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裏切りの結婚記念日〜私は子を堕ろし、夫を捨てた〜

裏切りの結婚記念日〜私は子を堕ろし、夫を捨てた〜

作者:  匿名已完成
語言: Japanese
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10章節
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故事簡介

逆転

ドロドロ展開

ひいき/自己中

スカッと

後悔

8回目の結婚記念日の朝、私、神谷莉子(かみや りこ)のもとに、神経を逆なでするメッセージが届いた。 夫の神谷慧(かみや けい)が支援している女子大生、結城朱音(ゆうき あかね)からのものだった。 写真の中の彼女は、私の結婚指輪をはめ、陽性反応の出た妊娠検査薬を手にしていた。 【莉子さん、私たち、遊びじゃないんです。慧さんと別れてもらえませんか】 【子どもも産めないのに、慧さんのそばに居続けるつもりですか?】 私は画面をそのままスクリーンショットに収め、返信する代わりに慧へ送った。ほどなくして慧から電話がかかってきた。出るなり、頭ごなしに怒鳴りつけてきた。 「朱音はちょっとふざけただけだろ!そんなことでいちいち騒ぐな。大人げないにもほどがある。お前のそういうところ、ほんと気持ち悪いんだよ!」 電話の向こうからは、朱音のすすり泣く声も聞こえてきた。私は何も言わず、そのまま電話を切った。 慧をブロックする前に、最後に一言だけ送った。 【じゃあ、離婚しよう。これでもう、気持ち悪い私と一緒にいなくて済むでしょ】

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第 1 章

第1話

8回目の結婚記念日の朝、私、神谷莉子(かみや りこ)のもとに、神経を逆なでするメッセージが届いた。

夫の神谷慧(かみや けい)が支援している女子大生、結城朱音(ゆうき あかね)からのものだった。

写真の中の彼女は、私の結婚指輪をはめ、陽性反応の出た妊娠検査薬を手にしていた。

【莉子さん、私たち、遊びじゃないんです。慧さんと別れてもらえませんか】

【子どもも産めないのに、慧さんのそばに居続けるつもりですか?】

私は画面をそのままスクリーンショットに収め、返信する代わりに慧へ送った。ほどなくして慧から電話がかかってきた。出るなり、頭ごなしに怒鳴りつけてきた。

「朱音はちょっとふざけただけだろ!そんなことでいちいち騒ぐな。大人げないにもほどがある。お前のそういうところ、ほんと気持ち悪いんだよ!」

電話の向こうからは、朱音のすすり泣く声も聞こえてきた。私は何も言わず、そのまま電話を切った。

慧をブロックする前に、最後に一言だけ送った。

【じゃあ、離婚しよう。これでもう、気持ち悪い私と一緒にいなくて済むでしょ】

……

トイレでさんざん吐いたあと、妊娠検査薬に出た陽性反応を見つめ、ようやく現実を受け入れた。ついさっきまで「子どもも産めないくせに」と罵られていた私が、妊娠している。

「……ふっ」

笑ったつもりだったのに、涙が頬を伝って落ちた。

「どうして今なの……。パパはもう、ほかの人が好きなのに」

私はその場にへたり込んだ。

ようやくトイレを出ると、リビングのソファには慧が険しい顔で座っていた。かなり前から待っていたらしい。私が口を開くより先に、スマホの画面を目の前に突きつけてきた。

「莉子、いい年して、あんな若い子相手に何やってるんだ。みっともないと思わないのか。今すぐ朱音に謝れ」

私の額にはまだ冷や汗がにじんでいた。それでも、8年連れ添った夫は、私の様子など目に入っていないようだった。朱音を庇うことしか頭にないらしい。

画面に目を落とすと、案の定、私を挑発したメッセージはすべて消されていた。残っているのは、朱音がしおらしく謝り、許しを乞う言葉だけだった。

「慧、8年も一緒にいたんだから、私が理由もなくあんなことを言うと思う?先にあんなメッセージを送ってきたのは朱音よ。私は言い返しただけ。知らないふりしてるの?それとも、本当に何も知らないの?」

