翌日。結局考えもまとまらないまま、俺はハナさんたちとの待ち合わせ場所に来ていた。今回はゲート目の前での集合でなく、駅前での集合だ。やっぱりC級ダンジョンに潜るというのは多少無茶だとは分かっているみたいで、そのぎりぎりのラインで理性が勝ったのか全員集まってから潜るダンジョンは精査したいと言うのだ。 昨晩はなんだか気がかりなことが多くなってしまってよく眠れなかった。気も急いているのか、待ち合わせ場所に着いたのは予定時刻よりだいぶ早め。朝の駅なんて当然混みあっているが、そこにハナさんや倉井さんの姿はまだない。 さて、潜るダンジョンが決まっていないということは……同時にこれがハナさんを考え直させる最後のチャンスだということでもある。鹿間さんの話からすれば、既にこういう無茶で痛い目を見たことが少なからずあるようだし……話せばわかってくれそうだが……。もしくは、それだけ危険に遭っても行動を改めていないということで、取り付く島もないかのせいもあるにはある。 ハナさんたちはもとより集合時間よりは早めに来るつもりだったようで、しばらく待っているとすぐにやってくる。そして二人の視線はすぐに俺を発見し、こちらに歩み寄ってくるのだった。「おっ、みーちゃん早い! 気合十分だねぇ~!」 まだ朝も早いのに、ハナさんは相変わらず元気な様子だ。しかし、これからのことと鹿間さんから得られた情報のことを考えると……そんな明るい態度にも曖昧に笑うことでしか返せなかった。「ふわぁ……おはようございます。なにやら今日は挑戦的な撮影らしいですから……気を引き締めていきましょう……」 ハナさんとは対照的に、倉井さんは朝は弱いみたいであくびをしながら眠たげな眼をこすっていた。けれども、まぁC級ダンジョンに挑むなんて話をハナさんが事前に通していない今日やることについてはしっかり分かっているようだ。倉井さんからは……俺のような不安や、ハナさんのような熱は感じられない。カメラマンだからだろうか……これからすることの危険さを俺たちよりかは遠くに感じているのかもしれない。 ハナさんのやる気に水を差してしまうようで気が引けるが、ここはきっちり言っていかないとと思い口を開く。「その……ハナさん、C級って言うのは……やっぱりやめにしませんか? その……昨晩、このことについて鹿間さんにも
「おっ……」 早速届いた鹿間さんの返信を開く。俺が開いたタイミングでは、既に三つのメッセージを着信していた。『ハナちゃんなら知っているけど…どうしたんだい?』『彼女に会ったの?』『本当に…いったい何が知りたいんだい?』 話がしたいという旨だけのメッセージを送ったため、鹿間さんの返信には困惑の色が強い。まあ確かに急すぎると言えば急だっただろうと少し反省した。そんな鹿間さんの困惑も解消するために、急いで返信を入力する。「はい」「その…ハナさんから鹿間さんとの昔の話を聞きまして…」「鹿間さんから見てハナさんってどういう人だったのかなって」「それを聞きたいんです」 たぶんこれで過不足なく俺の趣旨は伝えられるはずだ。ただ結局のところ性急すぎるところは変わっていなかったらしく、鹿間さんの返信は依然としていまいち話をつかみかねてる感じだ。『またずいぶん急だね』『ハナちゃんとの間に何かあったのかい?』『ごめんね、いまいちまだ水瀬君が何を聞きたいのかよく分かってないんだ』 もう一度段階を踏んで、結局何が知りたいのかをはっきりさせる必要がある。数秒考えた後、ことの経緯を説明することにした。「俺、こないだハナさんの撮影に協力したんですよ」「それで、今さっき新しい誘いがきて…」「今度はC級のダンジョンに潜ってみないかって…」 まだ俺が説明しきらないうちに鹿間さんの返信が来る。『ハナちゃん、いまD級だっけ?』 俺は入力しかかっていた文字をいったん消して、その質問への答えを投げた。「はい、D級です」「それで…結局俺が聞きたいのは、ハナさんがそんな無謀なことをするような人なのかってことなんですけど…」『なるほど』『大体わかったよ』 なんだかまだ説明が足りなさそうだったのに、鹿間さんはそこですべてを察したような返信をしてくる。それは……鹿間さんの中に、これに関したことでハナさんへの特別なイメージがある……ということなのだろうか? その後、何かを考えているのか、はたまた長い文を入力しているのか、しばらくメッセージが来なくなる。しかしこの流れで会話が終わるはずないと分かっているので、特に急かすようなこともせず続きを受信するのを待った。 しばらくすると、思った通り鹿間さんはメッセージを続けてくる。『まず最初に』『彼女がそういうこと
