Masuk彼女には分からなかった。答えなんて最初から決まってるのに。その瞬間、京弥の機嫌は一気に良くなり、紗雪の言葉にすぐさま言い返す。「俺も、他の人に譲る気はない。君のパートナーは俺だけだ」真剣そのものの表情で言い張る姿は、どこか子どもっぽい。端正な顔立ちなはずなのに、今はすっかり拗ねた少年みたいだ。ただひたすら彼女を見つめ、頑なに答えを求める。紗雪は思わず吹き出してしまう。「うん。京弥しかいないよ」その言葉に、京弥の表情がようやく緩む。胸の奥までふっと温かくなるのを感じた。「明日のパーティー、何か準備いる?」「鳴り城の企業トップが大勢来るから、フォーマルな格好で行くほうがいいと思う」紗雪が考えながら答える。京弥もそれは納得だったが、ふと気になった。――上層の人間が多い。余計なことを言われたりしないだろうか。まあいい、臨機応変でいくか。彼の正体を知っている会社なんてほとんどない。匠に少し根回しさせれば問題ない。「じゃあ明日は会社まで迎えに行く。何時にする?」「夜六時開始だから......午後四時でいいかな。ヘアセットするから」「了解」夕食を終えると、京弥は皿を食洗機に入れる。その背中を見ているだけで、紗雪は幸福感に包まれた。――やっぱり、家庭のことをちゃんとできる男じゃないと。そういう人とじゃないと、人生は続いていかない。どうして以前はそれに気付けなかったのだろう。二人でいると、衝突は多かった。なのに向き合おうとせず、いつも問題を放置して、時間に任せてしまった。そのことを思い出すと、胸の奥が少しだけ苦くなる。あの三年間の空回りは、一体誰が責任を取ってくれるのだろう。結局、全部自分で乗り越えるしかない。過去の自分と折り合いをつけていくしかない。それが、当時見えていなかった答えだった。今は気づけた。そう思うだけで、身体がふっと軽くなる。多角的に見ること。生活も同じで、そうしてこそ二人は続いていく。片付けを終えた京弥が手を拭いて戻ってくる。顔を上げた瞬間、紗雪がまるで恋する乙女みたいな目でこちらを見つめていて、彼は思わず固まった。「え......?俺の顔に何かついてるのか?」「ついてるよ」紗雪は笑って言った。「
それとも、ただ言い忘れていただけなのか。そう思った瞬間、京弥の薄い唇がきゅっと固く結ばれる。胸の奥が少しざらつくような不快感が生まれた。夜。帰宅したとき、紗雪はまだ戻っていなかった。気持ちは穏やかじゃなかったが、それでも足をキッチンへ向け、夕食の準備を始める。彼は、こういう気持ちを表に出すタイプではない。そしてよく分かっていた。ここまで来るのに二人はあまりにも苦労してきたことを。こんなことで関係を冷やすなんて、自分たちにとって損でしかない。そんな必要もない。今の京弥は、紗雪に強く当たることなんてできない。自分の気持ちは分かっている――些細なことで喧嘩したくないし、距離ができるのも嫌だ。しばらくして、玄関のほうから物音がする。一瞬だけ手を止めたが、出迎えには行かず、そのまま手元の作業に集中した。「今日は何作ってるの?」弾む声が聞こえ、京弥は短く返す。「今日は茶漬け。あと、おかずもちょっと。このところ忙しかっただろう?ろくに食べてないと思って」その言葉に、紗雪の胸にじんわりと温かさが満ちた。最近の京弥の変化は、彼女もちゃんと見ている。こんなふうに気遣ってくれる人を手に入れたことが、嬉しくて仕方ない。ほどなく料理が並べられ、紗雪は思わず顔をほころばせた。「遠慮なくいただくね」「もともと君のために作った料理だ。遠慮する必要はない」紗雪は彼を席に呼び、京弥も素直に腰を下ろす。ちょうど話したいこともあった。座るや否や、紗雪が彼のお皿におかずを乗せる。京弥は少し照れたように言う。「自分のを食べればいいよ」「京弥にも、私の好きな味を知ってほしいの」頬をほんのり赤くして言うその一言。それだけで、京弥の胸は一瞬で打ち抜かれた。いつも自分のほうが率直なのに、今日は彼女が珍しく積極的。拒む気なんて起きるはずがない。素直に口に運び、期待を浮かべた彼女の瞳を真っ直ぐ見てうなずく。「俺の腕、なかなかだろ」紗雪は吹き出しながら笑う。「確かにおいしいけど......自分で言うと図太く聞こえるわよ?」二人は目を合わせて笑う。空気は柔らかく、心地よい。用意していた問いも、彼女の顔を見た瞬間、霧のように消えた。――まあ、あのパーティーとやら
