一宮金太《いちのみやきんた》さんは、この日の夕方見聞きしたことを、半世紀経った今も覚えていま
した。
当時、金太さんは小学三年生でした。
父親の紀夫さんは当麻町の消防団副団長でした。
金太さんは、紀夫さんの運転する消防団の乗用車に乗せられ、塔の回りの空地に到着したのです。
当麻町消防団と白く書かれた赤い車。
紀夫さんが車を降ります。金太さんは眩しげに紀夫さんを見上げました。
責任感に満ちた頼もしい紀夫さんは、金太さんの誇りでした。
「困ったものだ。弱い者いじめをして日頃のイヤなことを忘れようとする。一番悲しいことだ。日本人は
美しい陶器や織物をつくるのに、こんな残酷なことをする一面がある。お父さんはなんとかやめさせたい
と思っているが、消防団では、自分たちの活動とは関係ないというんだ」
車は塔から二百メートルほど離れていました。 「お父さんはこれでも勘が鋭い方でね。なにか大変なこ
とが起きるような気がしてならない。ただの思いすごしであって欲しい。だがね。もしなにか起きたら、
車に設置してある無線で警察に連絡してくれ。無線の使い方は知ってるね」
そう言い残して紀夫さんは、塔に向かってゆっくりと歩いていきました。
金太さんは、紀夫さんの背中をずっと見送っていました。
紀夫さんの姿が、塔の回りの群衆の中に消えたときです。
ゴーーーッ
地面が巨大な叫びをあげたのです。
突然、大きく揺れ始めました。
悲鳴が空地いっぱいに響き渡ったのです。
塔の前で人々が逃げまどっています。
「地震だ! 助けて!」
塔の回りの空地。
あちこちが、山のように盛り上がりました。
見る間に地面が裂け、杉の木や松の木が生えてきました。
目にも止まらない速さ!
そのまま空高く伸びていき、最後には五十メートル以上の高さになりました。
どの杉の木も松の木も、血のように赤かったのです。
なにもなかった空地が、巨大な赤い杉や松の木で埋め尽くされました。
赤い木の間を人々が逃げまどいます。
空地から逃げ出そうとしています。
そのときです。
赤い杉の木、松の木の枝が、まるで蛇のようにくねくねと動きながら、どんどん長くなっていきまし
た。
赤い枝がものすごい速さで人々を追いかけます。
まさに獲物を追う蛇そのものでした。
逃げる人々に追いつき、蛇のように体に巻きついたのです。
ギャーーーーーーーーッ
あちこちで聞こえる断末魔の悲鳴。
赤い枝に巻きつけられた人々の体が真っ赤に染まり、皮が破けて血肉がシャワーのように噴き出し四方
に散り、そのまま体ごと消えていったのです。
「助けて!」
あちこちで悲鳴が聞こえました。
金太さんは空地の外からハッキリ見たのです。
目の前で、何十人もの人間が、赤い杉の木と松の木の枝に襲われ体に巻きつかれ、そのまま空高く運ば
れ、体中から血肉が噴き出してぺちゃんこになる光景を……。
噴き出た血が木の幹をもっと赤く染め、地面がどす黒い赤に変わっていきます。
金太さんは見たのです。
次々と最後の刻限を迎える人たちの中に……
自分の尊敬する父親の姿を……
紀夫さんは赤い枝に巻きつかれ、そのまま杉の木のてっぺんまで運ばれていきます。
紀夫さんが金太さんの方を見ているのがハッキリ分かりました。
赤い枝に巻きつかれて苦しい息の下、大声で叫んだのです!
