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第260話

Author: レイシ大好き
すっかり客室に行くことを忘れていた......

だからこそ、今のようなシーンになるのだ。

京弥は紗雪の顔色を見て、まるでパレットのように変化しているのを感じ取り、その瞳には微かな笑みが浮かんだ。

彼は低い声で言った。

「どうやら、思い出したようだね?」

京弥の声には明らかに楽しげな笑いが含まれていた。

紗雪は彼の視線を避けながら言った。

「ち......違うから。それより仕事に行かなきゃ」

彼女は、自分がうっかり勘違いをしていたことをようやく認識し、この状況が少しばかり恥ずかしいことに気づいた。

今、紗雪はただ、この場から早く離れたかった。

京弥はその様子を見て、やはり少し楽しんでいるようだ。

どうやら彼女はすべて思い出したようだ。

そうでなければ、こんな表情を見せるはずがない。

彼はそのことに気づき、もう追い詰めることはせず、紗雪に少し冷静になる時間を与えることにした。

これから、いくらでもチャンスはあるのだから、焦る必要はない。

紗雪が家を出るとき、ようやく顔の熱が引いたように感じた。

彼女は深呼吸し、会社に行く時間が近づいていることに気づいた。

そのため、紗雪は急いで車を運転し、二川グループのオフィスへ向かった。

道中、京弥の魅力的な顔が頭に浮かび、昨晩の出来事がまるで映画のように彼女の脳裏に映し出された。

紗雪は頭を振り、そんな考えを振り払おうとした。

彼女は人に支配されるのが嫌いで、誰かに考えを左右されるのはもっと嫌だ。

何があっても、京弥の存在で彼女の仕事に影響が出るのは御免だ。

それが一大事だ。

その思いが明確になった時、紗雪の瞳に少し清々しさが戻り、ハンドルを握る手に力が入った。

会社に到着すると、秘書が椎名プロジェクトの最新進捗報告書を持って紗雪に渡した。

「こちらがプロジェクトの進捗報告です。ご確認ください」

紗雪は軽く頷き、プロジェクト書類を受け取った。

ふと思いついて尋ねた。

「最近、早川の方で何か進展があった?材料の供給は順調に進んでる?」

その質問に、秘書は思わず笑ってしまった。

「はい。前回の件が終わってから、早川のところはうちに尊重を示しています」

「というと?」

紗雪は興味深そうに聞き返した。

秘書は話し始めた。

「前回の後、早川さんは材料を早く届けてくれるだけでな
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