LOGINというわけで、やって来ました、竜神橋ダンジョン。
ネット検索すると、ありし日の竜神橋の風景が出てくるけれど、いまやそれは古い情報。
見ろよ、この目の前に広がっている、異様な空間を。
こっちの崖からは、遙か向こうにあるはずの崖は見えない。常に白いもやがかかっていて、どれくらいの距離があるのかも不明だ。
そして、そんな空中に、蜘蛛の巣のように張り巡らされた吊り橋。
いや、吊り橋と言っても、どういう原理で宙に浮いているのかが不明だ。上に乗ったらそのまま落ちてしまいそうな不安定さを醸し出しているけど、実際は、大丈夫だろう。
なぜなら、ここはダンジョンだから。
ダンジョン内では、常識は通用しない。時には物理法則だって捻じ曲がる。思い込みや先入観で挑むのは危険だ。
「準備はいい?」
吊り橋の入り口前に立つナーシャが、こちらを振り返ってきた。彼女の背後には、フヨフヨと、3台のボール型配信機が浮かんでいる。あんな風にハンズフリーで配信できるのはうらやましいな……と思いつつ、俺もスマホを操作して、配信モードへと切り替えた。俺の場合、常に片手でスマホを掲げていないといけないのが、すごくめんどくさい。
「オッケーだ。でも、ナーシャはそんな格好で大丈夫なのか?」
「へ? 何か変?」
「やたら軽装備というか、なんと言うか」
目のやり場に困る、というセリフは寸前で飲み込んだ。
ナーシャが着用しているのは、サイバーパンク風のレオタードアーマーだ。ボディラインがクッキリと浮き出る形の、かなりセクシーなデザイン。豊かな胸や尻がしっかりと強調されている。このコスチュームもまた、人気の一つだったりするのだろう。
「平気よ。これは御刀重工製の軽量パワードスーツなの。これを着ることによって、常人の何十倍ものパワーを発揮することが出来るわ。ガトリングガンだって楽勝で使えるもの♪」
「ちなみに、スキルとかは持ってるのか?」
「スキルはあるけど……教えなーい」
「はあ?」
「そっちが本当のことを隠しているうちは、私も何も教えなーい」
クスクスと悪戯っぽい感じで笑いながら、ナーシャは吊り橋の上へと進み出た。
事実、隠し事があるのは本当なので、俺はこれ以上何も言えず、ナーシャの後へと続いた。
「せめて、どこでスキルを手に入れたのかは、教えてくれよ」
「私のインスタを見て。そこに書いてあるから」
「こんなダンジョンの中で、いちいち見てられるかよ」
「まあ、モンスターが出てくるまで、雑談するのも悪くないわね。私のスキルは伊勢神宮で手に入れたの。神様は天照大御神。いいでしょ」
「ふうん、伊勢神宮か。けっこう大きいところでもらったんだな」
「カンナは? どこでスキルを手に入れたの?」
「う」
俺は答えに窮した。
なぜなら、俺の場合は、かなり特殊な入手の仕方をしているからである。
ダンジョン禍の始まりとともに、「選ばれた者はダンジョン攻略するためのスキルが与えられる」と騒がれるようになった。そして、スキルを得るには、神社や寺、教会といった神聖なるスポットに行き、そこを司る神に認められる必要がある、ということも判明した。
多くのダンジョン探索者達が、スキルをもらうため、神様にお願いしに行っている中、その当時の俺はそれどころではなく、中学生でも雇ってくれる違法な工事現場で働いていた。
その工事現場に、突如としてダンジョンが現れたのだ。
気が付けば、モンスターが跋扈するダンジョン内に取り残されて、戦う術を持たなかった俺は、これはもう死んだかな、と覚悟を決めたのだけれど、そこへ、神様の声が聞こえてきた。
神様は名を名乗らなかった。
とにかく、その神様によって、俺は「ダンジョンクリエイト」のスキルを授かったのだ。
