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last update Dernière mise à jour: 2025-08-27 19:36:15

 翌朝、美月は翔吾の腕の中で目を覚ました。

 昨夜、衰弱しきった彼女を一人にできず、彼が自分のベッドで眠らせてくれたのだ。翔吾の穏やかな寝顔と、規則正しい寝息がすぐそばにある。肌で感じられる温もりに、美月は自分が本当に生きて帰ってきたのだと実感した。

(翔吾さんが、そばにいてくれる。もう、大丈夫……)

 これ以上ないほどの安心感に包まれながら、これから始まるであろう最後の戦いを思った。

 その日の午後。翔吾は、父・恭一郎とビデオ通話で対峙していた。翔吾の隣には、パートナーとして美月が座っている。

「父さん」

 翔吾は感情を抑えた声で切り出した。

「これが、あなたが鳥羽家の未来のためにと手を組もうとした人間の、本当の正体です」

 彼はこれまで、有栖川家の調査で掴んだ数々の汚職の証拠を、表沙汰にするつもりはなかった。事が大きくなりすぎて、父の政治基盤にまで深刻な影響を及ぼす可能性があったからだ。

 鳥羽グループのトップとはいえ、民間人である翔吾が政治家を告発する意味は薄い。

 だが、麗華が美月の命にまで危害を加えたことで、翔吾の決意は固まった。もはや手加減はしない。有栖川一族を、その根源までも徹底的に断罪する、と。

 翔吾は、モニター越しに次々と証拠を突きつける。有栖川家の政治家たちが関与した大規模な汚職の証拠。誘拐を実行した暴力団関係者からの、麗華が直接指示したことを示す全面的な自白。

 そして監禁場所での、麗華が美月をサディスティックに脅迫する音声記録。

 画面の向こうで、恭一郎は言葉を失った。顔色がみるみるうちに蒼白になっていく。築き上げようとしていた未来が、いかに醜くて危険な砂上の楼閣であったかを、彼はこの時、痛感した。

 通話が終わり、一時間後。ペントハウスのインターホンが鳴る。そこに立っていたのは、鳥羽恭一郎本人だった。

 彼はまず美月の前に進み出ると、深く頭を下げた。

「田中さん……。すまなかった。私の判断の誤りで、君を恐ろしい危険に晒してしまった。本当に、申し訳ない」

 そして、彼は息子に向き直る。その目には、涙が浮かんでいた。

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     すべての事件が解決してから、数ヶ月が過ぎた。穏やかな秋の午後のことである。  陽光がたっぷりと差し込む、明るく近代的なキッチン。美月は制服ではなくお気に入りのエプロンを身につけて、楽しそうに鼻歌を歌いながら、今夜の特別なディナーの準備をしていた。 壁には、何枚かの写真が飾られている。少し照れくさそうに笑う、翔吾と美月のツーショット。その隣には、穏やかな表情になった恭一郎を交えた三人の写真。そしてその向かいには、美月が大切に持ってきた、亡き祖父母の笑顔の写真が飾られている。(少し前まで、一人で食事をするのが当たり前だった。でも、今は……『ただいま』と帰ってきてくれる人がいる) 心の底から湧き上がる、確かな幸福感。彼女はもう孤独ではなかった。 仕事を終えた翔吾が、いつもより少し早く帰宅する。彼の表情は、一見すると今でも冷たい。けれど美月を見る時だけは、穏やかで優しい笑みを浮かべるのだ。「美月、少し出かけないか。君を連れて行きたい場所があるんだ」 彼の車が向かったのは、意外なことに、二人がかつて暮らしたあのペントハウスだった。すでに家具はすべて運び出され、がらんとした空間が広がっている。ただ窓の外には、変わらない都心の絶景が夕日に染まっていた。(私たちの『家』だった場所。もう、何もないんだな) 少しだけ寂しい気持ちで、美月は空っぽの部屋を見渡す。翔吾はそんな彼女の手を優しく取ると、リビングの中央へと導いた。「ここを覚えてるか。君が来る前、ここはただの冷たい箱だった。俺にとっては、眠るためだけに帰る場所。『家』だなんて、思ったこともなかった。……いや、ここ以外の場所でも、安らげる家など存在しなかった」 彼は美月に向き直る。夕日が差し込む何もない部屋が、二人だけの特別な空間へと変わっていく。「君が、ここを温かい場所に変えてくれた。君の作る食事、君の整える部屋、君の気配……君がいて初めて、俺は『家に帰る』という意味を知った」 翔吾は続ける。「この場所は、偽りの契約が始まった場所だ。だからこそ、俺たちの本当の物語を、ここから始めたい」 翔吾