加津也の瞳に、危うい光がかすめた。ここまでいろいろ見てきて、結局は自分で掴みに行かなければ何も手に入らないと、ようやく思い知ったのだ。とくに女ってやつは、絶対に調子に乗らせちゃいけない。初芽がその最たる例だ。あれだけ良くしてやったのに、平気でほかの男を探しに行くなんて。こんなの、誰だって耐えられるわけがない。*椎名グループ。京弥は書類を処理していた。そこへ匠がノックして入ってくる。家とはまるで別人のように、京弥は会社では一切の柔らかさを見せず、近寄りがたい冷気をまとった機械みたいだった。その姿に、匠は心の中でしみじみと思う。紗雪の前にいた時の京弥が懐かしい。あの頃はちゃんと人間みたいに喋っていたし、社員たちにも笑顔を見せることさえあった。今やこれだ。以前とは完全に別物。――もっとも、文句なんて言えないけど。「社長、ご指示いただいた件、全部終わっています」匠は続けた。「後は柿本氏が奥様と契約を結ぶだけです。ただ、具体的な日程は奥様次第でして」「分かった」京弥は顔も上げず、目の前の書類に視線を落としたまま淡々と言う。匠は余計なことは言わず黙った。やっぱり奥様のこと以外、社長の興味はほとんど湧かないらしい。「紗雪の方は日程決まったか?」京弥がふいに口を開く。紗雪がこの件で気を揉んでいたことを思い出した。早く片付けば、少しは気が楽になるだろう、と。匠は少し考えてから首を振った。「柿本氏は、パーティーの後だと言ってました。今週、二川家がパーティーを開くでしょう?だから奥様も、ひと段落してから契約を結ぶつもりなんじゃないでしょうか。そうすれば、後のプロジェクトも慌てずに済みますし」京弥はペンを置き、じっと匠を見た。その視線に、匠はぶわっと鳥肌が立つ。「パーティー?」突然の問いに、匠はびくりと肩を揺らす。訳が分からず、気まずそうに答えた。「二川グループが開く、安東グループとの協力解消の発表を兼ねたパーティーです。詳しいことは......私もよく分かりませんが」京弥の眉間が冷たく険しくなる。匠はますます訳が分からない。自分は何かまずいことでも言ったのだろうか。だが京弥の頭の中は別のことでいっぱいだった。――紗雪がそんな話、一
自分がこれまで前もって費やした努力は、結局のところ紗雪には敵わなかったということか?一体あの女はどんな手を使ったのか。まさか敦のような老獪な男まで、平気で会いに行くとは。加津也の胸中では、紗雪への悪意ある想像が膨らんでいく。――どうせ、まともじゃない手を使ったに違いない。あの顔立ちは、男に媚びるためのものだろう。そう考えた瞬間、彼の目はさらに暗く翳った。横にいた秘書は震えて一言も発せず、ただ彼の機嫌に怯えている。――この人......どうして今まで気づかなかったんだろう。最近、社長の機嫌はますます不安定になっている。加津也はふと顔を上げ、目の端に秘書の姿を捉えると、苛立ちが一気に爆発した。「なに突っ立ってるんだ」手を払うようにしながら言う。「残りの時間は全部、柿本を監視しろ。動き一つ残さずだ。二川グループと少しでも密に動けば、すぐ報告しろ」「はい。分かりました」秘書は怯えた目で彼を見上げ、唇を噛みしめたまま反論すらできない。今の彼の怒りに触れれば、自分など簡単に潰される。今できることは、ただ彼の望む通りに動くことだけ。欲しがるものは何であれ、即座に手に入れて差し出すしかない。加津也は、従順に黙り込む秘書を見て、少しだけ気が晴れた。やはり皆が自分に従ってこそ、気分がいい。「出ろ。用もないのに来るな」その言葉に、秘書は救われたように息を吐き、逃げるように部屋を出た。最近の彼の気分の浮き沈みは手が付けられない。どうすれば機嫌が良くなるのか、もうパターンすら読めない。だから、慎重に、さらに慎重に動くしかないのだ。一人残された加津也は、胸の中に澱のような怒りを抱えたまま、何かが裏で動いている気配を感じていた。自分がコントロールできない大きな手が、全てを操っているかのようだ。だが今の自分にできるのは、敦を徹底的に監視し、紗雪と距離を置かせることだけ。机に広がる書類を睨みつける視線は、ますます陰険さを帯びていく。もし本当に紗雪が汚い手を使ったのなら──必ず暴いてやる。こんなこと、簡単に済ませるつもりはない。これが自分のやり方だ。それに、あの女は何度も自分を刑務所送りにした。そろそろ反撃の時だ。相手の弱みを掴めば、二度と逃がしはしない。そう
