見習い魔女竜胆白緑は四十六歳

見習い魔女竜胆白緑は四十六歳

last updateLast Updated : 2025-05-04
By:  173号機Updated just now
Language: Japanese
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十歳の誕生日、うっかり真の魔女になりたいと口にして、異世界から日本へ飛ばされ早うん十年。優しい魔女とその夫に拾われて何不自由なく育った見習い魔女(男)は、なんと見習いのまま四十六歳に!! 異世界人だからか、性格が悪いのか、はたまた教育の賜物か、とにかく偽りだらけの見習い魔女(男)。果たして彼は真の魔女になれるのか……

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Chapter 1

プロローグ

 俺の名前は竜胆白緑。

 竜胆はそのまま読んで「りんどう」、白緑と書いて「みどり」。見習い魔女をやっているれっきとした男だ。

 きっとこの世界の人たちからすると、男が魔女だなんて意味が分からないことだろう。でも俺はこことは別の世界から来た。だから男が魔女でもいたって普通。

  目的は真なる魔女になるため。いわば修行だ。しかし現在、修行は難航……いや停滞している。

 転移してきた少年時代、運良くその日のうちに優しい魔女たちに拾われ、超難関と言われる国立の魔女大学まで通わせてもらったのに、俺は相も変わらず見習い魔女のまま。

 なぜなら俺の力の根源である魔力がこの世界には微々たる量しか存在しないから。それはつまり使える魔法も習得できる魔法も、ものすご~く限られるということ。

 そしてこの世界の魔女が根源としている力は妖力で、ほぼ無限に存在する。お陰で実力差は開くばかり。

 しかもこの世界の魔女は完全で強烈な女社会。

 別に自称フェミニストや過激派ポリコレなる脳みそバーサーカー気味の魔物が男を排除しているわけじゃない。と思いたいが実際はどうなのだろう。未だ分からない。

 とにかく男が魔女とバレようものなら恐ろしい目に遭わされること必至らしい。

 ただ俺は種族的な能力でほぼなにも消費せずに変身できる。それで今までなんとかバレずにやってこれた。変身を魔法と偽り、あとは謀略のみで大学を卒業したのはちょっとだけ自慢だったりする。

