Share

第1116話

Author: レイシ大好き
「わかりました」

紗雪は安心したように頷く。

吉岡の仕事ぶりには、いつも信頼を置いている。

彼は長年ずっとそばで支えてくれていて、これまで一度も大きなミスはなかった。

だから今回も心配していない。

それに、吉岡のセンスはずっと良かった。

まさに何年もの阿吽の呼吸。

いろんなことを乗り越えるたび、その信頼は深まっていった。

紗雪が離れていくのを見送りながら、吉岡は彼女の背中に向かって力強く頷いた。

――やっぱり、誰に付いて働くかって大事だ。

価値観のまっすぐな人こそ、自分の上司にふさわしい。

彼女のそばで働くと、学べることもある。

年齢は関係ない。

学び続ける姿勢さえあれば、人はずっと成長できる。

吉岡は小さく頭を振り、仕事へと戻っていった。

一方その頃、紗雪は美月のオフィスの扉を開けていた。

手ぶらではと思い、南の土地のプロジェクト契約書を持参してきたのだ。

良いニュースでもあるし、パーティー前に一つ喜びを伝えよう、と。

美月は彼女を見ると、以前より少しだけ柔らいだ表情を見せた。

茶をひと口飲み、落ち着いた声音で言う。

「どうして呼ばれたか、分かる?」

紗雪は首を振る。

「今夜のパーティーが始まるのよ」

美月はまっすぐ視線を向けてくる。

「準備は整っているのかしら?」

紗雪は少し戸惑う。

「何か準備が必要でしたか?」

出席するだけじゃだめなのだろうか、と首をかしげる。

美月は不満そうにカップを置いた。

「こう言ったら分かるでしょう。今夜は婿さんも連れて来なさい。

こういう大きなパーティーこそ、婿が顔を出す絶好の機会なんだから」

その言葉に、紗雪はようやく息を吐き、安堵した。

てっきり何か大事なことを忘れているのかと焦ったが、そうではなかった。

ソファに腰を下ろし、真剣に返す。

「その件は既に彼に伝えてあります。時間になれば彼が迎えに来ますので、ご心配なく」

だが美月の表情は微妙に曇る。

――今の返事、自分が余計なこと言ったみたいじゃない。

そう感じたらしく、機嫌が悪くなったようだ。

先ほどまで普通に話していたのに、突然空気が変わる。

紗雪は一瞬戸惑う。

次の瞬間、美月は軽く頷き、どこか投げやりな声で言った。

「分かったわ。私はただ、紗雪が呼び忘れてるんじゃないかって。どうやら余計なお世
Continue to read this book for free
Scan code to download App
Locked Chapter

Latest chapter

  • クズ男と初恋を成就させた二川さん、まさか他の男と電撃結婚!   第1116話

    「わかりました」紗雪は安心したように頷く。吉岡の仕事ぶりには、いつも信頼を置いている。彼は長年ずっとそばで支えてくれていて、これまで一度も大きなミスはなかった。だから今回も心配していない。それに、吉岡のセンスはずっと良かった。まさに何年もの阿吽の呼吸。いろんなことを乗り越えるたび、その信頼は深まっていった。紗雪が離れていくのを見送りながら、吉岡は彼女の背中に向かって力強く頷いた。――やっぱり、誰に付いて働くかって大事だ。価値観のまっすぐな人こそ、自分の上司にふさわしい。彼女のそばで働くと、学べることもある。年齢は関係ない。学び続ける姿勢さえあれば、人はずっと成長できる。吉岡は小さく頭を振り、仕事へと戻っていった。一方その頃、紗雪は美月のオフィスの扉を開けていた。手ぶらではと思い、南の土地のプロジェクト契約書を持参してきたのだ。良いニュースでもあるし、パーティー前に一つ喜びを伝えよう、と。美月は彼女を見ると、以前より少しだけ柔らいだ表情を見せた。茶をひと口飲み、落ち着いた声音で言う。「どうして呼ばれたか、分かる?」紗雪は首を振る。「今夜のパーティーが始まるのよ」美月はまっすぐ視線を向けてくる。「準備は整っているのかしら?」紗雪は少し戸惑う。「何か準備が必要でしたか?」出席するだけじゃだめなのだろうか、と首をかしげる。美月は不満そうにカップを置いた。「こう言ったら分かるでしょう。今夜は婿さんも連れて来なさい。こういう大きなパーティーこそ、婿が顔を出す絶好の機会なんだから」その言葉に、紗雪はようやく息を吐き、安堵した。てっきり何か大事なことを忘れているのかと焦ったが、そうではなかった。ソファに腰を下ろし、真剣に返す。「その件は既に彼に伝えてあります。時間になれば彼が迎えに来ますので、ご心配なく」だが美月の表情は微妙に曇る。――今の返事、自分が余計なこと言ったみたいじゃない。そう感じたらしく、機嫌が悪くなったようだ。先ほどまで普通に話していたのに、突然空気が変わる。紗雪は一瞬戸惑う。次の瞬間、美月は軽く頷き、どこか投げやりな声で言った。「分かったわ。私はただ、紗雪が呼び忘れてるんじゃないかって。どうやら余計なお世

