よし、今日で神を信仰するのを止めよう。
そう思ったのは、信号無視してきたトラックにはねられ、凄まじい衝撃と共に、死んだと思った次の瞬間のこと。
瞬きをして最初に認識したのは、一面に広がる、赤黒い液体。
えっ、ナニコレ。
自分がなぜ、そんな場所に座り込んでるのかも分からないし、両手には血と思わしきその液体がべっっとりと付着している。
周りを見渡しても、赤黒い液体が湖みたいに拡がってるだけで、それ以外なんにもない。
例えるなら、エ〇ァンゲリオンの赤い海みてえな光景だった。
エ〇ァほぼ見た事ねーけど。
て言うか、なんで裸なの、私。
誰も見てないからアレだけど、されど全裸は恥ずかしいんですけど。
「……?!、え、ちょっと…」
そして、その異変に気付いた。
体が、徐々に小さくなっていってる。
自分の手を見てみた時に、大人の女性から子供の手へと、徐々に退化してるのを認識してしまったから。
え、え、何これ、どうしたらいいの、どうしたら止められるの、これ…!?
ともすれば、このまま消えてしまうんじゃないかと思ったけれど、私の予想に反して、謎の縮小化はすぐに動きを止めた。
しかし、その頃には、私の体は大体幼稚園生くらいの小柄な体に……。
大体100cmとか、そのくらいか…?
いや、もっと小さいかも、知らんけど。
ていうか、心做しか肌がめちゃくちゃ青白い……。
血管が浮いて見えてて、なんか不健康な人間みたいな色になってる……。
そもそも、なんでこんなに小さくなったのか分からない。
つか、ここどこなんだよ!?、私は誰?!どうしたらいいの!?もしかしてあの世!?
地獄に落ちちゃった感じ!?
二十数年やっとこさ生きてきて、人ってこんな呆気なく死ぬん?
もう訳が分からなさすぎて、私は頭を抱えるしかない。
元の世界に戻りたいけど、状況を鑑みるにもう無理ってことは目に見えてる。
少なくとも、私一人の力じゃどうこう出来ないのは確定事項だ。
何もない赤い湖の中で、私は唸る。
『誰そ彼、彼は誰、逢魔時。』
「……?」
不意に上から聞こえてくる、誰かの声。
男か女か分からない。
どちらとも聞こえるし、どちらでもないような……、そんな声。
『さあ、血を啜るのだ。我が下僕…、眷属となる忌みノ子よ。“生まれておいで。”』
ごぽ。
「!?、血が、水位が増して……!」
声がその言葉を発した瞬間、謎の空間が応えるように、血の水位が増し始めた。
だくだくと増していくその中で、どうすることも出来ない私は、せめてもの抗いで立ち上がるが、無駄も無駄。
とうとうその血の湖は、私の顎の下までやってきて、息もまともに吸えなくなってくる。
また、私、死ぬのか……?
こんな意味も分からない空間で……、二度も?
「ごぶ…っ」
トラックに轢かれたかと思えば、今度はこんな気味の悪い空間で。
口の中に鉄臭い液体がなだれ込んで、肺を満たしていく。
苦しい、出たい、ここから出して。
生きたいその一心で、私は思わず、思いっきり上に向かって、手を突き上げた。
「ゴボッ!!」
幸か不幸か。
はたまた、何かの手違いか。
あの赤い水の中でもがいた結果。
「ゲホッ、ごほっ…!」
突然、突き出した手が、文字通り何かを突き破った。
同時に、私を満たしていたあの赤い水が、途端に勢いよく引いていく。
ぇ?と思ったのも束の間。
その両手に見えたのは、“肉片”。
ぐちゃぐちゃの肉片。
なんだ、コレ…なんの破片だ……?