 けどやっぱり俺は見習いなのだ。ず~っと見習い。そんなもの十を数える辺りでさらりと卒業するのが当たり前にもかかわらず。

 ああ、気が付けばもうすぐ四十六歳。

 ずっとバイトと魔女の修行で稼ぎはほぼ無し。おまけに実家住まい。なんとかせねばと思う一方で、そんな生活も悪くないと感じる自分もいる。

 どうしたものか……。

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34 Chapters
プロローグ
 俺の名前は竜胆白緑。 竜胆はそのまま読んで「りんどう」、白緑と書いて「みどり」。見習い魔女をやっているれっきとした男だ。 きっとこの世界の人たちからすると、男が魔女だなんて意味が分からないことだろう。でも俺はこことは別の世界から来た。だから男が魔女でもいたって普通。  目的は真なる魔女になるため。いわば修行だ。しかし現在、修行は難航……いや停滞している。 転移してきた少年時代、運良くその日のうちに優しい魔女たちに拾われ、超難関と言われる国立の魔女大学まで通わせてもらったのに、俺は相も変わらず見習い魔女のまま。 なぜなら俺の力の根源である魔力がこの世界には微々たる量しか存在しないから。それはつまり使える魔法も習得できる魔法も、ものすご~く限られるということ。 そしてこの世界の魔女が根源としている力は妖力で、ほぼ無限に存在する。お陰で実力差は開くばかり。 しかもこの世界の魔女は完全で強烈な女社会。 別に自称フェミニストや過激派ポリコレなる脳みそバーサーカー気味の魔物が男を排除しているわけじゃない。と思いたいが実際はどうなのだろう。未だ分からない。 とにかく男が魔女とバレようものなら恐ろしい目に遭わされること必至らしい。 ただ俺は種族的な能力でほぼなにも消費せずに変身できる。それで今までなんとかバレずにやってこれた。変身を魔法と偽り、あとは謀略のみで大学を卒業したのはちょっとだけ自慢だったりする。 けどやっぱり俺は見習いなのだ。ず~っと見習い。そんなもの十を数える辺りでさらりと卒業するのが当たり前にもかかわらず。 ああ、気が付けばもうすぐ四十六歳。 ずっとバイトと魔女の修行で稼ぎはほぼ無し。おまけに実家住まい。なんとかせねばと思う一方で、そんな生活も悪くないと感じる自分もいる。 どうしたものか……。
last updateLast Updated : 2025-03-16
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第1話 見習い魔女と誕生日
 時計の針が二十時を回って少し。ようやく帰れる。「お疲れ様でした」 「お疲れ様。年末に急な出勤をお願いして悪かったね。それじゃあまた正月明けに。良いお年を」 「はい、良いお年を」 外出用の姿の”私”は、店長に作り笑顔を浮かべて女子更衣室へ向かう。言っておくが、これは不可抗力であって仕方の無いことだ。 幸い私以外に誰もいない……こともなかった。小泉さん(二十四歳)が化粧を直しながら電話をしている。 おかしいな。こいつが仕事に来ないっていうから、年末最終日に突然呼び出されたってのに、どういうことだ? 私は小さな会釈に最大限の威嚇を込めて彼女の前を通りすぎ、マジックで竜胆白緑と直書きされた冷たいロッカーを開けた。 内側に付けられた小さな鏡に写るのは、小綺麗な大人の女性。私の実年齢は四十代だが、外出用の姿は三十代かギリギリ二十代に見えるよう調整してある。 この世界では資格や働けると思わせる見た目よりも、年齢はさておきワンチャン有りだよなとキモい男性社員に思わせることが大切なのだという。 なぜなら私は見習い魔女。 四十を過ぎているのにいっぱしの魔女として食っていくには程遠い稼ぎなのだから、それくらいの気持ちでいなければならないらしい。 育ててくれた母であり大魔女の、それはそれはありがたい助言により採用された小さな薬局を出て空を見上げた。 白く薄い吐息が背に流れ、微かに漂う出店の香りが財布の紐を緩ませるも、数枚の薄汚れた茶色い小銭が涙を誘う。 とかくこの世界は金がかかる。この世界に魔力さえ豊富ならこんな苦労などすることもなかっただろうに。 私をこの世界に放り込んだ張本人は間違いなくわかっていたはずだ。