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結局、あの後も火を消す課題をやり続けたが、クリアすることは叶わなかった。 べちゃりと地べたに突っ伏し、うんうん唸る私。 「体グラグラするぅ…」 絶対、血を使い過ぎたことによる貧血だ、これ…。 品がない言い方だが、生理の時ってマジでこんな感じだった…。 元の世界で、何度も経験したことのある、体の倦怠感とふらつき。 流石にここまで酷くはなかったが、されど血って大事なものなんだと今一度体感した。 「言ってる間にもう夕飯時か。日が暮れ出してるな。」 「ええ…」 ローザの言う通り、日は既に西に傾いている。 その影響で、辺りは薄暗く、寒さも心なしか強くなってる気がした。 「さむ…。」 日が落ちると急に寒くなる。 羽織っていたローザの上着を更に自分に引き寄せた。 「今日はもう止めとくか。俺も腹減ったし。」 「お前、私が火ぃ消そうとしてた時から、ずっと何か食ってなかった?」 バケツに入ったペーストの残飯を、昼から今に至るまでずっとスプーンで食ってた気がするんだけど…。 「あんな半液状のモンがバケツいっぱいあったって、腹なんか膨れねーよ。肉か魚が食いてぇ。さっきヨウシュナシも飲んじまったから、甘いモンも食いてえな。」 「身も蓋もないな…。」 しつこいようだが、やはりこの図体だしな…固形物が欲しいと言われたら、そりゃそうだとしか。 隣に立つと更にデカさが際立つ。 私の頭が、ローザの胸より少し下にしか来ないので、見上げる度に首が痛い。 「街案内は明日だな。俺、しばらくゴブリンのオッサンとこに顔出せねから暇だし。」 「あっ!、そういえばその件どうなったんだ?私、食堂とアパートしか行き来してないから知らないんだけど…。」 「あそこアパートじゃなくて寮だぞ。現状ゴブリンのオッサン共が劣勢だよ。最初は良かったんだけど、やっぱランカーと対立しちまったからな。」 「……。」 伊達にランカー張ってるワケじゃないと、ローザは喋りながら、食堂に向けて歩き出した。 「そもそも、エルダードワーフのオッサンが早めに嗅ぎつけて、手を打ってたらしくてな。」 ゴブリンをまとめるボスと、エルダードワーフのランカー、二人が『話し合い』に興じている間、部下のゴブリン共が鉱脈の一部を奪おうと動いていたらしいが
「フゥーッ…ゼェッ、ハァッ……ゲホッ……つ、疲れた……もうむりぃ……」 「魔力切れか?まだそこまで時間経ってねーぞ。」 「おいなに一人でメシ食ってんだよ!」 あれから数十分くらい。 目の前の課題を何とかこなそうとして、あれこれやっては見たものの、一向に炎は消えない。 当たり前だが、魔法で出来た炎だ。 単なる水をかけただけじゃ消えるわけないし、かと言って、私のカスみたいな魔法じゃもっと消えない。 その間、ローザは昼飯とバケツの残飯を取ってきて、その場でむしゃむしゃ食ってる。 クッソ、教えられてる立場とはいえ、なんか腹立つ! 「お前も食えばいいだろ。ずっとそこで課題こなせって言ってるワケじゃないんだから。」 ほらよ。と私の分の皿を差し出され、ぐっ……と怒りそうな自分がナリを潜めた。 前々から思ってたけど、コイツ結構、良い男だよな…。 女にモテると言われても、この性格ならそこまで違和感抱かないもん。 「メシは良いけど、喉乾いた……。」 ご飯を持ってきてくれたローザには悪いが、先に水が欲しい……。 「食いモンしかねえよ。それこそ自分で水出せねーのか?」 水の魔法使えんだろ?と目で訴えられたが、私は無理だと首を横に振る。 「出せるわけないだろ…魔法発現したての赤ちゃんだぞ、こっちは……。」 出そうとしても、血しか出ないよ。 ……あ、いや、ちょっと待てよ。 私が着ているローザの上着ん中に、確か……。 「?、なんだそれ。」 上着の中から出てきたのは、くっしゃくしゃの紙袋。 中を漁れば、出てきたのはヨウシュナシ。
