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消えたアンジェラ

last update Last Updated: 2025-08-01 06:26:29

結局、

大輔は何も聞けないまま夜を迎えた。

夕食はホテル近くの店で、

えぞ但馬牛のステーキを食べた。

二人ともミディアムレアで焼いてもらった。

席に座って待っていると、

鉄板を持って来たシェフが近くで焼いてくれる店だった。

夕食を食べ終えるとホテルに入って、

最上階のバーに行くことにした。

二人は夜の札幌の街が見下ろせる窓の近くのテーブル席に着いた。

「実はさ、

言いたいことがあって」

やはりアンジェラは何か気にかけていたようだ。

ようやく話してくれるようだ。

一日かけて言う準備をしていたのだろう。

この時を待っていた。

「これ、

返そうかなって思って」

彼女はポケットから何か取り出した。

無地のラベンダー色のハンカチだ。

アンジェラにもしものことがあった際に、

SOSを発信できるために渡した物だ。

連絡が取れる端末を隠すためにハンカチに装着した代物だ。

初めての遠出のデート後に起きた事件を契機に大輔が作って渡した。

なぜそれを返すのか。

渡した時のことを思い出しながら考えた。

箱根から帰って来た時、

車でアンジェラの自宅のアパート前まで送り届けた。

ツヨシはいないからとアンジェラが言うので、

部屋に遊びに行こうとした。

フィリピン料理を振る舞ってくれるという話だった。

彼女の部屋はアパートの二階の左端にあって外階段が正面にある。

「ちょっと車で待ってて。

一応ツヨシがいないか見て来る」

アンジェラは一人で階段を上って行った。

鍵を開けてゆっくりと扉を開けた。

扉の隙間から体を滑り込ませた。

なかなか帰って来なかった。

戻って来るまで絶対に来たり電話したりしないでと言われていたので車内で静かに待っていた。

部屋の扉が開いた。

大輔は腰を上げようとした時、

アンジェラが血相を変えた顔をして部屋から出て来た。

緊急事態だ。

アンジェラの忠告を破って慌てて車から出ようとした。遅かった。

アンジェラの背後から、

グレーのスウェットを着た長身で髪の薄い中年男性が現れて彼女の後頭部を殴った。

彼女は外階段の一番上の段から一階の地面まで転がり落ちた。

大輔が車から出ようとすると、

来ちゃダメとアンジェラは叫んだ。

頭から出血していた。

行かない訳にはいかない。

大輔は車から降りて負傷したアンジェラに駆け寄った。

「大丈夫?」

アンジェラは傷口を手で押えていた。

指の隙間から流血
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    女の子にお礼を言って、鶴見からお店のある蒲田に向かった。女の子は今日も出勤らしく、マネージャーの男がアパートまで迎えに来るようだった。鉢合わせないように大輔は早めに部屋を出て蒲田へ向かった。京浜東北線に乗りながら、アンジェラを訪ねに店に来た女について考えていた。一人心当たりがあった。何の因果かは知らないが、アンジェラが身辺調査を依頼した女、柴崎由樹だ。店とアパートの往復しかしていないアンジェラは決して人間関係は広くない。店の人たちや大輔、客くらいしか接点を持たない。同居していた女の子も言っていたが、店に女性が来ることは殆どない。柴崎由樹とはどこで知り合ったのか。ママに由樹が来たと確認できたら、由樹のアパートに行くつもりだった。場所は調べ上げたので今でも覚えている。アンジェラにも住所だけは必ず伝えてくれるようにと頼まれていたのだ。電車は蒲田駅に到着した。西口から出てお馴染みの店を目指した。「いやあ、この人じゃなかったね」店に到着するとすぐに歓迎された。アンジェラと一緒に住んでいた女の子もいた。彼女はナコという名前でやっていた。ナコが隣に来たので、ママを呼んで来てくれるように頼んだ。事情を知っている彼女はすぐにママを呼んでくれた。大輔はママにスマホに保存してあった由樹の顔写真を見せて確認したが、店に来たのは彼女ではなかったようだ。「この人じゃないのよ。来たのは変な人だったのよ。店に入ったのにアンジェラがいることだけ確認して出て行ったの。あと、それもそうなんだけど、様子が凄く変だった。何だか目が虚ろで、挙動不審。顔もボロボロで覇気もなくて、お化けみたいだった」「お化けみたい?」「うん、顔真っ白にしてさ、足がフラフラフラフラしてたんだよ。酔っ払っているのとは全然違うの。何て言えば良いのかな。魂吸い取られた後みたいな。しかも顔中に青痣とか切り傷とかあるから。DVでもされている若いお嫁さんなのかなって」由樹ではなければ身に覚えのある人物はいない。由樹がアンジェラを攫って行ったと考えていたが間違いであったのだろうか。この日は何も収穫はなかった。店のママとナコに励まされながら、お酒を飲んだだけで終わった。帰り道、早くも手詰まりになったことを自覚した。京浜東北線の中

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