慧の顔つきがわずかに変わった。ようやく私の顔色に気づいたのか、少しだけ語気を弱めた。

「朱音は冗談だって言ってるだろ。お前、最近、何でも悪く取りすぎなんだよ。すぐ人を疑うし、いつもピリピリしてる。少しは朱音を見習えよ。あの子は素直で可愛げがある。お前、なんでそうやって人にきつく当たるんだよ」

目の前にいるのは、10年以上も愛してきた人のはずなのに、まるで知らない人のように思えた。

「あんな写真まで送ってきて、冗談で済むと思ってるの?私たちの間に割り込んできたのは朱音のほうでしょう。それなのに、私が謝れって?」

あまりの言い分に、笑うしかなかった。けれど、その途端、下腹部がずきりと痛み、思わず手を当てた。慧はその仕草を見るなり、冷たく吐き捨てた。

「朱音の言う通りだな。お前、ほんと自分勝手だよ。子どもも産めないくせに、よくそこまで偉そうにできるな。こんな結婚、8年も続けて何になったんだよ」

私はもうこの子を産まないと決めていた。それでも、8年連れ添った夫の口から実際にそんな言葉を聞かされると、さすがに堪えた。

せめて最後くらいは、惨めな姿を見せたくなかった。涙をこらえ、はっきりと言った。

「そこまで言うなら、もういい。離婚しよう」

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10 章節
第1話
8回目の結婚記念日の朝、私、神谷莉子(かみや りこ)のもとに、神経を逆なでするメッセージが届いた。夫の神谷慧(かみや けい)が支援している女子大生、結城朱音(ゆうき あかね)からのものだった。写真の中の彼女は、私の結婚指輪をはめ、陽性反応の出た妊娠検査薬を手にしていた。【莉子さん、私たち、遊びじゃないんです。慧さんと別れてもらえませんか】【子どもも産めないのに、慧さんのそばに居続けるつもりですか?】私は画面をそのままスクリーンショットに収め、返信する代わりに慧へ送った。ほどなくして慧から電話がかかってきた。出るなり、頭ごなしに怒鳴りつけてきた。「朱音はちょっとふざけただけだろ!そんなことでいちいち騒ぐな。大人げないにもほどがある。お前のそういうところ、ほんと気持ち悪いんだよ!」電話の向こうからは、朱音のすすり泣く声も聞こえてきた。私は何も言わず、そのまま電話を切った。慧をブロックする前に、最後に一言だけ送った。【じゃあ、離婚しよう。これでもう、気持ち悪い私と一緒にいなくて済むでしょ】……トイレでさんざん吐いたあと、妊娠検査薬に出た陽性反応を見つめ、ようやく現実を受け入れた。ついさっきまで「子どもも産めないくせに」と罵られていた私が、妊娠している。「……ふっ」笑ったつもりだったのに、涙が頬を伝って落ちた。「どうして今なの……。パパはもう、ほかの人が好きなのに」私はその場にへたり込んだ。ようやくトイレを出ると、リビングのソファには慧が険しい顔で座っていた。かなり前から待っていたらしい。私が口を開くより先に、スマホの画面を目の前に突きつけてきた。「莉子、いい年して、あんな若い子相手に何やってるんだ。みっともないと思わないのか。今すぐ朱音に謝れ」私の額にはまだ冷や汗がにじんでいた。それでも、8年連れ添った夫は、私の様子など目に入っていないようだった。朱音を庇うことしか頭にないらしい。画面に目を落とすと、案の定、私を挑発したメッセージはすべて消されていた。残っているのは、朱音がしおらしく謝り、許しを乞う言葉だけだった。「慧、8年も一緒にいたんだから、私が理由もなくあんなことを言うと思う?先にあんなメッセージを送ってきたのは朱音よ。私は言い返しただけ。知らないふりしてるの?それとも、本当に何も知らな
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第2話