  • クズ男と初恋を成就させた二川さん、まさか他の男と電撃結婚!   第1115話

    京弥は、長いあいだ守ってきたウサギが、ようやく自分から動き出したことに、心の底から幸せを感じていた。急いでシャワーを浴びてから、すぐに部屋へ戻る。今夜は、どうしたって眠れそうにない。月でさえ、こっそり雲の奥に隠れてしまい、顔を真っ赤にして、雲間から甘い恋を覗き込んでいる。*翌日。紗雪は二川グループへ向かった。会社に入った瞬間、社内全体を包むような浮き立った空気を感じる。しかし理由までは分からない。ちょうど以前の同僚・円が前から歩いてきた。紗雪は軽く頷き、挨拶代わりとする。ところが円は、彼女を見るなりどこか興奮したような表情だった。紗雪は首をかしげ、頬に手を当てながら尋ねる。「もしかして、私の顔に何かついてる?」円は慌てて首を振り、そうじゃないと示す。「ただ、お祝いを言わなきゃって思って」紗雪はますます分からなくなる。「何のお祝い?」「ふふ、今夜になれば分かりますよ」円は軽く手を振り、すぐに理解するからと言った。周りの社員たちも、敬意やら嬉しさやら入り混じった目で彼女を見ている。それを見て、紗雪は少し困惑したが、深追いはしなかった。――たぶん、今夜のパーティーが楽しみなんだろう。そう思うと別に不思議でもない。もし自分が長く働いていて、突然豪華なパーティーがあったら、そりゃあ嬉しい。そう考えると、紗雪は自然に微笑んだ。「みんな、今夜は思いっきり楽しんで。遠慮しなくていいから」「やったー!ありがとうございます、紗雪さん!」「そうそう、たまには息抜きしないとね」「一番嬉しいのは、うちの紗雪さんなんじゃない?」周囲の声が次々と響く。紗雪は一瞬聞きそびれたが、特に気にせず、仕事に戻った。――やっぱり、普段のプレッシャーが大きすぎるんだな。そう思い至り、少し休みをあげたほうがいいかもしれないと考える。ずっと働きっぱなしじゃ良くない。席に着いて間もなく、吉岡がやってきた。「紗雪様、会長がお呼びです」紗雪は意外に思う。――さっき座ったばかりなのに、どうして?「理由は?」吉岡は首を振る。「自分で行って確認してほしいとだけ」資料を置き、紗雪は立ち上がった。パーティー前だ、今は余計な問題は起こせない。二川家の顔に関わ

