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倉橋
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Novels by 倉橋

~スーパー・ラバット~ムーン・ラット・キッスはあなたに夢中

~スーパー・ラバット~ムーン・ラット・キッスはあなたに夢中

「地球を滅亡させる。その任務は月世界セレネイ王国に任せる」  銀河連邦の決定により月からの地球侵略が迫る。 「今こそ我らセレネイ王国が、新たな地球の住人になるのだ」  美しき独裁者、キラーリ公主の下、地球侵略が進行する。  桜花高校一年特進クラスのクラス委員、朝井悠馬は心の優しい少年だったが、それゆえにクラスの雑用係をひとりでさせられていた。  その悠馬の前にひとりの美少女が現れる。  ウサギの長い耳のついた帽子をかぶり、悠馬のフィアンセと名乗り、悠馬を決して離さない。  ひそかに悠馬を見つめる特進クラス一番の成績を誇る如月飛鳥。  若き天文学者、荒川今日華。  美しき女性たちが多数、悠馬に近づく中、地球の危機が迫る。    
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Chapter: ~第七話⑥~ 刑場の母娘
 キラーリ公主がベッドに横たわっていた頃。全身黒ずくめの女性がスタジアムに入る正目面玄関を見上げていた。あたりに人の気配はない。スタジアムからはザワザワと人の声が聞こえてくる。「みなさん、お静かに願います」 アナウンスの声が響いてくる。  ここはセレネイ王国地上中心部フルムーン・シティに建設された「ムーン・パーク」。  ムーン・パークとはセレネイオ王国地上中心部にある円形の公園である。面積約十ヘクタール。東側に正面出入口があり、公園の中心には円形の花壇に囲まれた噴水がある。これだけで二ヘクタールの面積。  花壇には、月だけに存在する「ムーン・リバー」という花がたくさん植えられている。この花は一年中、ゴールドに輝くきらびやかな花をちりばめながら、太い茎がほぼ一直線に空に伸びる。最高で成層圏に達するほどまで生長すると云われ、「ムーン・リバー」のひとつは八キロの高さまで達していた。  「スカイ・ウォーター」と呼ばれる噴水は、月の成層圏十一キロメートルの高さまで噴き出す。  花壇の回りにはいくつものテーブルやベンチが置かれ、恋人同士や家族連れが、花壇の花々と空高く噴きあがる噴水を見て喝采を叫んでいた。この周辺には数多くのミニショップが集まり、軽食や飲み物、スィーツや玩具を販売していた。  北側には野外ステージがあり、休みともなればミニコンサートや演劇、映画などの催し物で賑わう。キラーリ公主やエブリー・スタインが主催する交流会やコンサート、「キラーリ公主を撮影しよう ボランティア・撮影会」などのイベントも開催され、若者たちの人気である。野外ステージに接して成層圏まで伸びる「スペース・コースター」をはじめとする乗り物広場があって、家族連れに圧倒的人気である。  南側は、野外レストランの立ち並ぶスペースとなっており、花や草木などの自然や小鳥のさえずりを楽しみながら、野外に置かれたテーブルで食事の時間を過ごすのだった。  だがムーン・パークの西側を見てみよう。そこだけはほかのスペースとは、全く印象が違っていた。うっそうとした森に囲まれ、寂莫とした雰囲気に包まれている。森を抜けると目の前にスタジアムが表われる。  スタジアムの正面玄関の前には、赤い立体文字が宙に浮かび上がっていた。 ぞっとするように案内だった。<本日セレネイ王国特別法国家反逆罪に関する死刑
Last Updated: 2025-08-01
Chapter: ~第七話⑤~ キラーリ公主はご機嫌斜め