私がそう告げると、慧は一瞬言葉を失い、乱暴に髪をかき上げた。苛立ったときに出る、昔からの癖だ。次に口を開いたとき、その声は冷たかった。「勝手にしろよ。俺なしでどこまでやれるか、せいぜい頑張ってみろ」慧は玄関のドアを乱暴に閉め、そのまま出ていった。部屋には重い静けさだけが残り、私はその場に崩れ落ちた。一生を共にすると思っていた相手との8年が、こんなにもあっけなく崩れていく。慧の行動は早かった。タクシーで病院に着いた直後、離婚協議書のPDFがメールで届いた。本文には、ご丁寧にも短いメッセージが添えられていた。【正直、前からうんざりしてた。さっさと署名して返せ。これでも十分譲ってやってる】私はこれから、中絶手術を受けるところだった。「手術を受けるお気持ちに変わりはありませんか」医師に確認され、スマホを伏せた。やがて意識が遠のき、視界がゆっくり暗くなっていった。手術のことは、ほとんど覚えていない。目を覚ますと、枕元に高梨理沙(たかなし りさ)が立っていた。大学時代からの親友で、今では業界でも名の知られた弁護士だ。その手には、慧から送られてきた離婚協議書の案があった。私の顔を見るなり、理沙は声を荒らげた。「なに、この内容。莉子に不利なことしか書いてないじゃない。こんな一方的な条件をのんで、そのまま離婚するつもり?あんな目に遭わされて、それでも条件なんてどうでもいいから早く終わらせたいって……莉子、正気なの?」下腹部にはまだ鈍い痛みが残っていた。息を整え、私は何でもないように答える。「あの人とこれ以上争っても、疲れるだけ。もう終わらせたいの」理沙は痛ましそうに私を見た。その顔を見ているうちに、以前、胃の手術で入院したときのことを思い出す。あのときも、最初から最後までそばにいてくれたのは理沙だけだった。慧は朱音と、海外のリゾート地にいた。SNSを開けば、水着姿で寄り添う二人の写真が次々と目に入り、私は病室のベッドで痛みに耐えていた。まるで自分だけが、二人の幸せを遠くから眺める部外者のようだった。思い返して、ようやく腑に落ちた。私はとっくに、慧の人生から取り残されていたのだ。頬を伝った涙が、枕に染み込んでいく。もう悔しさでも未練でもない。残っていたのは、絶望だけだった。理沙は深いため息をついた。「わかった。でき
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第3話
理沙はすぐに動いてくれた。慧が送りつけてきた案をもとに離婚協議書を整え、私のもとへ届けてくれた。迷いはなかった。私はその場で自分の欄に署名し、すぐにタクシーで慧の会社へ向かった。もう一日だって、あの人の妻でいたくなかった。エントランスの警備員は、私を見るなり気まずそうな顔をした。「奥様、申し訳ありません。ここ数日、奥様がお見えになってもお通ししないよう、社長からきつく言われておりまして」その意味を理解した瞬間、思わず笑ってしまった。私の金で始めた会社なのに、今ではその私が門前払いか。こみ上げる怒りを飲み込み、できるだけ平静に言った。「では、社長に伝えてください。すがりに来たんじゃありません。離婚協議書に署名してもらいに来ただけです」警備員はすぐに内線を入れてくれた。けれど、そこからエントランスで2時間も待たされた。立っているのもつらくなったころ、ようやく社長室へ通された。ドアを開けた瞬間、目に飛び込んできたのは――社長の椅子に我が物顔で座る朱音だった。なるほど。さっきの警備員が、気の毒そうに私を見ていたわけだ。これでは、同情されても仕方がない。「慧はどこ?」朱音はそのまま笑い、わざとゆっくり背もたれに身を預けて、こちらを見上げた。「どうしたの、莉子さん?こんなところまで追いかけてきて。まさか、慧さんがまだあなたに未練があるとでも思ってるの?もうわかったでしょ。慧さんが愛してるのは私だけ。私が欲しいって言えば、何だって用意してくれるんだから。いい加減、察したら?これ以上みっともなくすがるのはやめて、さっさと帰っていいじゃない?」得意げに言い募る朱音を見ていると、名門大を出た慧が、どうしてこんな品のない浅はかな女を選んだのか、本気でわからなくなった。どうやら、見る目までなくしてしまったらしい。私は挑発を聞き流し、怒りを抑えながらバッグから離婚協議書を取り出した。「勘違いしないで。慧に署名してもらいに来ただけ。これで念願どおりね。私のお下がりでそんなに喜べるなんて、ずいぶん物好きね」もう、慧がどちらの味方をしようと、どうでもよかった。あの子を手放したときから、慧に何かを期待する気持ちは、もう何ひとつ残っていなかった。そう言い終えた直後、慧が血相を変えてドアを勢いよく開けた。その大きな音に、私も朱音も思
