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倉橋
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Novels by 倉橋

~スーパー・ラバット~ムーン・ラット・キッスはあなたに夢中

~スーパー・ラバット~ムーン・ラット・キッスはあなたに夢中

「地球を滅亡させる。その任務は月世界セレネイ王国に任せる」  銀河連邦の決定により月からの地球侵略が迫る。 「今こそ我らセレネイ王国が、新たな地球の住人になるのだ」  美しき独裁者、キラーリ公主の下、地球侵略が進行する。  桜花高校一年特進クラスのクラス委員、朝井悠馬は心の優しい少年だったが、それゆえにクラスの雑用係をひとりでさせられていた。  その悠馬の前にひとりの美少女が現れる。  ウサギの長い耳のついた帽子をかぶり、悠馬のフィアンセと名乗り、悠馬を決して離さない。  ひそかに悠馬を見つめる特進クラス一番の成績を誇る如月飛鳥。  若き天文学者、荒川今日華。  美しき女性たちが多数、悠馬に近づく中、地球の危機が迫る。    
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Chapter: ~第二十三話②~ 信じたくはないんだけれど
 悠馬は驚いたようにキッス女王を見つめる。「嘘です。信じません」 キッス女王は軽く首を横に振った。「悠ちゃん、あなたは信じなきゃいけないの。私は悠ちゃんを奪うために彩良さんと娘の命を奪った。これが私。冷酷で残忍で、そしてとっても卑劣な人間」 悠馬が激しく首を横に振った。「違います。絶対に違います」 キッス女王はじっと悠馬の顔を見つめていた。いつまでも自分の目に保存するためだろうか?またたきひとつしなかった。ふたつの赤い瞳からは、絶えまなく涙がこぼれ落ちている。「この銀河系宇宙で、私は少しも後悔なんかしていない。冷酷で残忍で卑劣。それが私だから。私は金星と冥王星を滅ぼしたムーン・ラット一族の女王、ムーン・ラット・キッスだから」 キッス女王は再び悠馬をお姫様抱っこする。「だけど」 キッス女王は、悠馬の顔を愛おしそうに見つめた。「あなたの前にいるときだけは、ずっと後悔している。悠ちゃん、どうかそれを忘れないで」 悠馬も涙を浮かべて呼びかける。「ダメです。どこへも行かないでください」 キッス女王は、悠馬の叫びをディープキッスで遮った。甘い蜜が悠馬の口の中を流れて、やがて喉に落ちていく。悠馬が喉をゴクンと鳴らす。 キッス女王は唇を離した。「私はもう月には帰らない。永遠に宇宙の放浪者となって、遠い銀河の果てから、自分の生命《いのち》が尽きるまで、悠ちゃんひとりを見守っているから」 キッス女王は悠馬の体を飛鳥に預けた。飛鳥は思わずヨロヨロと体を揺らした。飛鳥が背中から支えると、何とか悠馬をお姫様抱っこしたままで、その場に立つことが出来た。「悠ちゃん、ずっとあなたを見ていたいけれど、時間が経てば、あなたは私の本当の姿をきっと思い出す。彩良さんを奪ったことに怒りと悲しみを覚えるはず。あなたが、まだ私のことを思ってくれているうちに、お別れするからね」 悠馬があわてて声をかける。「うさ子さん、お別れするなんてイヤです」 キッス女王は悠馬を見るとあたたかい慈愛の表情で微笑む。悠馬ひとりにだけに見せる表情。 次の瞬間。「最終変身」 その叫びが最後だった。人々は見た。完全に光を失った夜の空を。巨大なシャンデリアのようにキラキラと金色に輝く彗星が縦断していった。肉眼でもハッキリと確認できた。 彗星は夜空の果てに消え、その行方は誰も知らない。