視線を下に落として気付き、私は頭が真っ白になった。
時間が止まったかのように、そこからピクリとも反応出来なくなる。
血肉、人型の。
「おんな……?」
それは、かつて人間の形をしていたであろう人間の女だった。
だが、今や腹が裂け、内臓が剥き出しになり、ぐちゃぐちゃになって地面へまろび出ている。
女は既に死んでおり、大口を開けた状態で、なおかつ目を見開き死んでいた。
だが、私が今この状況において、最も信じられないもの。
「突き破った……?」
そう、これが、一番信じられない事実。
私は、死んだ女の腹をカッ捌いて出てきたのだ。
つまるところ、女を殺したのは、ほぼ私なのが確定している。
手を突き出した時、何かを突き破る感触がしたのは、肉を引きちぎる感覚だった。
女の腹から出てきた証拠に、私と繋がったへその緒が臓物の中でぷかぷかと浮いている。
「ようこそ、マイ・フェア・レディ。逢魔時に生まれた可愛い忌み子。」
ええ、どうしたらいいの…?と、未だ何が起きたか分からないままでいると、不意に低い男の声が響いてくる。
「!」
声のする方へすぐさま顔を向ければ、背の高い燕尾服を纏った男が一人、不快な笑みを浮かべてこっちを見ていた。
「誰…?」
「自己紹介からいこうか。」
くふ、と奇っ怪な笑い声を上げてベラベラと喋りかけてくる男。
自分は夜を生きる吸血鬼だとか、お前は私の使い魔として生まれてきただとか、散々意味の分からない言葉をまくし立てられる。
聞きてえのはそこじゃねえんだよ!と叫びたい。
「ふぅむ…何せ、種が食屍鬼だからな…理解までは出来ないか。」
「え、なに……ぐーる?」
グール…?、ちょっと待てよ…このオッサンさっき、自分が吸血鬼だって言ってたよな。
んでもって、この女を、孕ませた存在がいわゆる、グールとかなんとか……。
状況が状況だけに、焦りがあるからか、脳内の引き出しを散らかしまくって、余計にこんがらがる。
そして、パチャパチャと音を立ててこちらへやって来る存在に、待ってくれるという発想がないのも一つの要因。
「ふむ……やはり一からの教育になりそうだな……。」
燕尾服男は、自分一人で何やら話を完結させているらしく、足元を見てそう呟く。
釣られるように私も男の足元を見ると、なんか円状のラインが引かれている。
何が描かれているのかと思いきや、すっごい怪しい魔法陣。
なんつーの、コレ?
確か、私のいた世界ではペンタクルとか何とか…そんな名前だったよな…?
こんなファンタジックなモンを介して、実際に行動に移してんの初めて見たわ。
燕尾服男、黒魔術的なモノに手を出した上で、こんな悪趣味なことをしたらしい。
何も分からないが、状況的に、クソほどヤバい所に来たのでは…?と察知することは出来た。
「まあそれはどうでもいい。どうせ食屍鬼はこの世界では最弱中の最弱。暇つぶし程度に知能を持った存在がいれば面白いと思ったが…。」
やれやれ、と燕尾服男は勝手に呆れて、勝手に考え込んだ後、パチン!と指を鳴らした。
すると、ずっと禍々しい雰囲気だった空間から一変、突然部屋に誰かが入ってきた。
服装見る限り、多分メイド。
しかも、近世ヨーロッパとかで見るガチモンのメイド服を着たお姉さん達だ。
この光景を見ても、何ら動揺することなく私と、死んでる女の処理を淡々と施していく様は見事なものだった。
メイドさん達の反応を見る限り、燕尾服男は、日常茶飯事にこういうのをやってるっぽい…。
「ぐぇ」
うわぁ…と引き気味にメイドさん達の様子を見ていると、燕尾服男に頬を掴まれた。
「とはいえ、覚えさせればメイドくらいにはなるだろう。連れて行け。」
もうさして私に用はないらしい。
赤い目がそう物語ってた。
手の空いてるメイドさんを呼んで、私をどこかへ連れて行くよう申し付けると、自分だけスタスタとどこかへ行ってしまった。
なんだアイツ…。
困惑したまま、放心状態が解けない。
「はぁ…全くもう…」
「ぇ」
燕尾服男に世話をするように言われたのか、メイドさんはクソデカため息を着いて、私を抱き抱える。
え、やだ、いい歳した大人がお姉さんに抱っこだなんて…と恥ずかしくなった。
しかし、すぐにここでの私は、生まれたばかりのベイビーであることを思い出し、素直にお姉さんの首にしがみ付く。
「ちょっと、首に噛み付かないでおくれよ、アタシはアンタみたいなゾンビになりたくないんだから!」
「ぐふぇ!」
急に頭を引っ張られ、怪訝な顔で怒られた。
結構な力で引っ張られて痛いし、なんでこんな邪険にされんのか分からん…。
我、一応エケチャンなんだけど…。
ていうか、待ってくれ、今お姉さんゾンビつった?
燕尾服男は、私のこと、食屍鬼って言ってたよな?
つまり、この世界は食屍鬼=ゾンビってこと?
随分とファンタジックなバ〇オハザードだな…。
だって、この解釈が正しいのなら、今の私、とある女から生まれた、ゾンビの赤ちゃんってことになる。
「ああ、嫌だ嫌だ。こんな不気味な死体の子を世話なんて。」
ほら、メイドのお姉さんもこう言ってるし、多分そうなんだって。
うわ、鏡欲しい…初見で嫌われるくらい不気味な相貌してるってことだろ?