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     絶望の底から這い上がった翔吾は、冷徹な司令官へと変貌していた。彼が個人的に信頼する、元自衛官で構成された危機管理チームが書斎に集結し、ペントハウスは緊迫した空気に満たされている。  モニターには、金の流れを示すデータ、有栖川家が所有する不動産リスト、暴力団関係者の情報などが、目まぐるしく表示されていく。「奴らが使った車両は特定できたか? Nシステムと全ての監視カメラを解析しろ。金の流れから、連中のアジトを絞り込め。時間は無い」 インカムに響く彼の声には、もはや悲しみや怒りといった感情はない。ただ目的を遂行するための、鋼のような意志だけがあった。  一方、麗華が去った後、美月は一人、暗闇と恐怖の中にいた。麗華が突きつけてきた、あまりにも残酷な「選択肢」。その言葉が、何度も頭の中で反響する。  絶望に飲み込まれそうになった時、彼女は翔吾の存在を心の支えにした。(大丈夫。翔吾さんは、必ず私を見つけ出してくれる。あの人は、そういう人だから) 倒された警護員の姿が脳裏をよぎる。翔吾は、もう自分がいないことに気づいているはずだ。(翔吾さん、お願い……無事でいて。そして、私を見つけて……!) 美月は暗闇の中で固く手を組む。ただひたすらに彼の無事と、救出を祈り続けた。  暴力団関係者はプロだった。足取りは巧妙に消されて、警察による公的な捜査は難航している。時間が刻一刻と過ぎていく中、追い詰められた翔吾は、最後の切り札に手を伸ばした。  それは麗華の嫌がらせが始まった頃、万が一に備えるために彼が美月の女性警護員に指示して、普段着のコートの裏地にこっそりと仕込ませておいた、米粒ほどの超小型GPS発信機だった。(彼女の信頼を裏切る行為だと分かっていた。だが、これ以上は時間をかけられない! すまない、美月) セキュリティレベルの最も高いPCを起動し、特殊な追跡アプリケーションを開く。やがてマップ上の一点に、小さな光点が現れた。神奈川県にある、有栖川家が所有するプライベートヴィラ。途中までは追えた犯行の車の足取りと、一致する。「場所は特定した」 インカムに響く翔吾の声は、確信に満ちていた。「警察への通報と同時に、我々も突入する。美月の安全確保を最優先。抵抗する者は、容赦するな」 作戦は、電光石火で行われた。深夜、警察が別荘の正面から陽動をかけると同時に、翔

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     穏やかな昼下がりだった。美月は夕食の準備をしながら、鼻歌を歌っている。翔吾は書斎で仕事をしていたが、そのドアは以前と違って少し開けられていた。二人の間の心地よい信頼関係を示す、小さな変化。 ――と。  突然、翔吾のスマートフォンが鋭く鳴り響いた。彼は訝しげに電話に出るが、その表情がみるみるうちに険しくなっていく。「何だと!? 父が倒れた? 分かった、すぐに行く!」 翔吾は「すまない、父が倒れたらしい。緊急事態だ」とだけ美月に告げると、ジャケットを掴んで慌ただしく部屋を飛び出していく。その背中には、これまで見せたことのない焦りが浮かんでいた。(お父様、大丈夫かしら。翔吾さん、あんなに慌てて) 翔吾と父・恭一郎は不仲に見えた。だが、あれだけ心配そうにしているのだ。他人にはわからない絆があるのだろう。  美月は彼の父の身を案じ、何もできない自分をもどかしく思った。 翔吾が出て行って十数分後。今度は、ペントハウス内に甲高い火災報知器の警報音が鳴り響いた。『火災が発生しました。速やかに避難してください』という無機質なアナウンスが繰り返される。  美月は一瞬パニックになりかけて、すぐに気を取り直した。コートを羽織って玄関を出ると、廊下で待機していた女性警護員が、冷静に避難を始める。「美月様、落ち着いてください。私に従って非常階段へ」「……あっ!」 急いでいた美月は、翔吾にもらった防犯ブザーを取り落としてしまった。バッグチャーム型の高価なものだ。今まで使う機会がなかったけれど、美月のお気に入りの品だった。  慌てて拾おうとするものの、警護員に制止される。「今は避難を優先させてください。さあ、こちらへ」 しかし、非常階段は他のフロアからの避難者でごった返していた。その混乱の中、消防服を着た二人の男が「こちらの方が安全です!」と、美月と警護員を人の少ないサービス用の通路へと誘導する。 それが罠だった。  通路に入った瞬間、男の一人が警護員をスタンガンで無力化する。美月が悲鳴を上げる間もなく、もう一人の男が、薬品を染み込ませた布を彼女の口と

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