げだよ!さもないと、ここに留まって廻に噛み殺されるのを待つだけだ!私はほうほうの体で部屋から引っ越した。幸い、廻が家にいた頃は、彼に家事をさせたりイチャイチャしたりするのに忙しくて、具体的な勤務先までは教えていなかった。だから、すぐには私の居場所を見つけられないはずだ。しばらく息を潜めて暮らしていたが、誰も私を粛清しに来る気配はない。張り詰めていた神経が、少しずつ緩んでいった。私がビビりすぎだったのか?廻のような上級インキュバスは、多くの人間よりも地位が高い。私のような一般人をいじめたところで、何の達成感もないだろう。それに記憶が戻ったのなら、私のことなんてとっくに忘れているかもしれない。後者の可能性に思い至ると、胸が苦しくなり、悔しさがこみ上げてきた。私は数日間、無気力に過ごした。まあいい。お金を貯めて、新しいのを買おう。今度買うインキュバスは、あくまで主人である私の家事を手伝うための存在だ。絶対に恋なんてしない。そう。恋だ。廻がいなくなって初めて、自分が実は彼をすごく好きだったことに気づいたのだ。私は遠回しに同僚に聞いてみた。「人間がインキュバスを好きになるのって、普通なのかな?」同僚は笑った。「人間にとってインキュバスは、良く言えばペット、悪く言えば性欲処理の道具か娯楽でしょ。そこに本気で感情を注ぐ人なんて珍しいよ」私はその言葉を聞いて、長く黙り込んだ。私は廻をペットだなんて思ったことはないし、ましてや道具扱いなんてしたこともない。ただ、彼が好きだった。キスしたい、抱きしめたい、一緒に生きていきたいと思っていた。その月の給料が出ると、私は再びあのネットショップを訪れた。コスパが良く、どこか廻に面影が似ているインキュバスをポチった瞬間、サポートからチャットが飛んできた。担当者は親切に
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第10話
今、彼はまるで獲物を狙う獣のような目で、私を睨みつけている。「汐、よくも俺を捨ててくれたな?」終わった。捕まってしまった。私はとっさにドアを閉めて夢遊病のふりをしようとしたが、廻は土足でズカズカと上がり込んできた。彼は大した力も使わず、私を壁に押し付けた。「逃げんなよ。俺を捨てただけじゃ飽き足らず、他のインキュバスを買うだと?汐……あの時、あなたみたいな薄情な飼い主は、鎖で繋いで連れて行くべきだったな」彼は冷ややかに脅しながら、片手で私の首を掴んだ。まるで、私を繋ぐ鎖の長さを測っているかのように。ただ……ゴロゴロ、ゴロゴロ……インキュバスの凶悪な脅し文句の合間に、我慢できないといった様子の鳴き声が混じっている。絶え間なく、聞き覚えのある音が聞こえる。これは!土下座して命乞いをしようと焦っていた私は、信じられない思いで彼を見つめた。鳴っているということは、飢えているということだ。つまり、私とキスしたい、抱きしめたい、あるいはもっと別のことがしたいということだ。復讐しに来たわけじゃないんだ。私は急に怖くなくなった。必死で笑いを堪えながら言う。「文句言う前に、先にキスしたら?」「……」図星を突かれた廻は、バツが悪そうに顔をしかめた。ものすごく不機嫌な顔だ。彼はコホンと咳払いをする。「誰があなたとなんか」「でも鳴ってるじゃん。飼い主として、満足させてあげないと」「……その飼い主に捨てられたんだが?」廻は不機嫌そうに言ったが、首を掴んでいた手は離してくれた。私はすかさず彼の首に腕を回し、甘い声で私のインキュバスをなだめた。「捨ててないよ。あなたの正体を知っただけ。記憶が戻ったら、私に飼われてたことを屈辱に思って復讐されるんじゃないかって、怖くて逃げたの」それを聞いた廻も、ようやく弁解を始めた。「復讐なんて考えてない。なかなか帰れなかったのは、片付けなきゃいけないことが山積みだったからだ。やっと終わって迎えに行ったら、あなたはもう引っ越してるし。調べさせたら、ネットでまた別のインキュバスを買ってるし。……ご主人様、俺だけを飼うって約束しただろ?」声は冷たいが、そこには拗ねた響きが含まれていた。伏し目がちなその表情、目尻のラインがあまりにも美しくて、守りたい気持ちをそそるその姿に、
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