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第655話

Author: レイシ大好き
紗雪は病床に横たわり、隣にある心電図モニターには明らかな波形の変化が映し出されていた。

まるで悪夢に囚われているかのように――

いや、実際その通りだった。

この半月のあいだ、紗雪は長い夢を見続けていた。

誰にも見えない場所で、彼女は必死に茨を切り開きながら成長していたのだ。

視界が少しずつ紗雪の脳裏へと引き寄せられていく。

そこでは今、幼い頃の自分と対面していた。

走馬灯のように――

紗雪は、傍観者の立場で自らの一生を振り返ることになる。

そこから先は、紗雪の脳内に広がる記憶だった。

二川家。

プールサイド。

三人の小さな子供たちが、水辺で無邪気に遊んでいる。

もともとは、幼い紗雪と幼い清那の二人で遊んでいた。

そこへ、後から緒莉が加わったのだった。

最初、二人はそれに気づいていなかった。

緒莉が二人の前に立ったとき、ようやく紗雪と清那は顔を見合わせ、驚いた。

緒莉は、少し恥ずかしそうにスカートの裾を握りしめ、言った。

「わたしも一緒に遊んでいい?」

紗雪と清那は目を合わせ、

「もちろんいいよ!」

清那が先に口を開いた。

もともと疑うことを知らない子だったうえ、緒莉の方からお願いされたのだから、気にも留めなかったのだ。

だが、そのときの幼い紗雪の胸には、言いようのない違和感が広がっていた。

緒莉は、普段なら自分から近づいてこない。

ましてや、清那が一緒にいるときなんて、なおさらだ。

それだけで、幼い紗雪には不思議で仕方なかった。

一方、その光景を見つめる「今の」紗雪は、もどかしさで胸が張り裂けそうになっていた。

この緒莉、骨の髄まで意地悪なんだ。

清那が自分と遊んでいるのが羨ましくて、わざと「一緒に遊ぶ」と言い出したのだ。

その目的は――彼女をプールに突き落とすため。

実際、あのときのせいで風邪をひき、長いあいだ苦しむことになった。

それがきっかけで、清那の中で緒莉への印象も変わり、「思ったほど善良じゃないのかも」と思い始めたのだった。

けれど、当時の小さな二人には、そんな事実など知る由もない。

ましてや、緒莉を拒む理由もなかった。

今の焦る紗雪は必死に叫んだ。

「だめ!その子は悪い子よ!

二人で遊んで!緒莉のことなんて相手にしないで!

あの子は企みがあって近づいてきたのよ!」

声が枯れる
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