  • クズ男と初恋を成就させた二川さん、まさか他の男と電撃結婚!   第1114話

    彼女には分からなかった。答えなんて最初から決まってるのに。その瞬間、京弥の機嫌は一気に良くなり、紗雪の言葉にすぐさま言い返す。「俺も、他の人に譲る気はない。君のパートナーは俺だけだ」真剣そのものの表情で言い張る姿は、どこか子どもっぽい。端正な顔立ちなはずなのに、今はすっかり拗ねた少年みたいだ。ただひたすら彼女を見つめ、頑なに答えを求める。紗雪は思わず吹き出してしまう。「うん。京弥しかいないよ」その言葉に、京弥の表情がようやく緩む。胸の奥までふっと温かくなるのを感じた。「明日のパーティー、何か準備いる?」「鳴り城の企業トップが大勢来るから、フォーマルな格好で行くほうがいいと思う」紗雪が考えながら答える。京弥もそれは納得だったが、ふと気になった。――上層の人間が多い。余計なことを言われたりしないだろうか。まあいい、臨機応変でいくか。彼の正体を知っている会社なんてほとんどない。匠に少し根回しさせれば問題ない。「じゃあ明日は会社まで迎えに行く。何時にする?」「夜六時開始だから......午後四時でいいかな。ヘアセットするから」「了解」夕食を終えると、京弥は皿を食洗機に入れる。その背中を見ているだけで、紗雪は幸福感に包まれた。――やっぱり、家庭のことをちゃんとできる男じゃないと。そういう人とじゃないと、人生は続いていかない。どうして以前はそれに気付けなかったのだろう。二人でいると、衝突は多かった。なのに向き合おうとせず、いつも問題を放置して、時間に任せてしまった。そのことを思い出すと、胸の奥が少しだけ苦くなる。あの三年間の空回りは、一体誰が責任を取ってくれるのだろう。結局、全部自分で乗り越えるしかない。過去の自分と折り合いをつけていくしかない。それが、当時見えていなかった答えだった。今は気づけた。そう思うだけで、身体がふっと軽くなる。多角的に見ること。生活も同じで、そうしてこそ二人は続いていく。片付けを終えた京弥が手を拭いて戻ってくる。顔を上げた瞬間、紗雪がまるで恋する乙女みたいな目でこちらを見つめていて、彼は思わず固まった。「え......?俺の顔に何かついてるのか?」「ついてるよ」紗雪は笑って言った。「

  • クズ男と初恋を成就させた二川さん、まさか他の男と電撃結婚!   第1113話

    それとも、ただ言い忘れていただけなのか。そう思った瞬間、京弥の薄い唇がきゅっと固く結ばれる。胸の奥が少しざらつくような不快感が生まれた。夜。帰宅したとき、紗雪はまだ戻っていなかった。気持ちは穏やかじゃなかったが、それでも足をキッチンへ向け、夕食の準備を始める。彼は、こういう気持ちを表に出すタイプではない。そしてよく分かっていた。ここまで来るのに二人はあまりにも苦労してきたことを。こんなことで関係を冷やすなんて、自分たちにとって損でしかない。そんな必要もない。今の京弥は、紗雪に強く当たることなんてできない。自分の気持ちは分かっている――些細なことで喧嘩したくないし、距離ができるのも嫌だ。しばらくして、玄関のほうから物音がする。一瞬だけ手を止めたが、出迎えには行かず、そのまま手元の作業に集中した。「今日は何作ってるの?」弾む声が聞こえ、京弥は短く返す。「今日は茶漬け。あと、おかずもちょっと。このところ忙しかっただろう?ろくに食べてないと思って」その言葉に、紗雪の胸にじんわりと温かさが満ちた。最近の京弥の変化は、彼女もちゃんと見ている。こんなふうに気遣ってくれる人を手に入れたことが、嬉しくて仕方ない。ほどなく料理が並べられ、紗雪は思わず顔をほころばせた。「遠慮なくいただくね」「もともと君のために作った料理だ。遠慮する必要はない」紗雪は彼を席に呼び、京弥も素直に腰を下ろす。ちょうど話したいこともあった。座るや否や、紗雪が彼のお皿におかずを乗せる。京弥は少し照れたように言う。「自分のを食べればいいよ」「京弥にも、私の好きな味を知ってほしいの」頬をほんのり赤くして言うその一言。それだけで、京弥の胸は一瞬で打ち抜かれた。いつも自分のほうが率直なのに、今日は彼女が珍しく積極的。拒む気なんて起きるはずがない。素直に口に運び、期待を浮かべた彼女の瞳を真っ直ぐ見てうなずく。「俺の腕、なかなかだろ」紗雪は吹き出しながら笑う。「確かにおいしいけど......自分で言うと図太く聞こえるわよ?」二人は目を合わせて笑う。空気は柔らかく、心地よい。用意していた問いも、彼女の顔を見た瞬間、霧のように消えた。――まあ、あのパーティーとやら

