Chapter: 大団円 お話は50年前に赤の森の惨状を目撃した一宮金太さんのエピソードに移ります。 一宮金太さんのお父さんはマハー・カミラに襲撃されて殉職しました。 それから半世紀経ったいま、一宮金太さんは自営業を営みながら、消防団の団長を務めていたのです。 その頃、新聞やテレビは、不思議な日本人の集団について伝えていました。 総勢百人以上の老若男女からなるメンバーで、その中心にいるのは髪の毛のふさふさした紳士でした。 「|鶴葉桂《ツルハカツラ》」という名前でした。 ただ一部の人々のいうところでは、その紳士の髪型は不自然なところがあるのでカツラではないかということでした。 この不思議な日本人の集団については、人気司会者の宮根さんのワイドショーでも取り上げられたほどです。 ヨーロッパやアジアなどの名所を観光し、高級ホテルで豪華なディナーを楽しんでいたのです。 この集団が突然、京都に現れ、京都嵐山の高級旅館を借り切って宿泊していました。 昼は京都観光を楽しみ、夜は旅館の大宴会場で大騒ぎをしていたのです。 一宮金太さんが突然、一通の手紙を受け取ったのはその頃のことでした。<父より 金太よ。 突然だが、お前にもう一度、会えることとなった。 これまでのお前の苦労を思うと父も胸が痛い。 だがわたしは、お前が自費出版した『自分史』を読んだよ。 父として息子のお前を誇りに思うよ。金太! 『負けばかりの人生だったと人は笑うかもしれない。 だが自分は、この人生を後悔していない。 わたしは声を大にして自慢したい』 ありがとう。金太。 だが少しはお前も幸福を味わってもよかろう。 わたしを尋ねてきてはくれないか 鶴葉さんという人たちと共に、京都嵐山の旅館に宿泊している。 頼むから来て欲しい> 封筒には京都までの交通費として十万円が入っていました。 金太さんは半信半疑で、京都嵐山の高級旅館を訪れました。 すると父親の紀夫さんが、昔のままの姿で旅館の受付に現れたのです。 父親に案内された畳敷きの和室に案内されました。 窓から美しい山景色を眺めながら、ふたりは芋棒などの名物料理を味わいました。 亡くなったはずの父親が再び自分の前に現れた。 自分はこんなにも老いさらぼえているのに、父親は別れたときのままの姿なのです。 一体、これは夢なのだろうか? 金太
Terakhir Diperbarui: 2025-08-25
Chapter: ~第十二部②~ 好きだから約束なんか守らない バス停。 次のバスが来るまで十分くらい。 僕、スマホを取り出す。 バス停にたったひとり。 回りには田園が広がる。その奥に僕が一週間過ごした赤の塔が見える。 バス停にたったひとり。 だけど人の気配を十分感じてた。 マハー・カミラさんって神様だけど、時々、子どもみたいな失敗するんだもの。「春奈ちゃん。うん!いまから帰るね。すぐ春奈ちゃんの家に行く」 人の気配がだんだん近づいてくる。 春奈ちゃんの声、わざとスピーカーで流してみる。「ユウちゃん。相談だけどね」 なんだかウキウキした声が聞えてきた。「わたしの家に住まない。両親も認めてくれた。ユウちゃんさえよければ、正式に婚約したいの」 そんなこと言って……。聞いている人がいるのに。「婚約は、いますぐでなくてもいいけど……。とにかく今夜は、わたしんちに泊まって。頭のおかしい赤の女神が、またユウちゃんにひどいことしないか心配だからね」 激しい息遣いが聞えてくる。間違いなく怒ってる。「明日、学校休んでお寺にお祓いに行こうよ。二度と変な神様にひどい目に遇わされないようにね。だいたい神様なんていってるけど、ただのヘンタイおばさんじゃない」 またスマホが消えた。 すぐ後ろにマハー・カミラさんがいた。 さっきからいるって分かってましたけれど……。「ユウはお前のような悪党の顔は二度と見たくないと、わたしに助けを求めてきた。さらばだ」 春奈ちゃんの怒りの声もすぐ聞こえなくなった。 マハー・カミラさんったらスマホ返してくれなかった。 僕を後ろから抱きしめる。 次の瞬間。 十分前と同じように、赤の塔の一室にいた。 マハー・カミラさんに後ろ手に縛られた。