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第9話

Auteur: NJマスター
追い打ちをかけるように、竜也の体にも異変が見つかった。

定期健診で異常を指摘され、精密検査を受けた結果、胃がんの末期だと診断された。

医師は、長く続いたストレスや乱れた食生活、無理の積み重ねも無関係ではないと言った。

病に削られていく体。

立て直せないまま傾いていく会社。

そして、消えない後悔。

そのどれもが、かつて誰よりも誇り高かった竜也を、少しずつ壊していった。

病室のベッドに横たわり、竜也は白い天井を見つめていた。

浮かんでくるのは、私と過ごした時間ばかりだった。

あの模型を直していたときの、私の横顔。

彼のわがままを、いつも黙って受け止めていた私の姿。

そして最後にたどり着くのは、あの個室だった。

風香をかばうために、私の頬を打ったあの瞬間。

涙が、音もなくこぼれた。

後悔しても、もう何も戻らなかった。

やがて稲富グループも限界を迎えた。

雨の荒れた夜、会社は破産手続きに入ることを発表した。

かつて誰もが見上げた竜也は、愛も、健康も、事業も、尊厳も失い、静まり返った明け方、後悔だけを抱えたまま息を引き取った。

そのそばに、誰の姿もなかった。

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  • インターンの食べ残しで婚約破棄   第9話

    追い打ちをかけるように、竜也の体にも異変が見つかった。定期健診で異常を指摘され、精密検査を受けた結果、胃がんの末期だと診断された。医師は、長く続いたストレスや乱れた食生活、無理の積み重ねも無関係ではないと言った。病に削られていく体。立て直せないまま傾いていく会社。そして、消えない後悔。そのどれもが、かつて誰よりも誇り高かった竜也を、少しずつ壊していった。病室のベッドに横たわり、竜也は白い天井を見つめていた。浮かんでくるのは、私と過ごした時間ばかりだった。あの模型を直していたときの、私の横顔。彼のわがままを、いつも黙って受け止めていた私の姿。そして最後にたどり着くのは、あの個室だった。風香をかばうために、私の頬を打ったあの瞬間。涙が、音もなくこぼれた。後悔しても、もう何も戻らなかった。やがて稲富グループも限界を迎えた。雨の荒れた夜、会社は破産手続きに入ることを発表した。かつて誰もが見上げた竜也は、愛も、健康も、事業も、尊厳も失い、静まり返った明け方、後悔だけを抱えたまま息を引き取った。そのそばに、誰の姿もなかった。汐ヶ原の春は、明るく穏やかだった。私と真司の結婚式は、ささやかだったけれど、温かいものになった。家同士の都合から始まった縁ではあったが、式にあったのは、親しい人たちからの祝福だけだった。真司と進めていた事業も、少しずつ形になっていった。私たちは夫婦であり、仕事の上でも、自然と息の合う相手になっていた。真司は、私の考えをきちんと聞いてくれる人だった。私もいつの間にか、彼の言葉を信じられるようになっていた。ある日、秘書がいつもの報告の終わりに、昔の知人たちの近況をいくつか口にした。その中に、竜也の訃報も混じっていた。その名前を聞いても、心はもう動かなかった。遠い日の出来事をふと思い出したような、静かな感覚だけが残った。あの名前も、あの顔も、かつて私を焼くほど苦しめた感情も、いつの間にか遠い記憶になっていた。「どうした?」真司が温かいミルクを差し出してくれた。「何でもない」私はそれを受け取り、そのまま真司の肩を抱き寄せた。「もう関係のない、昔の話です」真司は小さく笑った。それ以上は何も聞かず、そっと私の肩に頭を預ける。