夕飯後、俺は自室に戻ってハナさんの動画を見ていた。あの日に俺が一緒に映ったあの動画だ。時間を置いてみると、なんだか色々思い過ごしだったような気もして……とりあえず見てみたのだ。 動画の中のハナさんは明るく、そしてすごく自然体に見えて……とても何か問題を抱えているようには見えない。結局、あの瞬間気になっていた違和感なんて嘘みたいな気がしてきて、俺の悪癖としての臆病が顔を出しただけなのかもしれない。「そうだ……」 展開を知っている動画なので、どんな感じに仕上がっているかだけ何となく確かめたら、その画面をもう切り替えてしまう。動画の続きより、今この瞬間のちょっとした思い付きを優先したのだ。 時間は21時手前……。たぶん見るだろうと、鹿間さんにメッセージを送る。「ハナさんって知ってますか?」「あの…ダンジョンの動画上げてる…」「その人について、ちょっと聞かせてもらってもいいですかね?」 鹿間さんから見て、ハナさんはどういう人だったのか……。それを鹿間さんに尋ねてみようと思ったのだ。 鹿間さんは俺よりずっと賢いというか、人を見る目があるし……俺以上にハナさんと深い関りがある。そんな鹿間さんなら、きっと俺よりもよく彼女について分かるはずだ。 ……と、メッセージを送ってみたものの、すぐに反応が来るわけでもない。まぁそれもそうだ。さっきはハナさんが俺に動画のリンクを送ってきたタイミングで俺も返信したからすぐに会話になったに過ぎない。 いったいいつ鹿間さんがこのメッセージを見るかは分からないが、ひとまずある程度の時間は待ってみようと……結局再びハナさんの動画を開く。さっき見ていたところまでシークバーを動かして、寝転がりながら続きをみた。 動画を見ているとあの日の記憶が鮮明によみがえってくる。気がつけば……目では動画を見つつも、頭の中では実際に俺が体験した記憶を見ていた。 ダンジョン探索の動画ということで、編集の手が入っても動画時間はそれなりに長い。最初はもう少し鹿間さんからの返信を待ってみるつもりだったが、なんだか自分の中で「ここで一区切り」みたいのが出来てしまって、この動画を見終わったら返信が来ているかどうかを気にするのをやめることにした。 そうしてぼーっと画面を眺めていると、鹿間さんからの返信……ではなく、俺の部屋に姉さんが
あれから数日、一度こなしてしまえば後はもうなんてことはなく……クリーナーとしての生活にもだいぶ慣れてきた。ダンジョン内の換金素材や攻略自体に発生する報酬金に加え、俺の場合スキルで毎度毎度手に入る武器があるので、それも要らないものは売却することで……たぶんE級にしては結構儲かっている方だと思う。 しかし、こうしてしばらくクリーナー生活をしていると、俺のスキルの便利さというのを実感する。例えばあの時のハナさんのように、ダンジョンで戦う時の武器は本来誰かにつくってもらったりする必要があるわけで、そういった所での費用を浮かせられるのはかなりデカい。中には強い武器を求めてダンジョンに潜る熱心なクリーナーも居るみたいだが、俺の場合は数をこなさなくてもとりあえず武器が手に入ってしまうのだから、楽なことこの上ない。そういえば……要らない武器を売却するときに気づいたのだが、どうやら俺の手に入れた武器は……俺の手を離れるとステータス補正がだいぶ弱まり、特殊能力もだいぶ効果が薄れると判明した。これであの武器たちは俺のスキル由来のものだと確定して安心する一方、売値が安くなってしまうので残念でもあった。 今日はもう一仕事終えた後なので、自室のベッドの上で携帯を眺めてゴロゴロしている。あれからハナさんのチャンネルをちょこちょこチェックしていたのだ。ハナさんの動画は意外と多岐にわたり、ああいうダンジョン関連の動画だけでなく普通に料理したりゲームしたりという趣旨のものも多い。あとは結構配信とかもするみたいだ。なかなか忙しい。 その中でも、俺はやっぱりダンジョン関連の動画をよく見る。勉強になるのも、終始ふざけてるようなのもあるが、基本的にやっぱりクリーナーの後輩としては結構ためになるポイントが多いのだ。俺みたいに他の誰かと動画を撮るのも珍しくないみたいで、複数人で映っているのもいくつかある。まるでそこにはハナさんのクリーナーとしての歴史が全部あるかのようだった。「そういや……俺の動画っていつ上がるんだろ……」 何ならここ数日間ほとんど頭の無かったそれを思い出す。あのダンジョン攻略の直後はわりと楽しみにしていたが、ここ数日の間に日常生活の中へと埋もれてしまったのだ。とは言えこうしてずっと画面を睨んでいても更新が来るわけでもない。 ひとまず……今日はダンジョン