僕はされるがままにしていた。 もしかしたらこうなることを、心のどこかで願っていたのかもしれない。「やめる!」 マハー・カミラさんったら、僕の体を自分に向けさせる。「ユウちゃんはね。ずっとこの塔でわたしと一緒にいるんだから。分かった?」 おごそかに宣言。「ユウちゃんが言うことを聞かなければ、春奈と家族は皆殺し。日本は一日で滅びることになる」 そうですよね。 だから僕って、ここにいなきゃいけないんですよね。 僕の目から涙が流れた。 マハー・カミラさんったらね。僕が悲しんでるって思ったんだ。 困ったように顔をしかめた。「
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Chapter: ~第十二部 上杉悠馬の手記より さよなら マハー・カミラさん?①~ 波乱のお別れ 塔の一室。 マハー・カミラさんと僕が向かい合って立ってる。 マハー・カミラさんはおなじみの赤いブレザーの制服姿。 僕らの間にはたくさんの紙袋。 いくつもの有名デパートの名前が印刷されてる。「このシャツは一着三万したんだからね」 マハー・カミラさんが突然、可愛らしい口調に変わった。 紙袋の中身をひとつひとつ説明して、ブランドものだということ、高価だったことを詳しく説明してくれた。「ぜんぶユウちゃんの家に送っておくけど、忘れちゃだめだよ」 マハー・カミラさんが僕の肩に手を置く。「ぜんぶわたしが買ったんだからね。ストーカーでお節介の春奈じゃないからね。忘れるないで」「はい」「帰ったからといって、わたしのこと忘れないで」「はい」「神は人間と恋が出来ない。そんなの不公平だよ」 マハー・カーラさんの声って、だんだん小さくなっていった。 「じゃあ、バス停までわたしが瞬間移動させるから。ちょっと待ってて」 マハー・カミラさんが部屋を出て行く。 僕、黙って見送る。 スマホを立ち上げた。 ロック画面って、春奈ちゃんと僕の2ショット。 黙ってスマホの画面見ていた。 ふいにスマホが宙に浮いた。 いつの間に入ってきたんだろう? 後ろにマハー・カミラさんの姿。 右手に僕のスマホ、握ってる。 スマホの電源を切って僕に返す。「一週間に一日、金曜日。授業終わったらわたしのとこに来てね。バス停に着いたらすぐ迎えに行くから」 えっ?急にそんなこと。 でも僕、おとなしくうなずいていた。「はい。週に一日でしたら」 マハー・カミラさんがイライラしたように叫ぶ。「やっぱり二日にして。月曜日と金曜日。必ず来て」 血走った目。 僕、おとなしくうなずいた。それしかないみたい。「はい。週に二日でしたら」 マハー・カミラさんが首を大きく振る。 不機嫌な顔で部屋中歩き回る。 最後に僕のところへ戻ってくる。 腕をしっかりつかまれる。「やっぱり三日にして。月曜日と水曜日。金曜日。必ず来て。約束だよ」 どんどん帰宅の条件、変わってきている。「覚えておいて。わたしがこの塔の外に出たら必ず日本に異変が起こる。やがて動乱になる。わたしのパワーのこと、ユウちゃんは知ってるもんね」「はい」「ユウちゃんがいるから、わたしのパワーがプラスの方向に調整
Terakhir Diperbarui: 2025-08-25
Chapter: ~第十一部②~ 大黒天は友だちだ シャンデリアが明るく輝く大きな宮殿。 赤い光が横切ります。 赤い髪をなびかせ、赤い顔に赤いドレス。赤のミニスカートから赤くスラリとした脚を伸ばし赤いブーツを履いたマハー・カミラでした。 宮殿の明るい照明にけげんそうな顔をしています。 もっとけげんそうな表情になったのは、黒い頭巾をかぶり、宝物の入った大きな袋を背に打ち出の小槌を手にしたマハー・カーラの姿を見たときでした。 二メートルくらいの背の高さとなり、優しくて頼もしいナイスミドルの表情も、マハー・カミラを驚かせたのです。「伯父上」 マハー・カミラが膝をついて挨拶します。「一体、これは?」「つまりだな。イメチェンだ」 マハー・カーラが珍しく口ごもったのです。「クビラの賢弟に勧められた。つい今しがた、日本から帰って来た聖徳太子殿の意見でもある。