  • インターンの食べ残しで婚約破棄   第8話

    絶望のあまり、竜也の行動は少しずつ常軌を外れていった。彼は汐ヶ原へ飛び、私に会おうとした。けれど、私の滞在先のホテルまで押しかけたところで、ロビーのスタッフに止められた。「申し訳ございません。ご本人様の確認が取れない限り、お部屋へお取り次ぎすることはできません」「俺が誰かわかってるのか。稲富グループの稲富竜也だ。朔乃に取り次げ。俺が来ていると伝えればわかる」竜也はそのままエレベーターのほうへ踏み出そうとした。スタッフはすぐに前へ出て、インカムで支配人に確認を取った。「支配人、稲富グループの稲富様が、有栖川様へのお取り次ぎを希望されています。……はい、承知しました」返答を聞くと、スタッフは竜也に向き直った。「有栖川様より、事前のお約束のない方はお通ししないよう伺っております。恐れ入りますが、これ以上はご遠慮ください」結局、竜也が送ってきた贈り物も手紙も、箱も封筒も開けられないまま、そのまま送り返された。雨の夜、竜也は今度は汐ヶ原にある私の住まいの前に現れた。「朔乃――!一度でいい、顔を見せてくれ!俺が間違ってた。頼む、謝らせてくれ!」雨に打たれながら、彼はその場を離れなかった。そうすれば、私が少しは心を動かすと思ったのだろう。私は防犯カメラに映る、ずぶ濡れの姿を一度見ただけで、管理スタッフに連絡した。「エントランス前にいる男性が、少し取り乱しているようです。危険がないよう見てください。近隣やほかの入居者の迷惑にならないよう、対応をお願いします」「承知しました、有栖川様」しばらくして、見かねた当直の管理スタッフが外へ出た。黒い傘を差し、竜也の前で足を止める。「失礼します。かなり濡れていらっしゃいます。このままだとお体に障ります。有栖川様はお会いになりません。お車を手配しますので、ホテルへお戻りください」竜也は顔を上げた。雨水が頬を伝い、青ざめた顔にいっそう生気がなく見える。「そんなに俺に会いたくないのか。一目見ることも、できないのか」管理スタッフは困ったように目を伏せ、何も言わずに首を振った。会いに行っても拒まれ、送ったものも返される。そのたびに竜也は、自分がもう私の人生から締め出されたのだと思い知らされた。残っていた誇りも、すがるような期待も、少しずつ削られてい

  • インターンの食べ残しで婚約破棄   第7話

    それからの竜也は、後悔に追い立てられるように、私の行方を探し続けた。使える伝手はすべて使い、私がどこにいるのかを調べさせた。私が汐ヶ原にいて、黒江家の跡取りである真司と会っていると知ると、竜也はますます焦りを募らせた。何度電話をかけても、私にはつながらない。別のLINEアカウントを使って連絡してきたこともあったが、それも私のところまでは届かなかった。挙げ句の果てには、こちらの秘書にまで連絡を取ろうとしたが、当然、取り次がれることはなかった。それでも諦めきれず、何度目かわからない電話をかけてきたときだった。思いがけず、通話がつながった。「朔乃!俺だ!」竜也の声は、焦りで震えていた。「頼む、少しだけでいい。話を聞いてくれ。俺が間違ってた。風香はもう会社から追い出したし、二度と関わらない。だから……戻ってきてくれないか。もう一度、俺にやり直す機会をくれ」「もういい」私は彼の言葉を遮った。「もう終わったの。これ以上、私の生活に入ってこないで」「終わってない!」竜也はすがるように声を荒らげた。「俺たち、何年一緒にいたと思ってるんだよ。そんな簡単に忘れられるわけないだろ。まだ俺のことが好きなんだろ?怒ってるだけなら、いくらでも謝る。俺に何をしてほしいのか言ってくれ」不思議と、声は乱れなかった。「勘違いしないで。私はもう怒ってない。ただ、あなたがいなくても平気になっただけ。昔のことは、もう昔のこととして置いてきたの。あなたも、前を向いて」電話の向こうで、竜也が息をのむ気配がした。「そんなはずない……そんなに簡単に忘れられるわけがない。俺たちは、あんなに……」「竜也」私は静かに彼の名前を呼んだ。「もう、都合よく考えないで。あなたは何度も風香を選んだ。そのたびに、私の話は聞かなかった。私を叩いたあの日で、全部終わったの。稲富グループの社長なら、最後くらい見苦しいことはしないで」私は通話を切り、その新しい番号もブロックした。切れたスマホを握ったまま、竜也はしばらくその場から動けなかった。やがて、その場に崩れ落ちる。声を抑えることもできず、子どものように泣いた。そのときになって、ようやく思い知った。かつて自分を何より大切にしてくれた朔乃は、もう戻ってこない。

