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絶望の淵から、俺は這い上がる

絶望の淵から、俺は這い上がる

By:  ライチCompleted
Language: Japanese
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恋人の白石若菜(しらいし わかな)を親に紹介しようとした矢先、俺・新藤肇(しんどう はじめ)は、突然彼女と連絡が取れなくなった。 どうしたものかと焦っていると、スマホにフォロワー百万人を誇るカップル系インフルエンサーから、結婚式ライブ配信の通知が届く。 「あなたと過ごした日々は、私の人生で一番幸せな時間だった。周助、これからもずっとよろしくね。 フォロワー百万人を達成したら彼氏の顔出しをするっていう約束、ちゃんと守るよ」 画面の中では、ウェディングドレスに身を包んだ若菜が、幸せそうに微笑みながら男と結婚指輪を交換している。 共通の友人たちが、次々とコメントを書き込んでいる。 【5年越しで、ついに結婚だね!おめでとう】 【周助さんが誓いの言葉を読み上げるシーン、マジで感動した。尊すぎて泣ける】 俺の親友までもが、カメラに向かって誇らしげに宣言している。 「周助の恋を見守ってきた俺もようやく引退できるぜ」 画面に映る見慣れた顔ぶれを見ていると、突然、息が詰まりそうになる。 俺と若菜は、7年間付き合ってきた。 だが、彼女はそのうちの5年間、別の男を愛していたのだ。 周りの友人たちは皆知っていた。俺だけが蚊帳の外だった。 誰もがこの結婚式に参加し、2人を祝福している。 ただ一人、俺を除いて。

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Chapter 1

第1話

式場に駆けつけたとき、結婚式はちょうどクライマックスを迎えようとしていた。

多少距離はあったが、それでも一目で新郎が誰なのか分かった。

大学時代、学内一の人気者、黒沢周助(くろさわ しゅうすけ)だ。

式場は割れんばかりの拍手に包まれ、見慣れた顔ぶれが歓声を上げている。

「あの黒沢周助までオトすなんて、さすが若菜さんだね」

「若菜さんは資産が何千億もあるんだぞ。その気になればどんな男だって選び放題だろ」

「あの腕時計、見たか?若菜さんがオークションで金に糸目をつけずに競り落としたんだってさ。とんでもない値段らしいぞ!御曹司と令嬢のカップルなんて、最高じゃねえか!」

信じられない思いで、壇上の若菜を見つめる。

彼女は高級ブランドのウェディングドレスに身を包み、優しく微笑みながら、周助の手首に腕時計をつけている。そして2人は口づけを交わした。

ダイヤモンドが放つまばゆい輝きに、思わず目がくらむ。

だが、俺と付き合っていた頃の若菜は、呆れるほどケチだった。

俺への誕生日プレゼントは、買い物のおまけでもらったキーホルダーだった。珍しく入院中の俺を見舞いに来たかと思えば、俺への差し入れまでちゃっかり持ち帰っていく始末だ。

耳をつんざくような歓声の中、若菜が何気なく振り返り、俺と目が合った。

そして、彼女はぴたりと動きを止め、反射的に周助と距離を取る。

声をかけようとしたとき、手首を強くつかまれた。

親友の小林圭太(こばやし けいた)が俺を式場の隅へ引っ張っていく。その顔にはあからさまな苛立ちが浮かんでいる。

「何しに来たんだ?この結婚式をぶち壊す気か」

圭太が着ている新郎の介添人の衣装に目をやる。

若菜と付き合い始めたばかりの頃、圭太は「お前は一生女に振り回される運命だな」と俺をからかっていた。

だがそのあとは、2か月分のバイト代をはたいて、俺にネクタイをプレゼントしてくれた。

驚く俺を見て、圭太はそっぽを向いて鼻を鳴らした。

「俺の親友なんだから、少しくらいちゃんとした格好しろよ。お前らが結婚するときは、絶対に俺が一番近くで祝ってやるからな」

それなのに今は……俺は震える声で、ようやく言葉を絞り出す。

「いったい、どういうことだ……」

言い終わる前に、圭太に遮られた。彼はうんざりした顔で、吐き捨てるように言う。

「今日は周助と若菜が結婚する日だ。今さら何を聞くんだよ?