『人間と友人になる必要はない。だが強きをくじき、弱きを助ける厳しくても頼りがいのある神であるべきだ』 全く、その通りかと思う。だいたいお前たちはな。そのな。マハーの神の考えを誤解しておるぞ」 マハー・カーラは気まずそうな顔を向けてきます。「あのな!わしはな。人間たちにこう申したかったのだ。己の欲望のためにマハーの神の力を頼りたいなら厳しい修行をせよ」 マハー・カーラの説明にマハー・カミラは耳を傾けます。「例えばだ。なんの修行もせずに|己《おのれ》ひとりの栄耀栄華を願い出るような|輩《やから》は虫が良すぎるというものだ。そのような者には厳しく神罰を与える」「もっともでございます」「だが世のため、|他人《ひと》のために神の力を借りたいなら、我ら神は無条件で助けよう。わしは人間にはだれでも厳しくせよと申したことはない」「おっしゃる意味、よく承知致しました」「しかしだ。いまはわしの教育方針を心より反省している。お前が多くの|無辜《むこ》の民を傷つけた責任はわしにもある」 マハー・カミラは恐縮して頭を下げ、恭順の意を示します。 「中国、日本で広まった大黒天のイメージは、わしにふさわしくないと考えていた。だがな。よくよく考えると、心の正しい人間には頼もしい神であるべきかもしれぬ」「確かにその通りでございます」「これからは、このかっこうでいく。聖徳太子殿が、わしのイメチェンにいろいろ協力してくれた」 宮殿の中に美しい歌声が流れました。
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Chapter: ~第十一部 日本の危機終結①~ 悠馬が日本を救う ここで再び、わたしたちは、悠馬少年の手記から離れ、国会議事堂の大会議室に物語を移します。 時刻は夜の十時過ぎ。 川野内閣の閣僚以下、警察庁長官、警視総監、野党代表、有識者代表のほか、松山警部、獅子内記者といったおなじみのメンバーが集まっています。 そして聖徳太子も、窓の外の光景をじっと見つめていたのです。 ほかの面々はといえば、壁の大きなテレビ画面を真剣なまなざしで見つめていたのです。 テレビ画面ではニュース番組の最中でした。 アナウンサーの澄んだ声が響きます。「青森県でリンゴの実が突然、みかんに突然変異した異変は、今夜九時過ぎ、再びみかんがリンゴの実に戻ったことで解決しました。 そのほか、日本全国で起きていた異変は収束に向かっています」 大会議室に集まったメンバーの間に喜びの色が浮かびます。「羆が熊のプーさんに突然変異した事態も元の姿に戻りました。ただ羆のアレンドリーな性格は変わらず、いまも山寺宏一によく似た声で、『オッハー』と人間たちに挨拶しているそうです。今後、北海道知事を座長に、羆と共存をめざすプロジェクトが発足します」 そのとき、獅子内記者のスマホが鳴りました。獅子内記者がスピーカーボタンを押します。「作吉さんか?」「嬉しいニュースです。大阪の異変が収束しました!」 作吉記者の明るい声が部屋に響いたのです。「わたしはいま、新大阪の駅にいますが、大阪弁が飛び交っています。聞こえますか?」 スマホからは、「アホッ、アホッ」「ボケッ、ボケッ」とけたたましい声が響き渡りました。「いま、入ったニュースですが、二十四時間営業の安売りスーパーでビフテキ用牛肩肉を試食に出していたところ、大皿を持った千人以上の買い物客が殺到して奪い合いになり、最終的に警察が駆けつける騒ぎになったということです」 作吉記者の言葉を聞いた会議室のメンバーから喜びの声があがりました。「よかった。大阪の異変が収まった」「大阪のバイタリティが戻ってきた」 拍手が飛び交いました。 大阪出身の藤本議員が、獅子内記者としっかり握手を交わしました。 石田総理大臣が聖徳太子に深々と頭を下げました。「三重県の異変も収束しました。太子。これで非常事態宣言を出さずに済みそうです」 閣僚たちが続けます。「やはりこれも上杉悠馬君という少年の働きということで
Terakhir Diperbarui: 2025-08-25
