登入「私も、そろそろ帰るわ」大雅が引き止めた権堂を引き受けるように、ミミがソファから立ち上がった。「あ……あの、よかったら」花も急いで立ち上がり、冷凍庫に用意しておいた小箱を保冷袋に入れる。「アイスクリームを作ったんです。美味しくできたので、帰ったら召し上がってください」2人に差し出すも、喜んで受け取ったのはミミだけ。権堂は、面白くなさそうに下を向いているが……ミミがもうひとつ受け取ってくれた。「俺のもある?アイスクリーム」突然2人が帰ってしまったので……なんだか気まずいムードが流れた。「もちろんです!」花はキッチンに向かい、冷蔵庫を開けた。「全部違う味にしたんですよ?……いちごとマスカットとメロン、あとサイダー」「なんか最後の1個はカテゴリーが違う気がするな」すぐ後ろをついてくる大雅に説明すると、スッと伸びてくる腕に驚いて少し固まる。「俺はその、カテゴリー違いのサイダー味にしてみるか」冷蔵庫の扉に手をかけているから、まるで腕の中にいる雰囲気。なんだなんだ……距離が急に近くなって困る。「本当は……何味にするかでケンカにならないか、ちょっと心配してたんですけど」「あぁ……期待してたのか」「はい。それで、皆でひとくちずつ食べて、和やかムードを取り戻すってイメージしてたんですけど」権堂はどうしてあんなに不機嫌だったのか……いつの間にこんなに嫌われてしまったのだろう。「権堂のことなら気にするな」冷蔵庫の扉にかけていたほうの手が、自分の頭に置かれた。その適度な重みと温もりが心地よい……指先が動いて、まっすぐになった髪を撫でていく。「どうやらあいつは、事務所を裏切っていたらしくてな」「えぇ?!権堂さんが?」驚いて大雅を見上げてしまい、その距離があまりに近くて驚いた。思わず視線を正面に戻したけれど、目の前には鍛え抜かれた胸がこれでもかと主張してくるので、ついそこに頬をくっつけてしまう。何やってるんだろう……話の内容とあまりに違う甘えたような行動に、自分の開いた口がふさがらない。「……ん。だから、今日も……機嫌が悪かったよな」「はぁ……そういう、ことなんですか?」「そう、いうこと」急にたどたどしくなる大雅の口調と、ドクドクと聞こえる心音が、具合いでも悪いのかと心配になった。「あの、大雅さん?」胸につけた頬を離し、
「……え、パーティ、ですか?」「あぁ。テレビ局の開局記念ドラマで共演してる花園ミミが……君に会いたいって言ってるんだ」ワイドショーや週刊誌で熱愛を報道されている美人女優がなぜ……超一般人の自分に会いたいなんて言うのだろう。「権堂も呼ぼうと思ってる」「……え、」まさか、権堂は自分から報告するという話をまだしてないのか。……それとも、大雅さんにとってたいしたことではなかったのかな。行き止まりの古いアパートにいた事は置いといても、家の主がいないのに居座られそうになって、結構な恐怖を感じたんだけど……「花は得意の料理を作って。2人とも楽しみにしてるって言ってたから」「はい……かしこまりました」「それと……ついでに言っておくけど」いつになく楽しそうな大雅さんにため息をついた時、意外なことを言われて驚いた。「俺たちが実は夫婦だってこと、花園ミミは知ってるから」「え……でも、」ついこの間だって、海外ロケの話題で2人の仲の良さが取り沙汰されていた。「彼女はフェイクニュースの相手ってだけだ。半年後、ドラマが終わったらそんな契約も終わる」フェイクニュース、そして契約……?花の心にパァ……っと花が咲く。「ど、どんな料理がお好みですかね?和洋中、何でも作れますよ!あっ、ちょっと変わり種で、スリランカと中国の料理をフランス風にアレンジしたスペイン料理とかにしましょうか?」「花?落ち着け……普通に和食や洋食がいい」舞い上がる花を笑顔で落ち着ける大雅の表情があまりに優しくて。花は目を伏せながら赤面した。「はじめまして……!あなたが花さんね?」それからしばらくして、花園ミミと権堂がやってきた。「はっ!……」この日春希は大雅の友人夫婦、圭一春奈夫妻に旅行誘われ行ってしまった。春希がいない寂しさと心許ない気持ちを抱いていた花は、より一層花園ミミの美しさに緊張し、声が出ない。「お邪魔します。……花さん、お久しぶり」「あ……お疲れさまです」その後から入ってきたのは権堂。……とは言っても、この日は大雅の久しぶりのオフだ。夕方やって来るという2人のため、花は朝から張り切って料理を準備していた。「たいしたものではありませんが、良かったら召し上がってください……」並べた料理は大雅に言われた通り、オーソドックスな和食と洋食にした。4ヶ国を合体させ