親父との時間を邪魔されたくなくて、こんな世界に飛ばしたのだ。 大木の生えた人けのない公園に寄り道をして、鬱蒼とした森の隣にある自宅へ帰るとすぐに変身を解いて元の姿になった。 古い日本家屋に染み込んだ薬草臭がとても落ち着く。 ただいまの返事も聞かずに自室へ入りベッドに倒れ込む”私”……いや、”俺”。 長年姿や性別を偽り続けてきた結果、それに応じて思考の一人称も使い分けるようになった。だから今の、親父たち譲りのあどけない少年の雰囲気を残し、透き通る緑髪を持ったこの世界では無駄に超イケメンな本当の姿の時は”俺”だ。 超イケメンならすべての不幸が帳消
last updateLast Updated : 2025-03-16
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第2話 見習い魔女と出勤の空
 冬の満月をぼけぇっと見ていると、つい欠伸がでてしまった。 すると肩に乗っている青紫色のペンギンが大袈裟に嘆いた。「はぁ、情けない」 こんなのはいつものことだから私は気にしない。 この執事気取りのペンギンはシラー・ペルビアナ。親父が投げてくれた袋に入っていた生き人形だ。「仕方がないだろ。昼間にも働いてるんだ」 「じゃあ、せめて見習いは卒業して生活費を稼げる魔女になって下さい。そしたら昼間は働かなくていいでしょう?」 「……それができれば困ってないっての」 この世界の魔女は通常夜に働く。なぜなら妖力という真っ黒な力を使うからだ。 妖力は魔力と違って色んな属性がごちゃごちゃに混ざり合っているだけでなく、私にとって未だ理解不能な夜の力が根源となっている。反対に昼の力を根源としている真っ白い力を霊力と呼ぶ。 悲しいことにどちらの力も私には扱えない。 私は妖力や霊力と違って、この世界に微々たる量しか存在しない魔力をかき集めてなんとかやりくりしている。 だから三十五年――いや、めでたく見習い三十六年目に突入した私が使用できる魔法は、簡単な占いに限定的な召喚魔法と動物と話す魔法くらいだ。 覚えた魔法よりもよっぽど強力な種族的な能力も多々あるけど、やっぱり魔力が足りなくて思うようにいかない。 まったくなんだってこんな……いや、愚痴は止めよう。辛くなる。仕事のことを考えよう仕事の……あ。「シラー、今日はどこまで行くんだ?」 そういえば行き先を聞いていなかった。重大な問題だ。見習い魔女が遅刻など許されることではない。「さっきからずっと男口調になってますよ。今は魔女なんですから気を付けて下さい」 「わかってるよ。ええと、それで? どこに行くのかしら?」 近くに魔女やその関係者がいるわけじゃないんだから別にいいのに。まあ、母にも自分や姉以外の魔女に”私”が本当は男だとバレないようにとキツく忠告されているから、シラーに従ってやらんでもないけど。「旧水底駅ですよ」 ぶっきらぼうに答えるシラーに目をやると寒そうにしていたので懐に入れてやる。少しだけ嬉しそうな顔をした気がしないでもない。『嫌だなぁ。旧水底駅は水溜まりのずっ~と底でしょ? ちゃんと行けんの?』 念話を使って話しかけてきたのは私が着ているダークグリーンのローブ。外出用の”私”ぴったりのサイ
last updateLast Updated : 2025-03-16
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第3話 見習い魔女と不埒な手
 忙しい。目が回る忙しさとはまさにこのこと。私は次々と押し寄せるお客様のお相手に死に物狂い働いている。 「も、申し訳ありません」 遅いと言われても……でもちょっと待って。お願い、今やってるから、考えてるから、計算してるから! 既に頭は焼ききれそうなのに、こんなので最後までもつのだろうか。うぅ、計算が得意とか言うんじゃなかった。 ――遡ること一時間―― 私たちは旧水底駅に着いたはいいけれど、思ったとおりびしょ濡れになってしまった。居心地が悪くなったのだろう、シラーが胸から飛び出して肩に戻る。 見た感じ、田舎にある普通のJRR駅と同じ作りをした旧水底駅。違和感といえばお客の数が多すぎることと、そのお客が人間ではないこと。