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第1042話

Author: レイシ大好き
「安心しなさい。辰琉のことは、必ず刑務所にきっちりぶち込んでやるわ」

娘が受けた屈辱と苦しみ――

それを与えた人間を、このまま許すわけにはいかない。

美月の胸の奥には、燃えるような執念が宿っていた。

彼女にとって、その報いを受けさせるのは当然のことだ。

娘を傷つけた者には、必ず同じ痛みを味わわせる。

美月の目的は、最初からはっきりしていた。

狙うべき相手は「安東辰琉」――それだけだ。

安東グループを潰すことになど、最初から興味はなかった。

なぜなら、彼女には分かっていたのだ。

娘たちを不幸にしたのは会社でも、他の誰でもない。

ただ一人、辰琉という男だけ。

紗雪も、緒莉も。

二人が受けた傷は、全て彼のせいだった。

だから、他の誰かまで巻き込む必要はないと思っていた。

だがいま、安東家の態度を目の当たりにして、美月は初めて自分の判断に疑いを持った。

もしかして、最初からやり方を間違えていたのでは?

いっそ、安東グループそのものを狙うべきだったのではないか?

心の奥でざらりとした迷いが広がる。

しかし、もう言葉は外に出てしまった。

今さら引き返すことなどできない。

次に行くときに、あの老いぼれが何を考えているのか確かめてやる――

美月は心の中で冷たく吐き捨てた。

この数日、孝寛が屋敷から一歩も出ていないことなど、彼女には分かっている。

何も知らないと思ったら大間違いだ。

彼女は安東家の動きをほぼ把握していた。

特別に探らせたわけではないが、情報はすべて手の中にある。

だからこそ分かる。

孝寛は、ただ家に隠れているだけだ。

少しだけ猶予を与える。

だが、もし次も出てこないようなら、その時は容赦しない。

必ず、安東家そのものを潰してやる。

――次に行くときは、理由を聞かせてもらう。

美月は冷ややかにそう決め、車を出させた。

誰も、今日の安東家の対応がここまで頑なだとは思っていなかった。

もし予想していたなら、彼女は必ずボディーガードを連れてきただろう。

今は母娘と運転手だけ。

美月は、無防備な行動を好まない。

車が遠ざかり、安東家の視界から完全に消えると、ようやく屋敷の門がゆっくりと開いた。

執事が恐る恐る外へ出て、周囲を確認してから中に戻る。

「旦那様、あの人たちはもう帰りました」

そして言い
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