「そうだったんですか……てっきり大雅さんのお子さんで、結婚の経験があるとばかり……」「はっきり、言わなかったから」亡くなった姉の子供だと言えなかった意味を、花は自分なりに理解したようだ。「昨日今日出会った私が知るには、プライベートな話ですものね……でも、ご安心ください。私はこう見えて口だけは固いので」「外部に漏れる心配なんてしてないよ。一緒に暮らしてるのは信頼の証。それに知る人は少ないが、俺たちはれっきとした夫婦だ」「そう……でしたね」赤面して笑う花を、心から愛しいと思う。1度伏せた視線をチラチラ上げるまなざしが、まだ聞きたいことがあると言っているようだが……それ以上のことを、俺は言えなかった。春希の父親が実は花の父親で、2人は異母姉弟にあたること。そして父親が失踪した理由は多分姉の事故死と関係していて……花はそのせいで大変な苦労をしたということを。「大雅さん……?」気付けば俺は、花を抱きしめていた。花は俺の胸に隠れてしまうほど小さいけれど、本当は……彼女にすがるような気持ちだった。初めは、姉をだました男を憎んで憎んで……たどり着いた娘、花にその怒りを向けてやろうと思ったのに。彼女を知れば知るほど、その純粋さに、素直さに、どうしょうもなく惹かれてしまったんだ。花はすべてを知ったら、きっと俺から離れてしまうだろう。父親の罪を自分の罪ととらえて、きっとまた……苦しむ。「大雅さん……大丈夫ですよ。大雅さんの涙は絶対に秘密にします。あと、この部屋は私にも守らせてください」「花……」情けないと思いながら、涙が止まらなかった。優しい言葉をかけてくれる花……その遺影の女性が、父親の失踪に関わってると知ったら、君は……「大丈夫、大丈夫……です」もう離せない。どんなことがあっても俺は、花を離せない……「おはようございます。今日は半年後に開催が決定したライブの打ち合わせから、よろしくお願いします」「了解。よろしくお願いします」翌日……迎えに来た三井の車に乗り込むと、早速タブレットを渡された。「初日の東京、ライブ会場に決定したルアナアリーナです。そこを皮切りに、全国15ヶ所のツアーとなります」「ルアナアリーナって……そこまで大きいところでやったことないけど」「社長の提案です。今のVÉLOURS……大雅さんなら、満員にできるって」
……なんなん?この時間……ご褒美タイム? 一小節、流暢な英語で歌った後、目の前のコップに入ったお茶を飲む大雅。 「VÉLOURS、半年後にライブを開催するんだ」 「え……?!」 人さし指をまっすぐ立て、口元に当てる大雅。……まだ発表していないから秘密ってことか。 大雅が立ち上がった瞬間、春希がソファの上で跳ね出した。 画面にはVÉLOURS……花は春希の安全を守りながら一緒に歌う。 ……歯磨きをしながら、物陰で大に隠れた大雅に見つめられてるとは思わずに。 寝る前のダンスが効いたのか、ベッドに横になるとすぐに眠ってしまった春希。 「……どこ行くの」 リビングのソファに戻ろうとして、大雅に呼び止められた。 「一緒に眠れるだろ。このベッド特大キングサイズだから」 確かに細身の人なら大人が3人眠れそうなサイズ。花はお言葉に甘えて一緒に寝かせてもらうことにした。 「あのさ……」 静かな声で大雅が話しかけてきた。 「さっき言ったこと、気にしないで」 権堂に聞いたという話のことだとすぐにわかった。 実際とは真逆を言って……どんな思惑があるというのか。 「権堂さんに聞いたんですよね?」 「あぁ。帰り、そこのコンビニまでタクシーで帰ったら権堂がいて、突然肩をつかまれて驚いたよ」 コンビニまでなら、あの古びたアパートから近くはないが徒歩圏内ではある。 ……やはりそあそこは彼の住まいだったのかな。 「権堂さんって、近くにお住まいなんですか?」 「ん……事務所の近くに住んでるはずだけど」 ……だとすると少しおかしい。 にわかファンに追い詰められてたどり着いたあのアパート。小道の行き止まりにあって、偶然居合わせたとは思えないんだけど。 「そんなに、権堂が気になる?」 「え……」 仰向けに横になり、両手を頭の下にしまって天井を見上げる大雅の横顔は、少し幼く見える。 「気になりませんよ。むしろ、」 ……ずっと会えなかったあなたのことが気がかりだった。 「あの、」 上体を起こし、春希の向こうから姿を見せる花。大雅は同じ姿勢のまま顔を向けてくれた。 「明日、朝早いお出かけですか?」 せめて、開かずの間に入ってしまったことは謝ろうと思い立つ。 大雅は問いかけには答
