FAZER LOGIN妙なことになったものだ。暗闇の中、木の天井を眺めながらシュリは小さく息を吐いた。背中の下の木目の床はごつごつと固く、冷たい。
(本当に何やってんだろ、あたし……) シュリが床で寝る羽目になった元凶たるドゥーエは、シュリのベッドの上で彼女に背を向けるようにして痩せた身体を横たえ、シーツに丸まって寝息を立てていた。傷が痛むのか、時折小さく呻き声を漏らしている。 今朝、川の近くの木立の中で見つけたドゥーエをこの家に運び込んだのは、仕方のないことだと言えなくもない。怪我の手当てをしたことだって、まだぎりぎり仕方ないで済ませられる範疇だと言えないこともない。 しかし、ドゥーエが”人喰い”だとわかっていながら、意識を取り戻した彼に『何日でもいてくれて構わない』などと言ってしまったのは、我ながらやり過ぎたと思った。目が覚めたらすぐにでも叩き出してやると決めていたはずなのに、何という体たらくだろうか。この家に自分以外の存在がいるのが物珍しくて、今日の自分は浮かれていたのだろうとシュリは己を苦々しく思う。 (だけど……今日は珍しく、夕飯が美味しかったような気がする) 夕方、シュリが作った玉ねぎと生姜のスープをドゥーエと一緒に食べた。どんなに腕によりをかけたとしても、普段ならどこか味気なく感じてしまうそれが、今日はやけに美味しく感じられた。 シュリは特段お喋りな性質(たち)ではない。ドゥーエも物静かな性質(たち)なのか、食事をしている間も、時折一言二言言葉を交わす程度で会話らしい会話もなかった。それでも、ドゥーエと囲む食卓はシュリにとって意外なほどに心地よかった。 (……駄目だ。あいつに――ドゥーエに気を許しちゃいけない) 夕方、シュリのベッドで目覚めたドゥーエは拍子抜けするくらい普通だった。シュリにとって”人喰い”はもっと獣じみた恐ろしい生き物だったにもかかわらず、ドゥーエとは普通に会話が成立したし、一人で暮らすシュリを気にかける素振りすらあった。”人喰い”だとはいえ、ドゥーエは普通の人間と大して変わらなかった。 (でも……あいつのあの態度は罠かもしれない。きっと、あたしをそうやって油断させて、”喰う”つもりなんだ) 現状、ドゥーエがシュリを”喰う”素振りはない。それでも、いつ彼がシュリに牙を剥くかわかったものではなかった。 絶対に油断しないようにしないと、とシュリは内心で己を戒めると、グレーのバイアスチェック柄があしらわれた厚手のブランケットの中に潜り込んだ。 「……おやすみ」 既に夢の中にいるドゥーエに聞こえるはずもないとわかっていながらも、シュリは小さな声でそう呟いた。一拍遅れて、もう何年も口にしていなかったその言葉がじわじわと胸の中を満たしていく。 なんだかなあ、と思いながらもシュリはブランケットの中で目を閉じる。閉じた瞼の裏では、ドゥーエと囲んだ食卓の暖かな情景がちらついていた。 儚く脆い泡沫の夢をあとほんの少しだけ見ていてもいいだろうか。ぼんやりとそんなことを考えたのを最後に、シュリの意識は穏やかな眠りの波間へと溶けていった。◆◆◆
くつくつと鍋の中で液体が煮える音がしていた。立ち昇る湯気からはすうっとした薬草の香りがしている。
ドゥーエを拾った翌日の昼下がり、シュリは薬を煎じていた。軽い昼食の後に飲ませた抗生物質の影響か、ドゥーエはシュリのベッドで眠っている。 (意外。こんなにも何もないなんて) ”人喰い”であるはずのドゥーエが自分を”喰う”どころか、危害を加える素振りすらないことに、シュリは肩透かしを食らったような気分だった。昨夜だって、眠っているうちにシュリを喰ってしまうことだってできたはずなのに、なぜかドゥーエはそうはしなかった。 変なの、と呟きながらシュリは匙で鍋の中身が焦げつかないように掻き回す。今、シュリが作っているのは、ドゥーエに飲ませるための痛み止めの薬だった。 (変なのはあたしも同じなのかもしれない) この家に自分以外の誰かがいる――それが”人喰い”であるにもかかわらず、そのことを少し嬉しく思ってしまっている自分がいる。ドゥーエに心を許しかけてしまっていることをシュリは自覚していた。 (だって……ドゥーエはあたしの思っていた”人喰い”とは何か違う) ”人喰い”など、人間を見れば問答無用で”喰らう”だけの化け物だとシュリは思っていた。実際、シュリは八年前に両親を”人喰い”の女によって喰い殺されている。噎(む)せ返るようなあの血の匂いと恍惚とした笑みを浮かべて見せたあの女の姿をシュリは今でもありありと思い出すことができる。 しかし、昨日、シュリが拾ってきた彼はただの化け物と言い切ってしまうには随分と理性的だった。 人間と同じように”人喰い”にも個体差があるのだろうか、とシュリは思う。シュリが耳にしたことのある”人喰い”の話は、どれもあの女のように猟奇的で、ともすれば快楽のために人を喰い殺すようなものばかりだ。そういった一般的な”人喰い”の姿とドゥーエはかけ離れているように思えた。 (あたしに危害を加える気がないならそれでよし。ただ――あいつにあまり肩入れしないようにしないと。所詮はあたしたち人間とは違う生き物……裏切られたときにがっかりしたくないし、何よりあいつはずっとここにいるわけじゃない――怪我が治ったら出ていくんだから) そう言い聞かせながら、シュリは緑色の液体の入った鍋を竃(かまど)から下ろす。粗熱が取れたら、瓶に詰め替えて、夕飯の後にでもドゥーエに飲ませないといけない。 今日の夕飯は何にしようか。昨日、森の中に生えていたおいしいキノコを何種類か使って、リゾットでも作ろうか。頭の中で思案を巡らせながら、シュリは小さなカップでざるへともち麦を計って移し替えていく。 「……あ」 何も考えずに二人分の分量でもち麦を計っていたことに気づき、シュリは小さく声を漏らした。どうやら自分は、ドゥーエのせいで随分と浮ついてしまっているらしい。昨日といい、今日といい、彼と囲む食卓が思いがけず温かく居心地の良いものだったのが全て悪い。 ドゥーエが出ていくまでのほんの少しの間。自分の身に危険が及ばない範囲でなら、彼が自分のそばにいるこの状況を受け入れてもいいような気がした。 まずはドゥーエのことを知りたい。彼はあの女とは違うのだということを確かめたかった。 そのためにはもっとドゥーエと話をしないといけない。二人で囲む食卓を彩る食事を用意すべく、シュリはもち麦の入ったざるを流しへ持っていくと、甕(かめ)から水を汲んできてふやかしはじめる。 ちろちろと竃(かまど)の火が揺れる音とすうすうというドゥーエの安らかな寝息が家の中に響いている。窓から差し込む金色の日差しは西へと傾き、夕刻が近いことを知らせていた。ざく、ざくと森の奥へと向かって、深雪の上に一人分の足跡が刻まれていく。獣たちの大半が冬の眠りについてしまっていることもあり、時折どこかで雪の落ちる音がする以外はひどく静かだった。 氷の花がきらきらと光るハギの茂みを抜け、見覚えのあるハゼノキの前まで来ると、ドゥーエは足を止めた。この場所は、かつて八年前にシュリが”人喰い”に両親を喰われたという場所だった。 彼女の遺体をあのままにしておくのは、あまりに忍びなかった。シュリがこの世を去った後、ドゥーエは自身の身体を少し休めると、彼女を弔うために最後の力を振り絞ってここを訪れた。この場所を選んだのは、彼女が一人で寂しくないようにと思ってのことだった。 ドゥーエは大切に腕に抱きかかえていた少女の亡骸を、葉が散ったあとのハゼノキの根本へとそっと横たえた。以前にシュリが両親へと手向けた白いアスターの花束が、水分を失ってからからに乾燥した姿を雪の下から覗かせていた。 ドゥーエは着ていた黒い外套を脱ぐと、雪の上で眠る少女の細い身体へと掛けてやった。矢で射られた彼の肩の傷には、止血のためにシュリの作ったハンカチが申し訳程度に巻かれている。彼女の亡骸の横に腰を下ろすと、ドゥーエは細く骨ばった手で愛おしげに彼女の短い黒髪を撫でた。「シュリ……」 愛しい人の名前が、吐き出された息と一緒に冬の沈黙の中へと溶ける。傍らの少女が返事をすることはなく、森の中に満ちる静寂が彼女はもうこの世にはいないのだという現実を痛いほどドゥーエに突きつけていた。 