もう諦めろ。あの2人は5年も付き合ってるんだ」

だが、俺と若菜は7年前から付き合っている。

圭太はカップル系インフルエンサーのアカウントを開き、何千本もの動画をスクロールしていく。

「これはバレンタインのときの動画だ。周助がスキーにハマったから、若菜がわざわざ海外まで連れて行ったんだ」

バレンタインの日、俺は配達のアルバイトに追われていた。注文が殺到して休む暇もなかった。

帰りに交通事故に遭い、若菜に何度も電話をかけたが、一度もつながらなかった。

そうか。あのとき、若菜は周助を連れて、海外へ行っていたのか。

「これはお前の誕生日のときだ。周助が花火を見たいって言ったら、若菜があっさり帝都湾一帯を貸し切って花火を打ち上げたんだ」

あの日、俺は早めに仕事を切り上げ、半月分の給料をはたいて、若菜がずっと食べたがっていたオマール海老を買って帰った。

しかし深夜まで待ちぼうけを食らわされ、ようやくかかってきた電話で、急な出張が入ったと告げられた。

そうか。あの夜、若菜は周助と一緒に、一晩中花火を眺めていたのか。

「ほかにも、アイスノーランドでオーロラを見たり、バリシア島でダイビングをしたり……実は、ずっと前から知ってた。お前に黙ってたのは、騒ぎを起こされたくなかったからだよ」

