バモスくんは竹林の小道をノロノロと走り竹垣の道に出ると六道辻のバス停へ方向を変えた。なだらかな坂道を全低速で走っていると、ヘッドライトの中に和服姿の女性が手に小さめの紙袋を持って歩いているのが見えた。通り過ぎるとき見えた横顔は、
「ミワさん!」 鞠野フスキは行き過ぎてから急ブレーキを掛けて車を停め、ミワさんが近づいてくるのを待った。「「「こんばんは」」」「こんばんは。この間の女子高生さんね。教頭先生もご一緒で」 と笑顔で挨拶を返してくれた。鞠野フスキが運転席から、「こんな時間にどちらに行かれるのですか?」「知り合いの家にちょっと」「もしよろしければ、このホンダ・バモスTN360でお送りしますが」 そう言われてミワさんはどうしようか迷っているようだったけれど、一度千福の屋敷のある坂の下を振り返ってから、「いいんですか?」「もちろんです。どうぞお乗りください」「助かります。本当のところ、バスもない時間だからここからどうやって行こうかと思っていました」 ミワさんは助手席に腰掛けながらノールックでドアを探して左手を宙に彷徨わせていたけれど、なかなか何も触れないので振り返り、ドアがないことを自分に納得させているように体を少し引いた。「全速力(ry」(死語構文)バス通りに出た。鞠野フスキがミワさんに、「どちらへ行きますか?」「元廓までお願いします」バモスくんは辻沢の街中を目指して極低速で進んだ。元廓に入りだらだら坂をさらに低速で登っいく。てっぺんまで行く途中で、ミワさんが、「ここで降ろしてください」前園、調邸がある坂の頂上のかなり手前だった。ミワさんはバモスくんから降りてから頭を下げ、「どうもありがとうございました」鞠野フスキがミワさんが手にした紙袋を指して、「お届け物ですか?」と聞くと、「そうなんですけど」と言い淀む。そして言いにくそうに、「ここで人が来るのを待たなくてはいけなくて」 あたしはこんなところで一人待ってるなんて心細いだろうと思響先生の紫キャベツな軽自動車は、バモスくんの少し先にある洋館の手前でドリフトして駐車場に頭からつっ込んでいった。その乱暴な運転に駅前で見た怒った表情の響先生の姿が重なった。この頃の響先生はあたしが知ってる人とは真逆な性格なのかもしれない。 あたしたちは、様子を見ると言ったミワさんに付き合ってバモスくんに乗ったままじっとしていた。それからしばらくして鞠野フスキが、「みんな動かないで」 と体を縮こまらせた。咄嗟に冬凪もあたしもそれに従ったけれどミワさんは、「どうしました? 何かありましたか?」 と気にする様子もなく明るくしているので鞠野フスキが、「坂の上から何か来ます」 と注意を促した。それでもミワさんはまったく緊張感ない笑顔で、「蛭人間があんなにいっぱい」 前園、調邸がある坂のてっぺんから、メタボ腹ではち切れそうなセーラー服姿のおじさんが道いっぱいになって近づいてきていた。急に冬凪があたしの腕を強く掴んだ。「夏波、横」 横を見る前にその気配を感じて、動けば危険だと咄嗟に悟った。バモスくんのすぐそばをお下げ髪でまんまる体型のセーラー服が通り過ぎた。腕を胸のところで交差していてその両手の爪が巨大な鎌のようだった。その中の一匹が足を止めてあたしのことをじっと見ているのが分かった。瞳が金色をしていた。唇を破って銀色の牙が突き出ていた。口から血泡を吹いていた。その蛭人間はさらに後から来た蛭人間に押されて流れの中に消えていった。その後も蛭人間が次々にバモスくんの横を通り過ぎていった。坂の上から湧き出すようにどんどん降りて来る一群と、坂の下から上がっていく一群は、響先生の紫キャベツが入っていった洋館の前で合流し大集団となって止まった。「レイカなんてやっつけちゃえ」ミワさんがバモスくんから飛び降りて、蛭人間の集団に向かって走り出した。それは、まるでパレードを追いかける少女のように軽やかな足取りだった。さっきから様子がおかしいと思っていた。蘇芳ナナミさんが、千福のじじーのせいでミワさんが時々変になると言っていたのを思い出した。「あたし、ついて行きます」 冬凪がバモスくんから降りようとした。あたしは慌て