Last Updated: 2025-12-09
Chapter: ~第二十三話 さよならスーパー・ラバット~①うさこの宣言とは
 うさここと、ムーン・ラット・キッスが悠馬の方に歩み寄る。次の瞬間だった。 飛鳥に抱きしめられていたはずの悠馬は、キッス女王の胸の中にいた。飛鳥が顔色を変える。キッス女王は飛鳥に笑いかける。女王としての威厳を示す冷たい笑いだった。「そこの娘。心配しなくて大丈夫だ。私はまもなくここから去る」 キッス女王の言葉に悠馬が顔を上げる。「どういうことです?」 悠馬の不安そうな顔。キッス女王は悠馬の髪を優しくなで回した。「悠ちゃん、もう分かってるよね。私は地球人じゃないの。月の先住民族。ムーン・ラット一族の女王、ムーン・ラット・キッス。悠ちゃんはさっき、私の正体をハッキリ見たでしょう」 キッス女王は微笑んだ。微笑みの向こう側に溢れんばかりの涙があった。「あれが私の正体なの。こわかったよね」 キッス女王の声がかすかに震える。「違います」 悠馬は急いで首を左右に振る。キッパリと言い切ってキッス女王を正面から見つめる。「あなたは朝井うさ子さんです。僕に婚約者なんて迫るのはちょっと困りますけれど、僕にとって大切な女性です」 悠馬の口調は真剣だった。好きかキライか? 彼女か彼女ではないのか? そんなことは関係ない。悠馬にとって朝井うさ子こそ特別な女性。今こそ、悠馬には、ハッキリそれが分かった。 絶対に、さよならなんて言えるはずがなかった。うさ子と悠馬の関係は、いつも出会いでなければならないのだ。 キッス女王の顔に感動の表情が浮かぶ。思わずキッス女王は悠馬に頬ずりする。嗚咽が漏れる。 飛鳥にはそれを止めることは出来なかった。キッス女王の悠馬への純愛がよく分かったから。「悠ちゃんはもうすぐ知ることになる。空地の隅にいる女性が悠ちゃんに教えてくれるはず」 悠馬が首をかしげる。キッス女王が、悠馬の首筋にそっと唇をつけた。 それからゆっくりと悠馬に告げた。「悠ちゃんの大好きな彩良先生の命を奪ったのはね」 悠馬の耳元でささやく。「この私なの」
Last Updated: 2025-12-08
Chapter: ~第二十二話⑱~ 春樹たちは完全にギブアップ! さて悠馬たちは?
 春樹は地面に跪き、頭を地面にこすりつけた。「朝井くん、遠山さん。ご迷惑をかけた皆さん。本当にすみませんでした。ごめんなさい。あやまって済むことではないことはよく分かっています。本当にすみませんでした。許してください」 自分の過去の言動をICレコーダーで聴かされ、さらに動画まで見せられた春樹は、今はやっと自分の愚かな行為に気がつき、後悔と絶望に嗚咽するばかりだった。  村雨会長がゆっくりと悠馬と飛鳥に近づき、深々と頭を下げた。社長の傘次郎も続く。「朝井くん、遠山さん。祖父の立場からお詫び申し上げます」 目にはうっすら涙が浮かんでいた。「そのうえで、朝井くんに慈悲を請いたい。こんな人間のクズどもでも私にとっては生まれたときから知っている可愛い孫です。それから君のお母さんとは長い間、親しくさせて頂いています。今回の件を経て、改めてお母さんのプロジェクトを全面的に支援させて頂くつもりです。ご迷惑をおかけした皆さん。私どもは心からの償いをさせて頂きます。どうか、穏やかに解決させては頂けないでしょうか」 悠馬は大きくうなずいた。「僕はこれ以上、騒ぎを大きくしたくありません。どうか、母やほかの人たちとよくご相談ください」 飛鳥は悠馬をギュッと抱きしめる。「悠くんがそう言うなら私も」 三人の女子高校生や八百屋の店長、池戸や井上もうなずく。  女子高校生や井上、池戸は慰謝料を受け取ったばかりか、「ハピー」でアルバイトすることになった。