目の前の動画を見ていると、息が苦しくなってきた。

そのとき、背後から慌ただしい足音が近づいてくる。

結婚式が終わり、若菜はすがるように俺の手をつかむ。

「お願いだから話を聞いて。肇が思っているようなことじゃない。

周助とは親同士が決めた政略結婚で、形だけのものなんだよ。私の立場もわかってほしいの」

胸が締めつけられるような痛みをこらえ、若菜を見つめる。

「政略結婚?じゃあ、今までわざと貧乏なふりをして、俺を騙していたんだな?」

若菜はその場に凍りついた。言葉に詰まり、何か言おうとする。

そのとき、周助が俺の目の前に歩み寄り、鼻で笑った。

「俺なら他人の結婚式に乗り込んで、挑発するような真似は絶対にしないけどな。

外には大勢のマスコミが控えてるし、ライブ配信もされてるんだ。自分が間男だってことを、世界中にアピールしたいのか?」

若菜は困ったように周助を見た。

「肇はこういう場に慣れてないんだから、いい加減にして」

それから声を落とし、俺をなだめるように優しく語りかける。

「周助は冗談を言ってるだけだから、気にしないでね」

若菜を振りほどこうとしたが、彼女は俺の腰に腕を回し、決して離そうとしない。

そんな彼女を見て、俺はかすれた声でつぶやく。

「どうして、こんなひどいことを……」

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ノンスケ
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主人公は7年間付き合ってた彼女が、他の男と5年の交際の上、結婚すると中継されているのを見た。訳がわからず会場に駆けつけるが、彼らの付き合いを知っている全ての人が揃っていて、主人公は花嫁に付き纏っていたと言う。彼女も「今は大人しくしていて」と言うだけ。主人公は入院中の母親がニュースを見て倒れたと聞いて病院に駆けつけるが、本当のことをネットで反論しようとした矢先、親友が結婚式の中継を母に見せたことで状態急変し、母が死亡。主人公も窓から身を投げた。彼らもついには主人公が頭身自殺を図ったと知り、彼女は何も考えずに飛び出し彼を探す。彼は先輩に助けられ、海外留学しており、その先輩と結婚した。
2026-11-07 18:59:33
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第1話
式場に駆けつけたとき、結婚式はちょうどクライマックスを迎えようとしていた。多少距離はあったが、それでも一目で新郎が誰なのか分かった。大学時代、学内一の人気者、黒沢周助(くろさわ しゅうすけ)だ。式場は割れんばかりの拍手に包まれ、見慣れた顔ぶれが歓声を上げている。「あの黒沢周助までオトすなんて、さすが若菜さんだね」「若菜さんは資産が何千億もあるんだぞ。その気になればどんな男だって選び放題だろ」「あの腕時計、見たか?若菜さんがオークションで金に糸目をつけずに競り落としたんだってさ。とんでもない値段らしいぞ!御曹司と令嬢のカップルなんて、最高じゃねえか!」信じられない思いで、壇上の若菜を見つめる。彼女は高級ブランドのウェディングドレスに身を包み、優しく微笑みながら、周助の手首に腕時計をつけている。そして2人は口づけを交わした。ダイヤモンドが放つまばゆい輝きに、思わず目がくらむ。だが、俺と付き合っていた頃の若菜は、呆れるほどケチだった。俺への誕生日プレゼントは、買い物のおまけでもらったキーホルダーだった。珍しく入院中の俺を見舞いに来たかと思えば、俺への差し入れまでちゃっかり持ち帰っていく始末だ。耳をつんざくような歓声の中、若菜が何気なく振り返り、俺と目が合った。そして、彼女はぴたりと動きを止め、反射的に周助と距離を取る。声をかけようとしたとき、手首を強くつかまれた。親友の小林圭太(こばやし けいた)が俺を式場の隅へ引っ張っていく。その顔にはあからさまな苛立ちが浮かんでいる。「何しに来たんだ?この結婚式をぶち壊す気か」圭太が着ている新郎の介添人の衣装に目をやる。若菜と付き合い始めたばかりの頃、圭太は「お前は一生女に振り回される運命だな」と俺をからかっていた。だがそのあとは、2か月分のバイト代をはたいて、俺にネクタイをプレゼントしてくれた。驚く俺を見て、圭太はそっぽを向いて鼻を鳴らした。「俺の親友なんだから、少しくらいちゃんとした格好しろよ。お前らが結婚するときは、絶対に俺が一番近くで祝ってやるからな」それなのに今は……俺は震える声で、ようやく言葉を絞り出す。「いったい、どういうことだ……」言い終わる前に、圭太に遮られた。彼はうんざりした顔で、吐き捨てるように言う。「今日は周助と