今はあまりにも突然で、どう説明すればいいのか分からなかった。京弥は小さく息を吐く。「さっちゃん、前にも俺、自分の家のこと話しただろ」「本当に私に嘘ついてないの?」紗雪の瞳は潤んで揺らぎ、目尻は赤く染まっている。その姿を見た瞬間、京弥の胸には強烈な保護欲が湧き上がった。こんな彼女を前に、彼の胸には罪悪感がじわじわと広がる。せっかく関係が良くなってきたばかりなのに、今ここで真実を言って壊したくはなかった。「俺がさっちゃんに嘘なんてつくわけないだろ。できるはずがないよ」京弥は真っ直ぐにそう告げる。だが心の中では、自分に吐き捨てるような嫌悪が渦巻いていた。――後で、必ず埋め合わせる。紗雪はしばらく彼の顔を見つめ、それから小さく頷く。「分かった、信じるよ」「ありがとう、さっちゃん。早くうどんを食べよう」促され、紗雪は黙って最後の一口まで麺を食べきった。そしてその夜、二人は寄り添いながら眠りについた。*翌朝。紗雪が出社すると、吉岡と契約締結の時期について話し合った。吉岡はスケジュールを確認し、眼鏡を押し上げながら提案する。「紗雪様、やはりパーティーのあとが良いかと。契約後のフォローにも力が必要ですし」紗雪はうなずく。「確かに......じゃあそうしましょう」そして書類を渡しながら言う。「柿本社長にも連絡を」「はい」吉岡が出て行こうとした瞬間、紗雪がふと思い出したように呼び止める。「ついでに柿本社長を監視して。加津也と接触していないか確認を」吉岡は一瞬驚くが、すぐに深刻な表情で問い返す。「まだ柿本社長を信用できない、ということですか?」紗雪は眉を寄せ、静かに答えた。「そうよ。もし二人が手を組んでいるなら、こちらも万全の備えが必要だから」その洞察力に、吉岡は思わず背筋が伸びる。――さすがうちの社長だ。この人だからこそ、ここまで来れた。「承知しました」吉岡が力強く頷くと、紗雪も安心して頷き返した。多くの年月を共にした信頼がそこにはある。だからこそ、こうした細やかな任務も安心して任せられるのだ。吉岡が出ていき、紗雪は静かに仕事に戻った。*「......何だって?もう会った?」加津也は勢いよく立ち上がり、目を見開く。秘
彼、本当にただの小さな会社で働いてるだけ?紗雪の胸に、じわりと疑問が広がり始める。考えに考えた末、ついに口を開いた。「京弥って、結局どんな会社で働いてるの?」京弥の表情が一瞬止まり、心臓がドキッと跳ねた。突然どうしてそんな質問を?と戸惑いが走る。「前にも言っただろ?」彼は笑いながら誤魔化した。「うちの家業だよ。前にも話したじゃないか。椎名グループとも提携してるって」その瞬間、紗雪がふいに近づく。女性特有の淡い香りがふわりと漂い、京弥の思考が一瞬で真っ白になる。「でも京弥はもっと......何でもできるって感じがする」紗雪は目尻を下げて笑う。「私、京弥のことを色眼鏡で見てるかも。何でも完璧にこなせる人って思ってるの」その言葉に、京弥は完全に固まった。目の前には、笑みを浮かべる彼女の柔らかい表情。開閉する赤い唇、そしてふとした拍子に覗く小さな舌――喉が渇く。――なに考えてんだ、自分は。そう考えた瞬間、自分自身に驚く。紗雪は手を振って彼の注意を引く。「ねえ、なんで黙ってるの。もしかして本当に......隠れ御曹司で、わざと黙ってるとか?」その次の瞬間。彼女の唇は、京弥にふさがれていた。迷いゼロ、寸分の狂いもなく、その柔らかさを捕らえる。紗雪の瞳がぱちりと見開かれる。さっきまで普通に話してたはずなのに、どうして急にこうなった!?彼女は胸を押して離れようとするが、彼はまるで動じない。彼女が近づいた時点で、理性なんて吹っ飛んでいた。それは、彼にとって限界を試す一撃だったのだから。しかも、ずっと我慢してきたのだ。彼は情熱的に口づける。だが紗雪の胸には、なぜか不満が渦巻く。彼女は身をよじらせ、抵抗を示す。次の瞬間――ぱしん。予兆もなく、彼の手が彼女のヒップに軽く触れた。音は小さく痛みもほぼない。けれど、紗雪の尊厳は地面に叩きつけられた気分だった。――何それ。今まで気づかなかったけど、こいつ、こんな恥知らずだったの!?目に涙が滲む。紗雪はそのまま彼の肩に噛みつく。「っ......!」京弥は痛みに思わず彼女を放す。「なんで噛むの......?」しょんぼりとした声に、紗雪の反論は喉に詰まる。そして追い打