「セレネイ王国のみなさ~ん、こんにちは。月の王女様、セレネイ王国の摂政、キラーリです。地球総攻撃の決まったことをお知らせしま~す。」 ムーン・ラット・キッス女王が立ち去ってしばらくした後の宮殿。キラーリ公主の陽気で明るい声が響き渡る。「地球は元々、月から分離した兄弟惑星。地球の発展は、月から移住した月世界の人間が実現したようなものですよね。その後、月世界は隕石の雨のせいで廃墟と化し、空気が少なくなったりして、とっても住みにくくなりました。地球人類を滅ぼし、私たちセレネイ王国のセカンドハウスにしましょうよ」 テニスルックのキラーリ公主が、左右に優雅に舞いながらテニスラケットを振る。襟元がホワイトのライトピンクのポロシャツにホワイトのプリッツスミニスカートで、太腿を惜しげもなく晒している。ホワイトのハイソックスがキラーリ公主の大きな目にピッタリとマッチし、まるで少女のようにあどけない可愛さを演出していた。  キラーリ公主はラケットを手に華麗に舞い、その度にスカートがフワフワと跳ね上がる。白い太腿がキラキラと柔らかく輝く。キラーリ公主はニッコリとウィンクしながら微笑みかける。  タオルを受け取り、目を輝かせながらそっと顔をぬぐう。夢見る乙女の瞳が光る。  本当のことを言えば、キラーリ公主は笑ってもいないし、夢を見てもいない。彼女の心の中を見てみよう。(ひとりだろうと一億だろうと、人を動かすなんて簡単簡単。イケメンと美女さえいれば、言葉なんて要らないから。おじいさんやおばあさんが、百時間使って話したって、だーれも動かない。見苦しいものなんか見たくないし、聞きたくないんだもん) 一方、ベッドの上には、腹ばいになったもうひとりのキラーリ公主がいた。テニスルックのキラーリ公主は、国民へ地球総攻撃を報告するための立体動画だった。女性用にはエブリー・スタインの立体動画も用意されていた。  ムーン・ラット・キッスが地球に向かって最終調査をするために地球総攻撃は延期。キラーリ公主のテニスルックは、まだ一般には公開されてはいない。  立体動画のキラーリ公主は、最初から最後まで笑顔を絶やさない。「セレネイ王国の軍隊を支えてくださる義勇兵を募ってます。参加が難しかったら、義援金をお願いできないかしら。みなさんのご協力が、地球を滅ぼし、セレネイ王国の未来を築きます
Last Updated: 2025-08-01
Chapter: ~第七話④~ 勝負は一瞬で決まるもの
 キラーリ公主にとっての三十分は、チェスのゲームを終了させるのに十分な時間だった。 ゲーム開始から三十分後。宝石の輝きに囲まれた大きなベッドの上に、キラーリ公主とムーン・ラット・キッスが向かい合って座っている。 キラーリ公主はゴールドの駒。ムーン・ラット・キッスはシルバーの駒。 地球以外の惑星で行われるチェスでは、特にどちらの駒が先手とは決まってはいない。今回のゲームは、キラーリ公主が声をかけてシルバーが先手となった。 キラーリ公主の側に月の形のキング。 ムーン・ラット・キッスの側に地球の形のキング。 自分の駒を駆使し、相手のキングを取った方が勝利となる。 キラーリ公主は太腿もあらわに横座りし、膝小僧を前に突き出していた。白い肌が甘く柔らかく輝く。 ムーン・ラット・キッスは黒いガウンから右手だけ伸ばして駒をつまんでいる。 チェスボードに、シルバーの駒はほとんどん残っていない。 キラーリ公主は余裕たっぷりの表情で、ムーン・ラット・キッスの次の手を見つめている。 ムーン・ラット・キッスはベールを垂らしているため、顔の表情が全く分からない。 ベッドのそばでは、エブリー・スタインが軽蔑の眼差しでムーン・ラット・キッスを見つめている。(ムーン・ラット・キッス。振り下ろした駒をどこに置く? 姉上にチェスで敵うはずがない。お前が負ければ、地球で最終調査などする必要はない) ゲームは、とっくにキラーリ公主の「チェック」まで来ていた。ムーン・ラット・キッスは火星の駒を手にしたまま、どこに置くことも出来ずにいた。「どうぞ、ごゆっくり。私はいくらでも待ちましょう。あなたが諦めるまで」 エブリー・スタインはこの言葉を聞き、内心、腹を抱えて笑っていた。(諦めろ。月の先住民族の老いぼれ) ムーン・ラット・キッスは駒をどこにも置けないまま、すでに五分が経過した。 キラーリ公主はニコッと楽しそうな笑いを浮かべた。「一応申し上げておきますが、すでにこのゲームは『チェックメイト』です。なぜかと云えば……あっ!」  キラーリ公主の驚いた声。ムーン・ラット・キッスが手にしていたシルバーの駒が、キラーリ公主の顔のすぐそばを通過した。頬にかすかな衝撃。そのままシルバーの駒は、ベッドの床に叩きつけられた。「チェックメイトは永遠に来ない」 ムーン・ラット・キッスが