録画停止ボタンが押される。その音を最後に、俺たちはダンジョンの外の世界に放り出された。森林の匂いから一変して、辺りは都会の匂いに包まれる。それを鼻腔の奥まで吸い込むと……嫌気がさすというほどではないが、「こっちはそういえばこういう空気だったよな……」と少しがっかりしたような気がした。「はいは~い、みんなお疲れ~。みーちゃんも倉井ちゃんもありがとね~」 ハナさんは未だ眩しい日差しを浴びながら伸びをする。ダンジョンから出てカメラが関係なくなった今でもなお、俺の呼び方は「みーちゃん」のままだった。 ハナさんはそのまま伸びを終えると、相変わらず元気な様子でこちらに話しかける。「ねね! みーちゃんさ……E級なんだよね?」「え? はい……そう、ですけど……」 その等級に似つかわしく、今日は活躍というほどの活躍もなかった。まぁダンジョンに潜るたび危険に見舞われるのでは困るので、本来このくらい安全でいいのだ。しかし、俺の等級が今更なんだというのだろう?ダンジョン入る前だって、俺のランクが低いことに関してはあまり気に留めていなかったと思うし……。「みーちゃんさ……E級にしてはぁ……なんか強くなぁ~い?」「え、あっ……そっちか……」 続くハナさんの言葉に、内心安堵する。てっきり何か悪印象を与えてしまったのだろうかと思っていたが、その逆だったらしい。 ハナさんはいたずらっぽい表情を浮かべて俺の顔を覗き込む。「ん~……」 その表情はまるで「秘密を暴いてやる」とでも言いたげな、挑戦的な表情だった。あんまり見つめられてしまうと必然的に俺の視界のほとんどをハナさんが占有してしまうことになる。ただ……コミュ障の性か、視線を合わせることはできずに斜め下に視線を逃がした。「な、なんですか……?」「いいや~、なんでも~……?」 そう言いつつも、なんだか含みのある表情。と言っても、実際に俺自身に語れるどうこうがあるわけでもないし、ハナさんが聞いて面白いようなことは何一つ俺からは出せないのだった。それでも、俺から何も引き出せずともハナさんは楽しそうにしている。「ね、さ……みーちゃんはさ、あたしたちと……もう一回、こういうことしてみる気はある……?」「え、こういうことって言うのはつまり……」「そう、あたしたちとまた……どうがとってほしいなーって」
このダンジョンに出現するモンスターは森ということもあって植物型のモンスターが多かった。さんざん虫に苦しめられた記憶がまだ色濃く脳裏に焼き付いているため、虫系の魔物が姿を現さないことに心底安堵する。虫に好きも嫌いもなかったが、もうしばらくは見たくもないところだ。そして……このダンジョンのモンスターの傾向が植物系に偏っていることに関しては、ハナさんも安堵しているようだった。「いやぁ、ちゃんと映せそうなモンスターでよかったよぉ……。あんまりこう……動物っぽすぎたり、血がどばってなるタイプの奴だと戦ってるところ撮れないからねぇ……。」 ハナさんは凶悪な形をしたメイスでキノコ型のモンスターをしばきながら言う。その絵面はハナさんの身に纏う雰囲気をもってしても普通にバイオレンスな感じに見えるが、動画的にはまだこれでもセーフなラインらしい。 さて、こうしていざ探索が始まると思いのほかカメラも気にならなくなってくる。単純に集中しているからなのか、それとも俺がこの環境に慣れてきたからなのかは分からない。しかし、ハナさんの実力も十分にあるのもあってか、攻略自体はすごく順調だった。 こう言ってしまうとナメた発言みたいになってしまうが、俺自身にとっても……どうやらこのくらいの難易度のダンジョンは問題にならないらしく、正直だいぶ余裕を感じている。そういうこともあって、俺はあの二本の剣は使わず、あの蛇を倒して手に入れたばかりの短剣の試し切りをしていた。ステータス補正という点ではやはり普通ではないのだが、しかしクリアしたダンジョンのランクの問題か……この毒の短剣の能力自体はあの二振りの剣のように圧倒的なものではなかった。まぁあまり目立たない能力の方がこの雰囲気に合っている気がするし、それも好都合だろう。「あっ、見て見て! みーちゃん、これ……!」「ん? なんですか……これ、花……?」 戦闘の合間、ハナさんに呼び止められて茂みの中に群生する白く小さな花を見る。子ぶりながら清楚な感じで、可愛らしい花だ。それに、なんだか……。「あ……これ、ほのかに甘くて……いい匂い、ですね……」 普通に外で嗅ぐような花のそれとも違う、癖が無く、しつこくなく、それでいて瑞々しく果実を思わせるような甘い香り。そのかすかな香りを追いかけるように顔を近づけようとすると……。「おっ