「だから、手の中で温っためるんだよ、魔力を。そしたら出るんだよ、俺の場合。」 シュボッ!と手のひらから炎を出し、それを矢の如く簡単に撃ち出していくローザ。 炎はきちんとローザの目論見通りの軌道を描いて、的となるモニュメントへぶつかっていく。 対する私は何も出来ずに、みっともなく逆ギレ。 「コンビニ弁当みたいな感覚で言うなよ!知らねーよ!」 手の中で温っためるって何? 電子レンジか何かなの、お前の手。 「こんびにべんとうぅ?何だそれ?」 「いや別に……。」 「?、お前、明け透けな知識の割に、変な言葉知ってるよな。」 「うるせえ!黙れ黙れ!」 あれから数時間。 的当てになんか撃ってみろと言われたものの、一向に私の手からは何も出ない。 痺れを切らしたヤツが、魔法を出すコツ的なのを伝授してきたが、感覚過ぎて全然参考にならない。 「つか、属性すら分からねえんじゃ、対処の仕方も分かんねえ。お前結局、あん時、何の属性魔法使ったんだ?」 「属性って何…火とか水とかの話?」 ソシャゲみたいだが、実際ローザの話じゃ本当にそれっぽい。 「みんな出し方は違うんだよ、魔力の出力方法。俺は手の中で温めるけど、他の奴らは花を咲かす感覚とか、手の中で水を沸かすとか、そんなんばっかだ。」 「水を沸かす……。」 思えば、あの細長い線みたいなもの、色は完全な血液だった。 いや、食いちぎられた指から、意志を持って出てきてたから、血なの
訓練所跡地にて、ローザは適当な的の前に立つと、ポキポキと指を鳴らしながら呟いた。 「そういやお前、名前は?」 「名前ぇ…?」 名前ないな、そういえば。 この世界に来た時から、ずっと食屍鬼と呼ばれ続けてきたし、モニカからすら、アンタとか、食屍鬼って言われてたし。 特段、名前らしい名前はない。 「名前ないな…」 「はぁ?んなワケねえだろ、言いたくねえのか?嫌いな名前なら、適当に偽名名乗りゃ良いだろ。」 「うーん…」 そう言われると悩む。 ローザは訝しんでいるが、名前がないのは本当だし、今更決めるのもなんかな…。 「今まで通り食屍鬼でいい。本当に名前ないし。」 「食屍鬼はこの施設にもいんだよ、いちいち個体識別番号で呼んでたら混ざるだろ。」 「ああ、そうか。」 私は見た事ないけど、食屍鬼もこの施設にいんのか。 ゲーム開始地点の名前を決める所で、デフォルトネームがダメみたいな感覚に陥った。 「うーーーん……じゃあ、モニカで……」 「モニカ?」 「うん。モニカ。」 「お前、“聖女モニカ”知ってんのか。」 え、知らないけど。誰それ。 「誰?聖女モニカって。」 「逆に知らねえのに、なんでモニカなんだよ。」 「私が世話になった人の名前……いやちょっと待って、やっぱ知ってるかも、聖女モニカ。」 確か、モニカの名前の由来が、まんま聖女モニカからだった気がする。 『昔々にいたお姫様の名前を付けられるとはね。こんなのが聖女なんて笑わせてくれるよ、ったく。』 そう言って、一度だけ、モニカが話してくれたことある。 この異世界、この連邦国における、モニカという名前の由来。 コムハニーにより発足した、魔法を持つ元人間の人外達。 時折、それらは暴走したり、破壊したりで、国を壊しかねない存在となり得る者もいた。 特にドラゴン種なんかが、魔力を暴走させ、自我を失ったら、それこそ国が崩壊してしまう。 下手すりゃ、他国にまで被害が及ぶのだ。 そんな中で、暴走した者を唯一、魔法で鎮られる、文字通りの“聖女”がいたと。 聖女という役職には、種族は関係ない。 私の世界で言う所の、看護師とかと同じ。 そして、一際、暴走した魔力を鎮られるヒールの力が強いとして、連邦国で名を馳