Last Updated: 2025-07-31
Chapter: ~第七話③~ ムーン・ラット・キッスの決意
「別に地球総攻撃に反対する気はない」 ムーン・ラット・キッスが立ち上がった。「ただ地球にはもう千四百年くらい行っていない。総攻撃の前に、私に最終調査をさせてもらおう」 エブリー・スタインが再びこの場に現れた。隠れてふたりの会話を聞いていて、我慢ならなくなったようだ。「不同意。サライの後も、セレネイ王国情報調査部の情報員が日本で事前調査を行っている。報告書をまとめ、後は総攻撃をするだけだ。あなたが行く必要などない」 「それでは足りないと言っている。私が地球の日本国に行き、最終調査を行う。それでいいな」  キラーリ公主が肩をすくめる。「相変わらず強引なんだから。月の先住民族、ムーン・ラット族最後の生き残りとして、あなたには出来るだけのことをしているつもりなんですけど!」 「そうだな、誠にかたじけない。感謝する。これでよいか?」 キラーリ公主がため息をついた。「チェスで決めましょうか」 チェスは地球のチェスによく似たゲームである。もともとは月から地球へ移住した人間たちが、地球で伝えたものらしい。  太陽系でもチェスは盛んだが、八種三十二個の駒を使う。駒は惑星の形をしている。駒の種類は火星、水星、木星、金星、土星、天王星、地球、月。キングにあたるのが月と地球だった。「私が月。女王陛下が地球。女王陛下が勝てば、地球総攻撃に備えた日本への最終調査を認める。それでいかがです」 キラーリ公主は「女王陛下」と尊称で呼んだ。当たり前だが、心の内《うち》は反対だった。「よかろう」 エブリー・スタインが顔色を変える。「姉上、よろしいのですか?」 キラーリ公主は何も答えず、ムーン・ラット・キッスを正面から見つめている。ムーン・ラット・キッスが黒づくめの姿でベッドに上がり、キラーリ公主と向かい合う。  侍女が正方形のチェス盤と駒を持ってきた。侍女が駒を並べる。  エブリー・スタインはハッとしてふたりの間に置かれたチェス盤に目を向ける。(そうか、姉上はチェスの名手だった) ムーン・ラット・キッスは無言のまま、ペンダントを右手に握る。(悠ちゃん。私、行く。きっと地球に行くからね。飛鳥というキラーリと同じくらいものすごく醜い女が悠ちゃんに近いのが、私は気になってしょうがないもの。悠ちゃんみたいないい子を、あんな醜い女なんかの自由になんかさせない)「さ
Last Updated: 2025-07-31
Chapter: ~第七話②~ 地球総攻撃を報告しま~す
「それではご挨拶に続きまして、銀河連邦から最新決議について報告します。太陽系の地球に対して総攻撃が決まりました。最終目標は地球人類の滅亡です。総攻撃については、太陽系ブロックの代表理事国である月世界セレネイ王国が単独で行うことになりました。日本という国が、単独で地球全体に大きな影響を与えることが総会でも満場一致で確認されたので、第一段階として、まず日本を滅亡させることとなります。詳しい計画については、いずれキラーリ摂政より報告がされる予定です」 今、バレリー広報官は、銀河連邦を代表する広報官の立場から、よどみない口調で報告を続けていた。「総攻撃に至った理由はこれまでも報告してきた通り、地球の所蔵する核爆弾及び環境汚染が、太陽系のみならず銀河系宇宙全体の脅威となると判断されたためです。」 キラーリ公主は、ムーン・ラット・キッスがバレリー広報官の立体動画をじっと見ている様子を観察していた。