どんな姿してるんだろう、私…。
そうこう考えていると、メイドさんがある部屋に入って止まった。
なんか物置みたいな、湿っぽい場所。
だが、よく見れば、壁や床がタイルみたいな、水を弾く材質っぽい。
洗濯とかに使うような、木製の桶の中へ私を下ろし、次に別の桶に水を溜めている。
風呂に入れるつもりらしい。
ってことは、ここはメイドさん達のお風呂ってことかね。
部屋を見渡すと、隅の方に、ボロい猫足バスタブみたいなものが置いてある。
肝心のメイドさんは、簡素な手ぬぐいと、石鹸を持って、私の入った木桶をずりずりと手繰り寄せる。
「まっ、お湯を沸かさなくて良いってのがアンタらゾンビの利点ではあるわね。」
え、そうなの?初めて知ったんだけど。
メイドさんは、そう独り言を呟き、続けざまに食屍鬼の赤ちゃんは、お湯で体を洗っちゃいけないとも。
成体の食屍鬼より、皮膚が脆いのでボロボロになってしまうのだとか。
確かに、ゾンビって腐ってるし、基本、漫画とかイラストでもボロボロの印象。
お湯で洗ったら、汚れが落ちやすくなるのと同じ原理なのかね。
その証拠に、冷たいはずの透明な水で体を洗われても、私には別になんともない。
「うー。」
赤ちゃんなので、言葉は発せないが、風呂に入れられて、まあまあ気持ちいい。
血の汚れとか、着いた肉片とかを全部洗われてるので、余計にホッとするというか。
使われてる石鹸は、普通の石鹸とは違うみたい。
なんつーか、ベトベトしてる…。
無臭なんだけど、これ、油かな…?
私のいた世界でも、油を原料とした石鹸とかあるし、不思議でもないんだけど。
これもアレかな、ゾンビの赤ちゃん用の石鹸なのかな。
「なんだい、一丁前に文句かい?恨むなら自分を生んだ母親と、元凶を作った旦那様を恨むんだね。」
おっと。
やっぱし、事態を引き起こした犯人は、あの燕尾服男っぽいな。
私の母親っぽい女の人は…拉致か何かされてきたんかな…?
可哀想だが、自分のことで手一杯なので、ロクに心配すら出来ないのが今の現状だ。
「ったく、“ハニー中毒”の奴隷で実験なんて……悪趣味にも程がある。」
不意に、ボソリと呟かれたメイドさんの言葉。
“ハニー中毒”…?
はちみつのことか?、てか、奴隷って言った?今。
「これからアンタは大変だろうね。奴隷の腹から生まれたゾンビなんて、どこ行ったって無理だろうさ。ここで大人しく働いとくのがいいよ。」
赤ちゃんに対して、凄い過酷な現実突きつけて来るやん。
多分、まだ言語も理解出来ないと思ってるから、こうして同情交じりに言ってくるんだろうけど…。
実はこのエケチャンの中身、成人女性なんですよ、メイドさん。
奴隷だったの、あの女の人?不憫が過ぎるだろ。
しかも、メイドさんの言葉を頑張って理解しようとすると、この世界での食屍鬼って、結構立場低い感じ?
メイドさんの言葉を一つ一つ咀嚼しようと頑張ってはみるものの、どう考えても良い解釈は出来ない。
そして、考えてる内、いつの間にか風呂は終わっていた。
体を拭かれて、布に包まれ、抱き抱えられ、またどこかへ連れて行かれる。
「良いかい、アタシは今から仕事に行かなきゃならない。ただでさえ抱っこして世話をするだけでも、大変なんだ。大人しくしてておくれ。」
抱っこして、仕事してくれんの?
めっちゃいい人やんけ。
噛まれるの嫌とか言ってたけど、優しくない?この人。
私の思いを他所に、メイドさんは手早く脱衣場で私にオムツと着替えを施すと、背中に背負ってくれた。
いわゆる、紐で赤ちゃんを背負うおんぶの形式。
赤ちゃんの世話も仕事なんだろうけど、おんぶしてくれんのはデカイ。
仕事で色んな所回らなきゃいけないだろうから、私はおぶられているその間に、この世界の情報を集めよう。
なんであれ、現実世界の私は、恐らくもう死んでる。
あんだけ盛大にトラックに轢かれて、実は生きてました!は、絶望的だ。
メイドさんの言い分的にも、まずは生き残ることを最優先に考えた方が良いのかもしれない。
食屍鬼の世話を終え、普通の仕事に戻るメイドさんに揺られ、私は廊下の窓から見える、ダークファンタジーな世界を目に焼き付けるのだった。