もちろん全員真面目に働いている。  八百屋の店長は「ハピー」のブランド商品を店に置けるようになり、地元の人たちからも喜ばれている。  井上くんの病気の妹も、村雨会長の支援で先進治療を受けられるようになり、将来に向けて希望が見えてきた。  もちろんそれは後々のストーリー。  村雨会長はもう一度、大きく頭を下げる。「ありがとうございます。遠山さん、あなたのお母さんのことは朝井くんのお母さんから伺いました。是非とも『ハピー』にお迎えしたいと思います。改めてご挨拶に伺いますから」 松山警部が村雨会長に近づくと、軽く頭を下げる。「そろそろよろしいですか? 示談はともかく、私たちの仕事は事実を明らかにすることです。そのうえで、示談の行方が起訴不起訴を決めるひとつの材料にはなるでしょう」 「全くその通りです。よろしくお願いし
Last Updated: 2025-12-07
Chapter: ~第二十二話⑰~ 悪は完全に滅びてしまった
「傘次郎。これがお前の教育の成果か」 三十分後、空地では「ハピー」の会長で春樹、龍の祖父、村雨五郎が厳しい目を息子の傘次郎に向けた。「ハピー」の社長、傘次郎は青ざめた顔でうつむいていた。  うさ子は腕を前で組み、空地の隅に立つキラーリ公主やアマンを、じっと見据えていた。飛鳥は悠馬を抱きしめたまま、時々、頬ずりして悠馬の頬を真っ赤にさせていたが、一切、何の反応も示すこともなかった。  その近くでは文や松山警部が証拠品であるレコーダーやデジタルカメラを、証拠品を収納する袋にしまう。 「警部補殿。あなたは今回の捜査には、なんにも関係ないですから。何ひとつ貢献していませんから」 「ひどい、文さん。私を出し抜いて」 「別に出し抜いてなんかいません。警部補殿が無能だったのです」 「ちょっと待ちなさいってば」 文と日美子の恋のバトルのそばで、村雨会長の重々しい言葉が続く。「『ハピー』を発展させたのは私でも、お前でも春樹や龍でもない。ひとりひとりの社員だ。仕事のときはもちろん、私生活でも『ハピー』の社員として恥ずかしくない言動に努めてきた彼らの成果だ。お前たちは経営者とその家族という立場にありながら、社員ひとりひとりの積み重ねてきた努力を一瞬にして水の泡にしたのだ。分かっているのか?」 村雨会長は怒りもあらわに叫ぶ。「学校のウサギを勝手に持ち出し、自分の飼っている犬のエサにした。『ハピー』の名前を出し、一生懸命頑張っておられる八百屋の店長を侮辱した。他校の女子生徒に心の傷を負わせ、クラスメイトに暴力をふるった。絶対に許さんからな」 真宮子が泣き叫ぶ。「ごめんなさい。だけど村雨くんが、協力しなければフーゾクに売り飛ばすと脅したんです。私も被害者なんです」 エエーッ、何だか信じられない話。一方、龍はといえば、髪がボサボサ、目は虚ろで口をだらしなく開け、二度とは立ち直れない悲惨な様子。「そ、そんな~~。ひどいよ~」  宇野や松下、鈴木たちも声を震わせて叫ぶ。「朝井くん、遠山さん、すみません。実は村雨くんに『オレはハピーの社長の息子だ。命令に従わないと六甲山に埋めてやる』と脅迫され、仕方なくやらされていました」 龍は手足をバタバタさせて泣きじゃくる。「ひどいよ~~。六甲山なんか、どこにあるか知らないよ~」 龍がイケメンに戻れる日は二度と来ないだ
Last Updated: 2025-12-06
Chapter: ~第二十二話⑯~ 悪人たちの末路
