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第82話

Author: レイシ大好き
そうだ、彼女は書類を届けに来たのだ。

椎名とのプロジェクトこそが最優先事項であり、他のことは二の次。

優先順位を見失ってはいけない。

それに、ほんの一瞬の出来事だった。

紗雪は、自分が見間違えた可能性があるのではないかと疑った。

しかし京弥の顔立ちを、彼女が見間違えることなどあるだろうか?

ふと、紗雪の脳裏にあることがよぎった。

椎名グループの名は、京弥の「椎名」と同じだ。

このことに思い至ると、紗雪は目を細めた。

不思議なほど、多くの出来事が偶然とは思えなくなってきた。

彼女の記憶の中にあるのは、

母の誕生日会での京弥の豪胆な振る舞い、そしてあの本物の玉の瓶。

辰琉でさえ大金を積んで手に入れたのが偽物だったことを考えれば、

本物の玉の瓶がどれほどの価値を持つのかは想像に難くない。

椎名家は確かに裕福だが、それでもあれほどの金額を出すことはそう簡単ではないはず。

紗雪は考え込んだまま、15階の会議室へと向かった。

もしかしたら、本当に見間違えただけなのかもしれない。

だが、次の瞬間。

「チン」

エレベーターの扉が開いた。

紗雪が顔を上げると、彼女の視線はある人物の瞳に吸い込まれた。

足が、ぴたりと止まる。

エレベーターの外、

人々の中心に立つ京弥が、漆黒のスーツ姿で彼女を見つめていた。

洗練された装いは、彼の凛々しさと気品をより際立たせている。

そして、彼の瞳には熱を帯びた感情が宿り、

彼女には到底、読み解けない何かが滲んでいた。

「きょ、京弥さん?どうしてここにいるの?」

先に声を発したのは紗雪だった。

京弥が椎名にいる。

それは本当にただの偶然なのか?

それとも、彼と椎名の社長には、何かしらの繋がりが?

紗雪の目には、探るような色が浮かぶ。

その意図を察したのか、京弥の瞳が一瞬だけ暗く揺れた。

そして彼は、周囲の者たちに無言の視線を送る。

傍らにいた匠が、素早く社内チャットにメッセージを打ち込んだ。

【ボスの正体をバラすな】

京弥の趣味は妻とのロールプレイ。

優秀な部下であれば、それに無条件で協力するのが当然である。

人々の間を抜け、京弥はゆっくりと紗雪の前に立つ。

そして、冷静な声で説明を始めた。

「うちの会社と椎名は、多少の取引がある。だから、形だけの顔出しに来ただけだよ」

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