人間の風習では故人の亡骸を土の下に埋葬するのだということはドゥーエも知識として知っていたが、そんなことはできそうになかった。まだ生きているのが不思議なくらいに衰弱しきった今のドゥーエには、人間一人を埋めるための穴を掘るだけの力など残されていなかったし、何より冷たい土の下に彼女を埋めてしまえば今度こそ彼女と永遠の別れになってしまいそうな気がした。 だからといって、彼女が最期に望んだように、彼女を喰らい、生き延びるような真似は出来そうにもなかった。本能はそれを激しく渇望していたが、死に瀕してなお、心がそれを拒み続けていた。「どうするか……」 花でもあればよかったな、とドゥーエはぼんやりと思う。彼女にはどんな花が似合うだろうか。どんな花を贈れば、彼女は喜んでくれるだろうか。 しかし、雪
シュリの待つ家まであともう少し、というところでドゥーエはよろめき、倒れた。視界がぐるぐると回っていて気分が悪いし、もう一体どこが痛いのかわからなかった。 清冽な白色が視界に映る。腫れ上がった頬に触れる、溶融と凍結を繰り返して固くなった粗目雪の冷たさに、少しずつ思考が冷静になってくる。 (何をやっているんだ、俺は……) 彼女のことを思ってノルスに医者を呼びに向かった。しかし、結果はこの体たらくだ。医者も連れてこれず、こんなふうにぼろぼろになっただけで何もできなかった。俺は駄目だな、とドゥーエは自嘲で口元を歪める。 身体に力が入らなかった。元々”断食”の飢えによってひどく衰弱しているのを押してノルスに向かったのだ。そんな状態であのように一方的な暴行を受けた上でここまで帰ってこられたのは最早奇跡だといっても過言ではない。痣の出来た口の端を血の筋がつっと伝って、顎を流れ落ちていく。 ドゥーエは口元の血を拭うものはないかと、ぼろぼろになった外套のポケットを探った。「……ん?」外套のものとは異なる柔らかな布地が指先に触れ、ドゥーエは緩慢な動きでそれを引っ張り出した。 (あ……) 紺地に白と赤のバイアスボーダーが走った布地。赤いポインセチアの刺繍。丁寧に心を込めて作られたそれは、いつだったかシュリが縫っていたハンカチだった。 (俺は……どうして何もできないんだ) ドゥーエはぐしゃりと手の中のハンカチを無力感とともに握りしめた。 銀華を纏った木々の間から冴え冴えとした光が降り注いでいる。夜空に浮かんだ氷輪は南西へと傾き始めていて、もう夜も遅いことをドゥーエに知らせていた。 シュリはまだ待っていてくれているだろうか。そう思いながら、ドゥーエはずっしりと倦怠感で重い手足を動かし、雪の上を這って進み始めた。今の彼にはもう立って歩くだけの力は残っていなかった。 全身を雪まみれにしてどうにか家まで帰り着くと、ドゥーエはウォールナットの引手に手を伸ばし、どうにか扉を押し開ける。扉の隙間にぼろぼろになった痩躯を押し込み、ドゥーエは部屋の中へと転がり込んだ。 「ドゥーエ……?」 気配に気づいたのか、ベッドの上のシュリが彼の名前を呼んだ。ぜえぜえと苦しげな吐息にかき消されそうなか細く小さな声だった。 「来て」 ドゥーエは床を這って、ベッドへと
一体何時間経ったのだろう。そう思いながら、ドゥーエは重い瞼を押し上げた。見慣れた小屋の中の景色が網膜に像を結んでいくとともに、全身を絶え間なく苛む痛苦の輪郭が鮮明さを取り戻していく。 叫びだしたくなるほどに激しい全身の痛みと不快感と夜通し格闘したあと、日が昇るころになって眠気が訪れたことは覚えている。どうやらそのまま、シュリが眠るベッドに寄りかかって眠ってしまったらしかった。 今は何時だろう、とドゥーエは窓へと視線を向ける。淡い色の日差しの角度から、今は恐らく昼すぎだろうと彼はあたりをつけた。彼自身もひどく衰弱していることもあり、長く眠ってしまったようだった。 (そうだ……シュリ……!) はっとして、ドゥーエは背後のベッドに縋り付くようにして、眠る少女の顔を覗き込む。 「え……」 シュリの顔は血の気を失い、唇が青紫色に変色していた。眠っているのか、意識はないようだったが、浅く早い呼吸の合間を縫うようにして、時折痰の絡んだような湿った咳を漏らしている。 