「お帰りなさい……大雅さん」ドアを開けると奇声と共に走ってくる春希。勢いよくを抱き上げた大雅に、花はそろりそろりと近づく。「ただいま。……留守の間、すまなかった」「あ……いえ」「変わったことは、なかった?」「それは……」あとでゆっくり話したいことがある、と言おうとした瞬間。閉まったはずのドアが開いた。「荷物は、スーツケース1つだけですか?」「後は衣装だから、事務所に下ろしてきた」了解です、と言いながら、権堂は花を無視してリビングへとスーツケースを運ぶ。あの異様な居座りから初めて顔を合わせるが……「お帰りなさい。大雅さん」リビングには瑠璃がいて、大雅と挨拶を交わして皆で話すうち、モヤモヤしたものがうやむやになっていくのを感じる。瑠璃は大雅と交代で帰ることになってなっていたので、ひと通り話し終えて玄関に向かった。「瑠璃、本当にありがとうね」「いいって!私も楽しい夏休みを送れた!」腕を2〜3度軽く叩きながら、瑠璃は意味深な視線をよこした。……その意味は、わかっている。大雅と、ちゃんと話す。開かずの間の遺影、元カレの哲平に話したこと。それに……「送ってあげて」大雅に言われ、権堂が車のキーを受け取った。……ということは、またここへ戻ってくるのだろうか。思わず、すぐ隣で春希を抱く大雅の服の裾をギュっと握る花。大雅はすぐにそんな彼女に気づき、握られた自分の服を見下ろした。「車は戻さなくていい。事務所にでも置いといて」「……でも、」「明日は三井が迎えに来る。ライブの打ち合わせだ」ほんの一瞬、権堂に厳しい視線を向けられた気がした。けれど私は、もちろん彼の不可解な行動について、大雅に伝えるつもりだ。にわかファンに付け回され、追い込まれた古びたアパートで権堂に会ったこと、主のいないこの家に泊まっていこうとしたこと……告げ口のように思われるかもしれないが、伝えておいて悪いことにはならないはずだ。「おでん、できてますよ。先にお風呂に入りますか?」「あぁ……そうするよ」下におろされた途端、バスルームに向かって走り出す春希。その後に続くだろうと、花はキッチンに向かおうとした。……大雅は、その腕を取る。「先にひとつだけ聞いていいか」神妙な表情に驚いて、一瞬何も言えなくなる。「俺が留守の間、権堂をここへ泊めようしたというのは、
フロントガラスに映る花に気づいたのは俺だけだったらいいと思った。 「到着しました。……お疲れさまでした」 路肩に駐車し、サイドブレーキを引いた三井は、すぐに後部座席に目をやる。やってきたスタッフがワンボックスカーのバックドアを開けて荷物を降ろしてはじめた。 目の前には、俺の所属する事務所が入るビル。 「大雅さんの荷物を間違えないでちょうだいよ?」 三井はスタッフに注意を促し、社長に顔を向けた。 「社長もこちらでお降りになりますか?!」 「あぁ、そうだね」 周りに比べてひときわ大きいビルの最上階に、俺が所属する芸能事務所、FLOWSTARS Co., Ltd. が入っている。 社長はふと自分の事務所を見上げた。 「……うちの事務所も大きくなったもんだ」 次に大雅に視線をやり、以前はMIRAIプロモーションという名前だったと話す。 「ちょっと寄ってくか?1週間ばかり留守にしたから、嫁がおはぎをたくさん作って待ってるはずだから」 ……三井も俺も、一瞬黙った。 「あの、奥さまはどうしておはぎを作ってくださるんでしょうね?……社長が出張すると、毎回事務所におはぎのタワーが出来てて、美味しそうで笑っちゃうというか……」 ホホホ……と作り笑いをこぼしながら、三井が言う。 「そんなことないんだけど、俺の好物だと決めつけちゃってるんだよね……!まったく、未来には本当にいつも笑わされるよ」 椎名社長の愛妻、未来さんは少し変わっているが、2人の間の空気が何とも穏やかで、理想の夫婦だと大雅は思っていた。 「おはぎは明日いただきます……」 フロントガラスにはまだ花が映っている。……手を触り合ったのは背の高い男。俺が留守の間に男とお茶してたのはいいとして、どうしてそんなに名残惜しげにいつまでも見ているんだ?! 「……あら、」 社長が車を降り、バックドアも閉められて、後部座席に大雅を乗せて走り出そうとした三井が声を上げる。 「あの、大雅さん……花さんじゃありません?」 「いいから。そのまま自宅に向かって」 花だって、男を見送っていたことを知られたくないだろう。 怪訝そうな表情で振り返る三井に、前を向くよう言って、大雅は少し休もうと目を閉じた。 「……あ、ちょっとジムに寄ってく」 走り出して少しして、声を上げる大雅を、眉間にシワを寄せた三井