かすかに肩が震えている。心の動揺を表している。だが地球の運命など、ムーン・ラット・キッスの興味の対象外のはずだ。「総会では地球からの弁明を聞かないで、地球総攻撃を行うことについて反対意見もありました。だがそれは不可能なことです。地球には様々な国家が存在します。どのような政治形態であれ、惑星でひとつの国家が成立している銀河系のほかの惑星とは違います。そもそも銀河系宇宙連邦に加入する資格がありません。地球の代表が存在しない限り、弁明を聞くことは出来ません。総攻撃は決定です。地球滅亡後の地球の管理については、月世界セレネイ王国が中心になって行います。以上、銀河連邦総会での最新決定事項を報告しました」 バレリー広報官の報告が終わった。「それから、私が主役の動画『バレリーのあなたへの気持ち』、現在絶賛発売中です。売り上げの一部は銀河連邦の貧困惑星支援に当てられます。寄付金付でお買い上げのみなさんには、金額に応じて私の独占動画や私が使っていたネクタイ、ハンカチーフ、シューズをサイン付きでプレゼントします。では動画の一部をお見せしますね」 バレリー広報官がニッコリ笑顔でスカートをひるがえし、白い太腿に手を添える。「でもちょっとだけですよ」 バレリー公主がスカートのすそを手にする。「やかましい」 キラーリ公主がイライラした表情でリモコンのスイッチを押した。バレリー広報官の姿が消
Last Updated: 2025-07-31
Chapter: ~第七話 地球総攻撃①~ バレリー広報官は美しすぎて
 リモコンの正面、ベッド中央のキラーリ公主とベッドの縁のムーン・ラット・キッスの間の空間に、ひとりの女性が出現した。確かにその場所に存在するのだが、目が慣れてくればどこか違和感を感じる。その場にいるようで、その場にいない。例えて云えば、蜃気楼《しんきろう》のような存在。  キラーリ公主とムーン・ラット・キッスのふたりは別に驚く様子はない。  再生された立体映像であった。  一メートル九十センチ以上の長身の女性。ゴールドのブレザー、ミニのアコーディオンスカート。ホワイトのブラウスにゴールドのネクタイ。日本の女子高校生の制服に似たファッションにゴールドのハイソックスとシューズ。   髪型はショートカット、大きな目に大きな黒い瞳。そして大きな口が親しみを感じさせる。ニッコリ笑うと、ドキッとするほど愛らしい。よく見れば体がスリムすぎて脚も細すぎるのだけれど、女子高校生の制服を着るとそれが大きなアピールポイントとなった。  特にゴールドのハイソックスは、白く細い脚の魅力を華麗に引き立て、誰もがいつまでも見とれてしまう。  だが彼女は少女ではない。  銀河系宇宙を統括する銀河連邦のバレリー広報官であった。  銀河連邦。銀河系宇宙の約七百の惑星が参加する連合組織である。どの惑星も、銀河連邦での決定には無条件で従わなければならない。決議に違反すれば、最終的には銀河連邦軍の武力攻撃を受ける場合もあった。  銀河連邦では、加入する惑星があまりにも多いため、銀河系宇宙をいくつかのブロックに分割し、ブロックの代表理事国を決定。代表理事国からなる銀河連邦総会で重要事項について会議が行われていた。  セレネイ王国は、太陽系ブロックの代表理事国であった。  バレリー広報官は48系ブロックのマスカット星出身。将来は銀河連邦事務総長との噂もある。地球の年齢に換算すれば既に三十歳を超えていた。  だが、あえて銀河系宇宙で十代の女性に流行しているファッションを身に着け、大人の女性の厳粛さにひそむ少女の可憐さ、悪戯っぽさを演出していたのである。銀河連邦の惑星の間では販売用動画が計算不可能な「∞」(無限)の売り上げ点数を記録していた。  自分も動画を販売しセレネイ王国の資産を増加させようと考えていたキラーリ公主にとっては、一番のライバルである。残念なのは、バレリー広報官は、キラー
Last Updated: 2025-07-31
カノ女と僕の幽霊塔~殺戮の神、大黒天の一族、マハー・カミラに監禁された少年の運命は?