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第4話
「違う!離婚なんて認めない!」慧はそう叫ぶなり、手にしていた書類を引き裂き、私の肩を激しく揺さぶった。長時間立ちっぱなしだったうえ、手術を終えたばかりの体には、それだけでもこたえた。視界が大きく揺れ、次の瞬間には足元から力が抜けた。倒れかけたところを、誰かに抱きとめられた。遠のく意識の向こうで、女の甲高い声と、取り乱した男の声が重なった。「莉子!莉子、しっかりしろ!目を開けてくれ。頼む、莉子!」必死に名前を呼ぶくらいなら、先に救急車を呼べばいいのに。こんなときまで、本当に頼りにならない人だ。そんな考えを最後に、意識が途切れた。次に目を覚ましたとき、そこはまた病室だった。ただ、今回はベッドの脇に慧がいた。慧は目を閉じたまま、私の手を強く握っていた。その感触にぞっとして、私はすぐに手を振りほどいた。その拍子に慧が目を覚ました。私と目が合うと、すぐにナースコールを押した。「莉子、どこか痛むのか?腹は?まだ痛いのか?」けれど、今はその顔を見るだけで吐き気がした。もう遠慮する理由もない。今さら言葉を選ぶ気にもなれなかった。「今さら心配するふりなんてしなくていい。病院には今までだってずっと一人で来てた。あなたに付き添ってもらわなくても平気だから。もしこの離婚協議書に納得がいかないのなら、自分で弁護士でも探して作り直させればいい。これ以上引き延ばしたって、お互いのためにならないでしょ」一気に言い切ったが、慧はぽかんとしたまま、何ひとつ耳に入っていないようだった。それどころか、保温バッグから、おかゆの入った容器を取り出した。「今日は疲れただろ。少しでも食べないか」今さら何を、と腹が立ち、私は差し出された容器を払いのけた。熱いおかゆが慧の手の甲にかかり、皮膚が赤くなった。けれど慧は自分の手には目もくれず、真っ先に私の手をつかんだ。「莉子、手は?やけどしてないか?」その言葉を聞いた途端、張りつめていたものが切れた。「いい加減優しい男を気取るのをやめて。離婚を言い出したのはあなたでしょう?私はもう書類に署名した。今更何のフリをしてるの?あなたのために、もう十分すぎるほど時間もお金も使った。これ以上、私の人生に関わらないで。手を放して!」声を荒らげるうちに、涙が止まらなくなった。慧はティッシュに手を伸ばした
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第5話
それから一週間、慧は毎日のように病室へ現れ、頼んでもいない世話を焼いた。帰ってほしいと言っても聞く耳を持たない。理沙が何を言っても、「まだ夫だから」の一点張りで、面会時間ぎりぎりまで帰ろうとしなかった。このままでは埒が明かない。そう思っていたところへ、病院を突き止めた朱音が現れた。朱音の顔を見てほっとしたのは、これが初めてだった。慧が私につきっきりになっているのを見た朱音は、案の定、その場で取り乱した。だが、以前の彼女とはどこか様子が違う。わずか数日しか経っていないのに、頬はこけ、ひどくやつれていた。それ以上に気になったのは、慧を見る目だった。嫉妬よりも、怯えのほうが強くにじんでいる。その奥には、隠しきれない憎しみさえあるように見えた。いったい、あの日私が彼の社長室で気絶したあとに何があったのだろう。気になって、私は慧の秘書に連絡を取った。話を聞いて、ようやく事情が見えてきた。あの日、慧は会社にいなかったわけではない。隣の部屋で、防犯カメラの映像を見ていたという。思わず呆れて笑ってしまった。朱音と私が自分をめぐって言い争う姿を見て、いい気になっていたのだろう。私が本当に離婚届を差し出すまで、慧は私が本気だとは思っていなかった。秘書はところどころ言葉を濁していたが、それだけ聞けば十分だった。あの日、あのメールを送ったのが誰なのかは、もうわかっていた。長く一緒にいたが、慧が私にあれほどきっぱり離婚を突きつけたことは一度もなかった。あれほど私たちを離婚させたがっていたのは、朱音しかいなかった。おそらく、慧になりすまして離婚協議書を送りつけたことがばれ、その後、地獄のようなお仕置きを受けたのでしょ。そうでなければ、私が何も言わないうちから、ベッド脇にひざまずくはずがない。「莉子さん、ごめんなさい。子どもも産めないなんて言って、ごめんなさい。会社で長いこと待たせたことも、慧さんになりすまして離婚協議書を送ったことも……本当にごめんなさい」朱音は謝るたびに、自分の頬を叩いた。乾いた音が何度も病室に響く。手加減する様子はなく、その背後では慧が険しい目で彼女を見下ろしていた。やがて朱音の手が止まると、慧は私のほうを向き、機嫌をうかがうように笑った。「これで少しは気が済んだか?」私は冷めた目で見返した。
