ANMELDEN「……で。何かありましたよね?」「え?」当然1回では終わらなかった。3回はしてたと思う。4回目にはたぶんいかないだろうから、追及するなら今だ。……まだベッドの中だけど。何も身に付けてないけど!慎一郎さんの手がまた這おうとしていた。 「いつもこうやって、誤魔化しますよね?」「え、いや。誤魔化すとか。何だよ深月。それよりも」強めの口付けを浴びながら、快楽に流されないように必死に理性に喰らいつく。だめ。私が流されてたら、この人は救われない。「慎一郎さん」極めて冷静に、優しい笑顔を浮かべてみる。でもきっと目が笑っていないって自分でもわかる。一瞬目が合ったけど、すぐに逸らされた。はい、クロ。「私に秘密を持ってるとどうなるか忘れちゃったのかなー?」ぼんやりと固まった。のち、眉が少し上がった。「深月……それ、脅しか?」「また眠れなくなって貧血起こして会社で救急車呼ばれちゃうかもなー」わざとらしくため息をついてみせる。ちらりと慎一郎さんを見ると何かを諦めた表情をしていた。腹括ったね?「それは駄目だ。深月にあんな思いはもうさせられない」「そうよ?私貧血体質だからすぐ倒れるかもねー」深いため息。本当に言いたくないんだろうな。でも、慎一郎さんの表情が曇るようなことがあるなら、私だって力になりたいの。慎一郎さんが息を吸った。「前の妻から連絡があった」心臓がきゅっと縮まる。前の奥さん?今更?何なの……⁈「深月が心配するような内容じゃない。むしろ結婚おめでとうと言われた」「そう……」わざわざ言わなくても……。言う必要無いじゃん!って思う私は性格が悪いの?「俺と深月の間を邪魔するような内容ではない。問題は、その続きだ」顔に出ていたか。大きな手が私の頭をそっと撫でた。慎一郎さんの胸に額を押し付ける。この人の腕の中に閉じ込められるのが、私は人生のなかでいちばん好きかもしれない。「元妻の元彼が……今は他に彼氏がいるようだが。その元彼がストーカー化したらしい」「え」顔を上げた。それと慎一郎さんと何の関係が?困り顔の彼は続けた。「相当嫉妬深い人らしい。現在の彼氏の会社の営業妨害を執拗にしていると。かつて夫であった俺の会社対しても何か嫌がらせがあるかもしれないから気をつけてほしいという内容だった」「だから最近、スマホ置くとき画面伏せてたんですね」
ヴィラに戻った。慎一郎さんが私を、彼以外の誰にも会わせないようにしていたということを後から知った。思えば帰国の日まで、スタッフの姿を見なかった。全て慎一郎さんが対応してくれていた。私が過ごしたのはヴィラとプライベートビーチだけ。部屋で服を着ようとすると「それ必要?」と問われ脱がされてまた前からも後ろからも愛された。プライベートビーチでお気に入りの水着を着ていたけど、紐を使った素材だったからかすぐに解かれた。右の紐も左の紐も焦らすようにゆっくりと解かれて早く暴いてほしいとすら思った。優しい軟禁ってこんな感じなのかなってちょっと思った。まずいのは、その日々が私は全く嫌ではなかったことだ。服もろくに着ていないのに、ずっと触れられて愛されて。慎一郎さんの指の些細な動きだけで身体の一部が疼くようになった。私、重症。あのローカルマーケットでの一件以来、慎一郎さんが私に触れるとき、前よりも慈しまれているような気がした。遠慮しているわけでもないみたいで、一つひとつの動作がすごく丁寧になったように感じて、余計に焦らされて慎一郎さんが欲しくなった。明日帰国だと言われたときには、私は社会人として成立するのかどうか不安になっていた。身も心も慎一郎さんに溶かされてたからだ。責任取ってよ?帰国して1週間が過ぎた。私、ちゃんと社会人に戻れた。良かった。あのまま飼い慣らされた愛人みたいな生活をしてたら脳の機能が一部働くのをやめてしまいそうだった。私、ちゃんと妻やらなきゃね。慎一郎さんはクロセ製薬とは別の案件で忙しいみたい。「クロセ製薬の最適化は終わってない。時間がかかるんだよ。でも俺の会社、他とも取引してるからね」と言いながらも「仕事中に俺に会えないのさみしい?」って聞いてきちゃうこの人は披露宴であのいい声でギター片手に歌った人とは思えない。モルディブのローカルマーケットで助けてくれたときも格好良かったんだけどな。仕事で遅くなっても会食があっても、どうしても私のご飯が食べたいと言う。「深月のご飯で俺の身体はできてるの」なんて言われたら作らないわけにはいかない。玉子焼きを出すと喜ぶ。どんなに夜遅くてもこれだけは食べる。慎一郎さんの帰宅が遅くて「先に寝てて」と言われても何とかして起きてる……つもりなんだけど、いつも帰宅した慎一郎さんに起こされてる。「ベッドで寝てて」って言うけど、私