……なんてことは話せるわけない。ましてや、配信を回している、この状況で。たとえ常時見てくれているのがキリク氏たった一人だとしても。
「あー、なによ、これー⁉」
急に、ナーシャは不満げな声を上げた。彼女は自分のスマホを見ている。
俺にスキルのことを質問したのは、すっかり忘れているようだ。
「どうした?」
「カンナってば、私とのコラボ配信、ちゃんと周りに言ってないでしょ」
「バイトが忙しくて……」
「言い訳しないでよ。せっかく、タッグ組んでるのに。もー!」
それから、ナーシャは、彼女のスマホの画面を俺に見せてきた。
俺のチャンネル画面。登録者数は変わらず5人。現在視聴している人数は1人。安定の、過疎っぷりだ。
「これじゃあ、なんのために組んであげたのか、わからないじゃない!」
「俺のスキル狙いだろ」
「もちろん、それが一番だけど、割と本気で、カンナのお手伝いが出来たら、って思っているんだからね」
「どうして、そんなに世話焼いてくれるんだよ」
「命の恩人だからよ!」
すっかりむくれた様子で、ナーシャはプイッと顔を背けると、スタスタと先へ進んでいく。
俺は、ふと、手元のスマホで、ナーシャの配信画面を見てみた。
チャット欄にはたくさんのコメントが書かれている。
そして、いま、俺に対する文句の声で溢れている。
《:なんなん、あいつ⁉》
《:ナーシャたんがここまでお膳立てしてくれたのに、むげにしやがって!》
《:しかも偉そう。態度さいあく》
《:お前みたいな底辺ライバーがナーシャたんと組めるなんて人生三百回やり直しても訪れない奇跡だっていうのによ!》
《:タヒねタヒねタヒねタヒねタヒね》
フッ、と俺は口の端を歪めて、苦笑した。随分な言われようだ。まあ、5人しか登録者がいないのだから、底辺ライバーであることは間違いない。
あんまり気にもならなかった。
「⁉ いま、翼の音が聞こえなかった⁉」
いきなり、ナーシャは吊り橋の真ん中で、腰を落とし、ガトリングガンを構えた。
耳を澄ませると、確かに、バサッバサッと羽ばたく音が聞こえる。
「モンスターか?」
「ええ! 戦闘準備に入って! 秒で撃退するわよ!」
それから五日後。 異例の早さでパスポートを発行してもらった俺は、リュックに着替えとか生活必需品とかを詰めるだけ詰めて、空港へと行った。 ノコについては、リュカに面倒を頼んだ。友達を頼るのは気が引けたけど、リュカは事情を知った上で、そういうことならと、快諾してくれた。通院の対応や、定期的に寄っては状態を確認するなど、日々の世話をしてくれる。ありがたい話である。 空港に着くと、すでにタチアナとオリガが待っていた。「遅いです」 タチアナはむぅと頬をふくらませている。「タニャ姉、カンナさん時間通りに来たよー。遅くないよ」 オリガがすかさずフォローを入れてくれたけど、タチアナは、もっと早くに来てほしかったのだろう。不機嫌そうな様子を緩めることはない。 なかなか気難しい子だな、と扱いに困っていると、ちょうどそこへチハヤさん達もやって来た。「ああ、この子達が、ナーシャさんの妹の……」「タチアナです」「オリガ!」 温度差のある、二人の挨拶。 オリガとは仲良くやっていけそうだけど、タチアナはなかなか気難しいところがある。この先の旅は大丈夫だろうか、と心配になる。「先方は何か文句言ってました?」「ええ、かなり。宴席とかも設けていてくれたみたいで、それらの予定を全て一から作り直しですから、だいぶ激怒しています」 そう言いつつ、チハヤさんは涼しげな顔をしている。「なんか、だいぶ余裕ですね」「私、正直な話、中国って嫌いなんですよ。国家も、人民も。だから、迷惑かけてもあまり気にはならないです