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第6話
慧とは幼なじみではない。高校は同じだったが、実際に知り合ったのは大学に入ってからだ。当時から、名前と噂だけは知っていた。地元では名の知れた家の息子で、いつも違う女の子を連れている――そんな話ばかり耳にしていた。初めてまともに言葉を交わしたのは、大学の学園祭がきっかけだった。たまたま同じサークルに所属していて、代表に軽い調子で言われた。「二人とも絵になるし、せっかくだから一緒に演奏してみたら?」そうして毎晩2時間、顔を合わせて練習するうちに、自然と距離が縮まっていった。ヴァイオリンを弾いていても、慧を意識するたびに胸が高鳴った。気づけば、私は慧を好きになっていた。背が高く、顔立ちも整っていて、気さくで優しい。そんな慧と毎晩一緒に過ごしていたら、意識しないほうが難しかった。しかも、先に気持ちを伝えてきたのは慧だった。迷う理由なんてなかった。気が変わらないうちに返事をしなければと、そればかり考えていた。私が慌てて答えようとすると、慧はそっと頭を撫でた。「莉子、そんなに急いで答えなくていいよ。ちゃんと考えてからでいい。ほかに好きな人がいるなら仕方ないけど、そうじゃないなら、返事はいくらでも待つから」あの頃の私には、その言葉がたまらなくロマンチックに聞こえた。けれど、それが永遠ではなかったことを、今の私は知っている。大学3年の頃、慧の父親が経営する会社は、深刻な資金難に陥った。学生の私たちにどうにかできるような額ではなかった。それでも慧は、あちこちに頭を下げながら、私にだけは助けを求めようとしなかった。彼が毎晩カフェで働いていると友人から聞いて、初めて、そこまで追い詰められていることを知った。私はすぐに慧のもとへ向かった。「結婚しよう、慧。うちが私のために用意してくれてる結婚資金を、会社に使えばいい」そのとき慧がどんな顔をしていたのか、今でもうまく言葉にできない。苦しそうで、それでいて、どこか諦めたようにも見えた。今思えば、私の申し出は彼の自尊心を傷つけたのだろう。けれど慧は、私を責めることはなかった。ただ、真剣な顔で言った。「金を出せば済む話じゃない」慧は私を連れて、ウエディングドレスと指輪を選びに行った。そして、私の両親にもきちんと頭を下げた。両親は当然、最初は反対した。それでも最後には、
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第7話
退院の日になっても、慧は相変わらず私のそばを離れようとしなかった。理沙は何部も印刷された離婚協議書を、まとめて慧の胸に押しつけた。「こっちで用意し直したから。莉子と離婚するなら、莉子から一円でも取れると思わないでよ」慧は書類を抱えたまま、私たちが遠ざかっていく方向を見つめていた。やがて我に返ると、慌てて追いかけてきて、私の手をつかもうとした。けれど私は、触れた手をそっと振りほどいた。強く振り払ったわけではない。それなのに慧は、もう二度と私には手が届かないのだと、ようやく気づいたような顔をした。隣で理沙が吐き捨てた。「失ってから大事さに気づいたって、もう遅いのよ。莉子に愛される資格なんて、あんたにはない」慧は何か言いたげに口を開いた。この一週間、私につきっきりだったせいで、慧自身もすっかりやつれていた。仕事もほとんど手につかなかったらしく、秘書からは私のところにまで何度も連絡が来ていた。けれど、そんなことはもうどうでもよかった。私が所有していた神谷グループの株式20%は、すでに競合他社へすべて売却してある。