「はい、慎一郎さん。あーん」当然のように口を開ける。一緒に食べるとき、食べ物を口に向けるといつも口を開ける。餌付けしてる気分になる。たぶん餌付けなんだろうな。「うん、うまい。深月も」「え」口を開けてみた。「──甘っ!」「そうか?俺は好きだけど」かなり甘い。濃いココナッツとキャラメルっぽいコクが口の中に広がる。今すぐ烏龍茶を飲みたい。一気飲みで。そうだった。慎一郎さん、私に近づくためにアフタヌーンティーを予約して連れて行った人だった。あの当時、甘党だと話してたけど本当だったんだな。烏龍茶は見当たらないからペットボトルの水を飲んで口を落ち着かせた。……ん?あっちの方、スパイスっぽいな。「慎一郎さん、あっち見たい」すっと大股で歩く。一瞬慎一郎さんの手が離れたけど、すぐに合流できるでしょ。何だろうあれ。シナモンかな。隣にある物も面白そう。刺繍や細工のある小物がずらりと並ぶ。棚の高いところまで。え、あれめっちゃ可愛い。部屋に置きたい。「ね、慎一郎さん」後ろを振り返った。いない。嘘。右にも左にも、彼らしき姿が無い。まずい。はぐれた。バッグの中から慌ててスマホを取り出そうとしていた。「Darifulhaa(ダリフラー)」現地の人っぽい男性が右に、左にいた。それも、5人くらい。にこにこして……はいない。にやにや、が正しいかも。まずい。これはまずい。生存本能がこれはまずいよと訴えかける。「あの、ちょっとどいてくだ……」どいてくれるわけがない。どうする私。これピンチじゃん。よくわからない言葉を話して目配せをしているこの人たち。この後絶対何かされる。「しんいちろうさ……」「慎一郎!そこ、真っ直ぐ歩いて!角を左に曲がるのよ!今から私、光るから!」「ダイヤさん?」恐怖で蚊の鳴く声しか出ない私に対して、大音
海の音が、ずっと聴こえる。モルディブの水上ヴィラのベッドの上。ここに来てから、食事でしか服を着ていない。新婚旅行で子どもを作る、とは聞いたことあるけど、ここまでとは。慎一郎さん、元気過ぎる。泳ぐ時はかろうじて水着を着ている。でも「ここはプライベートビーチだから着なくても大丈夫」なんて言われたときは「そういうものか」とついに何も身に付けずに海で泳いだ。ここに来てから本当に感覚が狂う。慎一郎さん、私が何も身に纏ってないからいつでも触る。色んなところを触る。ずっと触られ続けて脳がおかしくなってきたかもしれない。私がどんなにやらしい声をあげても全く気にしない。隣の水上ヴィラとは距離があるからって。私は聞こえてると思うんだけど。触れられて貫かれて洗われて食べさせられて。一日中ずっとヴィラから出ない日すらあった。わたし、もう日本であんなにバリバリ働けないかもしれない。囲われるってこんな感じなのかもしれない。わたしがぼんやりしてるのをいいことに慎一郎さんがPCを開こうとしていたことがあった。それだけは没収した。わたしを見ない時間があるなんて許しません。「ねえ慎一郎さん。旅行中、ずっとこうしてるの?」口に含んだシャンパンを口移しされる。会話をするたびにこれだ。「どこか行きたい?」与えられる快楽に、わたしはまた溺れた。「地元の人が行くような市場とか、街みたいなところ」「ここでも十分だろ?」「せっかく外国まで来たのに、してることが家と同じじゃない」「……確かにな」「じゃあ、出掛けようよ」やっと服が着られる。新婚旅行で着ようと思ってたワンピースがやっと着られる。ガウンを羽織ってベッドから出ようとしたのに、また視界が反転した。「慎一郎さん?」「その前に、もう一回」「さっきしたでしょ」「俺は足りない」唇を塞がれてまた触れられる。この数日で慎一郎さんは前よりも私の身体について知り尽くしたのだろう。私の理性を、意識を削るのはお