  • クズ男と初恋を成就させた二川さん、まさか他の男と電撃結婚!   第1112話

    加津也の瞳に、危うい光がかすめた。ここまでいろいろ見てきて、結局は自分で掴みに行かなければ何も手に入らないと、ようやく思い知ったのだ。とくに女ってやつは、絶対に調子に乗らせちゃいけない。初芽がその最たる例だ。あれだけ良くしてやったのに、平気でほかの男を探しに行くなんて。こんなの、誰だって耐えられるわけがない。*椎名グループ。京弥は書類を処理していた。そこへ匠がノックして入ってくる。家とはまるで別人のように、京弥は会社では一切の柔らかさを見せず、近寄りがたい冷気をまとった機械みたいだった。その姿に、匠は心の中でしみじみと思う。紗雪の前にいた時の京弥が懐かしい。あの頃はちゃんと人間みたいに喋っていたし、社員たちにも笑顔を見せることさえあった。今やこれだ。以前とは完全に別物。――もっとも、文句なんて言えないけど。「社長、ご指示いただいた件、全部終わっています」匠は続けた。「後は柿本氏が奥様と契約を結ぶだけです。ただ、具体的な日程は奥様次第でして」「分かった」京弥は顔も上げず、目の前の書類に視線を落としたまま淡々と言う。匠は余計なことは言わず黙った。やっぱり奥様のこと以外、社長の興味はほとんど湧かないらしい。「紗雪の方は日程決まったか?」京弥がふいに口を開く。紗雪がこの件で気を揉んでいたことを思い出した。早く片付けば、少しは気が楽になるだろう、と。匠は少し考えてから首を振った。「柿本氏は、パーティーの後だと言ってました。今週、二川家がパーティーを開くでしょう?だから奥様も、ひと段落してから契約を結ぶつもりなんじゃないでしょうか。そうすれば、後のプロジェクトも慌てずに済みますし」京弥はペンを置き、じっと匠を見た。その視線に、匠はぶわっと鳥肌が立つ。「パーティー?」突然の問いに、匠はびくりと肩を揺らす。訳が分からず、気まずそうに答えた。「二川グループが開く、安東グループとの協力解消の発表を兼ねたパーティーです。詳しいことは......私もよく分かりませんが」京弥の眉間が冷たく険しくなる。匠はますます訳が分からない。自分は何かまずいことでも言ったのだろうか。だが京弥の頭の中は別のことでいっぱいだった。――紗雪がそんな話、一

  • クズ男と初恋を成就させた二川さん、まさか他の男と電撃結婚!   第1111話

    自分がこれまで前もって費やした努力は、結局のところ紗雪には敵わなかったということか?一体あの女はどんな手を使ったのか。まさか敦のような老獪な男まで、平気で会いに行くとは。加津也の胸中では、紗雪への悪意ある想像が膨らんでいく。――どうせ、まともじゃない手を使ったに違いない。あの顔立ちは、男に媚びるためのものだろう。そう考えた瞬間、彼の目はさらに暗く翳った。横にいた秘書は震えて一言も発せず、ただ彼の機嫌に怯えている。――この人......どうして今まで気づかなかったんだろう。最近、社長の機嫌はますます不安定になっている。加津也はふと顔を上げ、目の端に秘書の姿を捉えると、苛立ちが一気に爆発した。「なに突っ立ってるんだ」手を払うようにしながら言う。「残りの時間は全部、柿本を監視しろ。動き一つ残さずだ。二川グループと少しでも密に動けば、すぐ報告しろ」「はい。分かりました」秘書は怯えた目で彼を見上げ、唇を噛みしめたまま反論すらできない。今の彼の怒りに触れれば、自分など簡単に潰される。今できることは、ただ彼の望む通りに動くことだけ。欲しがるものは何であれ、即座に手に入れて差し出すしかない。加津也は、従順に黙り込む秘書を見て、少しだけ気が晴れた。やはり皆が自分に従ってこそ、気分がいい。「出ろ。用もないのに来るな」その言葉に、秘書は救われたように息を吐き、逃げるように部屋を出た。最近の彼の気分の浮き沈みは手が付けられない。どうすれば機嫌が良くなるのか、もうパターンすら読めない。だから、慎重に、さらに慎重に動くしかないのだ。一人残された加津也は、胸の中に澱のような怒りを抱えたまま、何かが裏で動いている気配を感じていた。自分がコントロールできない大きな手が、全てを操っているかのようだ。だが今の自分にできるのは、敦を徹底的に監視し、紗雪と距離を置かせることだけ。机に広がる書類を睨みつける視線は、ますます陰険さを帯びていく。もし本当に紗雪が汚い手を使ったのなら──必ず暴いてやる。こんなこと、簡単に済ませるつもりはない。これが自分のやり方だ。それに、あの女は何度も自分を刑務所送りにした。そろそろ反撃の時だ。相手の弱みを掴めば、二度と逃がしはしない。そう

More Chapters
Explore and read good novels for free
Free access to a vast number of good novels on GoodNovel app. Download the books you like and read anywhere & anytime.
Read books for free on the app
SCAN CODE TO READ ON APP
DMCA.com Protection Status