「しっかし、轢かれても文句言えないわねあれ」 線路にまで広がっているお客の波に呑み込まれないよう、ぐるっと大回りして駅の裏にある関係者用出入口へ向かう。 入る前に軽く髪の毛を絞る。するとベリーもずぶ濡れを嫌って全身を捻り自らを脱水し始めた。そんなもんだから、捻りに巻き決まれた私の二の腕部分がつねられたようになってしまった。 ぶん殴ろうかと思ったけど、ドアの向こうに気配を感じて止めておいた。「早かったですね」 ドアから出てきたのはJRRの制服を着たお兄さんだった。 どうしたことだろう、私たち以上にずぶ濡れで、シャツが透け透けだ。 気にはなるけどまずは笑顔と挨拶。外国でパン屋を間借りしてお届け物屋をしている、かの先輩魔女も言っていたではないか。『笑顔よ、第一印象を良くしなきゃ』と。「この度は見習い魔女にもかかわらず――」 「ああ、そういうのはいいです竜胆さん。僕は駅長の上原です。取りあえず中へ」 はぅぅ。まさかの大撃沈だわ。先輩のような警察沙汰の大失敗はしなかったけれど、まあまあイケメンのお兄さんに冷たくされて私の自尊心はズタズタ。ああ、なんてこと。もう働く気力が起きないわ。よよよ……。『おい、勝手に人の心気持ちを捏造するんじゃない』『別にいいじゃんか~』 『白緑、口調を!』 まったくベリーめ。お前のせいでまた口調を注意されたじゃない。念話だってのにシラーは首を突ついてくるのよ。 それに挨拶を遮られたくらいでへこたれる私じゃないっての。いったい何十年見習いをやってると思ってるのよ。「ご覧になったと思いますが、とに
last updateLast Updated : 2025-03-16
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第4話 見習い魔女と懐事情
 旧水底駅から帰宅すると、ずっと退屈していたシラーとベリーは森へ遊びに行ってしまった。けれど、私は眠たすぎて即バタン。目が覚めると夕方の五時だった。 枕元に置かれた、母の字で書かれたお疲れ様と父の字で書かれた頑張れが泣ける小さな二つの封筒が目に入る。 感謝の祈りを捧げ、私から俺に戻りシャワーを浴びて色々な物を洗い流す。両親は出かけているようで、家の中は薄暗い。 自室に戻る途中、少し寄り道をした。玄関にだ。首からタオルをかけてパンツ一丁のまま姿見の前に立つ。「ふっ……」 いくつかポーズを取ってみたら自然と笑みがこぼれた。「ふんふふ~ん♪」 鼻歌を歌いながら自室へ戻り、ベッドにどかっと腰を下ろす。そして、そうでもない上原さんにもらった紙袋を手繰り寄せた。 お待ちかねのギャラ確認。 ギャ~ラ確認、あそ~れギャ~ラ確認っと。妙なテンションなのは睡眠時間が短いからだろう。 俺はそのまま頭の中でギャラ音頭を奏でつつ紙袋に手を入れた。「え~っと、これは……」 まず取り出したのはJRRのロゴが入った金属の箱。その下には……おお!!「新年水溜まり弁当だ! しかも三つも!」 そういえば父にお土産を頼まれていたのに、すっかり忘れていた。冷蔵庫に入れていなかったが、今は真冬だし部屋に暖房もつけてなかったから問題あるまい。お土産はこれに決定だ。 たぶんこの弁当が上原さんの言っていた”色”の部分だろう。「てことはこっちが……は?」 先に取り出した金属の箱を開けると、透明な小瓶が二つとやたら綺麗などんぐりが十個。 思わず天を仰ぐ。天井に止まっていたてんとう虫が飛んでいくのが見えた。ギャラ音頭もピタリと止まる。  なんだこれ。俺、リスかなんかだと思われてる?  なんて冗談を挟んで心を落ち着かせる。もう一回、箱を閉じて開けてもやはりそこにあるのは小瓶とどんぐりだった。「これだもんなぁ。現物支給は止めてくれって魔女協会経由でお願いしてるのに」 もちろんただの小瓶ではないし、どんぐりもそれなりの価値がある。 小瓶は草原の夜風と大空の春風を閉じ込めたものだし、どんぐりは甘酸っぱい妖力の蜜が見た目の百倍は詰まっている。こっち関係のお店で買うとなると小瓶は一つ八千円で、どんぐりは一つ千三百円くらいだろう。 ただし、魔女や業界関係者に特別需要があるのかというと
last updateLast Updated : 2025-03-16
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第5話 見習い魔女と怪しい切り札