ドゥーエはシュリの額へと手を伸ばすと、表情を強張らせた。昨夜までずっとずるずると続いていた微熱は嘘のように引いていた。 しかし、それだけではなかった。ドゥーエが触れた彼女の肌からは、不自然なほど熱が感じられなかった。命の気配がひどく希薄になっているのだとドゥーエは思った。 ドゥーエは毛布の端から覗くシュリの右手を握った。血色を失った指先は紫色に染まっていた。 (駄目だ……これ以上はもう、見ていられない……) こんなこと、シュリは望んでいない。もしかしたら、このことによって、シュリに恨まれたり、憎まれたりするかもしれない。 それでも構わないとドゥーエは思った。彼女を死の淵からすくい上げられるなら、彼女にどう思われたとしてもいいと思った。 ふいに、すっと背筋を何かが駆け上ってくるような感覚があった。物凄く大きな何か――彼自身の”生”の衝動だった。どうしてこんなときに、と思う間もなく、圧倒的な欲望に意識が塗り潰されていく。弱りきった彼女は格好の獲物だと、”喰って”しまえば楽になれると頭の中でもう一人の自分が囁く声がする。 (呑まれるな……!) ドゥーエの赤い目がぎらぎらと異様な光を帯びていく。身体の中で暴れまわる激しい衝動に視界が霞む。 (このままでは抗いきれなくなる
森を覆う雪が深まり、日を追うごとにシュリは弱っていった。ぱんぱんに腫れた腕の傷口は皮膚がぶよぶよと柔らかくなって黒ずみ、滲出液(しんしゆつえき)には膿だけでなく血が混ざるようになっていた。傷口を起点に赤い水疱が彼女の二の腕に広がっていき、死臭にも近い、腐った肉の匂いが漂うようになっていた。 左腕の壊死の進行とともに、次第にシュリは眠っている時間が増えていった。定まらない意識の中で、心細げにドゥーエの名を呼ぶことも多かった。次の朝、目を覚ませば、シュリはもう息をしていないのではないかとドゥーエは毎日朝を迎えるのが不安で仕方がなかった。 シュリが弱っていく一方、ドゥーエもまた弱っていった。常に全身が刃物で刺し貫かれているような痛みに苛まれ、目の奥にまで及ぶ激しい頭痛や胃を抉り出してしまいたくなるような吐き気、指一本動かすのも辛いほどの倦怠感に襲われ続けていた。目の前の少女を喰ってしまえば、楽になれるとわかっていたが、ドゥーエは決してそうはしなかった。シュリの腕を”喰った”あの日に立てた『もう人を”喰わない”』という誓いを破りたくはなかった。 本能に自分が塗りつぶされてしまいそうになる度に、ドゥーエは自分の舌を噛み、手のひらに爪を突き立てて耐えていた。シュリとドゥーエは、助かる術がないわけではないというのに、二人とも互いを想い合うあまり、その選択肢を躊躇うことなく切り捨ててしまっていた。 ベッドに横たわるシュリの胸が苦しそうに浅く上下動を繰り返していた。汗で張り付いた彼女の黒髪をドゥーエはそっと撫でる。今この瞬間も、急速に迫りくる死の気配に抗うように命を燃やしている彼女が痛ましくてならなかった。 「……大丈夫か?」 ドゥーエが声をかけると、シュリは巣穴にこもる小動物のように毛布の中から顔を覗かせた。よほど身体が辛いのか、シュリは目を涙で潤ませながら小さく頷くと、 「ドゥーエ……ごめんね」 「なぜ、シュリが謝るんだ」 「だって……あたし、ドゥーエにひどいお願いしかしてない。ドゥーエが今、そんなふうに苦しそうな顔をしているのは、ドゥーエが人間を殺すのを見たくない、ってあたしが言ったからでしょ? だから、ドゥーエは誰かを食べれば楽になれるはずなのに、あたしを食べることもなければ、ここを離れることもできないでいる。あのときのあたしの言葉が、呪いみた