Chapter: ~第十部②~ マハー・カミラさんの謝罪 目が覚めたらベッドの上。 だけどまだ縛られたまま。 マハー・カミラさんが僕の横に膝をついて座っている。頭や頬を何度もなでてくれている。「ユウちゃん!」 エエエーッ……。 マハー・カミラさんに、そう呼ばれてしまった。 僕の心は世界で一番幸せだった。 僕はプイッと横を向いた。「頼む。怒らないでくれ」 困った声。困った顔。「縛ったまま、ほどいてくれません」「だってユウちゃん。わたしから逃げようとするだろう」「マハー・カミラさんのことキライです。早く僕の命奪ってください」 マハー・カミラさんが頬ずりしてきた。 僕、少し心が落ち着いた。 けれどもやっぱり涙が出てきた。「ずっとひどいことされました」「すまぬ。最初から助けるつもりだったのだが、伯父上にユウちゃんを痛めつけている様子をだな。映像を送って信じさせる必要があったのだ。ユウちゃんをコンサートに呼んだことなんか、とっくに知られてた。一族の誰かが密告したんだ」「僕、怖かった」「ユウちゃん、ごめん。みんなあの蛇たちが悪いんだ」 マハー・カミラさんの声って涙声。 (嘘ッ。まさか) マハー・カミラさんの顔を見る。 「側近の夢、あきらめたくなかった。だけどもういいんだ。マハー・カーラの側近にならなくてもいい」 衝撃の告白だった。「そこまで言ったぞ。ユウちゃん、信じてくれ。アイスクリームだって好きなだけ食べさせてあげる。ディナーはなにがいい?」 マハー・カミラさんったら声まで優しくなっている。「洋食、和食、中華食。エーーイ、ローストビーフにトロにツバメの巣のスープでどうだ。こんなにわたし、優しいんだぞ」 マハー・カミラさんがひたすら弁解「だって僕の前で残酷なことばかりしました。マハー・カミラさんのこと大キライです!」 僕、わざと背を向けてやった。 だけど本当はマハー・カミラさんの顔を見ていたかった。「ま、待て。あれはだな。伯父上にかっこいいとこ見せるための演出なんだ。あのシーン、映像で送ったんだ」 なに言ってるんだろう。 僕、だんだん悲しくなってくる。 マハー・カミラさんのあんな残酷な姿みたくなんてなかった。 マハー・カミラさんが残酷だってことは分かってます。 だけどやっぱり僕にとっては、一緒にステージに上がるマハー・カミラさんのイメージでいて欲しか
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Chapter: ~第十六話⑤~ ベールの下の女王の素顔 エブリー・スタインがムーン・ラット・キッス女王の前に仁王立ちする。嘲りの表情と共に、黒いベールを引っ張った。アマンの叫び。「エブリー・スタイン公子、何をするんです」 黒く長いベールがフワリと床に落ちる。エブリー・スタインが両足で踏みつける。 だがエブリー・スタインの勝ち誇った顔もそこまでだった。 ベールをはがした女王の顔。見よ。彼の前には、髪の毛が薄く額が広がり、口の大きな男の顔があった。間違いなく彼女いない歴五十年の顔だ。 待て待て、待って欲しい。この見苦しすぎる中年男性の顔が、ムーン・ラット・キッス女王の素顔だというのだろうか? エブリー・スタインは思わず後ずさりした。自分の目の前の光景が信じられなかった。「ボク、ツルッキー。モテタイ、モテタイ。JKヤJDトツキアイタイヨ。ミンナボクノコトアイテニシテクレナイ。タスケテ、タスケテ」 耳が痛くなるようなキンキン声がエブリー・スタインの耳に入ってきた。 そして女性の澄んだ声が続く。「あなたの願い、今すぐかなえます」 一瞬のうちにツルッキーの頭部が、髪の毛がフサフサのカッコいいアクティブショートに変身した。 何人もの若い女性たちの声が王宮に響き渡る。「キャーーーッ、見て」 「髪の毛がフサフサのあなたって本当にセクシー」 「お願い、私を愛人にして」 「あなたのそばにいられれば、それでいいの」 ツルッキーの幸せそうな声。「男性用カツラ『アドランス』を使ってから、女性が向こうから僕に近づいてきて、今では選ぶのに困るほどです。『アドランス』のお陰でフーゾクも会員制の動画サイトも必要なくなって、バラ色の毎日です。