ミワさんが助手席に収まると、あたしはミワさんの不思議な行動の意味を尋ねようと思った。いつもなら冬凪が先頭を切ってインタビューするところだけれど調子が悪いせいか黙ったままだった。それであたしが質問しようとしたら、ミワさんのほうから話し出してくれた。膝に置いた紙袋から白濁した中身の牛乳瓶を取り出して、 「これを調レイカに」 調レイカヴァンパイア化計画の最後の仕上げに特別なミルクを飲ませるのだと説明してくれた。鞠野フスキが、 「それはもしかして、辻沢醍醐ですか?」 「はい、宮木野はそう言っていました」 醍醐? 宮木野? 冬凪に顔を向けると、 「宮木野のおっぱいだよ。辻沢ヴァンパイアの命の源って言われてる」 「始祖のヴァンパイアのおっぱいってこと?」 それには鞠野フスキが、 「うーん。説明するとややこしいんだが宮木野は二人いてね。ミワさんが言ってるのはヴァンパイアの宮木野で、冬凪くんが言っているのは母親の遊女の方」 宮木野は二人いる。始祖のヴァンパイアの宮木野と、その宮木野と志野婦の双子を産んだ母親の遊女宮木野だ。宮木野神社をディストリビュートした前回のプロジェクトで宮木野の来歴が書かれた石碑を十六夜と一緒に読んで色々調べたから、そのことは知っていた。石碑には遊女宮木野は殺されて辻沢に双子の姉妹として転生したとあったけど、実は遊女宮木野には別の話があった。十六夜がどこかから探してきたもので、それはまさに宮木野の乳に関する話だった。 遊女宮木野の死を不憫に思ったタニマチの一人が辻沢に新しい墓を建てて供養することにした。それで宮木野の墓を掘り起こすと、宮木野は屍人になっていて胸に二人の赤子を抱き滴る乳を飲ませていた。殺された時、宮木野は孕んでいて土中で産み落とした双子に乳を与え続けていたのだった。 「その辻沢醍醐って、母親のほうの宮木野のお乳なんですね」 鞠野フスキがあたしに振り返り、 「その通りだよ。母宮木野のものだ。信じられないことに彼女は青墓のどこかにいて、今も乳を滴らせていると言うよ」 さらに冬凪が、かすれた声で、 「母宮木野のお墓があるからあの森が青墓の杜っていわ
バモスくんは竹林の小道をノロノロと走り竹垣の道に出ると六道辻のバス停へ方向を変えた。なだらかな坂道を全低速で走っていると、ヘッドライトの中に和服姿の女性が手に小さめの紙袋を持って歩いているのが見えた。通り過ぎるとき見えた横顔は、「ミワさん!」 鞠野フスキは行き過ぎてから急ブレーキを掛けて車を停め、ミワさんが近づいてくるのを待った。「「「こんばんは」」」「こんばんは。この間の女子高生さんね。教頭先生もご一緒で」 と笑顔で挨拶を返してくれた。鞠野フスキが運転席から、「こんな時間にどちらに行かれるのですか?」「知り合いの家にちょっと」「もしよろしければ、このホンダ・バモスTN360でお送りしますが」 そう言われてミワさんはどうしようか迷っているようだったけれど、一度千福の屋敷のある坂の下を振り返ってから、「いいんですか?」「もちろんです。どうぞお乗りください」「助かります。本当のところ、バスもない時間だからここからどうやって行こうかと思っていました」 ミワさんは助手席に腰掛けながらノールックでドアを探して左手を宙に彷徨わせていたけれど、なかなか何も触れないので振り返り、ドアがないことを自分に納得させているように体を少し引いた。「全速力(ry」(死語構文)バス通りに出た。鞠野フスキがミワさんに、「どちらへ行きますか?」「元廓までお願いします」バモスくんは辻沢の街中を目指して極低速で進んだ。元廓に入りだらだら坂をさらに低速で登っいく。てっぺんまで行く途中で、ミワさんが、「ここで降ろしてください」前園、調邸がある坂の頂上のかなり手前だった。ミワさんはバモスくんから降りてから頭を下げ、「どうもありがとうございました」鞠野フスキがミワさんが手にした紙袋を指して、「お届け物ですか?」と聞くと、「そうなんですけど」と言い淀む。そして言いにくそうに、「ここで人が来るのを待たなくてはいけなくて」 あたしはこんなところで一人待ってるなんて心細いだろうと思
町役場から六道辻はそれほど距離はなかった。竹垣の道を進み、千福家の竹林へ入る小道の前でタクシーを停めて貰った。「900円です。支払いは?」「ゴリゴリカードで」〈♪ゴリゴリーン ポイントが10%加算されました。残高1510円です〉 確かに何処でも使える便利なカードだ。 冬凪は目をつむっていた。「冬凪、着いたよ」 あたしは、冬凪がもたれかかっているドアが開いて転げ出ないように腕を取った。「ありがとう。一人で立てるから」 と言いながら足下おぼつかなし。肩を貸して白漆喰の土蔵の中へ。白い和服の市松人形の前に立って冬凪に変わり、「冬凪と夏波戻りました」 と挨拶をすると、白市松人形が開いて中から白まゆまゆさんが現れた。「「無事のご到着、なによりです。今回も母に会っていただけましたか?」」「はい。動画も撮ってきました」 スマフォを取り出して、白まゆまゆさんに渡すと、「「ありがとうございます。後で観させていただきます」」 ということはスマフォは取り上げられて、リアル六道園のデータを20年後に持ち帰れなくなるということだ。「その中に欲しいデータがあるのです。スマフォを一日だけでもお借りすることは出来ないでしょうか?」 