「金太!」
紀夫さんの声は苦しげでした。
「守ってくれ! 町の人たちを!」
金太さんはあわてて車の無線に向かいました。
父親の最後の言葉が聞こえました。
「警察は? 金太!」
かすかな声でした。
「まだ来ないのか?」
紀夫さんの声が途切れ、紀夫さんの悲鳴がハッキリと聞こえました。
血肉のシャワーが、あたりに飛び散りました。
そして金太さんの頬にも……
一滴、二滴……
金太さんは頬の血を手でぬぐいました。
じっと手のひらを見つめました。
赤い血はまだ生きているように手のひらを流れていきました。
そして金太さんの前には・・・
赤い木々の森……。
その間から空に向かってそびえる赤い塔が見えたのです。
木は隙間もないほど密集し、その間を通ることはとてもできませんでした。
この悲惨な事件は、何らかの地殻変動による不幸な天災と結論づけられました。
政府、行政、警察関係者、学者らが集まってつくられた調査委員会もついに結論を出せませんでした。
当麻町の人々は、鶴葉下さんに対する悪質ないじめの事実が明らかになることを恐れ、調査にも非協力
的だったといわれています。
それから半世紀。
当麻町のはずれ。
赤い森に囲まれた赤い塔。
この近くに来る人は、いまもほとんどいないのです。
そして塔の中では……。
「キャーーーーーッ、おたすけ~」
可哀そうな鶴葉下さんの悲鳴が部屋中に響き渡ったのです。
塔の地下室。
壁も床もどんよりと赤く染まっています。
そして四方の壁一面。
無数の顔の皮が貼り付けられていました。
全て空地に集まっていた人々の顔でした。
苦し気に目を閉じている白髪の老人の顔。
口を大きく開け、苦痛に顔をゆがめている中年の男性の顔。
口を開けて眠っているような女性の顔。
泣き叫んでいる少女の顔。
無数の顔が鶴葉下さんの目の前にありました。
鶴葉下さんはブリーフ一枚の惨めな姿にされ、手足を鎖で縛られ、壁に固定されていました。
目の前にはマハー・カミラの冷たい顔がありました。
「約束が違うじゃありませんか!」
鶴葉下さんは涙で顔をぐしゃぐしゃにしていました。
「何が約束が違う?お前の望んだことだ。ここは誰もいない静かな世界だ!」
「わたしは静かな場所で、『鶴葉下照光の生活と意見』を書きたいと思っていたのです」
「下郎が……」
カミラが杖を旋回させたのです。
宙に浮く一冊の分厚い古びた本『孔雀王経《くじゃくおうきょう》』
頁がひとりでにめくれ、ある頁で静止しました。
<マハー・カミラは契約の代償として、願い主を奴隷として扱う。
願い主は永遠に生き続け、奴隷として迫害を受ける>
鶴葉下さんの顔が絶望に歪みました。
本が目の前で消えました。
目の前にはマハー・カミラの冷たい笑いがあったのです。
いきなり杖が振り下ろされました。
鶴葉下さんは悲鳴をあげました。
杖は鶴葉下さんの顔面を、肩を、腹を、背中を、脚を何十回と打ち続けました。
ブリーフの上からも容赦なく打ち続けました。
鶴葉下さんの体中の皮膚が破れ血が溢れ肉があらわになりました。
それでもマハー・カミラは鶴葉下さんの体を打ち続けることを止めませんでした。
鶴葉下さんは、顔面が肉の塊と化し全身の骨が剥き出しになったところで、やっと解放されたのです。
マハー・カミラは杖の先の蛇の口についた血をペロリと舐めました。
「一日たてば元の体に戻る。明日は刃物でお前の体をズタズタに切り裂くことにする。明後日は火責めだ。分かったか? お前は永遠に苦痛と絶望の中で暮らすのだ」
マハー・カミラは声をあげて笑うのでした。
それから半世紀の年月が経ちました。
いまも高蔵寺に住む人たちの耳には、
「マハー・カミラにつかまった。助けてくれ!」
と風に乗って叫びが聞こえると言います。
そしてこれから紹介する物語は、当麻町に住む高校一年生の少年が体験した出来事なのです。
少年の手記をどうやって僕が手に入れたか。
それは今は語りたくありません。