  • インターンの食べ残しで婚約破棄   第6話

    ほどなくして、電話はつながった。「もしもし、竜也くん?」電話に出た朔乃の母の声は、いつもと変わらず穏やかだった。竜也は深く息を吸い、どうにか声を落ち着かせた。「おばさん、朔乃が……出資を引き揚げて会社を辞めたこと、ご存じですか」「知っています」短い返事に、竜也の胸が重くなる。「じゃあ……朔乃は今、どこにいるんですか。連絡がつかないんです。電話もLINEも、全部つながらなくて……」最後の言葉は、思ったよりも頼りなく響いた。受話口の向こうで、しばらく沈黙が続いた。やがて聞こえてきた朔乃の母の声は、やはり落ち着いていた。けれど、以前のような親しさはもうなかった。「竜也くん、朔乃はもう汐ヶ原へ向かいました。あの子がどうしてそうしたのか、あなたが一番よくわかっているはずです」「俺は……」竜也は言葉に詰まった。「有栖川家と稲富家の縁談は、これで終わりにします」朔乃の母の声に、迷いはなかった。「朔乃は汐ヶ原でやり直します。あなたも、これからのことをよく考えてください」「おばさん、待ってください!」竜也は思わず声を上げた。「おばさん、待ってください。俺、朔乃にちゃんと話したいんです。謝らせてください。一度だけでいいんです」「必要ありません」朔乃の母は、少しも声を荒らげなかった。それなのに、竜也にははっきり拒まれたのだとわかった。「竜也くん、傷つけておいて、あとから謝ればいいというものではありません。うちの娘は、そこまで自分を安く扱われるような子ではありませんから」そこで、朔乃の母は少しだけ間を置いた。「長い付き合いですから、最後に一つだけ。人を見る目を持ちなさい。どうか、これ以上間違えないように」通話が切れても、竜也はスマホを握ったまま動けなかった。顔から血の気が引いていく。朔乃の母が最後に残した「これ以上間違えないように」という言葉が、何度も頭の中で繰り返された。いつも穏やかだった朔乃の母の声が、今ははっきりと自分を拒んでいた。その事実に、竜也はようやく取り返しのつかないところまで来たのだと思い知った。「どうでした?竜也さん。朔乃さんのお母様も、きっと怒っていらしたんでしょう?」風香がまたそばへ寄ってきた。気遣うような顔で、言葉を重ねる。「や