「ずっと思ってたけど、お前魔法使えるんじゃねえか、何で嘘ついたんだよ。」 ボロい住処から外に出てすぐ、ローザが不服そうな顔で私に呟いた。 魔法?と一瞬首を傾げかけたが、すぐに“あの時”の赤黒い線のことだと思い立った。 「いや、私にも分かんない……」 「発現したてってことか?」 「多分…。」 あの赤黒い線がなんなのか、私にもよく分からない。 ただ、私の感情に反応して、行動を起こしていることは少し理解出来た。 そうでなければ、ローザに噛みちぎられた指がなんの痕も残すことなく再生するはずがない。 というか、この跡形もなく怪我が再生する能力、レモンにボコられた時もそうだったような…? 「発現したてってことは、まだコムハニーそんなに食ってないのか、お前。能力に目覚めたばっかって感じだな。」 「そうなの…?」 能力や魔法は、コムハニーの摂取量で変わるってことなのかと、私はローザを見上げる。 そういえば、ローザに着けたあの細い傷、もう治ってるな。 魔法で治したのかな。 「コムハニーを初めて食った後も、継続的に摂取しないと、そりゃ魔法は発現しねえよ。ここへ来た時に、カウンターで貰ったのか?」 「ああ、一回だけ…ガスマスク付けた猫耳のオッサンに貰った。」 「キメラのオッサンか、最近出張ってること多いな。」 「そういや、元々は医者だって言ってたような…。」 “俺、ここの担当じゃねえもん。”って言ってたな。 最近出張ってるってことは、それだけ治安も悪くなってきてるってことなんだろうか。 「普段は医務室にいんだ。腕は良いぜ。なんせランカー直々に金積まれてるほどだからな。」 「ふーん。」 まあ金持ちの生まれだし、その金をたっぷり使って、たくさん勉強して来たんなら納得ではある。 「でも、マトモに診てもらえんのは、ソイツらの部下か娼婦ばっか。金とかコムハニー持ってないヤツは、基本追い払われる。」 「…まあ、うん。」 そこら辺は甘くないんだろうな。 私も多分、怪我した時とかは診てもらえないだろうから、気を付けよう…。 「でも、あのオッサン、最初はアラクネの種で通ってたはずなんだよな〜。キメラだって知ったの、俺も最近なんだよ。」 キメラって割と珍しめだから、なんかコンプレックスで
ドンドン、ドンドン。 ふと、目を開ければ、もう部屋は明るかった。 いつの間にか、眠ってしまったらしく、誰かがドアを叩く音で目を覚ました。 けど、ノック音は、いつもみたいな乱雑で乱暴なものじゃない。 ドアを軽く叩いてるだけのもの。 しかし、誰であろうと今日は出る気にはならなかった。 昨日のことがあってから、どうにも人と会うのが億劫になってしまった。 監獄から出たいと思うのに、監獄のスラム街に建つこの部屋から出たくない矛盾。 「……。」 「食屍鬼、食屍鬼」 「…。」 ドアの向こうで知っている声がして、思わず布の中で顔を上げた。 ローザの声がしている。 ずっとドアの外で私を呼んでいる。 「怒ってんのか?、周りのヤツらから聞いたんだ、俺、メルト起こしてたんだってな。それで、囚人と娼婦がお前使って、賭けやってたんだろ?災難だったな。」 「……。」 もぞ、と布の中で身じろぎしながら、私はローザの気だるげな声を聞く。 「お前がコムハニー持ってたおかげで助かったよ、正気に戻れた。」 あのままいたら、暴走して最悪死んでただろうから。と、ローザは何でもないような口調で呟いてくる。 なんで平然と、そういう生き死にの概念が話せるんだろう。 いや、ここは監獄なんだから当たり前か。 元の世界での価値観や、メイド時代での価値観と合わせちゃいけないんだ。 この場所はイカれてる。 改めてそう思った。 私は食堂とこの部屋しか行き来してないから、まだ本物の監獄を知らないんだ。 「出て来いよ。コムハニーくれたんだから、礼くらいはするよ。」 食屍鬼と、もう何回目か、私を呼び続けるローザ。 「食屍鬼?」 部屋にいないのか?と、ドアの向こうでわずかに、ペタリと何かに触れた音がした。 そうして少しの間の後、なんでもないように鍵をかけたドアが開く。 魔法でドアを開けたらしい。 やがて、キョロキョロと周りを見渡した後、隅っこで丸くなっていた私を見つけたらしい。 「何だよ、いるんじゃねーか。無視すんなよ。」 「………。」 ペロ、と薄い布を捲り、私の存在を確認するローザ。 だが、起き上がる気のない私を見て、少し面倒くさそうな顔をした。 「指食いちぎったの怒ってんのかよ。あんなのココじゃ日常茶飯事だぞ。俺なんか、舌噛みちぎられて死にかけたことあるし