それから数日が過ぎたが、シュリの容態は一向に改善されてはいなかった。初日の夜の熱こそ今は微熱となってはいたが、腕の傷口は痛々しく腫れ上がり、薄膜の向こうからは膿混じりの透明な液体が滲み出していた。 朝食にドゥーエが四苦八苦しながら作ってくれた半分炭化した麦粥を彼に食べさせてもらった後、シュリは左腕の傷口の処置をしていた。シュリは良好とはいえない経過を辿っている傷口を観察しながら、冷静に所見を述べていく。 「うーん……これは悪い菌が入っちゃったかな。あたしみたいな素人の処置じゃさすがに無理があったかも」 「……大丈夫なのか?」 ドゥーエは不安げに顔を曇らせながら、抗菌成分の入った軟膏を掬ったへらをシュリへと手渡した。 「どうだろ。何にしても今は安静にして様子を見るしかないかな」 そんな顔しないでよ、とシュリは苦笑しながら、真っ赤に腫れ上がった傷口へとシュリは手早く軟膏を塗っていく。 「ドゥーエ、次、包帯取ってくれる?」 ああ、とドゥーエはシュリに言われた通り、ベッドの上に転がっていた包帯を手渡した。シュリは器用に包帯の端を口で咥えて引き出し、先端を失った二の腕へとあてがうと、 「ドゥーエ、そこの包帯の端、押さえてくれる?」 シュリは包帯の巻き始めを顎で押さえながらそう言った。ドゥーエは包帯へと手を伸ばし、端を押さえてやりながら、 「俺が巻こうか?」 「いいよ。ドゥーエ、あんまり得意じゃないでしょ? 昨日巻いてもらったとき、びっくりするくらいゆるゆるだったもん」 「……」 そう言われてドゥーエは沈黙する。昨日、ドゥーエが見様見真似でシュリの腕の包帯を変えてやったところ、あまりに出来がひどすぎて、結局、シュリが自分で巻き直すことになったのはまだ記憶に新しい。それを考えると、ドゥーエは自分がやるとは強く言えなかった。 シュリは慣れた手付きで左腕へと包帯を巻いていく。包帯の残りが少なくなると、シュリは端を口で加えて細く引き裂いた。 「ドゥーエ、手、離していいから、包帯の端を結んでくれる?」 ああ、と頷くとドゥーエは細く割いた包帯の先端の片方をぐるりとシュリの二の腕に沿って巻きつける。こわごわと壊れ物に触れるようにそっと、裂いた包帯の両端を結ぼうとしていると、 「ああもう、ドゥーエ。そんなんじゃほどけてきちゃうってば。あた
その夜、シュリは高い熱を出した。片腕を切り落としたことを思えば、無理もないことだった。 「寒い……」 ベッドの中でシュリは身震いをする。少し前から悪寒が止まらないし、体がだるくて仕方がなかった。 どれ、とドゥーエはシュリの額に自分の額を近づける。ドゥーエの涼やかな美貌が近づいてくる。憂いの色が濃い赤い双眸には、しっとりとした色気が揺れている。すぐ近くで聞こえるかすかな息遣いが、衣擦れや長い髪の揺れる音が、やけに生々しく淫靡に聞こえる。迫りくる甘やかな予感に、シュリは思わず目を閉じた。 「……どうした?」 「べ、別にっ」 またキスされるのかと思ったなどとは恥ずかしくて言えなかった。ふむ、と至近距離でドゥーエは目に面白がるような光を浮かべる。ぺろりと舌で唇の端を舐める仕草がやたらと婀娜っぽい。 「何か、期待したか?」 「……っ!」 思考を見透かされ、シュリは絶句した。ドゥーエはふっと柔らかく微笑むと、 「今は熱があるからな。熱が下がったらいくらでもしてやるから、今はきちんと休んでくれ」 今はこれで我慢してくれ、とドゥーエは少しぱさついたシュリの髪にキスを落とすと、顔を上げた。恋人じみたやりとりが恥ずかしくて仕方ないのに、彼のきれいな顔が離れていってしまうことをシュリは少し名残惜しく思った。まだもう少しこうしていたかったような気がするし、”その先”にあるものを知りたかったような気がした。 「もう他に毛布はないのか?」 ドゥーエはシーツの上から重ねたローズブラウンの毛布へと目をやりながら、そう聞いた。シュリは照れと熱で真っ赤な顔を小動物のようにちらりと覗かせると、 「裏の納屋にもう一枚あったはず。ずっとしまい込んだままで干してないから、かなり埃っぽいと思うけど」 「取ってきてやる」 ないよりはマシだろう、とドゥーエは踵を返す。ありがと、とその背を見送ろうとしたシュリは、ふと思い出したことがあってドゥーエを呼び止めた。 「納屋に軽石がいくつかあったはずだからそれも持ってきてくれる?」 シュリの頼みにドゥーエは怪訝そうに振り返ると、 「構わないが……軽石など何に使うんだ?」 「軽石を暖炉で温めて、ベッドの中に入れるんだ。そしたら、何時間かあったかいから」 「なるほど」 疑問が解けると、ドゥーエは再び踵を巡らせる。