  • インターンの食べ残しで婚約破棄   第5話

    竜也の表情から、すっと温度が消えた。「誰が押した」駆け込んできた社員は、慌てて首を振った。「わ、私じゃありません……さっき有栖川さんが退職の手続きにいらして、私のスマホを使って押されたんです」「退職?誰が認めた」「有栖川さんは株主でもありますし、社内規定上、ご自身で決められることになっていまして……そ、その規定は、社長がお決めになったものです」「彼女の持ち株はどうなっている」「数日前に、すでに出資を引き揚げられています」「引き揚げた?そんなはずがない」竜也の胸に、かすかな不安がよぎった。けれど風香はそれに気づかず、なおも言葉を重ねた。「朔乃さんは、竜也さんに折れてほしいだけなんです。わざと突き放して、追いかけてほしいんだと思います。竜也さん、乗せられないでください」竜也は答えなかった。スマホを握ったまま、画面を見つめる。朔乃にメッセージを送ろうとして、そこでようやく気づいた。自分が、とっくに朔乃をブロックしたままだったことに。風香は小さくため息をつき、気遣うような声を出した。「本当は、前から少し気になっていたんです。朔乃さんって、竜也さんとは合わないのかもしれないって。竜也さんが誰かと話すだけで、すぐ不安になってしまうみたいですし……今回もきっと、竜也さんに謝ってほしいだけなんですよね。竜也さんの気持ちまでは、考えられていないんだと思います……」竜也の指が止まった。その瞬間、いくつもの思い出が、勝手に頭をよぎった。寒い冬の日、朔乃が彼の手を包み込んで温めてくれたこと。激しい雨の中、自分は濡れながら、彼に傘を差しかけてくれたこと。彼が腹痛で動けなかった夜、朔乃が薬局を何軒も回って、胃腸薬と温かい飲み物を買ってきてくれたこと。どれも些細なことのはずなのに、今さらになって胸の奥をざわつかせる。それが後悔なのか、苛立ちなのか、竜也にはまだわからなかった。「もういい、風香」竜也がようやく口を開いた。その声は低く、どこかこわばっていた。風香は一瞬言葉を失い、すぐに傷ついたような顔をした。「竜也さん、私はただ、心配だっただけです……こんな暑い日に、竜也さんがこんなにつらい思いをしているのに、朔乃さんはメッセージひとつ返さないんですよ。私なら、絶対にそ

  • インターンの食べ残しで婚約破棄   第4話

    翌日、私は会社へ荷物を取りに戻った。私専用の休憩室の扉を開けると、風香がやけに短いスカート姿で、私のデスクに脚を投げ出していた。部屋の中は、彼女の私物で埋まっている。私のものは、廊下に乱暴に放り出されていた。この休憩室は、竜也が昔、私のためだけに作ってくれた場所だった。社内の誰もがそれを知っていて、勝手に入ろうとする人なんていなかった。今の風香のやり方は、私の顔を真正面から踏みにじるようなものだった。言い争う気にもなれず、私はその場で警察に電話をかけた。警察で事情を聞かれているあいだ、風香は明らかに落ち着きをなくしていた。「私はただ、竜也さんに頼まれて資料を取りに行っただけです。こんなことで警察沙汰にするなんて……」「頼まれたなら、先に私に確認するべきだったんじゃない?あそこに置いてあるものは、私物よ。勝手に入って、勝手に触っていいものじゃない」私が言い切ると、風香は口をつぐんだ。けれど次の瞬間、その目にみるみる涙がたまっていく。嫌な予感がして振り返ると、案の定、竜也が立っていた。その顔は、すでに私を責めていた。「竜也さん!」風香は泣き声をにじませ、彼の胸に飛び込んだ。「私、本当に資料を取りに行っただけなんです……でも朔乃さん、私のことがそんなに嫌いみたいで……どうしても私を泥棒にしたいみたいなんです。竜也さんにもらったものだけで、家の中はもういっぱいなのに……私が朔乃さんのものを欲しがるわけないじゃないですか……」あの小さな部屋は、かつて私だけの逃げ場所だった。私が彼のために、あの映画に出てくる建物の模型を作ったあと、竜也が返してくれた贈り物でもあった。あそこには、二人だけの時間があまりにも多く残っていた。せめてあの場所だけは、最後まできれいな思い出のまま残ってくれると思っていた。けれど竜也は、それさえ自分の手で汚した。彼は風香の肩を抱きながら、警察官に軽く頭を下げた。「すみません、誤解なんです。お騒がせしました」竜也は私を見た。その目に浮かんでいたのは、怒りというより、あからさまな軽蔑だった。「朔乃、見損なったよ。気に入らない相手なら、立場を使ってここまでするのか。相手はただのインターンだぞ」私が言い返す前に、風香がすがるように彼の袖をつか

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