白まゆまゆさんは、「「分かりました。ただし、ここでお渡ししても意味がありませんので、一旦お預かりということでどうでしょう」」 つまり? 冬凪を見ると、「向こうで黒まゆまゆさんから貰えということかも」 時空を転移させるってこと? なんかすごいSFっぽい。「分かりました」「「今回はどちらから、入られますか?」」 冬凪を一人で置いて行けないので先にしようと思ったら、「夏波から」 と冬凪に背中を押されてしまった。 再び、星間に射出されて黒まゆまゆさんに迎えられた。次いで冬凪が到着してスマフォを渡して貰い黒漆喰の土蔵を出た。竹林の広場を目のあたりにして、「まただ。また帰して貰えなかったんだ」「行こう」&nb
駐車場を歩いていると見たことのある高級国産スーパースポーツカーが入って来た。響先生のエクサスLFAだ。響先生と鉢合わせはまずいと隠れるところを探しかけたけど運転席に乗っているのは別の人だった。エクサスLFAは庁舎に一番近いスペースに停まると、中から背は高いけど頭がちょっと残念なイケオジが出て来た。「辻川町長だよ」 冬凪が教えてくれた。そういえば元は辻川町長の車だったと先生は言っていた。今日は休みだけれど、町ぐるみだから非合法ゲームの認証式に出席しに来たのかもしれない。 辻川町長が庁舎に入るのを見送ってバス停まで来た。冬凪の容態があまりよくないみたいなのでスマフォでタクシーを呼んだ。タクシーはすぐ来るということでバス停のベンチで待つことにする。少しするとサバゲー姿の人たちが町役場から出てきてバス停にならんだ。顔ぶれはさっきの人たちとは違っていたけれど、多分認証式に出席したのだろう、片手でほっぺを押さえもう片ほうは辻沢町のロゴと町章が入った紙袋を下げていた。「おい。あれ本当だと思うか?」「制服聖女エリ様のことか?」「それ以外あるか?」「エリ様がラストダンジョンで待ってると仰った、あれだな」「何をしてくださると思う?」「ラスボス倒した勇者だ。そりゃー。あれだろ」「ほっぺにチューだ。いや、おでこにチューか」 一人が興奮気味に言った。すると、少し遅れて来た青いバンダナのぽっちゃりな人がボソッと、「生着替え」「そこの人、今なんと?」「好きな制服に、エリ様が生着替え」「「「「マージか!」」」」 サバゲー姿の人たちの鼻息が荒くなりバス停のバイブスが上がりまくった。生着替えまでするなんて。今度辻川ひまわりに会ったらやさしく接してあげようと思ったのだった。
〈♪ゴリゴリーン 次は辻沢町役場です。町長の辻川雄太郎です。この私が、しょぼかった辻沢の祭りをヴァンパイア祭りと改名、毎年開催にし、町内どこでも使えるポイント加算型プリぺードカードのゴリゴリカードを発行し、介護者のいない被介護者に食餌を提供する特殊縁組を考案し、辻沢町復興の全てのアイディアを……〉 長いって。アナウンス終わる前に出発しちゃったよ。 お昼までに済ませたかった用事は六道園の記録を取ること。冬凪に相談したら行くって言ってくれたから一緒に来たのだった。冬凪、目が覚めた? なんかふらついてるけど大丈夫? 冬凪からバッキバキのスマフォを借りて六道園に向かう。正面玄関の前を裏手に回って行く時、ロビーの中を見たら、戸籍課の窓口が見えた。ミワさんか調レイカがいるかと目を凝らしたけれど誰もいなかった。スマフォのカレンダーを見たら今日は土曜日で、月曜まで連休だった。 六道園に入って、最初に気になっていた岬の動画を撮った。やはり思った通りにここには水際に岬がハッキリと造形されていた。さらに前回気が付かなかったのが岬の形だ。岬と言えばふつうは鋭利な三角形をしているはずが、波にさらわれたのを模したのか、先端が斜めに切り取られたようになっていたのだった。「元祖」六道園で十六夜があたしを下ろしたのがちょうどあのあたり。そこにあの石舟が停泊した跡に見えなくもなかった。水に潜って地形を確認できればいいのだけれど、ここはリアルな庭園だからそれは無理。いったん諦めて、他の場所を見て回ることにした。 やはりゼンアミさんはすごい。見れば見るほど六道園プロジェクトと寸分違わないのが分かる。庭石や植栽の位置ばかりでなく、向きにまでそれが現れていた。水の色はこちらはアオコのせいで深い緑色をしている。あちらは、ロックインした時で違うが、基本空の色を写して美しい。あたしの印象に残っているのは満天の星空が映った姿だった。銀河が流れそれが潮流のように池水を渡っていた。いや、それは「元祖」のほうだ。その銀河の潮流に棹さして十六夜は須弥山の向こうに去ってしまった。最後は十六夜が消えた地点を中心に「元祖」六道園は消失したのだった。あの石組みの向こうには何があったのだろうか。そう思って池周の遊歩道を歩いて須弥山の向こう側