カノ女と僕の幽霊塔~殺戮の神、大黒天の一族、マハー・カミラに監禁された少年の運命は?

東京都当麻町ではお人よしの鶴葉下照光さんに対して人々の陰湿ないじめが続き鶴葉下さんは町はずれの塔にこもった。  街の人たちは塔を包囲し嫌がらせを繰り返す。  そのとき、大黒天ことマハー・カーラの一族であり、赤の女神、マハー・カミラが出現。  町の人々を殺戮。  塔を血の如く赤く染めた。  半世紀後、幽霊塔に近づく人もいない現代。  心優しい少年、上杉悠馬の前に、美しく残忍な赤の女神、マハー・カミラが現れた。 「森に近づく者がいないため、奪う命もなく退屈していた。お前を五十年ぶりの生贄とする」  あでやかな死の笑い。  悠馬を生贄にすることしか考えていないマハー・カミラ。  果たして悠馬は、ホラーをハッピーエンドのラブコメに変えられるか!
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Chapter: ~第二部⑤~ 赤の部屋の無数の顔
 僕はいつの間にか、赤に囲まれた部屋にいた。 どす黒い血の色の赤。 赤の天井、壁、床。 そして赤を背景に無数の顔に囲まれていた。 部屋中に色々な人の顔が並んでいる。どの顔も笑っていなかった。恐怖と苦痛の表情だった。 部屋中、絶望と悲痛な叫びが響き渡った。 なんて恐ろしい光景だろう。 僕はといえば、手足を縛られ壁にもたれて座っていた。 僕の足元に長い髪の女の子の顔があった。年齢は僕ぐらいだろうか。 顔を歪めた泣き顔。大きく開けた口からは悲鳴が聞こえてきた。「助けて! お母さん。もう一度会いたい」 その隣には、若い女の人の顔。 目を白目にして口から舌を出していた。「ギエーーーッ、ウェーーーーーッ。祟りじゃあ」 横を向けば……。 壁には苦痛の表情の男の人たちの顔。 天井を見上げる。 まだ小学生くらいの子どもたちの泣き顔が、天井いっぱい並んでいる。 殴られたのか、目や頬が腫れあがった顔もあった。 鼻が潰れた子が悲しそうな顔で、僕を見下ろしてくる。「怖いよ、暗いよ」「だれか助けに来て。いい子にします」 髪の毛の少なくなったしわくちゃのおじいさんの顏が虚ろな目で叫ぶ。「やめてけれ、やめてけれ。おおーっ、助けて」 そして僕の目の前には……。 赤の女性が仁王立ちしていた。 ミニブーツを履いた足下の床。 床には赤ん坊が目を潤ませた顔が浮かび上がっていた。 横には女性の悲しそうな顔があった。 ふたりは母子なんだろうか。 赤の女性は足元に浮かび上がった顔を、ブーツを履いた足で強くこすった。 赤ん坊の泣き声。母親の叫び。 赤の女性がブーツでふたりの顔を蹴る。「ギャーーーーーーーッ」「やめてください」 赤の女性が残忍に笑った。「死ね」 ブーツが床を踏みつける。 うめき声が聞こえて静かになった。 赤ちゃんと母親の顔が浮かび上がっていた床には、赤い肉がところどころ残った頭蓋骨が浮かんでいた。「半世紀前。この塔はわたし、マハー・カミラのものとなった。この者たちはそのときに、永遠の奴隷となった」 マハー・カミラさんという女性がおごそかな口調で言った。「それから五十年。太陽が沈んでから赤の森に近づく者は、わたしの生贄として、この塔の中で死んだ」 マハー・カミラさんが僕の顔をのぞきこんだ。 「この部屋でな」 僕
Last Updated: 2025-08-01
Chapter: ~第二部④~僕の前に現れた赤の美女