 再度、繰り返そう。 ムーン・ラット・キッスの赤い瞳は遠近を変換して、遥か彼方の惑星の光景を見ることが出来る。 ムーン・ラットの長い耳は、遥か彼方の惑星の音声を聞くことが出来る。 ムーン・ラット・キッスは、自分の耳で聞いた音声を保存できる。そしてそれをいつでも再生して編集出来る。 さらにムーン・ラット・キッスの赤い瞳は、自分の目で見た光景もそのまま保存、再生、編集することが出来る。と、云うことは……。 朝井うさ子こと、ムーン・ラット・キッスはICレコーダーとデジタルカメラを取り出した。「ここにいる卑劣なクラスメイトたちが、私の婚約者を破滅させようとしていることぐらい、私、何もかも知っていました。興信所を使って、この人面獣心のクラスメイトたちの会話や行動を音声や動画に保存していました。今、この場で、村雨くんのお父さんとお祖父さんも立ち会って確認してください。まだ彼らが言い逃れをするようなら、私、いくらでも証拠を提出します」 村雨兄弟の春樹と龍に引導が渡された瞬間だった。ふたりはガックリと地面に突っ伏した。 音声と動画が再生されている間、ふたりが顔を上げることはなかった。悪の兄弟に、ついに破滅の時が来たのである。もう二度と悠馬を苦しめることはないだろう。 
Last Updated: 2025-12-05
Chapter: ~第二十二話⑮~ 再び姿を現した朝井うさ子だよ~
 そして空地では、信じられない光景が広がっていた。広場を占領していたムーン・ラット・キッスの巨大な姿がいつのまにか消えていた。 この光景を見つめていた悠馬の母親の芽衣と荒川先生は顔を見合わせた。 芽衣が思い出したようにスマホを取り出す。「しまった。撮影するのを忘れていた」 悔しそうに唇を噛む。 空地の地面にも変化があった。犬たちの血肉や骨が一瞬で見えなくなっていた。 ムーン・ラット・キッス出現の証拠は、この空地からは完全に消滅したのである。少し離れたところでは、春樹や龍たちがみじめな様子で座り込んでいる。「村雨社長の息子さんね」 芽衣が笑顔を向けた。「私、朝井芽衣。あなたがたのお祖父さまには、仲よくさせて頂いているの。大変光栄に思っています。あなたがたのお父さんにもお会いしたことがあります。」 春樹の顔色が真っ青になった。悠馬の母親が天文学者であることは知っていたが、祖父の知り合いとは全く知らなかったのである。祖父が設立した「ハピー」のホームページをきちんと見ていなかった結果が訪れようとしていた。 春樹も龍は全てを悟った。うさ子の言葉を全て思い出したのである。 うさ子は、祖父や悠馬の母に春樹と龍の暴走を止めさせようとしていたのだ。 哀れな兄弟の目に、見覚えのある車が見えた。父と祖父を乗せた車が空地に入ってきたのだ。そしてその後からは、二台のパトカーと、二台のバン・パトカー。「悠くんのお母さん、荒川先生」 飛鳥が声をかけてくる。すぐにふたりの前に立つ。「悠くんはどこへ? 私、悠くんのことが心配で。元はといえば、私が村雨くんたちに嫌がらせをされたのが原因なんです」 母親と先生の前なのに、思わず「悠くん」と叫んでいた。芽衣と荒川先生は顔を見合わせ、やがて苦笑いをした。飛鳥の表情には悠馬を心配している様子が、心から表われていた。荒川先生は、思わず飛鳥に駆け寄り。両手を握っていた。「きっと大丈夫。あなたがいるんだから」 飛鳥は頬を赤らめた。「お嬢さん、悠ちゃんはここ」 聞き覚えのある声がした。 振り返ると、朝井うさ子が悠馬をお姫様抱っこして立っていた。うさ子が悠馬をそっと地面に立たせる。「遠山さん、心配させてごめんなさい。僕のために、色々とご迷惑をかけました。それにお母さんや荒川先生まで、本当にご心配かけました」 悠馬は頭を下
Last Updated: 2025-12-04
カノ女と僕の幽霊塔~殺戮の神、大黒天の一族、マハー・カミラに監禁された少年の運命は?

カノ女と僕の幽霊塔~殺戮の神、大黒天の一族、マハー・カミラに監禁された少年の運命は?