ハハ、ハハハハハ」 エブリー・スタインは何が起こっているのか、サッパリ分からず茫然自失の状態で立ち尽くしていた。思わず両手で髪の毛をかきむしめ。「な、何なんだ、これは?」 エブリー・スタインの絶叫が、ツルッキーの笑いに重なる。 そしてムーン・ラット・キッス女王の高笑いが王宮を占領した。「ホホホ、これは日本の男性用カツラの会社のデモンストレーション用のAIロボットだ。私がここへ来るほどお人よしと思ったら大きな間違いだ。愚か者め」 高笑いに続き、カチカチと規則的な音が聞こえてきた。カチカチ音は、止まることなく連続して続く。 この音は、まさか時限爆弾の音なの
Terakhir Diperbarui: 2025-09-16
Chapter: ~第十六話④~ アマンは敗北を悟る アマンは剣を腰に収めた。「それでよい。賢明な選択だ」 ムンー・ラット・キッス女王のおごそかな声が流れた。「何をしている。アマン。早く老いぼれを銀河の墓場に送れ」 エブリー・スタインがイケメンに似合わないヒステリックな声をあげた。すぐにキラーリ公主に顔を向ける。「姉上、このような勝手を許してよろしいのですか? 完全な国家への反逆行為です」 キラーリ公主は腕を組んだまま、一言も発しない。エブリー・スタインに顔を向けることもない。「アマン、国家反逆罪で逮捕するぞ。分かってるのか?」 アマンはエブリー・スタインの方に目も向けない。じっとムーン・ラット・キッスを正面から見つめた。「あなたとの決着は必ずつけます。ただもう少し後で」 「よかろう。一応、話しておく。私はお前のことが嫌いという訳ではない」 「それは光栄です、女王」 アマンはひと呼吸おいた。「ただし私は、あなたがサライさん母子を無慈悲に殺害したことを許すわけにはまいりません」 アマンはムーン・ラット・キッスの答えを待った。「私はひとりの少年を愛した」 ムーン・ラット・キッス女王の口調は柔らかく夢見るようだった。アマンは驚きを隠せない。「そしてサライも彼を愛した。ふたりの人間がひとりを愛することは出来ぬ」 アマンは、残忍で冷酷と云われたムーン・ラット・キッス女王の口調に例えようもない哀しみの感情を見出していた。「人工衛星型の望遠鏡。そして遠く離れた地球の音声も聴くことの出来る私の耳を使って、ずっとあの少年のそばにいた」 アマンは熱心に耳を傾ける。エブリー・スタインは憎悪の表情でムーン・ラット・キッス女王を直視している。ポケットにはセレネイ王国で使用されるオニール・フラッシュと呼ばれる光線銃が隠されている。手の中に収まる小型の銃。だが放射されるオニール光線の量を最大にすれば、一瞬で女王をこの世から消すことも可能だ。 少なくともエブリー・スタインはそう信じている。 キラーリ公主は弟が右手をポケットの中に伸ばす様子を平然と見つめている。「気の小さい少年だ。弱虫で臆病な子だ。だが必要なときには誰かのために戦うことが出来る。慈愛の心で誰かを助けることが出来る。あの少年は、強いだけの人間にはない大きな魅力を備えている。私はこの少年を自分ひとりだけのものにしたい。私に地球の少年のこ
Terakhir Diperbarui: 2025-09-15
Chapter: ~第十六話③~ 王宮の決闘 報告したのは王宮警護隊長のアマンだった。いつものように、ワンピースの制服姿でキラーリ公主の部屋に入ってきた。 デブリー会長は深々と頭を下げると、キラーリ公主の前から退出した。アマンはデブリー会長のおびえ切った表情を見送った。 キラーリ公主がベッドの上に起き上がる。まもなく部屋の中には、黒いガウンに身にまとい、黒いベールを顔に垂らした全身黒ずくめの人間が入ってきた。顔は全く分からない。 云うまでもなく、月世界の先住民族、ムーン・ラット族の最後の生き残り、ムーン・ラット・キッス女王である。「ご機嫌よぅ、ムーン・ラット・キッス女王」 キラーリ公主が笑顔で迎える。だがたとえ口元は笑顔を見せても、両目はかすかにつり上がっている。「地球での調査活動、お疲れさまでした」 ムーン・ラット・キッス女王はベッドの縁に堂々と腰を下ろした。