 空一面が赤くなった。 ちっとも美しくなんかない。どす黒い赤色。 赤い血が、だんだん僕に近づいてくるように見えた。 僕のすぐ目の前で血は渦を巻き、あっという間に夜に変わった。 空は普通の黒色なんかじゃない。 黒い色の中に、かすかに赤色が混ざっている。そんな不気味な恐ろしい色。 空にきらめく星までが、どんよりした赤色に光っている。 こんな空を見たのは初めてだった。  逃げたくてもロープで固く木に縛りつけられているので動けない。 遠くでかすかに声が聞こえた。「捕まった。助けてください! わたしは静かに暮らしたいだけです。どうか、『鶴葉下照光の生活と意見』を書かせてください。わたしのライフワークなんです。ギャッ」 男の人の泣き叫ぶ声。  「助けてくれ!だれか来てくれ!」「イヤだ!死にたくない!」 男の人の悲鳴。 そして……。「お母さん!助けて!」「お父さん!こわいよーー」 女性の声。僕と同じくらいの年齢だろうか?「金太! まだ警察は来ないのか? 金太! 守ってくれ、みんなのことを。頼む!ウワーッ」 空いっぱいに絶望の叫び。 ずっとずっと長く続いた。 そして空いっぱいにギザギザの裂け目が広がった。 目の前を赤い光が一瞬で通り過ぎた。 光の中から、だれかが出てきた。 二メートル近くの長身。 全身は血のような赤色。 赤い髪は肩までのセミロング。 赤い髪を額に垂らしてる。 大きな目と大きな口。 冷たく残忍そうな顔。 だけどとっても美しい。 胸元から下の赤いドレス。 スカートの裾は超ミニ。 スラリとした美しい赤の脚。 赤色のクルーソックスに赤のミニブーツ。 右手には赤い杖。 僕に杖の先を突きつける。 杖の先がハッキリ見えた。 大きく口を開け、舌を出して笑ってる赤い蛇の頭。「十二年ぶりの獲物だ」 赤の女性が僕を見て言った。 「わたしの名はマハー・カミラ」 それから顔いっぱいの大きな笑み。「少年。お前は死ぬのだ」
Last Updated: 2025-07-29
Chapter: ~第二部③~赤の森の秘密
 バスを降りたら、そのまま九人に囲まれた。 宇野に両手を後ろにねじあげられた。手首にロープが巻きつけられる。「あっ、やめてよ」 あわてて声を出したけど知らん顔。手首を後ろ手に固く縛られ、余ったロープで上半身を縛られた。「このヤロー」 鈴木に頭をこづかれた。それが合図のように、全員に足を蹴られたり、胸を殴られたりした。何度も頭をこづかれた。鈴木たちの笑い声が空に消えていく。「痛いよ。やめて」 僕、何度も叫んだけど無視された。「こいつは三神とつるんでで嘘言ってる犯人だ」「逮捕!逮捕!」「死刑」 体中が痛い。そのまま、先頭を歩かされた。「まっすぐ行ったら赤の森だよ」 僕、恐る恐る声をかけた。「まだ日が沈んでねえ。オレたちは引き返すから平気だ」「お前だけ、ずっと森に残るんだ」 九人の男女が僕のこと見てニヤニヤ笑った。 「やめてよ。そんなの!」 僕だって、赤の森の伝説は知っている。 五十年前に地殻変動かなにかで、突然、なにもなかった空地に赤の森が出現した。 それまであった白い塔が赤く変わったけど、原因はよく分かってないって聞いた。 そのとき、空地にいた大勢の人が亡くなったって話。 いまでは真っ赤になった塔のことを、玉山市では『幽霊塔』って呼んでいる。「みんな知ってるだろう」 鈴木が笑いながら言う。「霊能力者が森を見て言ったらしい。『赤の女神と呼ばれる怖ろしい神がこの地を占拠した。太陽が沈んだ後、この森に近づく者は必ず赤の女神の生贄になる。赤い服を着た者が森に近づくと、すぐ幽霊塔に送られる』」 鈴木の言葉を受けて松下が言う。「うん。聞いた!だから殺したい相手を森まで連れてきて動けないように縛り付けておけば、夜になれば赤の女神が幽霊塔に運んで生命を奪うんだ。赤い服を着せておけば、間違いなく赤の女神がすぐ来る。完全犯罪だっ」 この森には五十年前の惨劇の後も、怖ろしいことが続いているみたい。 僕らの目の前に赤い森が現れた。 五十メートル以上ある針葉樹の大木がギッシリと並んでいる。 木の幹も枝も葉も、血のようにどす黒い赤色だった。 そして木の幹には、ところどころ、もっとどす黒い赤色や生々しいピンク色、薄く澄んだ赤色が、星型や大きな楕円形、小さな楕円形など様々な形で点在していた。 この木の幹のまだらな色あいを