お話は50年前に赤の森の惨状を目撃した一宮金太さんのエピソードに移ります。 一宮金太さんのお父さんはマハー・カミラに襲撃されて殉職しました。 それから半世紀経ったいま、一宮金太さんは自営業を営みながら、消防団の団長を務めていたのです。 その頃、新聞やテレビは、不思議な日本人の集団について伝えていました。 総勢百人以上の老若男女からなるメンバーで、その中心にいるのは髪の毛のふさふさした紳士でした。 「鶴葉桂」という名前でした。 ただ一部の人々のいうところでは、その紳士の髪型は不自然なところがあるのでカツラではないかということでした。 この不思議な日本人の集団については、人気司会者の宮根さんのワイドショーでも取り上げられたほどです。 ヨーロッパやアジアなどの名所を観光し、高級ホテルで豪華なディナーを楽しんでいたのです。 この集団が突然、京都に現れ、京都嵐山の高級旅館を借り切って宿泊していました。 昼は京都観光を楽しみ、夜は旅館の大宴会場で大騒ぎをしていたのです。 一宮金太さんが突然、一通の手紙を受け取ったのはその頃のことでした。<父より 金太よ。 突然だが、お前にもう一度、会えることとなった。 これまでのお前の苦労を思うと父も胸が痛い。 だがわたしは、お前が自費出版した『自分史』を読んだよ。 父として息子のお前を誇りに思うよ。金太! 『負けばかりの人生だったと人は笑うかもしれない。 だが自分は、この人生を後悔していない。 わたしは声を大にして自慢したい』 ありがとう。金太。 だが少しはお前も幸福を味わってもよかろう。 わたしを尋ねてきてはくれないか 鶴葉さんという人たちと共に、京都嵐山の旅館に宿泊している。 頼むから来て欲しい> 封筒には京都までの交通費として十万円が入っていました。 金太さんは半信半疑で、京都嵐山の高級旅館を訪れました。 すると父親の紀夫さんが、昔のままの姿で旅館の受付に現れたのです。 父親に案内された畳敷きの和室に案内されました。 窓から美しい山景色を眺めながら、ふたりは芋棒などの名物料理を味わいました。 亡くなったはずの父親が再び自分の前に現れた。 自分はこんなにも老いさらぼえているのに、父親は別れたときのままの姿なのです。 一体、これは夢なのだろうか? 金太
バス停。 次のバスが来るまで十分くらい。 僕、スマホを取り出す。 バス停にたったひとり。 回りには田園が広がる。その奥に僕が一週間過ごした赤の塔が見える。 バス停にたったひとり。 だけど人の気配を十分感じてた。 マハー・カミラさんって神様だけど、時々、子どもみたいな失敗するんだもの。「春奈ちゃん。うん!いまから帰るね。すぐ春奈ちゃんの家に行く」 人の気配がだんだん近づいてくる。 春奈ちゃんの声、わざとスピーカーで流してみる。「ユウちゃん。相談だけどね」 なんだかウキウキした声が聞えてきた。「わたしの家に住まない。両親も認めてくれた。ユウちゃんさえよければ、正式に婚約したいの」 そんなこと言って……。聞いている人がいるのに。「婚約は、いますぐでなくてもいいけど……。とにかく今夜は、わたしんちに泊まって。頭のおかしい赤の女神が、またユウちゃんにひどいことしないか心配だからね」 激しい息遣いが聞えてくる。間違いなく怒ってる。「明日、学校休んでお寺にお祓いに行こうよ。二度と変な神様にひどい目に遇わされないようにね。だいたい神様なんていってるけど、ただのヘンタイおばさんじゃない」 またスマホが消えた。 すぐ後ろにマハー・カミラさんがいた。 さっきからいるって分かってましたけれど……。「ユウはお前のような悪党の顔は二度と見たくないと、わたしに助けを求めてきた。さらばだ」 春奈ちゃんの怒りの声もすぐ聞こえなくなった。 マハー・カミラさんったらスマホ返してくれなかった。 僕を後ろから抱きしめる。 次の瞬間。 十分前と同じように、赤の塔の一室にいた。 マハー・カミラさんに後ろ手に縛られた。僕はされるがままにしていた。 もしかしたらこうなることを、心のどこかで願っていたのかもしれない。「やめる!」 マハー・カミラさんったら、僕の体を自分に向けさせる。「ユウちゃんはね。ずっとこの塔でわたしと一緒にいるんだから。分かった?」 おごそかに宣言。「ユウちゃんが言うことを聞かなければ、春奈と家族は皆殺し。日本は一日で滅びることになる」 そうですよね。 だから僕って、ここにいなきゃいけないんですよね。 僕の目から涙が流れた。 マハー・カミラさんったらね。僕が悲しんでるって思ったんだ。 困ったように顔をしかめた。「
