Mag-log in「君のそばには、ずっといるよ。どんな決断をしても、俺はさっちゃんの背中を支える」その言葉に、紗雪の胸が一気に熱くなる。彼女は振り向き、無理に笑みを作った。「うん。ありがとう、京弥。こんなのもう慣れてる。今一番大事なのは、パーティーを無事に終えること。二川グループの顔に関わるんだから」その凛とした態度に、京弥はふっと笑みをこぼす。彼が惹かれた女は、やはり格が違う。どんなに理不尽な目に遭っても、私情と仕事をきちんと分け、優先順位を見失わない。その強さが、眩しかった。京弥が口を開こうとした瞬間、明るい声が割り込む。「紗雪、やっと見つけたよ!」二人が振り向くと、清那がドレス姿で嬉しそうに駆け寄ってきた。紗雪は苦笑する。「珍しいね、ドレスなんて」清那は彼女の周りをぐるりと回り、感嘆の声を上げた。「それは私のセリフ!その水色のドレス、目が覚めるくらい綺麗よ。まさか紗雪がこんな格好するなんて」「ねえ、そのスタイリストってどこの誰?紹介してよ!」彼女は紗雪の腕を掴み、ゆらゆら揺らしながらせがむ。紗雪は苦笑して頷く。「分かった、あとで教えるから。それより、一人で来たの?」周囲を見渡しながら尋ねる。本来なら松尾家の両親も来るはずだ。清那は首を振った。「両親と一緒にきたの。来てすぐあなたと兄さんを探してた。でもまさか紗雪たちの方が遅いなんて」その言葉の途中、清那はこっそり京弥の表情を窺う。――暗い。そしてなぜか、彼の視線は彼女の手元に釘付け。紗雪の腕を掴んでいる手を。瞬間、清那はびくっと手を離し、サッと横へ一歩下がった。――なんで自分が従兄を怯えてる?!親友なのに!突然距離をとった清那に、紗雪は首を傾げる。「どうしたの?急に離れちゃって」清那は引きつった笑いを浮かべた。「な、なんでもない。ちょっと暑いかなって......距離空けた方が風通るし」「え?ここ室内だよ。エアコンも効いてるし、もう秋なのに......」その指摘に、清那は心の中で頭を抱える。――言い訳下手すぎ!でも従兄の機嫌治ってきたし、このまま押し通すしかない。「ほら、こういうドレスって慣れなくてさ。やっぱり普段のラフな服の方が楽だよね」と、自分のパフスリーブを見下ろして小さくため息
京弥は紗雪の隣に立ち、彼女の気分がわずかに沈んだのを察する。「あの人たちのせいなのか?」紗雪は首を振る。「ううん。とにかく今は母を探しに行こう」ここで時間を無駄にしたくなかった。せっかくのパーティーだというのに、まるで見世物の猿のように見られる――そんな状況が耐えられない。こんな無駄な時間を過ごすくらいなら、有益なプロジェクトの話を何件も進める方がマシだ。京弥は静かに頷き、彼女の気持ちを理解したと示す。だが彼は目だけを上げ、周囲で陰口を叩いていた面々の顔をひとり残らず記憶した。後で必ず、片をつける。ここは二川家の縄張り。動けば自分の立場を荒らすことになる。――そろそろ......彼女に自分の正体を話すべきかもしれない。こんなふうに時間だけが過ぎていけば、ますます言い出しづらくなる。もし他人の口から知られてしまえば、彼女はもっと怒るだろう。どうして自分は隠したんだ......後悔が胸を刺した。やり直せるなら、最初から嘘なんてつかなかったのに。だが今更何を言っても遅い。二人は美月を探しに歩き出す。すると、彼女はグラスを手に笑顔で客と談笑していた。目が合った瞬間、紗雪は悟る――今行くべきではない。割り込めば話の流れを壊すだけだし、自分が入る余地もない。次の瞬間――目の光がふっと落ちる。下ろした手がきゅっと握りしめられた。――なぜ緒莉がそこにいる?母の隣に立ち、盛装し、まるで当たり前のように微笑んでいる。挑発だと言わんばかりに。紗雪は動かず、ただ静かに二人を見つめた。緒莉は従順な娘のふりをし、淡いピンクのマーメイドドレスで可憐に飾っている。だがその裏側に潜む蛇の毒を紗雪は知っている。どれだけ見た目が綺麗でも、心は真っ黒だ。京弥も彼女の視線を追い、理由を理解した。――まさかあいつまで連れてくるなんて......このパーティーは、安東家との契約破棄の公表、そして紗雪が後継者であることを正式に示す場。緒莉に関係することなど何一つもないはずだ。なのになぜ?一ヶ月の昏睡、その原因の一端を担った女。すべて美月に説明したはずなのに......まだ分かっていない。京弥の胸に、痛みが走る。大切に守ってきた人が、こんな扱いを受け