 チクタクと時計の音が部屋に響く。 両親の帰りを待ち続けること六時間。正月特番にも飽き、森から戻ったシラーとベリーとの会話も尽き、こたつで一眠りも二眠りもしたが、両親はまだ帰らない。「これは仕事っぽいな……」 『お腹空きましたね』 『空腹~空腹だ~』 自分も正月早々、仕事だったけど両親もそうだったとは。こたつから出たくなかったので、ベリーに伸びてもらい冷蔵庫から食べ物を取ってもらう。「とりあえずこれ食べよう」 俺、シラー、ベリーで仲良く父のおつまみを盗み食いし、うるさい腹を少し黙らせる。新年水溜まり弁当じゃないのは、あれは両親と一緒に食べたいからだ。「それにしても、結局お金は用意できなかったな。半分はお年玉で賄えるけど、あと半分か……」 再びごろりと横になって考える。「どうするんですか? サバトは明日でしたよね」 シラーは魔女大の同期会をサバトと呼ぶ。意味的には間違ってないけど、ちょっと仰々しい。 それと、大人が新年の集まりに参加するお金も用意できなんてといった視線が喧しい。『ええ~? 僕、美味しいもの食べるの楽しみにしてるんだよ』 ベリーは欠席なんて許さないといった雰囲気で肩を揺さぶってくる。「あ~、もう久し振りにあれをやるしかないかなぁ……」 「それも一つの手段ですね」 『今から? 大丈夫なの? まあ僕は明日の会に参加できるならなんでもいいけど』 ベリーの言う危険もはらんでいるが、お金がないのだから仕方がない。俺はスマホに手をかけ、白と緑のアイコンをタッチしてララインを開いた。「あ、あの、もしもし? お久し振りです――」 ◇  時計の針が真夜中を回った頃、俺は”俺”のままで最寄りのコンビニの駐車場に突っ立っていた。一応、髪の毛と目の色だけは日本人にあわせてある。 ベリーには顔がすっぽり隠れるくらいのコートになってもらい、防寒と余計な虫除けも頼んでいる。 このどんな服にでもなれるベリーの能力には感謝しかない。インナー類以外の服を買わなくていいからだ。汚くはない。ベリーも毎日洗濯機という名の風呂に入ってるからな。「遅くなってごめん。寒かったでしょ」 斜め横に止まった車から、スラッとしているのにどこかくたびれた感じのするモブ顔のおじさんが降りてきた。俺を見て申し訳なさそうな、それでいて心底嬉しそうに笑う。「
last updateLast Updated : 2025-03-16
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第6話 見習い魔女と大ジャンプ
 どうしよう。 このままラブホテルであんなことや、こんなことをされてしまうんだろうか。『別にいいじゃないですか、尻穴の一つや二つ……』 『俺には一つしかないんだよ!』 『慣れると気持ちいいって話ですよ~』 『そういう問題じゃない!』 焦る俺と違って、シラーとベリーは満腹に脳ミソをやられちまったらしい。この状況を受け入れるなんて断固拒否だ。俺は美樹木の化身と結婚するって決めてるんだ。『あ~もう眠いです』 『ことが済んだら起こしてよ。お尻に優しいパンツになってあげるからさ』 そんな気遣いはいらぬ!! とりあえずいつでも逃げ出せるように窓を開けよう。でも箒がない。いざという時のために蓄えてある魔力を使って空を飛ぶにしても、酔ってるからペース配分を間違えて墜落するかもしれない。 なにか、なにか方法はないだろうか……。 とか考えていたら、良司さんはラブホテルをあっさり通り過ぎた。ずんずんとさらなる山奥へ車を進めていく。「あ、あれ? えっと、どこまで行くんですか?」 俺の問いに良司さんがゆっくり口を開いた。「実は僕ね、今日会社を辞めたんだよ」 「へ? ああ、そうなんですか……」 そんな日に奢ってもらって悪かったか?「あ、お金のことは全然気にしなくていいよ。自分で言うのもなんだけど、貯金だけは凄いんだ僕」 ハハハと笑う良司さんの雰囲気がえらく妙だ。「それでね。辞めた理由なんだけど、セクハラだって若い部下に言われちゃって……全然心当たりがないんだけど、あれよあれよと話がすすんじゃって。実質、即日解雇ってわけなんだ」 「そ、それは大変でしたね」 それ以外に言葉が出てこない。