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第2話
若菜の後ろについてきた周助は、何がおかしいのか、鼻で笑った。「俺はお前より顔も良くて、金もある。若菜が俺を選ぶのは当然だろ?」彼がさらに何か言おうとしたとき、若菜の秘書が慌てて駆け寄ってきた。「社長、外でマスコミが取材をお待ちです」若菜はうなずいてから俺に言う。「肇、待っててね」そう言って俺の手を離し、周助と指を絡めて手をつなぐと、そのまま会場の外へ向かう。「圭太、肇を連れて帰って」圭太は俺を引っ張り、式場の裏口から連れ出した。俺をアパートまで送り届け、帰り際に、圭太は諭すように口を開く。「肇、身の程をわきまえろよ。若菜みたいな女は、お前じゃ釣り合わないだろ。周助なんて、適当に動画を何本か上げるだけで、フォロワー百万人を集められるんだぞ。文句のつけようがないほど完璧な男だ。お前に勝ち目はない」打ちひしがれた俺の姿を見て、圭太は何か言いたげに口ごもったが、結局何も言わず、去っていった。アパートに入り、ソファに座り込む。ただぼんやりと部屋を見つめる。俺は母子家庭で育った。一番の夢は自分だけの家庭を持つことだった。俺がこの部屋を借りた日、若菜は俺に寄り添い、こう言った。「肇、いつか絶対に私たちの家を買おうね!」それから彼女は毎日、仕事のあとにアルバイトをして、新居を買うための資金を貯めていた。だが、いくら貯めても目標額には届かなかった。そんなある日、アルバイト先へ向かう途中で若菜が交通事故に遭い、病院に運ばれた。俺が若菜の手を握り、「俺が頑張って稼ぐから、無理しないでくれ」と言うと、彼女はすぐに俺の言葉を遮った。「私は肇を愛してる。あなたばかりに負担をかけたくないし、少しでも頑張ろうと思ってるんだ。これは私からの愛の証なの。もう少しだけ待ってて、絶対に貯めてみせるから!」今になってようやく分かった。足りなかったのは金なんかじゃない。俺に対する若菜の愛だった。スマホを手に取り、大家に連絡して部屋の解約手続きをしようとした。そのとき、ニュースの通知が目に飛び込んでくる。【世界がうらやむ結婚式!名門にも本当の愛はある!】ニュース記事には、若菜が周助に贈った品々が詳しくリストアップされている。豪華クルーズ船、都心の高級マンション、自社株……あまりの屈辱に全身が震
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第3話
【恥知らず、さっさと出ていけ!】【お前みたいな奴がいるだけで、周りの空気まで汚れる!】そこで初めて、SNSで炎上していることに気づく。【男子大学生が深夜に密会?白石グループの若き女社長に色仕掛け】誰かが、若菜が俺を抱きしめているところや、深夜に俺のアパートから出ていくところを盗撮し、ネットにアップしている。さらに、大学時代の俺の写真まで掘り起こされ、アルバイトや家庭教師をしていたのは、金づるになる女を引っかけるためだったと書かれている。慌てて玄関のドアを閉め、若菜に電話をかける。電話がつながると、俺が口を開くよりも早く、若菜がなだめるように言う。「ネットの騒ぎは見たわ。慌てないで。私が何とかするから。誰が来ても、絶対にドアを開けちゃだめよ」彼女の声にも隠しきれない焦りがにじんでいるが、それでもできるだけ優しく話そうとしている。俺は低い声で告げる。「もう、別れ……」だが、電話の向こうから聞こえてきた周助の慌てた声に、言葉を遮られる。「取締役会のほうでトラブルが……」そのあと、電話は一方的に切られてしまった。30分後、新たな動画が投稿され、再びネット上で大きな話題になっている。周助がカメラに向かい、いかにも白々しい口調で語っている。「新藤肇は、若菜が経済的な援助をしていた苦学生です。若菜は純粋な善意から彼を助けていたのですが、まさか下心を持たれていたとは思いませんでした。ここで彼に忠告しておきます。ネズミなら、日の当たらないドブの中でおとなしくしていてください!」周助の発言によって、俺は世間のさらし者にされ、身に覚えのない汚名を着せられた。さらに、若菜が発表した声明が、刃物のように俺の胸を深くえぐった。【写真はすべて合成です。私と周助は深く愛し合っています。これ以上のデマに対しては、法的措置を講じます】ネット上はたちまち大炎上した。【やっぱりフェイクニュースじゃん!まともな神経してたら、黒沢グループの御曹司を差し置いて、貧乏な大学生と浮気なんかするわけないだろ!】【これ、売名目的で自作自演したんじゃないの?大学生への風評被害エグすぎ……】誰が漏らしたのか、俺の連絡先までネット上に晒され、非難のメッセージが殺到している。大学からも電話がかかってきた。指導教員は厳しい口調
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第4話