東京都当麻町ではお人よしの鶴葉下照光さんに対して人々の陰湿ないじめが続き鶴葉下さんは町はずれの塔にこもった。  街の人たちは塔を包囲し嫌がらせを繰り返す。  そのとき、大黒天ことマハー・カーラの一族であり、赤の女神、マハー・カミラが出現。  町の人々を殺戮。  塔を血の如く赤く染めた。  半世紀後、幽霊塔に近づく人もいない現代。  心優しい少年、上杉悠馬の前に、美しく残忍な赤の女神、マハー・カミラが現れた。 「森に近づく者がいないため、奪う命もなく退屈していた。お前を五十年ぶりの生贄とする」  あでやかな死の笑い。  悠馬を生贄にすることしか考えていないマハー・カミラ。  果たして悠馬は、ホラーをハッピーエンドのラブコメに変えられるか!
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Chapter: 大団円
 お話は50年前に赤の森の惨状を目撃した一宮金太さんのエピソードに移ります。 一宮金太さんのお父さんはマハー・カミラに襲撃されて殉職しました。 それから半世紀経ったいま、一宮金太さんは自営業を営みながら、消防団の団長を務めていたのです。 その頃、新聞やテレビは、不思議な日本人の集団について伝えていました。 総勢百人以上の老若男女からなるメンバーで、その中心にいるのは髪の毛のふさふさした紳士でした。 「|鶴葉桂《ツルハカツラ》」という名前でした。 ただ一部の人々のいうところでは、その紳士の髪型は不自然なところがあるのでカツラではないかということでした。 この不思議な日本人の集団については、人気司会者の宮根さんのワイドショーでも取り上げられたほどです。 ヨーロッパやアジアなどの名所を観光し、高級ホテルで豪華なディナーを楽しんでいたのです。 この集団が突然、京都に現れ、京都嵐山の高級旅館を借り切って宿泊していました。 昼は京都観光を楽しみ、夜は旅館の大宴会場で大騒ぎをしていたのです。 一宮金太さんが突然、一通の手紙を受け取ったのはその頃のことでした。<父より 金太よ。 突然だが、お前にもう一度、会えることとなった。 これまでのお前の苦労を思うと父も胸が痛い。 だがわたしは、お前が自費出版した『自分史』を読んだよ。 父として息子のお前を誇りに思うよ。金太! 『負けばかりの人生だったと人は笑うかもしれない。 だが自分は、この人生を後悔していない。 わたしは声を大にして自慢したい』 ありがとう。金太。 だが少しはお前も幸福を味わってもよかろう。 わたしを尋ねてきてはくれないか 鶴葉さんという人たちと共に、京都嵐山の旅館に宿泊している。 頼むから来て欲しい> 封筒には京都までの交通費として十万円が入っていました。 金太さんは半信半疑で、京都嵐山の高級旅館を訪れました。 すると父親の紀夫さんが、昔のままの姿で旅館の受付に現れたのです。 父親に案内された畳敷きの和室に案内されました。 窓から美しい山景色を眺めながら、ふたりは芋棒などの名物料理を味わいました。 亡くなったはずの父親が再び自分の前に現れた。 自分はこんなにも老いさらぼえているのに、父親は別れたときのままの姿なのです。 一体、これは夢なのだろうか? 金太
Last Updated: 2025-08-25
Chapter: ~第十二部②~ 好きだから約束なんか守らない
