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第953話

Author: レイシ大好き
電話のベルがせわしなく鳴り響くたびに、匠の胸までざわつき、落ち着かなくなる。

このタイミングで、社長が電話をかけてくる理由とは一体何だ。

彼は受話器に手を伸ばしたものの、その右手は受話器の上で長く宙づりになった。

頭の中では「取るべきか、取らざるべきか」がぐるぐると渦巻き、妙な不安が胸を支配する。

そしてもう一つ――

何か大事なことを見落としている気もする。

その「何か」が思い出せず、指先は電話機の上で固まったままだ。

そんなふうに逡巡しているうちに、着信音はぷつりと途切れた。

その瞬間、匠の心臓も一緒に止まった気がした。

頭に浮かんだのは、たった一言――

終わった。

電話に即座に出なかった。

京弥がこれで黙っているはずがない。

そう思った矢先、まるで予想をなぞるように、彼の執務室の扉がノックされた。

びくりと椅子から飛び上がりかけた匠は、体勢を整える間もなく声を聞く。

「井上さん、いらっしゃいますか?」

何度か深呼吸して心を落ち着かせたあと、匠は外に向かって答えた。

「はい。何か」

中に入ってくる様子はなく、扉越しに用件だけが告げられる。

「井上さん、社長がすぐに来るようにとのことです。急ぎで、との伝言です」

そして相手は、親切心からか一言付け足した。

その声音からも、社長の機嫌が良くないのは明らかだった。

その言葉を聞いた瞬間、匠の背筋はさらに冷え込む。

終わりだ、本当に今回はまずい。

たった一度電話を取り損ねただけでこの事態。

どう考えても、軽く済むようなことではなさそうだった。

彼は慌ただしく執務室のドアを開け、伝言役の社員がまだ廊下にいることに気づく。

思わず問いかける。

「その......伝言を頼まれた時、社長の様子はどうだった?」

相手は匠の青ざめた顔を見て一瞬言葉に詰まりながらも、期待を裏切らぬよう正直に答えた。

「機嫌、かなり悪そうでしたよ。気をつけてください」

その瞬間、匠は足元をもつれさせ、肩から力が抜ける。

助かる見込みは薄い、と顔に刻まれていた。

何度も深く息を吸い込み、自分を奮い立たせる。

そして死地に赴く兵士のような足取りで、ついに京弥のオフィスの前へと辿り着いた。

後ろで見ていた伝令の社員は、思わず目に哀れみを浮かべる。

「はあ......よくもまあ社長に逆らうこ
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