「帰宅したら自分の人生なんだったんだろうって考えちゃって。結婚もせずにずっと仕事一筋……立ったまま動けなくなったんだ。そしたらみどり君から連絡があったんだよ。本当、今日の晩御飯は楽しかったなぁ。ありがとうね」 「いえ、こちらこそです。ありがとうございます」 正社員になったことのない俺には分からないが、きっとずっと勤めた職場を辞めるのって辛いんだろう。しかもその原因が訳の分からない濡れ衣なら尚更。「おわっ!?」 ガシャンッと金属を引き千切る音と、小さな衝撃を感じた。とたんにガタガタの山道になった。「みどり君。この先にね、大きな崖があるんだよ」 車の一気にスピ
last updateLast Updated : 2025-03-16
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第7話 見習い魔女と新たな使い魔
 ダメなタイプの浮遊感が腹の底から込み上げてくる。しかしそんなことはどうでも良い。「良司さんが死にたがってたなんて、俺嬉しいです!」「へ? ああ、嬉しいよ。みどり君!」 落下中だというのに良司さんが涙目になって微笑んでいる。 いやいや、嬉しさでいえば断然俺の方が上だ。ずっと今の良司さんみたいな死にたがってる人に会いたかったんだよ。神様ありがとーう! なんだなんだ~、死にたいなら早く言ってくれればよかったのに。「シラー、ベリー! 起きろ! やっと見つけたぞーー!」「ふがっ!?」『なに~? もう終わったの~?』 せっかくのチャンス。魔力をケチるのは止めだ。 俺は溜め込んでいた魔力を解放。落ちていく車のボディを突き破って空中へ躍り出た。もちろん、片手に良司さんを掴んでいる。車も反対の手で掴み崖の上へ投げる。大事故を防ぐなんて偉いぞ俺。 そして山肌から突き出た岩場に降りたって、唖然とする良司さんの肩に両手を置く。「死ぬならいいですよね? 俺がもらっていいよね?」「え……?」「返事はうん、もしくはイエスですよ!」「イ、イエス……」 きょとんとしている良司の額から血が出ている。手間が省けて良いことだ。「よしよし、今から儀式をするんで、絶対動かないでくださいね。絶対ですよ!」 まず俺の手首を噛み千切り血を用意する。そして良司さんの血と俺の血を混ぜる。次に良司さんと俺の周りにそれぞれやったら難しい魔法陣を描いていく。魔力を纏っているから昼間のように見えるし血も乾かない……よし、完成。「あ、あの、みどり君?」「そのままそのまま。リラックスですよリラ~ックス」 良司さんに深呼吸させて準備完了。「シラー、ベリー。全力でやるぞ」「ふぁ……はい……」『へいへい』 魔法陣に魔力を流し呪文を唱えていく。 俺の髪と目の色が元に戻る。シラーはペンギン姿に、ベリーはローブ姿になって魔力を注いでくれる。すると緑色の光が俺と良司さんを包んでいき、能天気なあのちんちくりんと親父の声が一瞬聞こえた。 徐々に魔法陣が浮かび始める。それはしだいに赤い木の根に変じると、良司さんの心臓を貫いてから俺に巻き付いた。「我が名は竜胆白緑。真名をアルイード・コルキス・ロシティヌア』「同じくシラー・ペルビアナ」「同じくクリソ・ベリル」 眠たそうなまま、シラーとベリ
last updateLast Updated : 2025-03-16
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第8話 見習い魔女と小悪魔たち
 良司さんを使い魔にした翌朝、俺はとても清々しい気分で目が覚めた。 良司さんは床に敷いた布団に寝かせて……あれ、いない。「まさか夢だったのか?」 いや、しかし布団は綺麗に畳まれている。きっと几帳面であろう良司さんがやったのだ。「無理心中されそうになったことなら現実ですよ」『お尻に手を出されなくて大人の階段を登れなかったことも現実だよ』 部屋に入ってきたシラーとベリーが、お握りを食べながら言う。 寝起きだから二人の冗談に突っ込めなかった。ていうか朝だと思ったらもう昼過ぎ。よっぽど疲れていたんだな。「……ん? なんか騒がしくないか?」 ドアの隙間をこじ開けるように、はしゃぐ子供の声が入ってくる。「そりゃそうですよ。