塔の一室。 マハー・カミラさんと僕が向かい合って立ってる。 マハー・カミラさんはおなじみの赤いブレザーの制服姿。 僕らの間にはたくさんの紙袋。 いくつもの有名デパートの名前が印刷されてる。「このシャツは一着三万したんだからね」 マハー・カミラさんが突然、可愛らしい口調に変わった。 紙袋の中身をひとつひとつ説明して、ブランドものだということ、高価だったことを詳しく説明してくれた。「ぜんぶユウちゃんの家に送っておくけど、忘れちゃだめだよ」 マハー・カミラさんが僕の肩に手を置く。「ぜんぶわたしが買ったんだからね。ストーカーでお節介の春奈じゃないからね。忘れるないで」「はい」「帰ったからといって、わたしのこと忘れないで」「はい」「神は人間と恋が出来ない。そんなの不公平だよ」 マハー・カーラさんの声って、だんだん小さくなっていった。 「じゃあ、バス停までわたしが瞬間移動させるから。ちょっと待ってて」 マハー・カミラさんが部屋を出て行く。 僕、黙って見送る。 スマホを立ち上げた。 ロック画面って、春奈ちゃんと僕の2ショット。 黙ってスマホの画面見ていた。 ふいにスマホが宙に浮いた。 いつの間に入ってきたんだろう? 後ろにマハー・カミラさんの姿。 右手に僕のスマホ、握ってる。 スマホの電源を切って僕に返す。「一週間に一日、金曜日。授業終わったらわたしのとこに来てね。バス停に着いたらすぐ迎えに行くから」 えっ?急にそんなこと。 でも僕、おとなしくうなずいていた。「はい。週に一日でしたら」 マハー・カミラさんがイライラしたように叫ぶ。「やっぱり二日にして。月曜日と金曜日。必ず来て」 血走った目。 僕、おとなしくうなずいた。それしかないみたい。「はい。週に二日でしたら」 マハー・カミラさんが首を大きく振る。 不機嫌な顔で部屋中歩き回る。 最後に僕のところへ戻ってくる。 腕をしっかりつかまれる。「やっぱり三日にして。月曜日と水曜日。金曜日。必ず来て。約束だよ」 どんどん帰宅の条件、変わってきている。「覚えておいて。わたしがこの塔の外に出たら必ず日本に異変が起こる。やがて動乱になる。わたしのパワーのこと、ユウちゃんは知ってるもんね」「はい」「ユウちゃんがいるから、わたしのパワーがプラスの方向に調整
シャンデリアが明るく輝く大きな宮殿。 赤い光が横切ります。 赤い髪をなびかせ、赤い顔に赤いドレス。赤のミニスカートから赤くスラリとした脚を伸ばし赤いブーツを履いたマハー・カミラでした。 宮殿の明るい照明にけげんそうな顔をしています。 もっとけげんそうな表情になったのは、黒い頭巾をかぶり、宝物の入った大きな袋を背に打ち出の小槌を手にしたマハー・カーラの姿を見たときでした。 二メートルくらいの背の高さとなり、優しくて頼もしいナイスミドルの表情も、マハー・カミラを驚かせたのです。「伯父上」 マハー・カミラが膝をついて挨拶します。「一体、これは?」「つまりだな。イメチェンだ」 マハー・カーラが珍しく口ごもったのです。「クビラの賢弟に勧められた。つい今しがた、日本から帰って来た聖徳太子殿の意見でもある。『人間と友人になる必要はない。だが強きをくじき、弱きを助ける厳しくても頼りがいのある神であるべきだ』 全く、その通りかと思う。だいたいお前たちはな。そのな。マハーの神の考えを誤解しておるぞ」 マハー・カーラは気まずそうな顔を向けてきます。「あのな!わしはな。人間たちにこう申したかったのだ。己の欲望のためにマハーの神の力を頼りたいなら厳しい修行をせよ」 マハー・カーラの説明にマハー・カミラは耳を傾けます。「例えばだ。なんの修行もせずに己ひとりの栄耀栄華を願い出るような輩は虫が良すぎるというものだ。そのような者には厳しく神罰を与える」「もっともでございます」「だが世のため、他人のために神の力を借りたいなら、我ら神は無条件で助けよう。わしは人間にはだれでも厳しくせよと申したことはない」「おっしゃる意味、よく承知致しました」「しかしだ。いまはわしの教育方針を心より反省している。お前が多くの無辜の民を傷つけた責任はわしにもある」 マハー・カミラは恐縮して頭を下げ、恭順の意を示します。 「中国、日本で広まった大黒天のイメージは、わしにふさわしくないと考えていた。だがな。よくよく考えると、心の正しい人間には頼もしい神であるべきかもしれぬ」「確かにその通りでございます」「これからは、このかっこうでいく。聖徳太子殿が、わしのイメチェンにいろいろ協力してくれた」 宮殿の中に美しい歌声が流れました。