キラーリ公主は眉をひそめた。普通なら許されない行為である。「別に疲れてなどおらぬが、呼び出されたから、地球より戻ってきたのだ」 「その通りです」 キラーリ公主がうなずく。「いよいよ地球総攻撃が始まります。あなたを巻き込むわけにはまいりませんから」 エブリー・スタインが、ムーン・ラット・キッス女王に対し、露骨にあざけりの表情を見せた。「どうか、ゆっくりお休みください。女王の快適な休憩をサポートさせて頂きます」 キラーリ公主はあくまで笑顔を崩さない。ムーン•ラット•キッス女王は少しも笑わなかった。ベールの向こう側から、敵意に満ちた視線が、キラーリ公主に真っ直ぐに向けられている。「ではおまえたちも休むがよい」 女王はそこで言葉を切った。キラーリ公主が何か言おうとする。 女王がベッドの縁から立ち上がる。「地球総攻撃は中止になった。おまえたちは少し休憩するがよかろう」 「休憩は無理ですわ。地球総攻撃は中止などしません」 「残念だな。私が中止と決めたのだ」 「ムーン・ラット・キッス女王。あなたにそんな権限はありません」 「キラーリ公主、お前にもない。遺憾なことだ」 キラーリ公主とエブリー・スタインが顔を見合わせる。一体、この女は何を言いたいのだ。「力こそ法律だ。私が今、宣言する。地球総攻撃は中止だ」 女王が高らかに宣言した。「議論は終わった。私は地球へ戻る」 「これ以上、駄々をこねないことです。地球に
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Chapter: ~第十六話②~ キラーリ公主の笑顔は冷たい「デブリー会長」 キラーリ公主が「セレネイ・エンター」のデブリー会長を呼び寄せる。デブリー会長がベッドの縁に立つ。「弟よ。この人に」 エブリー・スタインが一瞬のうちに異次元倉庫から「ムーン・レインボー」と呼ばれる「幸福の湖」で採取される虹色の宝石を取り出した。宝石の色が気温や天気などの環境に合わせて、赤、オレンジ、黄色、緑、青、藍、紫の七色に変化する。リンゴくらいの大きさの物が一番高価である。 今、エブリー・スタインの右手のひらにあるのが、すなわちそれであった。「このような高価なものを」 デブリー会長が満面に笑みを浮かべる。キラーリ公主も笑っていたが、目の奥には残忍な独裁者の死の宣告が隠れていた。「受け取って、デブリー会長」 キラーリ公主がベッドの上に仰向けに横たわる。横目でデブリー会長をじっと見ている。デブリー会長は何度も頭を下げて「ムーン・レインボー」を受け取り、そそくさとスーツのポケットに入れた。 キラーリ公主は、「ムーン・レインボー」がデブリー会長のポケットに消えるまでずっと目を離さなかった。 それからおもむろにデブリー会長に告げた。「これはね。私が銀河連邦の常任理事に選出されるお礼だから」 デブリー会長が当惑した表情に変わる。「いいよ、つまみぐいくらい。私、何も言わない。不正かもしれないけれど、それくらいは見て見ぬふりしたって構わない仕事を、あなたはしてくれたんだから」 デブリー会長の顔が、一瞬のうちに死人のようになった。体が大きく左右に震えている。 追い打ちをかけるかのように、キラーリ公主の体が宙を舞った。一瞬の後に再びベッドの上に戻ったとき、仁王立ちの姿でデブリー会長を見据えていた。 パープルに輝く詰襟の軍服に、太腿を全てさらけだすショートパンツ。ホワイトのハイソックスにパープルカラーのショートブーツ。 たった今、キラーリ公主の瞳は、まさしく獲物をどう料理するか悩む蛇のように、ダーク・レッドの血の色に輝いていた。 そして自分の身長くらいある長い剣を構えていた。「お前は私を銀河連邦の常任理事にしなければならない」 キラーリ公主の冷たく鋭い声が響き渡った。剣先がデブリー会長の喉元に突き付けられる。「私は常任理事になるのだ。いいか、もう一度言う。私は常任理事になるのだ。分かったな」 デブリー会長は、あふれ出る涙と
Terakhir Diperbarui: 2025-09-13
