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第649話

Author: レイシ大好き
今となっては、京弥を外へ誘い出すのは問題ではない。

あとは辰琉が無事に中へ入り、薬を注射するだけでいい。

そう思うと、緒莉の声色も自然と弾んだ。

続けて、緒莉は自分の計画をすべて美月に伝える。

「まずお母さんが京弥に電話して。彼が出なかったら、その時は私にかけ直して」

「緒莉は椎名くんのところに行くの?」

緒莉はこくりと頷いた。

「そう。だからお母さんが私に電話をつないだら、私がそのまま京弥に渡すつもり」

美月は少し考えた。

この方法なら、確かにできるかもしれない。

ちょうど彼に聞きたいことも山ほどある。

娘はたった一人しかいない。

その娘を連れて行こうとしている、この男は一体何者なのか。

もし本当に娘を騙していたのなら、たとえ自分の命を懸けても、絶対に許さない。

緒莉と美月は段取りを整えると、電話を切る準備をした。

「じゃあ、お母さん、椎名に電話するのを忘れないでね。私は先に病院で待ってるから。

もし何かあったら、すぐ私に電話して。そしたら私がそのまま京弥に渡すから」

緒莉はふっと笑った。

「お母さんだって、彼に聞きたいこと、きっといっぱいあるでしょ?」

美月は娘のそんな熱心さに、特に何も言わなかった。

今回はこの子がここまで気を回してくれている。

なら、自分が言うこともないだろう。

手助けしてくれるならそれが一番いい。

たとえ役に立たなくても、紗雪の様子を知れるだけでも十分だ。

それなら悪くはない。

美月はもともと人より少し冷静で、考えも単純だ。

だからこそ、この短期間で経験した数々の出来事にも、何とか耐えてこられたのだ。

すべては、これまでの経験があったから。

それが彼女をここまで成長させた。

そうでなければ、とてもやっていけなかっただろう。

電話を切った緒莉は、急いで病院へ向かった。

向かう途中で、辰琉にも【今は軽率に動かないで】とメッセージを送る。

何しろ、薬は一本しかない。

もしバレたら、すべてが無駄になる。

次にこんな好機はないかもしれない。

無駄にするなんてもったいない。

緒莉の頭の中は、「バレて薬が無駄になる」ことだけでいっぱいだった。

辰琉の身の安全など、考えもしない。

むしろ、彼の存在自体を薬よりも後回しにしていた。

そう思うと、緒莉の唇にはゆっくりと笑みが浮かんだ。
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