黃壱(きいち)と靑弐(あおふた)と赤肆(あかし)と黑伍(くろいつ)が帰ってきてるんですから」『昨日紫と勝蔵がいなかったのは四人一家を迎えに行ってたからみたいだよ』 なん……だと?『そんな顔してどうしたの? お正月なんだから当然でしょ?』 おむすびを飲み込んだベリーが悪戯声でドアを開けていく。「待ちなさい! 逃げるなんて許しませんよ!」 くっ、すすきの箒を引っ付かんで逃走を図った俺を遮ってシラーが邪魔しやがる。 いかん……このままでは奴らが来てしまう。「なんかみどりの部屋から音が聞こえたぞ!」「あ! ドアが開いてるよ!」「いけいけ~!」 まずいまずいまずい!!  ズドドドドドっという音が迫ってくる。小悪魔たちの跫音――「あ、逃がすか!」 シラーを掴み、ベッドに投げ捨て窓から飛び立とうとした瞬間、背後に飛び付かれた。「みんな早く!」 一人ならなんとかなりそうだったのに、次から次へと小悪魔たち、もとい甥っ子と姪っ子が飛びかかってくる。いくら子供とはいえ七人は無理だ……。「子供に好かれるなんていいことです。きっと白緑はイイ人なんでしょうね」『うんうん。じゃ、あとはイイ人に任せて僕らはお出かけしよ~』 あ、あいつら、俺を生け贄にしやがった。「あら何言ってるのよ」「シラーとベリーもまだやるべきことがあるだろ?」「ん!」「ん!!」「ん!!!」 小悪魔たちからやや遅れてやってきた大きな小悪魔五匹。「ペン?」『てへ?』 うおっ気色悪。 二人の可愛い子ぶった表情と仕草に鳥肌が立つ。だいたいペンてなんだ
last updateLast Updated : 2025-03-16
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第9話 見習い魔女と特別な修行
 土下座のかいあってか、良司さんは快くお金を貸してくれた。しかも「僕のものはもう全部白緑君のものなんだから返さなくていいよ」とまで。 が、それは駄目だ。借金をしておいてなんだが、この歳になればお金関係で友情や愛情、主従関係が崩壊していく様を何度も見ている。 使い魔との良好な関係は立派な一人前の魔女の条件でもあると俺は考えている。 とりあえず三万七千円をありがたく拝借して、小悪魔たちに千円ずつあげた。 手が震えてなかなか離せなかったけど、小学生組は大喜びしてくれたから良しとしよう。中学より上の連中は予想通りの態度だが、これも良しとしておくのが大人だ。 そして姉兄たちに軽く挨拶してから母の待つ、彼女の部屋……もとい魔女の部屋へ向かう。 奥座敷の地下にあるのだが、怪しげな掛け軸の裏や、隠し通路がありそうな床脇は無視。いったん振り返り欄間めがけてジャンプ―― するとあら不思議。あっという間に地下室の階段にたどり着きましたっと。「に、忍者屋敷って本当にあるんですね。ワクワクしてきました」 ついてきた良司さんが少し興奮している。 そうか。これ一般家庭にはない設備なのか。子供の頃から慣れ親しんだ俺には当たり前だった。あっちの世界ではもっと色んな仕掛けがあるし……。「忍者屋敷っていうよりは魔女の館って方がしっくりきますけどね」 階段を降りて、ちょっとした巨大迷路を抜け、罠を解除して合言葉を囁き、現れた行き止まりの壁に家族の紋章をかざしてようやく母の部屋の前に辿り着く。「か、かなり厳重なんですね」 「法に触れる物やヤバいモノがわんさか保管してあるんでそれなりには……内緒ですよ?」 俺の言葉にごくりと喉を鳴らした良司さんだが、物凄く楽しそうだ。「母さん、入るよ」 ここで返事を待たずに入るのは厳禁。もしも、怪しげな召喚や薬の調合なんかしてたらえらい目にあう。「遅かったな。ほれ、紫が準備万端で待っとるぞ」 母ではなく父が出迎えてくれる。しかし、準備万端とはいったい……。 禍々しい素材置き場を通りすぎ、目をキラキラさせて首を動かす良司さんの手を引き、調合室もすぎて休憩室に行くと、微笑む母が椅子に座っていた。いつものようにかすかに流れているハープかなにかで奏でられる音楽がとても心地よい。「白緑ちゃんも、良司ちゃんも座って。大事な話があるの」 椅子が
last updateLast Updated : 2025-03-16
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