演奏が終わった。披露宴会場がライブハウスみたいになっていた。涼しい顔して戻ってくるのは慎一郎さん。「し、慎一郎さん……」「ん?」着席してグラスのシャンパンを飲んでにっと笑う。悪い顔ってこういう顔だ。「ギター弾けたんですね。てか、歌、めっちゃ上手いんですね。で、あの、その……私、聞いてない!」「聞かれてないからな」「バンドやってたなんて知らないから聞かないですよ!何で黙ってたんですか⁈」「聞かれてないからな」「……もう」「どうだった?」高砂で耳元で囁かないで!「かっこよかったです……」自分でサプライズしておいて固まらないでよね。「続きまして。新婦、深月様のご実家では温泉旅行での卓球が恒例のイベントになっているそうです」さっきのドラムセットのある舞台とは反対側に卓球台が入ってきた。床が絨毯だからか、ガラガラと音はしない。スタッフがラケットとボールを持って入場。よし。「ただいまから、花嫁杯、新婦のご親戚の時国様、黒瀬様による卓球大会を開催致します」「え?」「よし」グローブを脱いで立ち上がった私を見て、慎一郎さんがまた固まった。「じゃ、慎一郎さん。私行ってくる」「え?深月?」お色直しはAラインのカラードレス。試着のとき、こっそり卓球の動きができるかどうかを確認していた。靴も低いヒール。うん、戦える。卓球台の前でスタッフからラケットとボール、そしてマイクを受け取った。軽く息を吸う。「──今日こそ祖母を、倒します!」「いいぞ深月!」黒瀬の親族席から声が上がった。「第1試合。対戦相手は黒瀬悠様です。深月様のお母様に審判をしていただきます」「悠兄ぃ。上着脱がなくていいの?」「深月相手に本気出さねえよ」「ふうん。負ける予定ってことでオッケー?」「ぎりぎりのと
祭壇に到着。「久世さん。泣かしたら返してもらうぞ」隼兄ぃ。この期に及んでそれ?大きな声でやめて。全員聞いてるよ?「嬉し泣きはさせます」慎一郎さん。負けてない。「深月。いつ帰ってきてもいいんだぞ」「悠兄ぃ。縁起悪いこと言わないで」 「悠さん。もう戻って」美咲ちゃんの小声でやっとふたりが着席した。やっと慎一郎さんの隣に立てた。「綺麗だ」「慎一郎さんも。かっこいい」祭壇の前で固まらないで慎一郎さん。「ソレデハ、式ヲ執リ行イマス」慎一郎さんが我に返った。良かった。この神父さん、日本在住20年。日本語ペラペラなのに式の間だけカタコトにしてるらしい。スタッフさんが教えてくれた。彼なりの演出なんだって。「私たちは今、神と皆さまの前で、この二人の結婚を祝福するために集いました。結婚は、互いに愛し、敬い、支え合い、生涯を共に歩むことを約束する尊い契約デス」「新郎、久世慎一郎。アナタハ時國深月を妻とし、健やかな時も病める時も、喜びの時も悲しみの時も、富める時も貧しい時も、これを愛し、敬い、慰め、助け、生涯変わることなく誠実であることを誓イマスカ?」「誓います」うわ。ぐっと来る。「新婦、時國深月。アナタハ、久世慎一郎を夫とし、健やかな時も病める時も、喜びの時も悲しみの時も、富める時も貧しい時も、これを愛し、敬い、慰め、助け、生涯変わることなく誠実であることを誓イマスカ?」「誓います」ん、背筋伸びるね。「ソレデハ、指輪ノ交換デス」それぞれママに抱っこされた湊くんと翠ちゃんがリングピローをつまんで持っている。湊くんがぐいっと自分の方に寄せると同時に翠ちゃんが負けじと引っ張った。「ふえ、ふええ……」と翠ちゃんがぐずり始めた。ひええ。式場のスタッフから「乳幼児のお子さんが持たれる場合は、リングピローに載せる指輪はダミーにされて縫い付けられる方が多いです。誤飲防止です」と教えられていた。ダミーにしておいて本当に良かった。ハリー・ウィンストンで婚約指輪と共に購入していた結婚指輪をスタッフがそっと神父さんに預けた。リングピローが到着……しない。自分たちのおもちゃと認識していたのか、台に置くタイミングで湊くんが「そえっ!ぼっ!」と抗議している。たぶん「それ、ボクの!」と主張しているな。ここで湊くんのママ、奈緒さんがアンパンマンのぬいぐるみを見