「え?でも、普段はこんな見た目じゃなかったよね?」「いつもこうだよ。ただ普段はあまり飾ってないだけ」とその人物が困ったように説明する。その言葉でようやく皆もピンときた。さっきまで「誰だ?」と思っていた女性の正体――紗雪だと気づく。彼女の身元が判明すると、今度は隣の男性に視線が集まる。「そういえば、前から二川家の紗雪は結婚したって噂があったよな。ってことは、彼は旦那さん?」「間違いないでしょ。二川グループには暗黙のルールがあるらしいよ。結婚してからじゃないと家業を継げないって」「そんな決まりがあるの?」「詳しくは知らないけど、今はもう会長代理だし、そういうことなんだろ」「情報が全然出てなかったし......彼、相当な背景ありそう」好奇心はさらに膨らみ、視線が一斉に京弥へ集中する。これまでそんな話は一切漏れてこなかった。もし知っていたなら、皆こぞって紗雪にアピールしていたはずだ。なにせ、二川グループは鳴り城でトップクラス、海外と比べても引けを取らないほど。つまり紗雪と結ばれれば、自分たちも「飛躍」できる。冗談めかして誰かが言う。「そんな条件なら、俺だって婿入りして養われたいくらいだわ」「いや無理でしょ。向こうが選ばないよ」「でもあの男、顔良すぎない?まさか......ヒモ、とか?」その含みのある言い方で、皆は察した。要するに「こいつは顔だけで飯食ってる男だ」と皮肉っているわけだ。しかしここは二川家のパーティー。本人不明のまま悪口に乗るのは危険だ。余計なことを言って火の粉を被るのは誰だって嫌だ。人間とはこういうものだ。損得勘定ははっきりしている。ひそひそ声が広がりかけたその時――紗雪と京弥が視線を向けるだけで、空気が凍り、誰もが口を噤む。彼女が軽く周囲を見渡すと、全員が揃って黙り込んだ。――裏でしか噂できない連中ばっかり。紗雪は心の中で冷笑する。母が言っていた「人脈」とは、まさかこんな人たちのこと?こんなのと仕事するくらいなら、二川グループなんて潰れた方がマシ。安東家と同じだ。せっかく一つ切り離したのに、また同じものを抱え込むなんて――そんなこと、もうごめんだ。
「みんなどうしたの?この人、今日のパーティーを主催してる二川グループの紗雪様じゃない?」その一言に、周囲の視線が一斉に大きく開く。信じられないという顔だ。二川家の次女について多少の噂くらいは知っている。たしかに綺麗だとは思っていたけれど、ここまで人目を惹くほどだっただろうか。まさか、自分たちが何か見落としていたのか――そんな困惑が空気に混じる。互いに顔を見合わせ、言葉が出ない。まさか主催者の娘の顔すら覚えていないとは、客として情けない話だ。だが、そんな視線も気配も、紗雪は一切気に留めていなかった。彼女は隣に立つ京弥へ視線を向け、そっと腕を伸ばし、自然と彼の腕に自分の腕を絡める。寄り添うふたりは、まるで絵画の中の美男美女。美男美女というだけで十分目を引くのに、紗雪と京弥はその中でも別格だ。車を降りてからホールに向かうまで、ずっと周りに視線が集まっていた。紗雪にとっては慣れた光景で、気にするほどのことでもない。しかし、京弥は違った。小さく声を落として紗雪が尋ねる。「大丈夫?こういうの、まだ慣れていないでしょ?」彼女の誘いで来てもらった手前、もし負担になっているなら申し訳ないと感じている。自分は慣れているが、それを周りの人にも求めるのは違うと分かっているからだ。だが、京弥は首を横に振る。紗雪の耳元に顔を寄せて囁く。「平気だよ。紗雪が一緒なら、何も怖くない。俺だって、ちゃんと君を守れるからな」紗雪はふっと微笑んだ。ふたりの空気は柔らかく甘く、まるで周囲が淡いピンク色に染まったかのようで、誰も入り込む隙がない。入り口に着くと、スタッフが紗雪の顔を認め、深く礼をして案内する。ふたりが中へ入ると、パーティー場の全貌が視界に広がった。金燦々と輝き、豪奢な空間。頭に浮かんだ言葉は「壮麗」だった。スタッフが言う。「紗雪様、こちらへどうぞ。会長がお待ちです」紗雪は軽く頷き、理解の意を示す。京弥と寄り添ったまま歩みを進めると、すでに多くの客が集まっていた。視線を走らせれば、知っている顔も初対面も一瞬で判断できる。頭の中では既に整理が済んでいた。ふたりが扉を開けた瞬間、場の視線が一気に集まる。そして、そのあまりに整った容姿にざわつきが起きる。「え
