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第901話

Author: レイシ大好き
「わかりました。必ず全力を尽くします」

そう言って、優奈は孝寛に色っぽい視線を投げかけた。

明らかに、さきほどの出来事に二人とも満足していた。

孝寛はただ口元に笑みを浮かべただけで、何も言わなかった。

女というのは、甘やかしすぎればすぐに図に乗る。

その理屈をよく理解しているからこそ、孝寛はこういう女にはどんな態度で接すればいいのか心得ていた。

大企業を仕切る以上、ある程度の冷徹さは欠かせない。

今最も重要なのは、辰琉がどこの刑務所にいるのかを突き止めることだ。

早く引き出さなければ、この会社自体が危うい。

もし美月が資金を引き上げれば、被害はさらに大きくになる。

それに、安東と二川を比べれば、当然ながら二川という老舗の方が格は上だ。

比べられれば比べられるほど、安東の立場は弱い。

だからこそ、孝寛は一刻も早く辰琉を連れ戻す必要があると考えていた。

このまま引き延ばすわけにはいかない。

美月の提示した条件は明白だ。

彼女に説明をしなければならない。

だが、今となってはどう言い繕えばいいのか、まったく見当もつかない。

結局のところ、辰琉こそが一番の鍵を握る存在だ。

それ以外に打てる手など、孝寛には思いつかなかった。

だが、ただ黙って死を待つなど到底できない。

この会社は自分が一から築き上げ、長年連れ添ってきたものだ。

他人に差し出すことも、倒産を見届けることも、絶対に受け入れられない。

ならば、あの逆子を差し出すしかない――

他に方法はもう残されていない。

一方その頃、孝寛と一夜を過ごした優奈は、まるで羽が生えたように軽やかな足取りで歩いていた。

周囲を見渡す目つきも、どこか人を見下すようなものに変わっていた。

愚かな人たち。

死ぬほど働いたところで、社長に取り入る一度には及ばない。

無駄なことをして、何になる。

そう思うと、ますます胸がすく。

彼女にとっては、孝寛と関係を保っていさえすれば、将来に何の不安もなかった。

優奈は顎を上げ、堂々と歩いていた。

だが、そんな彼女を快く思わない者もおり、ひそひそと声が上がった。

「ねぇ、この人......なんだか様子がおかしくない?」

その一言に、周囲も首をかしげ始める。

確かに、以前の優奈も嫌味なところはあったが、今ほど傲慢ではなかった。

「そうだよ。も
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