Chapter: ~第十六話 キラーリ公主VSスーパー・ラバット~ キラーリ公主の野望「月世界、セレネイ王国のキラーリ公主は、銀河連邦の常任理事をめざしています。銀河系のみなさんのお力をお待ちしています」 さわやかな女性のアナウンスが流れた。 タキシード姿のエブリー・スタインは、キラーリ公主のベッドのそばに立っている。すぐ隣にはスーツ姿の小太りの男がいた。しきりにハンカチで汗をかいている。汗臭いのでエブリー・スタインは眉をひそめた。「このプロモーション映像は、銀河の各惑星に配信される。姉上が銀河連邦の常任理事になれるかどうかは、この映像にかかっている」 エブリー・スタインは上から目線で小太りの男を見下ろす。「デブリー会長。あなたの仕事の成果が問われてますよ。姉上が理事になれば、セレネイ王国は銀河系を代表する惑星として君臨することになる」 セレネイを代表する芸能プロダクション、「セレネイ・エンター」のデブリー会長はしきりに大きくうなずいている。エブリー・スタインは、デブリー会長の卑屈な態度を見て冷たく笑った。(見苦しいブタめ。俺とは真逆な人間だ。仕事が出来なければ途上へ送るところだ)「まことにその通りで」 デブリー会長が、エブリー・スタインの心の内側を知るはずもない。 ベッドの上ではキラーリ公主が頬杖をついて寝そべっている。 半透明のシルバーのシュミーズとシルバーのマイクロビキニブラジャー、そしてマイクロビキニランジェリー、シルバーのショートソックス。いつもの普段着を、今日はだらしなく、やる気もなく着込んでいる。 今から立体プロモーション映像の鑑賞時間である。 もうひとりのキラーリ公主が手で髪を払った。もちろんプロモーション映像である。 映像の中のキラーリ公主は眼鏡をかけている。実際にはキラーリ公主は多少近眼だったが、銀河連邦の中のジュエリー系に属するエメラルド星で造らせたコンタクトレンズをはめていた。映像の中でかけているパープル・カラーの眼鏡は、これもエメラルド星でムーン・パイエルと呼ばれる月世界の天然鉱石を一㎏払って造らせたのだった。 そして服装はと云えば、パープルのトップス。 とっても薄くわざと小さめにしている。 だからこそ、パープルカラーの妖しい輝きを通し、白い肌が透けて見える。 そしてしなやかで柔らかい肩と、夜の海の波のような妖しい体の曲線がハッキリと分る。 Lカップの胸にブラジャ
Terakhir Diperbarui: 2025-09-12
Chapter: ~第十五話⑦~ スーパー・ラバットとのお別れ 自宅に戻った悠馬は、庭で何が起きたかを知った。目の前の光景が全てを物語っていた。 そしてもうひとつ。春樹が繰り返していた「証拠」という言葉の意味を知った。「何でお母さん、庭に出したの? 何で、何で、何で……」 悠馬は血の湖の中にひざまずき、大声で泣き続けた。涙が湖に落ち、庭の湖は少しずつ大きくなっていった。スクールパンツにスーパー・ラバットの血が染みてくる。それでも悠馬はそこを立ち去ろうとはしなかった。 湖に浮かぶスーパー・ラバットの白い毛を指先でつまみ、胸に押し当てた。「ごめんね、ごめんね。みんな僕のせいで……」 スクールシャツが血で汚れたって構わなかった。スーパー・ラバットと一緒にいたかった。「僕のところに来たことが間違ってたんだ。僕って誰も守れないダメな人間なんだ。ごめんね……」 悠馬は目の前の血の湖に、ドロドロとした肉片に、そして白い毛に、スーパー・ラバットの面影を探し続けていた。いつまでも探し続けていた。 ふと耳をすましたら、なつかしい声がかすかに聞こえてきた。小さな声だけれど、悠馬の耳にはハッキリと聞こえた。「朝井くんはね。優しくて、親切だけど、力もないし勇気もない。本当にダメな子なんだから。泣いたって叫んだって先生を助けることなんて絶対出来ないんだよ。どんなに優しくたって、親切だって、それだけで|他人《ひと》を助けるなんて出来ないんだからね。 でもそれでいいじゃない。そんないい子がひどい目に遭う世の中がいけないんだから。世の中が間違っているんだから」
Terakhir Diperbarui: 2025-09-11