 バス停。 次のバスが来るまで十分くらい。 僕、スマホを取り出す。 バス停にたったひとり。 回りには田園が広がる。その奥に僕が一週間過ごした赤の塔が見える。 バス停にたったひとり。 だけど人の気配を十分感じてた。 マハー・カミラさんって神様だけど、時々、子どもみたいな失敗するんだもの。「春奈ちゃん。うん!いまから帰るね。すぐ春奈ちゃんの家に行く」 人の気配がだんだん近づいてくる。 春奈ちゃんの声、わざとスピーカーで流してみる。「ユウちゃん。相談だけどね」 なんだかウキウキした声が聞えてきた。「わたしの家に住まない。両親も認めてくれた。ユウちゃんさえよければ、正式に婚約したいの」 そんなこと言って……。聞いている人がいるのに。「婚約は、いますぐでなくてもいいけど……。とにかく今夜は、わたしんちに泊まって。頭のおかしい赤の女神が、またユウちゃんにひどいことしないか心配だからね」 激しい息遣いが聞えてくる。間違いなく怒ってる。「明日、学校休んでお寺にお祓いに行こうよ。二度と変な神様にひどい目に遇わされないようにね。だいたい神様なんていってるけど、ただのヘンタイおばさんじゃない」 またスマホが消えた。 すぐ後ろにマハー・カミラさんがいた。 さっきからいるって分かってましたけれど……。「ユウはお前のような悪党の顔は二度と見たくないと、わたしに助けを求めてきた。さらばだ」 春奈ちゃんの怒りの声もすぐ聞こえなくなった。 マハー・カミラさんったらスマホ返してくれなかった。 僕を後ろから抱きしめる。  次の瞬間。 十分前と同じように、赤の塔の一室にいた。 マハー・カミラさんに後ろ手に縛られた。僕はされるがままにしていた。 もしかしたらこうなることを、心のどこかで願っていたのかもしれない。「やめる!」 マハー・カミラさんったら、僕の体を自分に向けさせる。「ユウちゃんはね。ずっとこの塔でわたしと一緒にいるんだから。分かった?」 おごそかに宣言。「ユウちゃんが言うことを聞かなければ、春奈と家族は皆殺し。日本は一日で滅びることになる」 そうですよね。 だから僕って、ここにいなきゃいけないんですよね。  僕の目から涙が流れた。 マハー・カミラさんったらね。僕が悲しんでるって思ったんだ。 困ったように顔をしかめた。「
Last Updated: 2025-08-25
Chapter: ~第十二部 上杉悠馬の手記より さよなら マハー・カミラさん?①~ 波乱のお別れ
 塔の一室。 マハー・カミラさんと僕が向かい合って立ってる。 マハー・カミラさんはおなじみの赤いブレザーの制服姿。 僕らの間にはたくさんの紙袋。 いくつもの有名デパートの名前が印刷されてる。「このシャツは一着三万したんだからね」  マハー・カミラさんが突然、可愛らしい口調に変わった。 紙袋の中身をひとつひとつ説明して、ブランドものだということ、高価だったことを詳しく説明してくれた。「ぜんぶユウちゃんの家に送っておくけど、忘れちゃだめだよ」 マハー・カミラさんが僕の肩に手を置く。「ぜんぶわたしが買ったんだからね。ストーカーでお節介の春奈じゃないからね。忘れるないで」「はい」「帰ったからといって、わたしのこと忘れないで」「はい」「神は人間と恋が出来ない。そんなの不公平だよ」 マハー・カーラさんの声って、だんだん小さくなっていった。 「じゃあ、バス停までわたしが瞬間移動させるから。ちょっと待ってて」 マハー・カミラさんが部屋を出て行く。 僕、黙って見送る。 スマホを立ち上げた。 ロック画面って、春奈ちゃんと僕の2ショット。 黙ってスマホの画面見ていた。 ふいにスマホが宙に浮いた。 いつの間に入ってきたんだろう? 後ろにマハー・カミラさんの姿。 右手に僕のスマホ、握ってる。 スマホの電源を切って僕に返す。「一週間に一日、金曜日。授業終わったらわたしのとこに来てね。バス停に着いたらすぐ迎えに行くから」 えっ?急にそんなこと。 でも僕、おとなしくうなずいていた。「はい。週に一日でしたら」 マハー・カミラさんがイライラしたように叫ぶ。「やっぱり二日にして。月曜日と金曜日。必ず来て」 血走った目。 僕、おとなしくうなずいた。それしかないみたい。「はい。週に二日でしたら」 マハー・カミラさんが首を大きく振る。 不機嫌な顔で部屋中歩き回る。 最後に僕のところへ戻ってくる。 腕をしっかりつかまれる。「やっぱり三日にして。月曜日と水曜日。金曜日。必ず来て。約束だよ」 どんどん帰宅の条件、変わってきている。「覚えておいて。わたしがこの塔の外に出たら必ず日本に異変が起こる。やがて動乱になる。わたしのパワーのこと、ユウちゃんは知ってるもんね」「はい」「ユウちゃんがいるから、わたしのパワーがプラスの方向に調整