突然、耳鳴りがする。俺の母・新藤幸子(しんどう さちこ)はもともと体が弱く、これまで何度もICUに入院していた。俺が急いで若菜を母に紹介しようとしていたのは、母を安心させたかったからだ。病院に駆けつけると、圭太が救命室の前で待っている。圭太は俺を思い切り突き飛ばし、怒鳴りつける。「周助と若菜の関係を壊すなって言っただろ!おばさんはお前のせいで、もう少しで死ぬところだったんだぞ!」圭太の両親は酒とギャンブルに溺れ、まともに子育てをしていなかった。だから母はずっと、圭太を実の息子のようにかわいがってきた。俺は涙をこらえて尋ねる。「母さんの容体は?」そのとき、救命室のドアが開き、医師がマスクを外しながら出てきた。「ひとまず容体は安定しましたが、これ以上、患者さんに精神的な負担をかけないようにしてください」スマホに送金通知が届いた。若菜から2000万円が振り込まれていた。【お母さんのこと聞いた。とりあえずこのお金を使って。足りなかったらまた言って】若菜とは別れると決めたはずなのに、今の俺にはこの金を返す勇気がない。何より、母の命が最優先だ。病室のベッドで、母が力なく目を開ける。「肇……本当に……他人の家庭を壊すようなこと、したの?」俺は強く首を横に振った。「違うんだ!そんなことしてない!」母は苦しそうに小さくうなずく。「私は……肇を信じるよ」圭太は母の気を紛らわせようと、病室のテレビをつける。母はほっとしたように、弱々しい笑みを浮かべる。「いい子だね。今も兄弟みたいに仲良くしてくれて、安心したよ。昔、圭太が遠慮して、おかずを取れなかったときも、肇が自分のおかずを分けてあげ……」だが、母の言葉は途中で途切れた。目を大きく見開き、テレビの画面をまじまじと見つめている。俺も慌てて振り返ると、テレビには俺に関するニュースが流れている。「早く消せ!」血相を変えた俺を見て、圭太は鼻で笑った。「おばさん、騙されちゃダメだよ。肇は本当に人の家庭を壊したんだぞ。それだけじゃない。金づるになる相手も探していた。これがその証拠だ。こんな奴と兄弟だなんて、吐き気がするぜ!」「黙れ!」俺は混乱の中、椅子をつかみ、力いっぱいテレビに叩きつける。画面が砕け散り、テレビの映像
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第5話
若菜は、記者会見でこんな質問が飛んでくることを、あらかじめ予想していた。所詮、マスコミというものはスキャンダルやゴシップを餌にして生きている連中だ。幼い頃から何度も同じような経験をしてきた彼女は、地位が高くなればなるほど、より多くの人間の標的になることを身をもって知っている。捏造だろうが誹謗中傷だろうが、話題性を生み、世間の注目を集められるのなら、奴らは手段を選ばない。それが、若菜がこれまで肇に自分の身分を隠し続けてきた理由の一つでもあった。20数年の人生で、自分の正体を知ったあとも、以前と変わらず対等に接してくれる人間には、一度も出会ったことがない。誰もが例外なく、媚びへつらい、機嫌を取り、彼女の顔色をうかがうようになる。肇には、そんな人間になってほしくなかった。だからこそ、ずっと隠してきたのだ。今回の記者会見で、若菜は公の場で肇との関係を否定するつもりだった。一連の騒動はすべて、肇が長年にわたって一方的に付きまとってきたストーカー行為だとして片づけるつもりだった。そうすれば、肇のキャリアに傷がつくことにはなるが、少なくとも彼女自身と白石グループの株価は、どうにか持ちこたえられるはずだ。騒ぎが収まったあとで、財力にものを言わせて肇を海外へ送り出し、そこで二人でもう一度やり直せばいい。若菜は、自分の行為が肇を深く傷つけることくらい分かっている。それでも心のどこかでは、肇なら受け入れてくれると思い込んでいた。ネット上で少し叩かれ、理不尽な思いをするだけだ。これからの贅沢な暮らしに比べれば、そんなもの取るに足らないことではないか。自分の考えがどれほど矛盾していて、滑稽なものなのか、若菜はまるで気づいていない。そもそも、肇との関係に金銭を持ち込みたくないと考えたのは、彼女自身だ。それなのに今となっては、肇を傷つけて利益を得ることを、彼への恩恵であるかのように考えている。記者の質問の前半を聞いた時点では、若菜はすでに頭の中で完璧な反論を組み立て、まさに口を開こうとしていた。だが、その後半の言葉を聞いた瞬間、彼女はその場に凍りついた。――飛び降り自殺?どういうこと?若菜は自分が聞き間違えたのだと思った。彼女が呆然としている隙に、記者は畳み掛けて質問する。「白石社長、なぜ答えないので
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第6話
