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第652話

Author: レイシ大好き
冷酷さや反抗的な気配は薄れ、代わりに素直さが滲み出ていた。

それは誰もが認める変化だった。

そして、スマホ電話は京弥の傍らに置かれていた。

普段、休むときは常にマナーモードにしているため、音が鳴ることなどまずありえない。

この病室に付き添うようになってからも、彼はできるだけ物音を立てず、静かに部屋へ入っていた。

紗雪の眠りを妨げたくなかったからだ。

紗雪は昏睡状態にある。

それでも京弥は、彼女を「病人」としてではなく、いつも普通の人として接していた。

今も、彼はベッドに突っ伏し、毎日点滴で命を繋ぐ彼女を見つめながら、胸が締め付けられる思いでいた。

だが、今の彼にできることは、そばで寄り添うことだけだ。

他のことは、まだ何一つ決められずにいた。

病室の光がやや暗いことに気づき、彼はカーテンを開け、窓を開けて換気をした。

ところが、その行為が思わぬ影響を及ぼすことになる。

辰琉にとって、空気が入れ替わったことで身動きがずっと楽になったのだ。

そんなこと、京弥は思いもしなかった。

ただ、少しでも部屋の空気を良くしたい――

それだけだったのに、善意が裏目に出てしまった。

紗雪を抱き寄せようとベッドへ戻ろうとした瞬間、「コンコン」とドアを叩く音が響いた。

スマホを手に取り確認すると、美月からの着信が何件も入っていたことに気づく。

もっとも、彼は美月を拒否設定していたわけではない。

単に、さきほどまで休んでいただけだ。

外界の騒音に構っている余裕などなく、むしろ煩わしいと感じていた。

そんな暇があるなら、医師たちに一刻も早く薬の開発を進めさせたい。

このまま時間だけが過ぎるのは、どう考えても最善ではない。

紗雪の身体機能が徐々に低下していることは、京弥自身、痛いほどわかっていた。

彼女は本来、元気で健やかな女性だったのに、ありもしない病のせいで、こんな姿になってしまったのだ。

当の本人はもちろん、傍らで見守る彼にとっても、到底受け入れられるものではなかった。

だが、医師を急かす以外に打つ手がない。

まるで、笑い話のようだ。

外からのノックが、さらに強く、急かすように響いた。

京弥は美月に折り返し連絡せず、そのままドアの方へ歩み寄り、勢いよく開け放った。

そこに立っていたのは、緒莉だった。

彼の顔が、一瞬にして冷え切
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