Last Updated: 2025-07-28
Chapter: ~第二部②~地獄のクラス
 教室の中で思いっきり蹴られて床に転がった。 僕の前に鈴木、宇野、松下が立ちはだかってる。 クラスメイトたちは、なにも見てない。聞こえていない。自分たちの話に夢中。 朝のホームルーム前の教室。「卑怯なマネしやがって」 長身の鈴木が僕のこと、見下ろす。イケメンって言われるのも無理ない。成績もトップだし、スポーツ万能。 僕は成績、クラス二位だけど、スポーツはぜんぜん✖。筆記試験でカバーしてる。 鈴木ってイケメンだからもてもて。僕とかクラスの弱い子いじめてたって、人気は変わらない。「殺すぞ!」「バカヤロー」 クマのような顔の大男の宇野、カマキリみたいな顔の松下が、ふたりで僕に向かって大声。 僕って床に倒れたまま、 鈴木に靴で何度も蹴られた。 楽しそうなクラスメイトの話し声が遠くで聞こえる。「タカ君。もうやめよう」「こんなヤツ。これ以上、痛めつけたってしょうがないよ」 鈴木が僕から離れる。 僕、黙って立ち上がる。 顔面を思いっきり殴られた。鼻血が流れる。「お前の幼馴染に言いつけろよ。お前が喧嘩売ってきたって説明するだけだ。クラスのみんなだって、そう言ってくれるからな。ザマ見ろ」 スクールバッグを取り上げられた。何度も床に叩きつけられ、それで朝は解放された。 昼間、またパンを買いに行かされた。 でもそれで終わりじゃなかったんだ。 授業が終わって教室を出ようってすると、鈴木に呼び止められた。 宇野、松下、それに鈴木のファンの女子たち六人。「一緒に帰るぞ」「ぼく、用事があるから」「オレらと関係ねぇだろう」「死ね!」 鈴木が残忍な目を僕に向ける。「どうしても寄らなきゃならないから」「どうする?」 鈴木が女子を振り返る。「上杉!あんた、あたしのこと盗撮しただろう」 木下さんが大声を出す。「あたし、胸触られた!」 今度は今井さん。「どうする? 六人とも職員室に行くぞ。被害者は今井と木下。女子四人が目撃者だ」「僕、なにも」 涙声になってた。 早くハーモニカの先生のとこ行かなきゃならないのに、どうしたらいいんだろう?「テメーに決定権ねえんだ。来い!」 どうしようもなかった。だけどハーモニカを見てくれる先生に連絡を……。「こいつのスマホ取り上げろ。三神に連絡されたらまずいすらな」 財布まで取られた。
Last Updated: 2025-07-27
Chapter: ~第二部 赤の神と少年~幼馴染はベッドの上
今日、やっぱり学校行けない。だけど早めに家に来てくれる?  春奈>  月曜の朝。 春奈ちゃんからのline。 二階建ての白塗りの家には「三神」と書かれた表札。 ドアチャイムを押すと、春奈ちゃんのお母さんが出てきた。  「ごめんね。悠ちゃん。ずいぶん熱下がったけど、もう一日様子見る。入って!」  お母さんのすまなそうな顔。  「おじゃまします」 挨拶して家に上がった。 「市の広報に載ってたね。 <病院や施設でハーモニカ演奏会! 当麻高校一年特進クラス・上杉悠馬《うえすぎゆうま》君> 素晴らしいわ」 僕、恥ずかしく下向いた。 「病院に入院してる子に勉強のお手伝いする学習ボランティアで、この前はラジオに出てたし、春奈って本当にいいお友だち持った! お母さんも自慢しちゃうから……」 お母さんがはしゃぐ度、僕、恥ずかしさで顔が熱くなる。 「三神さんのお父さんが僕のこと宣伝してくれたからです。僕なんて……」 「いくら都議会議員が言ったからって、簡単に市の広報とかマスコミが動くわけないでしょう。もっと胸張って! 