私、有栖川朔乃(ありすがわ さくの)は、社内の会食で目を疑った。インターンの白石風香(しらいし ふうか)が、一口かじったアワビを、そのまま私の婚約者、稲富竜也(いなとみ たつや)の取り皿に入れたのだ。竜也は少しもためらわず、それを箸でつまんで口に運んだ。その夜、私は両家で進めていた縁談の書類を細かく破り、ごみ箱へ捨てた。竜也は眼鏡を外し、眉間にしわを寄せた。「アワビ一切れで、そこまでするのか?」「彼女が食べかけたものを、あなたは平気で食べたのよ」竜也は顔を上げ、薄く笑った。「朔乃、お前がそこまで面倒な女だとは思わなかった。わかった。そこまで言うなら、結婚はなしでいい。ただし、あとで泣きついてくるなよ」彼は、私がまた以前のように自分へすがると信じていた。けれど私は笑った。「わかった。その言葉、忘れないでね」私は、その日のうちに両親へ、政略結婚の相手を替えてほしいと切り出した。二人は驚いた顔をしたものの、それ以上は追及せず、その場で了承してくれた。案の定、竜也はすぐに私との連絡を絶った。ブロックされ、友だちからも消され、連絡先は一つずつ塞がれていく。あまりに手慣れていて、いつものやり方なのだと嫌でもわかった。彼は、私がまたこれまでのように自分から折れると思っていたのだろう。けれど今回は違った。画面に表示された友だち申請の通知を前に、私はしばらく指を止めていたが、最後まで承認を押さなかった。一週間後、社内チャットに通知が流れた。【本日、社長の誕生日会を開催します。全員参加でお願いします】場の空気を悪くしたくなくて、私は結局行くことにした。個室の扉を開けると、上座に座る竜也の隣で、風香が彼の耳元に寄り添うようにして話していた。二人は声を潜めて話し込み、周りが声をかける隙もないほど、そこだけが別の空間のようになっていた。笑い合うたびに距離はさらに縮まり、次の瞬間には唇が触れそうだった。私は視線を外し、隅の席を選んで、一人で酒を飲んだ。同僚たちは次々とプレゼントを渡しに行ったが、私は何もしなかった。しばらくして、誰かが私の前で足を止めた。顔を上げると、整った顔に不機嫌さを隠そうともしない竜也が立っていた。「朔乃、俺へのプレゼントは?」以前の私なら、こういう日の
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