ここで再び、わたしたちは、悠馬少年の手記から離れ、国会議事堂の大会議室に物語を移します。 時刻は夜の十時過ぎ。 川野内閣の閣僚以下、警察庁長官、警視総監、野党代表、有識者代表のほか、松山警部、獅子内記者といったおなじみのメンバーが集まっています。 そして聖徳太子も、窓の外の光景をじっと見つめていたのです。 ほかの面々はといえば、壁の大きなテレビ画面を真剣なまなざしで見つめていたのです。 テレビ画面ではニュース番組の最中でした。 アナウンサーの澄んだ声が響きます。「青森県でリンゴの実が突然、みかんに突然変異した異変は、今夜九時過ぎ、再びみかんがリンゴの実に戻ったことで解決しました。 そのほか、日本全国で起きていた異変は収束に向かっています」 大会議室に集まったメンバーの間に喜びの色が浮かびます。「羆が熊のプーさんに突然変異した事態も元の姿に戻りました。ただ羆のアレンドリーな性格は変わらず、いまも山寺宏一によく似た声で、『オッハー』と人間たちに挨拶しているそうです。今後、北海道知事を座長に、羆と共存をめざすプロジェクトが発足します」 そのとき、獅子内記者のスマホが鳴りました。獅子内記者がスピーカーボタンを押します。「作吉さんか?」「嬉しいニュースです。大阪の異変が収束しました!」 作吉記者の明るい声が部屋に響いたのです。「わたしはいま、新大阪の駅にいますが、大阪弁が飛び交っています。聞こえますか?」 スマホからは、「アホッ、アホッ」「ボケッ、ボケッ」とけたたましい声が響き渡りました。「いま、入ったニュースですが、二十四時間営業の安売りスーパーでビフテキ用牛肩肉を試食に出していたところ、大皿を持った千人以上の買い物客が殺到して奪い合いになり、最終的に警察が駆けつける騒ぎになったということです」 作吉記者の言葉を聞いた会議室のメンバーから喜びの声があがりました。「よかった。大阪の異変が収まった」「大阪のバイタリティが戻ってきた」 拍手が飛び交いました。 大阪出身の藤本議員が、獅子内記者としっかり握手を交わしました。 石田総理大臣が聖徳太子に深々と頭を下げました。「三重県の異変も収束しました。太子。これで非常事態宣言を出さずに済みそうです」 閣僚たちが続けます。「やはりこれも上杉悠馬君という少年の働きということで
目が覚めたらベッドの上。 だけどまだ縛られたまま。 マハー・カミラさんが僕の横に膝をついて座っている。頭や頬を何度もなでてくれている。「ユウちゃん!」 エエエーッ……。 マハー・カミラさんに、そう呼ばれてしまった。 僕の心は世界で一番幸せだった。 僕はプイッと横を向いた。「頼む。怒らないでくれ」 困った声。困った顔。「縛ったまま、ほどいてくれません」「だってユウちゃん。わたしから逃げようとするだろう」「マハー・カミラさんのことキライです。早く僕の命奪ってください」 マハー・カミラさんが頬ずりしてきた。 僕、少し心が落ち着いた。 けれどもやっぱり涙が出てきた。「ずっとひどいことされました」「すまぬ。最初から助けるつもりだったのだが、伯父上にユウちゃんを痛めつけている様子をだな。映像を送って信じさせる必要があったのだ。ユウちゃんをコンサートに呼んだことなんか、とっくに知られてた。一族の誰かが密告したんだ」「僕、怖かった」「ユウちゃん、ごめん。みんなあの蛇たちが悪いんだ」 マハー・カミラさんの声って涙声。 (嘘ッ。まさか) マハー・カミラさんの顔を見る。 「側近の夢、あきらめたくなかった。だけどもういいんだ。マハー・カーラの側近にならなくてもいい」 衝撃の告白だった。「そこまで言ったぞ。ユウちゃん、信じてくれ。アイスクリームだって好きなだけ食べさせてあげる。ディナーはなにがいい?」 マハー・カミラさんったら声まで優しくなっている。「洋食、和食、中華食。エーーイ、ローストビーフにトロにツバメの巣のスープでどうだ。こんなにわたし、優しいんだぞ」 マハー・カミラさんがひたすら弁解「だって僕の前で残酷なことばかりしました。マハー・カミラさんのこと大キライです!」 僕、わざと背を向けてやった。 だけど本当はマハー・カミラさんの顔を見ていたかった。「ま、待て。あれはだな。伯父上にかっこいいとこ見せるための演出なんだ。あのシーン、映像で送ったんだ」 なに言ってるんだろう。 僕、だんだん悲しくなってくる。 マハー・カミラさんのあんな残酷な姿みたくなんてなかった。 マハー・カミラさんが残酷だってことは分かってます。 だけどやっぱり僕にとっては、一緒にステージに上がるマハー・カミラさんのイメージでいて欲しか