悠馬君って立派なことしてるんだから」 お母さんに肩叩かれ、春奈ちゃんの部屋に入る。 春奈ちゃんが、ベッドから起き上った。 長い髪にキラキラした優しい目。ふんわり盛り上がった胸を見る度、甘酸っぱい気分。 クラスの人気ナンバー1。 だけど今朝は制服の代わりに赤いパジャマ。 「おはよう。大丈夫?」 返事の代わりに笑顔が返ってきた。僕はベッドに近づく。  「悠ちゃんの手を握りたいけど風邪移したらいけないよね」 春奈ちゃんが優しく言ってくれる。 僕、そっと春奈ちゃんの手に触れた。  「今日は学校休みなさい」 僕のことを、しっかり見つめてくる。 「一緒に遊びに行って風邪引いたことにしよう」 いつもならそうする。でも今日はやっぱり……。 「鈴木のグループ、停学になったことでわたしや悠ちゃんのこと恨んでる。わたし平気。だけど、悠ちゃんだけならきっとひどいことされる。鈴木の父親、PTAの会長だし、学校にたくさん寄付をしてるから、いくら先生に言いつけたって平気!」 僕は下向いた。 鈴木貴也。 父親は大手百貨店、月歩チェーンの会長。イケメンだけど僕のこと、取り巻きの宇野や松下なんか使っていやがらせをしてくる。 
Last Updated: 2025-07-27
Chapter: ~第一部⑥~塔の前の惨劇を誰が知るか?
 一宮金太《いちのみやきんた》さんは、この日の夕方見聞きしたことを、半世紀経った今も覚えていました。 当時、金太さんは小学三年生でした。 父親の紀夫さんは当麻町の消防団副団長でした。 金太さんは、紀夫さんの運転する消防団の乗用車に乗せられ、塔の回りの空地に到着したのです。 当麻町消防団と白く書かれた赤い車。 紀夫さんが車を降ります。金太さんは眩しげに紀夫さんを見上げました。 責任感に満ちた頼もしい紀夫さんは、金太さんの誇りでした。 「困ったものだ。弱い者いじめをして日頃のイヤなことを忘れようとする。一番悲しいことだ。日本人は美しい陶器や織物をつくるのに、こんな残酷なことをする一面がある。お父さんはなんとかやめさせたいと思っているが、消防団では、自分たちの活動とは関係ないというんだ」 車は塔から二百メートルほど離れていました。 「お父さんはこれでも勘が鋭い方でね。なにか大変なことが起きるような気がしてならない。ただの思いすごしであって欲しい。だがね。もしなにか起きたら、車に設置してある無線で警察に連絡してくれ。無線の使い方は知ってるね」 そう言い残して紀夫さんは、塔に向かってゆっくりと歩いていきました。 金太さんは、紀夫さんの背中をずっと見送っていました。 紀夫さんの姿が、塔の回りの群衆の中に消えたときです。 ゴーーーッ 地面が巨大な叫びをあげたのです。 突然、大きく揺れ始めました。  悲鳴が空地いっぱいに響き渡ったのです。 塔の前で人々が逃げまどっています。「地震だ! 助けて!」 塔の回りの空地。 あちこちが、山のように盛り上がりました。 見る間に地面が裂け、杉の木や松の木が生えてきました。 目にも止まらない速さ! そのまま空高く伸びていき、最後には五十メートル以上の高さになりました。 どの杉の木も松の木も、血のように赤かったのです。 なにもなかった空地が、巨大な赤い杉や松の木で埋め尽くされました。 赤い木の間を人々が逃げまどいます。 空地から逃げ出そうとしています。 そのときです。 赤い杉の木、松の木の枝が、まるで蛇のようにくねくねと動きながら、どんどん長くなっていきました。 赤い枝がものすごい速さで人々を追いかけます。 まさに獲物を追う蛇そのものでした。 逃げる人々に追いつき、蛇のように
Last Updated: 2025-07-27
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