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第3話

Penulis: 花宿り
母は絶句した。

私は母の瞳をじっと見つめ返した。恐ろしいほどに心が落ち着いている。

「M市の東家の御曹司、以前うちに打診があったわよね。私、あの方でいいわ」

母は長い沈黙ののち、重いため息をついた。

「……もう、決めたのね?」

「決めたわ」

またスマホが震えた。勝明から何通ものメッセージが届いていたが、私は見なかった。

かつて私のすべての感情をかき乱したその名前は、今や画面に浮かぶ無機質な文字に過ぎない。

七年という歳月を経て、新たな一歩を踏み出す時が来た。

……

誕生日会の二日後。勝明の始末がついたという連絡を待つまでもなく、彼の秘書である心美を迎えることになった。

彼女がどうやって私の住所を突き止めたのかは分からない。ただ、玄関先に立つ彼女の目は、痛々しいほど真っ赤に腫れている。

「高塚さん……お願いです……」

言葉を発した瞬間、彼女はその場に崩れ落ち、ひざまずこうとした。

「高塚さん、子供には罪はありません……お医者さんが言ったんです。もし今この子を諦めたら、私は二度と母にはなれないかもしれないって……」

彼女は顔を上げた。溢れた涙が頬を伝った。

「彼との結婚なんて望みません。ただ……この子だけは産ませてほしいんです」

私は彼女を見つめた。

22歳。大学を卒業したばかりで、まだ社会の厳しさを知らない、あどけない顔立ち。

「……まずは、立ちなさい」

彼女は突然私の手首を掴み、鋭い声で叫んだ。

「あなたが許してくれない限り、私はここを動きません!

勝明さんは言いました、あなたは彼を深く愛していると。でも、この子は彼の実の子なんです!どうか、私たちを哀れんでください!」

手首に彼女の爪が食い込み、鋭い痛みが走った。

私が何か言い返そうとしたその時、誰かが飛んできた。

勝明は力強く心美を引き起こすと、彼女を背後にかばった。そして、非難と怒りに満ちた目を私に向けた。

「千絵子!不満があるなら俺に向けろ。彼女をいじめるのはやめてくれ!」

時間が止まったような気がした。

私はゆっくりと、掴まれていた手を引いた。手首には、はっきりと赤い爪痕が刻まれている。

心の中でぎりぎり繋ぎ止めていた何かが、その光景を前にして、音を立てて崩れ落ちた。

勝明は必死に心美をかばい、心美は彼の背後で怯えたうさぎのように震えている。

――なんて、お似合いなのだろう。

胸に痛みが走った。

「勝明、あなたはもう答えを出してたのね」

私の声は軽やかだ。

「あなたの中では、私よりも彼女とこれから生まれてくる子の方が守るべきだということ。それがあなたの答えなのね」

「違う!」

彼は苛立ちに駆られたように一歩踏み出し、私の手を取ろうとしたが、私はそれを避けた。

「千絵子、違うんだ!心美が妊娠したせいで、情緒がひどく不安定なんだ。彼女が自分を傷つけるんじゃないか、お前を傷つけるんじゃないかって心配で……」

心美は勝明の背中に寄りかかり、小さくすすり泣いている。彼は思わずいたわるような視線を彼女に投げた。

その一瞬の眼差しが、私の心に残っていた最後のかすかな火を完全に吹き消した。

――もう帰らせるしかない。彼らがこれ以上ここにいたら、私が私でいられなくなりそうだから。

立ち上がり、彼らを外へと促した。

勝明が私の腕を掴んだ。

「千絵子!話し合おう、ちゃんと。ご両親も、俺の両親も交えて、みんなの前できちんと説明するから……」

「話し合うことなんて、もう何もないわ。言うべきことは、あの夜にすべて言ったはずよ。

彼女を連れて、今すぐ出て行って!」

彼の手を振り解き、私は背を向けて二階への階段をのぼった。

「千絵子!」

振り返ることはない。ただ、この息が詰まるような空気から、一刻も早く逃れたい。

バタンという乾いた音が響いた。彼らは去っていった。

私が階段の途中で足を止め、しばし立ち尽くした。急に目が熱くなったが、不思議と涙はこぼれなかった。

人は、極めて悲しんでいる時、泣くことさえ忘れてしまうのだと、初めて知った。

不意にスマホが震えた。父からの着信だ。

「千絵子、M市の東家が婚約を受け入れてくれた。できるだけ早くそっちへ向かってほしいって」

窓の外を見ると、夕闇がすべてを塗りつぶそうとしている。

「わかったわ」

……

M市へ出発する前に、パスポートを更新しに出かけた。

ある日の午後、私は車を運転してパスポートセンターへ向かった。

高速道路を走らせながらも、思考はどこか遠くへ飛んでいる。M市の天気はどうだろうと。

東家から送られてきた資料によると、そこは一年を通して暖かく、冬も穏やかだという。

――それもいいわね。K市の冬はあまりに長くて、冷たすぎるから。

その時だ。

ドォォォォォンッ!

鼓膜を震わせる轟音とともに、斜め後方から巨大な衝撃が襲いかかった。

シートベルトが鎖骨に深く食い込んだ。目の前が真っ白になるほどの衝撃で、意識が遠のきそうになった。

エアバッグがパンと開き、鼻を突く火薬の匂いが立ち込めた。

車は横転し、私は逆さまの状態で宙吊りになった。額を伝う生暖かい液体が、車の天井へと滴り落ちていく。

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