神谷グループも、かつて心から愛した慧も、今の私にはもう、これからの人生を縛るものにしか思えなかった。慧が真実を知り、自分の愚かさに気づいたところで、もう遅い。罪悪感だけで、とっくに壊れた関係をつなぎ止められるはずがない。そして実際、慧のそういうところは、学生の頃から何も変わっていなかった。学生の頃から、慧は誰にでも優しすぎるところがあった。相手に少しでも困ったふりをされると、放っておけない。まして、自分好みの顔立ちをした女の子なら、頼みを断ることなどほとんどなかった。7年も関わってきた朱音なら、なおさらだ。慧が初めて「経済的に困っている学生を支援したい」と相談してきた日のことを思い出した。その日、慧は朱音の写真を見せながら、無邪気に笑っていた。「莉子、見て。この子、笑った顔が莉子にそっくりだろ?俺、この子を支援したい」その言葉がうれしくて、当時の私は胸がいっぱいになった。今思えば、我ながら馬鹿だった。あれは善意だけではなかったのかもしれない。学生時代、私との経済的な差に傷つけられた自尊心を、私に似た朱音を助け、自分が優位に立つことで埋めようとしていたのだろう。それからというもの、私た
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第8話
理沙によれば、慧がどうしても離婚に応じないなら、まず家庭裁判所に離婚調停を申し立てることになるという。それでも話がまとまらなければ、離婚訴訟を起こすしかない。ただ、訴訟になれば、不貞行為など、離婚を求める理由を裏づける証拠が必要になる。朱音のSNSに載っている写真だけでは、証拠としては弱いらしい。考えた末、私は慧の秘書に連絡を取った。彼が入社して間もない頃、社内で濡れ衣を着せられ、そのせいで昇進を見送られたことがあった。私が潔白を証明して以来、彼は何度も「いつか恩返しをさせてください」と言ってくれていた。もっとも、私が初めから慧と朱音の関係を疑っていたわけではない。秘書が折に触れて遠回しに知らせてくれなければ、何も気づかなかったかもしれない。だから今度は、私から彼に助けを求めることにした。ここ数日も、慧からの連絡は途切れなかった。番号を変えては、「離婚だけはやめてくれ」と繰り返している。けれど、私にはもう、その理由がわかっていた。慧は人一倍、世間体を気にする男だ。あの日、会社で私が朱音にあれほど侮辱されるところを、周囲の社員たちにも見られていた。噂はとっくに社内中へ広がっているはずだ。何もかも思いどおりにしてきた慧にとって、それは耐えがたい屈辱だったのだろう。私たちの関係を取り戻そうとしているというより、円満な夫婦を装い、傷ついた体面を守りたいだけなのだ。少なくとも、私にはそうとしか思えなかった。なら、その望みごと壊してやる。2週間後、神谷グループの新製品発表会を兼ねたレセプションが開かれた。会場には、名だたる企業の経営者や業界関係者が大勢集まっていた。私は赤ワインのグラスを静かに揺らしながら、これから起こる出来事を待ち構えていた。今夜、この華やかな会場ですべてが明るみに出る。壇上に上がった慧は、代表として挨拶を始めた。やがて客席にいる私を見つけると、一瞬言葉を詰まらせ、目を奪われたようにこちらを見つめた。「神谷グループを継いでから今日まで、私が何より感謝しているのは、8年間そばで支えてくれた妻の莉子です。彼女がいなければ、今の私はありません。未熟だった私は、これまで妻を大切にできませんでした。本日、皆さまの前でお約束します。これから先、私が愛するのは、妻の莉子ただ一人です」朱音なら、あ
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第9話