Last Updated: 2025-08-25
Chapter: ~第十一部②~ 大黒天は友だちだ
 シャンデリアが明るく輝く大きな宮殿。 赤い光が横切ります。 赤い髪をなびかせ、赤い顔に赤いドレス。赤のミニスカートから赤くスラリとした脚を伸ばし赤いブーツを履いたマハー・カミラでした。 宮殿の明るい照明にけげんそうな顔をしています。 もっとけげんそうな表情になったのは、黒い頭巾をかぶり、宝物の入った大きな袋を背に打ち出の小槌を手にしたマハー・カーラの姿を見たときでした。 二メートルくらいの背の高さとなり、優しくて頼もしいナイスミドルの表情も、マハー・カミラを驚かせたのです。「伯父上」 マハー・カミラが膝をついて挨拶します。「一体、これは?」「つまりだな。イメチェンだ」 マハー・カーラが珍しく口ごもったのです。「クビラの賢弟に勧められた。つい今しがた、日本から帰って来た聖徳太子殿の意見でもある。『人間と友人になる必要はない。だが強きをくじき、弱きを助ける厳しくても頼りがいのある神であるべきだ』 全く、その通りかと思う。だいたいお前たちはな。そのな。マハーの神の考えを誤解しておるぞ」 マハー・カーラは気まずそうな顔を向けてきます。「あのな!わしはな。人間たちにこう申したかったのだ。己の欲望のためにマハーの神の力を頼りたいなら厳しい修行をせよ」 マハー・カーラの説明にマハー・カミラは耳を傾けます。「例えばだ。なんの修行もせずに|己《おのれ》ひとりの栄耀栄華を願い出るような|輩《やから》は虫が良すぎるというものだ。そのような者には厳しく神罰を与える」「もっともでございます」「だが世のため、|他人《ひと》のために神の力を借りたいなら、我ら神は無条件で助けよう。わしは人間にはだれでも厳しくせよと申したことはない」「おっしゃる意味、よく承知致しました」「しかしだ。いまはわしの教育方針を心より反省している。お前が多くの|無辜《むこ》の民を傷つけた責任はわしにもある」 マハー・カミラは恐縮して頭を下げ、恭順の意を示します。 「中国、日本で広まった大黒天のイメージは、わしにふさわしくないと考えていた。だがな。よくよく考えると、心の正しい人間には頼もしい神であるべきかもしれぬ」「確かにその通りでございます」「これからは、このかっこうでいく。聖徳太子殿が、わしのイメチェンにいろいろ協力してくれた」 宮殿の中に美しい歌声が流れました。
Last Updated: 2025-08-25
Chapter: ~第十一部 日本の危機終結①~ 悠馬が日本を救う
 ここで再び、わたしたちは、悠馬少年の手記から離れ、国会議事堂の大会議室に物語を移します。 時刻は夜の十時過ぎ。 川野内閣の閣僚以下、警察庁長官、警視総監、野党代表、有識者代表のほか、松山警部、獅子内記者といったおなじみのメンバーが集まっています。 そして聖徳太子も、窓の外の光景をじっと見つめていたのです。 ほかの面々はといえば、壁の大きなテレビ画面を真剣なまなざしで見つめていたのです。 テレビ画面ではニュース番組の最中でした。 アナウンサーの澄んだ声が響きます。「青森県でリンゴの実が突然、みかんに突然変異した異変は、今夜九時過ぎ、再びみかんがリンゴの実に戻ったことで解決しました。 そのほか、日本全国で起きていた異変は収束に向かっています」 大会議室に集まったメンバーの間に喜びの色が浮かびます。「羆が熊のプーさんに突然変異した事態も元の姿に戻りました。ただ羆のアレンドリーな性格は変わらず、いまも山寺宏一によく似た声で、『オッハー』と人間たちに挨拶しているそうです。