若菜のあとを追って病院に駆けつけた周助が目にしたのは、魂が抜けたようにへたり込む若菜の姿だ。周助は、ストレッチャーに横たわっているのが肇だと思い、ひそかに喜んでいる。だがその顔には心配そうな表情を貼りつけ、優しく声をかける。「若菜、つらいのは分かるけど、早く気持ちを切り替えないと。記者会見で新藤との関係を否定したばかりだろ。ここで泣き崩れているところを撮られたら、広報対策にとんでもない金がかかるぞ」以前の若菜なら、こんな言葉を聞けばすぐに会社の利益を最優先に行動したはずだ。しかし今の彼女は、ただ呆然としている。周助が何を言っても、まるで反応しない。周助は地面に座り込んだ若菜を引き起こそうと手を伸ばす。「いつまでも座っていたら体が冷えるぞ……」その指先が若菜に触れた瞬間、彼女は感電したかのように、周助を突き飛ばす。「触らないで!」不意を突かれた周助は、地面に尻もちをつき、信じられないという顔で若菜を見つめる。若菜は這うようにして遺体のそばに寄り、震える手を伸ばす。だが、どうしても白布をめくる勇気が出ない。その様子を見た医師は、彼女を遺族だと思い、ため息をついた。「ご愁傷さまです。患者さんはご高齢でしたし、もともと持病もいくつかありました。手術を受けたばかりだったこともあって、強いショックに耐えられなかったのでしょう」慰めのつもりでかけられた言葉に、若菜は勢いよく顔を上げる。「今、何と……」恐ろしい考えが頭をよぎり、震える手で白い布をめくる。そこにあったのは、生気を失い、枯れ木のようにやつれた幸子の顔だ。その瞬間、若菜は自分がどんな感情を抱いているのか、まったく分からなくなる。ここに横たわっているのが肇ではないことに安堵する一方で、肇がどこへ行ってしまったのかという不安が押し寄せる。同時に、底知れない恐怖に支配されている。自分と肇の間には、幸子の死という、決して乗り越えられない壁が立ちはだかっている。これから先、どうやってやり直せばいいというのだろう。周助も、そこに横たわっているのが幸子だったとは予想していなかった。坊主憎けりゃ袈裟まで憎い。肇を憎むあまり、幸子にまで不幸になってほしいと思っている。周助には、そんな歪んだ感情がある。だが今、何よりも重要なのは、肇が
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第7話
声を荒げたのは、圭太だ。目は充血し、髪は乱れ、今にも取り乱しそうなほど追い詰められた様子だ。圭太は声を張り上げる。「約束しただろ!お前と一緒になって肇を陥れて、人生をめちゃくちゃにしたら、あの写真を全部消してくれるって!いったいいつまで俺を脅し続ける気だ!」圭太がここまで周助を恐れていたのは、周助のスマホに、圭太の屈辱的な写真が保存されていたからだ。事の発端は、若菜と周助の関係を圭太が偶然知ってしまったことだ。二人が結託して肇を騙していることに激怒した圭太は、すぐに真実を伝え、肇の目を覚まさせようとした。しかし、何度電話をかけても肇は出なかった。当時の肇は、10時間以上に及ぶアルバイトを終えたばかりで、泥のように眠りこけていたのだ。気の短い圭太は返信を待てず、直接真実を伝えるため、肇のアパートへ向かった。その道中で悲劇が起きた。周助の手下に行く手を阻まれた圭太は、路地裏に引きずり込まれ、写真を撮られた。周助はその写真を利用し、圭太を脅して自分の手駒として働かせるようになった。人生で最も屈辱的な経験をした圭太の心は、次第に歪んでいった。圭太は自分がこんな目に遭ったのは、すべて肇のせいだと思い込むようになった。肇のために動こうとさえしなければ、自分の人生がこんなふうに壊れることもなかったはずだ。なぜ自分だけがこんな目に遭わなければならないのか。なぜ肇は何事もなかったかのように生きていられるのか。そんな歪んだ感情に突き動かされ、圭太は周助の悪事に加担するようになった。やがて、周助に脅されて肇を傷つけているのか、それとも心の底にある恨みから自ら進んで肇を追い詰めているのか、圭太自身にも分からなくなっていた。そして今、圭太に不意を突かれ、首を絞め上げられた周助の顔が真っ赤に充血している。周助は喉の奥から、かろうじて声を絞り出す。「離せ……今すぐ、消してやる……」その言葉に圭太が半信半疑で手の力を緩めた瞬間、周助はその隙を見逃さず、圭太に肘打ちを食らわせた。圭太が痛みにひるむと、周助はすぐそばにあった椅子をつかみ、容赦なく圭太に叩きつける。今、周助がむき出しにしている凶暴さは、普段の優しい御曹司というイメージとはかけ離れている。もちろん、これこそが周助の本性だ。魑魅魍魎のうごめく
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第8話