そう考えたところで、京弥は首を振った。やはり自分の考えが狭すぎた、と。我に返った時には、紗雪はすでに車を降りる準備をしていた。京弥は慌てて先に降り、車の前を回って反対側へ向かう。紗雪もその動きを見て、特に何も言わず車内で待った。彼が車の後部座席のドアの前に立った瞬間、その姿は周囲の視線を一気にさらった。紺青のスーツに長身。髪はオールバックに整え、鋭い眉と深い眼差し、通った鼻筋――たった一目で、誰の記憶にも焼き付くような男。その姿を見た人々はざわつき始める。「こんな人、今まで見たことないわね」「もし見てたら、絶対忘れないわよ」「かっこよすぎ......」稀に見る美形と、自然と滲む圧倒的な存在感。視線はその男に釘付けになり、次に気になるのは――彼の同伴者。まさかの人物が出てきたらしい。彼は後部座席のドアを開ける。すると、すらりと伸びた白く華奢な脚が現れ、淡い水色のハイヒールがキラリと光った。その一瞬で、周囲の空気が変わる。呼吸を呑む音がそこかしこで聞こえた。「......なにあの脚、現実?」「これだけで一年は眺められる」ざわめく周囲。京弥は気づいていないわけではない。だが、ここは紗雪が輝く場所。引いていい場面ではない。自分が足を引っ張ることだけは、絶対にあってはいけない。彼は手を差し出す。紗雪は迷いなく、その手に自分の指を添えた。細く白い指先が、男らしい手の甲に触れた瞬間、周囲の視線が一気に熱を帯びる。――いったい、中に座っていたのは誰だ?期待と興奮が膨らむ中、二人はまるで他の誰もいないかのように落ち着き払っていた。京弥はただ、紗雪を守るように寄り添い、周囲の欲に満ちた視線から彼女を遮ろうとしている。そして、彼女が車から降り立った瞬間、周囲は一斉に息を呑んだ。見覚えのある華やかな顔立ち。だが、あまりに完璧な登場に脳が追いつかない。「え、あの人......」「知ってる......だけど、オーラありすぎて一瞬わからなかった......!」ただ登場しただけで、場の空気が一変した。誰もが目を奪われる、堂々とした美しさ。
紗雪は、自分の頬が真っ赤に染まり、身体までほんのり熱を帯びているのをはっきり感じていた。けれど目の前の男はというと、乱れた呼吸と、彼女の口紅がうつったせいで少し赤みを帯びた唇以外、むしろ先ほどより精悍に見える。思わず紗雪は小声でぼやいた。「メイクしたばっかりなんだから、少しは我慢できないの?」京弥は気まずそうに鼻先を触り、気に入られようと彼女にそっと近づいた。紗雪は呆れ顔で言う。「バッグ、よこして」彼もすぐに意図を理解した。要するに、化粧直しだ。紗雪は手鏡を取り、顔をチェックする。幸い、まだリカバリーできそうだ。スタイリストが使ったコスメは一流品で、キープ力も抜群。唇の色が少し薄くなったのと、髪が少し乱れたくらいで、大きな崩れはない。簡単に整えると、すぐにいつもの完璧な姿に戻った。そんな彼女に京弥はおずおずと近寄る。紗雪は思わず身を引いて言った。「もうすぐ会場に着くよ。もう変なことしないで」その焦った様子に、京弥は思わず笑いをこぼす。「ただ髪を直してやろうと思ったのに」それを聞いて紗雪は少し安心し、前のめりに顔を近づけた。「じゃあ、お願い」会場に着く前に細かいところを確認したかったのだ。京弥は彼女の額にそっとキスを落とし、優しく微笑む。「これでよし。さっちゃんも、そんなに緊張しないで」その一瞬のキスに、紗雪は呆然と固まってしまう。耳まで真っ赤に染まり、声が上ずった。「もう、いいから。そろそろ降りる準備しよう」京弥は「うん」と短く答え、唇を軽く拭った。前席の吉岡は、ようやく安堵の息をつく。彼はわざと遠回りして運転していたのだ。紗雪が男に気を取られるような人ではないと信じてはいたが、もし途中で車を止めてしまえば、後部座席の雰囲気を壊しかねない。吉岡は馬鹿ではない。そんなことをすれば真っ先に怒られるのは自分だ。給料を減らされる可能性だってある。だから、少しでも上機嫌でいてもらえるように、慎重に時間を稼いでいたのだ。やがて、後ろの二人が落ち着いたのを見計らって声をかける。「到着しました」それを聞き、紗雪は短く答えた。「ありがとう、吉岡」そして隣の京弥に目をやり、小声で言う。「さあ、降りましょう」――もうふざけない