今後、北海道知事を座長に、羆と共存をめざすプロジェクトが発足します」 そのとき、獅子内記者のスマホが鳴りました。獅子内記者がスピーカーボタンを押します。「作吉さんか?」「嬉しいニュースです。大阪の異変が収束しました!」 作吉記者の明るい声が部屋に響いたのです。「わたしはいま、新大阪の駅にいますが、大阪弁が飛び交っています。聞こえますか?」 スマホからは、「アホッ、アホッ」「ボケッ、ボケッ」とけたたましい声が響き渡りました。「いま、入ったニュースですが、二十四時間営業の安売りスーパーでビフテキ用牛肩肉を試食に出していたところ、大皿を持った千人以上の買い物客が殺到して奪い合いになり、最終的に警察が駆けつける騒ぎになったということです」 作吉記者の言葉を聞いた会議室のメンバーから喜びの声があがりました。「よかった。大阪の異変が収まった」「大阪のバイタリティが戻ってきた」 拍手が飛び交いました。 大阪出身の藤本議員が、獅子内記者としっかり握手を交わしました。 石田総理大臣が聖徳太子に深々と頭を下げました。「三重県の異変も収束しました。太子。これで非常事態宣言を出さずに済みそうです」 閣僚たちが続けます。「やはりこれも上杉悠馬君という少年の働きということで
Last Updated: 2025-08-25
Chapter: ~第十部②~ マハー・カミラさんの謝罪
 目が覚めたらベッドの上。 だけどまだ縛られたまま。 マハー・カミラさんが僕の横に膝をついて座っている。頭や頬を何度もなでてくれている。「ユウちゃん!」 エエエーッ……。 マハー・カミラさんに、そう呼ばれてしまった。 僕の心は世界で一番幸せだった。 僕はプイッと横を向いた。「頼む。怒らないでくれ」  困った声。困った顔。「縛ったまま、ほどいてくれません」「だってユウちゃん。わたしから逃げようとするだろう」「マハー・カミラさんのことキライです。早く僕の命奪ってください」 マハー・カミラさんが頬ずりしてきた。 僕、少し心が落ち着いた。 けれどもやっぱり涙が出てきた。「ずっとひどいことされました」「すまぬ。最初から助けるつもりだったのだが、伯父上にユウちゃんを痛めつけている様子をだな。映像を送って信じさせる必要があったのだ。ユウちゃんをコンサートに呼んだことなんか、とっくに知られてた。一族の誰かが密告したんだ」「僕、怖かった」「ユウちゃん、ごめん。みんなあの蛇たちが悪いんだ」 マハー・カミラさんの声って涙声。 (嘘ッ。まさか) マハー・カミラさんの顔を見る。 「側近の夢、あきらめたくなかった。だけどもういいんだ。マハー・カーラの側近にならなくてもいい」 衝撃の告白だった。「そこまで言ったぞ。ユウちゃん、信じてくれ。アイスクリームだって好きなだけ食べさせてあげる。ディナーはなにがいい?」 マハー・カミラさんったら声まで優しくなっている。「洋食、和食、中華食。エーーイ、ローストビーフにトロにツバメの巣のスープでどうだ。こんなにわたし、優しいんだぞ」  マハー・カミラさんがひたすら弁解「だって僕の前で残酷なことばかりしました。マハー・カミラさんのこと大キライです!」  僕、わざと背を向けてやった。 だけど本当はマハー・カミラさんの顔を見ていたかった。「ま、待て。あれはだな。伯父上にかっこいいとこ見せるための演出なんだ。あのシーン、映像で送ったんだ」  なに言ってるんだろう。 僕、だんだん悲しくなってくる。 マハー・カミラさんのあんな残酷な姿みたくなんてなかった。 マハー・カミラさんが残酷だってことは分かってます。 だけどやっぱり僕にとっては、一緒にステージに上がるマハー・カミラさんのイメージでいて欲しか
Last Updated: 2025-08-25
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