会場は一瞬で騒然となった。「えっ、何これ……この二人、誰?会社の発表会でこんな映像が流れるなんて、どうなってるの?」「まだわからないの?映ってる男、壇上の神谷社長じゃない」「まさか。神谷グループの社長ともあろう人が、こんなことをしてたなんて……。あの若い女、奥さまじゃないわよね。遊びも度が過ぎるわ。奥さまがいるのに、よくこんなことができるわね。恥知らずにもほどがある」「そういえば、昔、会社が傾いたとき、奥さんの実家が資金を出して支えたって聞いたことがある。それでこの仕打ち?人として最低ね」ざわめきは収まる気配がなく、慧の表情はみるみるこわばっていった。慧は舞台袖に向かって怒鳴った。「消せ!今すぐ消せ!誰がこんなものを流した!クビだ!絶対にクビにしてやる!」私は静かに壇上へ向かい、脇に置かれていたマイクを手に取った。「先ほどまでここで妻への愛を語っていた夫が、その裏で何をしていたのか。皆さまにも、もうおわかりいただけたと思います。ですが、これだけではありません」スクリーンの映像が切り替わった。そこに映し出されたのは、陽性反応の出た妊娠検査薬の写真と、私たち夫婦のベッドに勝ち誇ったように横たわる朱音の写真だった。「この女性が私にこんな写真を送りつけてきても、夫は『ただの冗談だ。いちいち気にするな』と言って、彼女をかばい続けました。本当は、こんな形で私たちのことを皆さまにお見せしたくはありませんでした。でも、もう限界です。本日この場をお借りして、ご報告します。私と神谷慧の結婚生活は、今日で終わりにします」私はわざと声を震わせ、途中で言葉を詰まらせた。深く傷ついた妻を演じるには、それで十分だった。けれど、慧は隠しきれない怒りを目に浮かべ、私を睨みつけていた。奥歯を噛みしめ、絞り出すように言った。「……どうしてここまでするんだ。莉子、俺をそこまで追い詰めたいのか」思わず笑いがこみ上げた。「私を『子どもも産めない女』って罵って、朱音に謝れって責めたとき、あなたは私をどこまで追い詰めたと思ってるの?全部、自分がしたことでしょう。今さら被害者みたいな顔しないで」私は冷ややかに慧を見返した。嘲っていたのは目の前の彼だけではない。何年も騙されながら、それでも信じ続けていた、かつての自分もだった。「……そこまでやるな
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第10話
理沙は、私がここまでやり切ったことに驚いていた。昔はただ我慢して譲ることしかできなかった私が、ここまで徹底した行動に出るとは、親友の理沙にも想像できなかったのだろう。私が持っていた神谷グループの株式20%は、すべて売却した。手にしたのは12億円だった。理沙は不満そうに眉をひそめた。「20%も持ってたのに、それだけ?」私は笑って答えた。「株が安いんじゃないよ。慧自身にもう価値がないから、会社の価値まで下がったの」発表会で流した映像は、慧が個人的に保存していたファイルの中から、秘書が見つけてくれたものだった。その一件を最後に、彼も神谷グループを辞めた。申し訳なさもあり、せめてお礼だけでも受け取ってほしいと伝えた。けれど、彼は首を横に振った。「莉子さん、あのとき私の潔白を証明してくれなかったら、私はもうこの業界では働けなかったと思います。一度でも悪い噂が立てば、その後どんな目で見られるのかは、身にしみてわかっています。今回のことは、私が自分で決めてやったことです。お礼をいただくつもりはありません。それに、社長の下で働くのにも、もう疲れました。これを機に、今度は自分の力でやってみようと思っています」そこまで言われては、これ以上無理に押しつけることもできなかった。私は彼に礼を伝え、それ以上、謝礼の話はしなかった。株式の売却を終えると、私は理沙とサンフランシスコへ向かった。理沙は以前から何度も旅行に誘ってくれていた。けれど、結婚してからは慧や神谷家のことに振り回され、ずっと先延ばしになっていた。誰も私たちを知らない街を歩いていると、不思議と肩の力が抜けた。旅先の開放感もあって、自然と気分が弾んだ。両親は、この騒動のせいで私が何かひどい目に遭うのではないかと、気を揉んでいたらしい。「心配しないで。神谷グループの株は全部売って、12億円になったよ。今はそのお金で、理沙とのんびり旅行してるところ」慧の秘書が退職すると、彼が信頼していた部下たちも次々に会社を去り、取引先の一部も神谷グループとの契約を打ち切ったという。長年、慧の右腕として会社を支えてきた彼の退職は、神谷グループにとって大きな痛手だった。最も頼りにしていた人物まで失い、慧の周りからは次々に人が離れていった。その後も秘書とは時折連絡を取り合い、慧
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