チハヤさんとの通話を切り、急いで配信サイトを立ち上げた。 検索するまでもなかった。オススメの動画のトップに、虎剣のライブ配信が表示されている。 配信を覗いてみると、どこかのダンジョン内、石造りの通路の中で、虎剣がモンスターと戦っているところだった。 虎剣はカンフー服を着た筋骨隆々とした男である。短く刈り揃えた髪に、男前な顔立ち。格闘ゲームにでも出てきそうな見た目だ。 配信のタイトルには「始皇帝陵」と書かれている。たぶん、そういう名前の遺跡か何かなのだろう。そして、戦っているモンスターは、いわゆる兵馬俑というやつだろうか、古代中国の兵士の姿を模した人形だ。 そんな虎剣とともに、兵馬俑を駆逐しているのは――ナーシャだ。 トレードマークのガトリングガンこそ持っていないが、レオタード型のパワードスーツは着ており、徒手空拳で無敵の強さを見せている。 あっという間に、兵馬俑達を駆逐した後、虎剣とナーシャはカメラの前に並んで立った。 虎剣は、ナーシャの肩を親しげに抱くと、ニカッと笑って、何か中国語で喋り始めた。「她是我的新搭档阿纳斯塔西娅! 她很强!」 なんて言っているのかさっぱりだが、「阿纳斯塔西娅」だけは聞き取れた。ナーシャの正式な名前だ。 ナーシャは、あんなに感情豊かだった彼女らしくなく、やけに無表情だ。それに、ひと言も口をきいていない。何があったのか、どうして虎剣のパートナーとして戦っているのか、なぜ中国にいるのか、よくわからない。 わからないけど、俺はジワジワと湧き上がってくる喜びを噛み締めていた。&
あの戦いから一ヶ月が経った。 崩れ落ちた新宿区によって、中野区も壊滅的な被害を受けており、その避難民の受け入れをどうするかが社会問題となって、連日新聞やテレビ、ネットニュースを賑わせている。 中には、なぜか俺のことを悪者扱いする連中もいる。アクーパーラを倒さなければ、こんなことにならなかった、とかいう意味不明な論調で罵ってきている。まあ、そういうアホな奴らもいるだろう、と思って、全然気にしていない。 俺自身はだいぶ落ち着いてきたので、久々に、母さんの墓参りに行った。 ノコは連れていかなかった。俺だけだ。親父のことを報告したかったので、ノコにはいてほしくなかった。 東京の西部、丘陵地帯の眺めのいいところに、霊園はある。 花束を持って、母さんの墓まで行くと、おかしなことに気が付いた。 すでに花が供えられている。「誰だろう……?」 うちの親族で、墓参りするような人は思いつかない。そうしたら、母さんの友人とか、そんな人達だろうか。 空いているスペースに花を差し込んでいると、初老の痩せた男性が、水の入った桶を持って、こちらへ向かってくるのが見えた。 誰だろう、と思って見ていると、相手は俺のことを見た瞬間、にっこりと微笑んだ。「やあ、カンナ君。お母さんの墓参りかい」「どちら様でしょうか」「君のお母さんの主治医をしていた、東郷という者だよ。君の活躍は、配信で見させてもらった。いや、すごかったね。お陰で多くの人が助かったよ」「先生は、わざわざ、お墓参りに?」「いつもはお盆の時期にお墓参りしているんだけどね、今日は特別だ」
家に帰るのに、一週間はかかった。 理由は、各方面への対応に追われていたからだ。 まず、ダンジョン探索局にチハヤさん達が事態の報告をするのに当たり、俺の協力が必要だった。ゲンノウが人間である時に、最後に接触したのが俺だったからだ。 それと、警察やら、自衛隊やらの、聞き取り調査。 それらが終わったら、今度は、学校への謝罪に行かないといけなかった。校則で、ダンジョン配信は禁止、とされていたにもかかわらず、配信をやっていたことがバレてしまったからだ。 退学になりかねないところ、チハヤさんも説得に協力してくれて、なんとか停学処分で済むこととなった。 そこまで終わったところで、やっとひと段落つき、俺は家へと帰ることが出来た。「お兄ちゃん……!」 