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第368話

Author: レイシ大好き
このところ、伊澄はずっとおとなしくしていて、紗雪の生活を邪魔するようなことも一切していなかった。

紗雪が帰ってきた時も、自分から進んで部屋に引っ込んでいた。

ほんの一瞬、紗雪と目が合っただけで、すぐにウズラのように首をすくめて部屋に戻っていく。

最初のうちは紗雪も少し不思議に思っていたが、だんだん慣れてきたら、それも特に気にならなくなった。

どうやらこの期間、伊澄はかなり大人しくしていたようで、このまま部屋にいさせておくのも、案外悪くないのかもしれない。

結局のところ、彼女にとって伊澄は「敵」と言ってもいい存在だ。

目の届くところに置いておけば、何か動きがあった時にすぐに気づける。

そう考えると、あの時彼女を追い出さなかった判断は、今となっては正しかったように思える。

やはり、敵は側に置いた方が安全だ。

どこで何をしているか分からないより、ずっとマシだ。

紗雪はそう考え、そう行動していた。

わざわざ伊澄の行動を監視していたわけではないが、彼女が何か動けばすぐに分かる状況ではあった。

最近の伊澄はとてもおとなしく、出勤と帰宅以外は特に目立った行動もなかった。

そんなある日、伊澄が部屋を出てきて、誰もいないリビングを一周ぐるりと見渡し、めちゃくちゃに散らかったキッチンを目にして、目つきが急に険しくなった。

本当に性格の悪い女。

人に迷惑かけることしかできないなんて。

一体、彼女は何のためにこんなことをしているの?

京弥も彼女のことが結構好きというのに、

料理なんてして見せて、どうせまた気を引こうとしてるだけでしょ。

新しい誘惑の手段ってわけ?

伊澄はキッチンの中をぐるぐる見て回り、紗雪がどうやら料理を作ろうとしていたことを察した。

だが、それは結局失敗に終わったらしい。

......ん?

ふと、伊澄の中に違和感がよぎる。

紗雪と京弥の関係が、あまりにも平凡すぎる気がしたのだ。

それに、紗雪はまるでお金を使うのを惜しんでいるような態度で、京弥の本当の実力についても何も知らないようだった。

まさか......

伊澄の目が大きく見開かれた。

そして、彼女の頭にふとある「アイデア」が浮かんだ。

もしかしたら、それを使えば紗雪と京弥を一気に追い詰めることができるかもしれない。

いや、それどころか。

京弥を自分の思い通り
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