若菜の姿を見た瞬間、周助は一瞬ぽかんとしたが、次の瞬間には目を輝かせた。若菜が自分を助けに来てくれたのだと思い込み、慌てて彼女のもとへ駆け寄る。「若菜、やっと来てくれたんだね!圭太のやつ、俺を陥れようとして……」先ほどまであんなにも冷酷で残忍な本性をむき出しにしていた周助が、今は打って変わって、弱々しい被害者を装っている。そのあまりの変わりように、圭太は強烈な違和感と嫌悪感を覚えた。圭太は激痛に耐え、若菜に目を向ける。歯を食いしばりながら、声を絞り出す。「若菜、お前は騙されてる!俺たちはみんな、こいつに騙され……」「黙れ!」圭太が言い終わる前に、周助が鋭い声で遮った。もしこの場に若菜と警察がいなければ、周助はあらゆる卑劣な手段を使い、自分を怒らせた代償を圭太に思い知らせていたはずだ。だが、今はダメだ。自分の完璧なイメージを保たなければならない。周助は必死に気持ちを落ち着かせようとしながら、若菜の袖をつかむ。「若菜、俺は……」次の瞬間、若菜が周助の手を振りほどいた。周助はなぜ若菜が突然、こんなことをしたのか理解できないまま、その場に立ち尽くす。驚きに目を見開く周助を前に、若菜は冷笑した。「周助、いつまで猫をかぶるつもり?私が何も知らないバカな女だとでも思ってるの?あんたが指示して消させた病院の監視カメラの映像データは、すべて復元されたわ。これでもまだ言い逃れをするつもりなの」監視カメラの映像を自分の目で確かめ、周助が圭太と結託して幸子を死に追いやったことを知ったとき、若菜がどれほどの衝撃を受けたかは、言葉では言い表せない。いつも優しく、穏やかで、せいぜい少しプライドが高いだけだと思っていた周助が、実際にはこんな人間だったとは、想像もしていなかった。とりわけ、映像の中で肇がためらいなく窓から身を投げた瞬間を目にしたとき、若菜は胸が張り裂けそうになった。胸をえぐるような痛みのあとに込み上げてきたのは、抑えきれない怒りだった。若菜は即座に警察に通報し、かつての情など一切顧みず、すべての証拠を提出した。絶対に、周助に相応の報いを受けさせなければならない。そんな若菜の行動が信じられないのか、周助は呆然と彼女を見つめている。「若菜、俺はお前のためにやったんだ!新藤のことがマスコミに
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第9話
若菜は何も答えなかった。圭太が連行されてから、彼女はようやく自嘲気味に笑った。――圭太の代わりに肇に謝る?自分は肇を見つけられるかどうかさえ分からない。たとえ見つけられたとしても、彼に許してもらえる保証などない。そもそも、自分に圭太の代わりに謝る資格などあるのだろうか。若菜は持てる力も金も、使えるものをすべて使って肇の行方を捜し始めた。やがて、事件の真相は世間に知れ渡り、連日のようにニュースで大きく取り上げられるようになった。かつて業界を牽引していた白石グループの株価は、わずか1週間足らずで暴落した。しかし、若菜にはそんなことを気にかける余裕などなかった。彼女はすべての時間と気力を、肇の捜索に費やしていた。会社の経営にも身が入らず、社内の問題にもほとんど関わらなくなった結果、白石グループは1年後に倒産した。若菜は希望を失いつつあった。肇の消息は一向につかめなかった。彼はもう亡くなってしまったのではないかと絶望しかけていたとき、海外で肇を見かけたという情報が舞い込んだ。それを知った若菜は、手元に残っていた最後の財産まで使い果たし、すぐさま海外へ飛んだ。ろくに眠ることもなく、必死に彼の行方を追った。そして異国の街角で、朝から晩まで狂おしいほどに思い焦がれていた肇の姿を見つけた瞬間、若菜は息を呑み、その場に縫い付けられたように動けなくなった。……若菜が俺を見つけたとき、俺は笑顔で大学の友人に結婚式の招待状を手渡していた。絶望のあまり、病院の窓から飛び降りたあの日、俺は自分の人生がそこで終わるものだと思っていた。だが、間一髪のところで駆けつけた篠原澪(しのはら みお)に命を救われた。澪は俺の数歳年上の先輩だ。俺がかろうじて大学院への推薦をもらっていた頃、彼女はすでに給付型の奨学金を得て、海外の大学の博士課程に進学していた。俺を救ったあと、澪はまず数日間、体を休めさせてくれた。それから俺を海外へ連れ出した。ネット上に広まっていた俺への誹謗中傷について、澪が大学側に事情を説明してくれたおかげで、退学処分は撤回され、取り消されていた博士課程への進学オファーも復活した。澪がいなければ、俺はとうに死んでいた。招待状を見た友人は、目を細めた。「やっぱりな!お前と篠原先輩は絶対に結ばれると
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