帰るなり、ノコが飛びついてきて、抱き締めてきた。その頭を、俺は優しく撫でてやる。 家に戻れない間は、電話でやり取りをしていた。声だけでも聞かせていたが、やっぱり、それだけでは不十分だったようだ。「もうダンジョン配信なんてやめてね! お願いだから!」「ああ、そうするよ。今度配信をやったら、学校を退学になるかもしれないし」 登録者数十万人超えの現在、ダンジョン配信をしないのはもったいないけど、致し方あるまい。 ちなみに、日本各地のダンジョンは、ゲンノウが倒されても変わらず存在している。あいつが作り出したダンジョンではあるけど、あいつを倒せば消える、というわけではないようだ。 なので、今日もどこかで、ダンジョン配信をしているDライバーがいることだろう。「お父さんが戻ってくれば&helli
いよいよ、もうダメかもしれない。 そう思っていると、イワナガヒメが横から話しかけてきた。「ゲンノウの、脳について、わらわは居場所がわかるぞ」「本当すか⁉」「うむ。感じるのじゃ、やつの気配を。この真下から」「真下って……」「地下深くにあるようじゃ」 マジか。 直接脳味噌をぶっ叩けるのなら、そうしたいところだけど、あいにく俺の「ダンジョンクリエイト」では、目に見えない範囲だけを操作することは出来ない。それをやるためには、まず表面に亀裂を入れることから始めて、順繰りにその亀裂を地下深くへと伸ばしていくやり方をしないと、攻撃が届かない。 だけど、そんな悠長な攻撃、ゲンノウが見逃すとは思えない。あっちも「ダンジョンクリエイト」持ちだから、きっと、俺の行動を妨害してくることだろう。俺がいくら亀裂を作っても、後から塗り込めてしまうに違いない。そうしているうちに、脳味噌を別の場所へと移してしまうだろう。 そうなったら、終わりだ。もう倒しようが無くなってしまう。「イワナガヒメ、あんたのねじれで、地下深くまで一気に破壊できないか?」「無理じゃ。わらわの力では、表面をねじれさせるのが限界じゃ」「そうか……そうなると、他に方法は……」 ブツブツと、ああでもない、こうでもないと呟く俺のことを、イワナガヒメはじっと見つめている。「なぜじゃ」「へ、何が?」「わらわは、うぬの仲間を大勢殺してきた。にもかかわらず、うぬはわらわを憎んでいないようじゃ。それはなぜじゃ」「そりゃあ、色んな人が死んだのは悲しいけど……でも、お互い覚悟の上でぶつかり合っていたん
新宿の目に向かって、俺はまっすぐ突っ込んでいく。両脇を、ナーシャとチハヤさん、シュリさんが併走しており、後方ではレミさんがスナイパーライフルで援護射撃の体勢を取っている。「甘い」 ゲンノウはそう言って、ダンジョンの構造を変化させた。 さっきまで目の前にあった新宿の目が、グルンと移動し、天井へと移る。「逃げるな!」 俺は妖刀バイスを振るのと同時に、天井の構造を作り変える。天井に張りついている新宿の目だけが突出するように、グニャリと歪んで、俺達の前まで下がってきた。「えええい!」 そこへ、刀を叩き込んだ。 一気に爆散させるイメージで。 天井から柱のように伸びていた新宿の目が弾け飛んだ。「やった!」 ナーシャが歓びの声を上げたのも束の間、今度は、天井一面、壁一面、床一面に、ビッシリと、無数の新宿の目が現れた。「今のはダミーかよ!」 どれが本物の新宿の目で、ゲンノウの本体なのかわからない。 一つ一つ潰している暇はない。そんなことをしていたら、その隙に逃げられてしまうかもしれない。(ん……? 逃げる……?) ふと、疑問に思った。 どうしてゲンノウは、わざわざ俺の相手をしているのだろう。 俺が「ダンジョンクリエイト」持ちであり、いまやダンジョンと一体化したゲンノウにとっては必殺の攻撃手段を持っている天敵であるということは、わかっているはず