Chapter: 57.螺旋の中心へ 私たちはヘッドランプを消し螺旋の中心に向かうべく蛭人間の列に近づいて行った。寸劇さんたちは暗視ゴーグルを装着していたが、私たちは持っていないので寸劇さんの腰に結わえたトラロープに頼ってついて行った。 下草の上を生臭い風が渡って行く。グアン、グアン、グアン、グアン。一定間隔で獣の唸り声が繰り返し聞こえている。その声は右から左に移動するように響いていた。「痛っ!」 暗闇の隣でDの声がしたと思ったら強い力で肩を掴まれた。寸劇さんの前に出てしまったのだった。「やつらこっちに気づいているのに攻めてこない」 寸劇さんが囁いた。目は私たちを追っているけれど隊列をくずそうとしないそう。「鎌爪でがっちり連結してる」 とサーリフくん。「攻めるつもりがないんじゃないか?」 サダムさんが言った。「サダム、グレネードを最長距離で投擲。暗視ゴーグル外せ」 寸劇さんの指示でサダムさんが動いた。しばらくすると、数十メートル先で白い光が点滅しだした。先ほどから聞こえている獣の唸り声が青墓に盛大に響く。 光の中の蛭人間は、隣同士で腕を交差させお互いの体に鎌爪を突き刺して連結していた。投擲した光源を見ているようだったが、列を崩そうとはしない。「動けないみたいだな」 光が消えて暗闇になった。「ヘッドランプに変更。お二人もつけていいぞ」 目の前が明るくなった。「偵察に行く。サーリフ俺と一緒に来い」 寸劇さんとサーリフくんが体を低くして蛭人間の列に近づいて行った。それを感づいた蛭人間の唸り声がまた大きくなったが、寸劇さんたちに襲い掛かる様子はなかった。 蛭人間の列にぎりぎりまで迫った寸劇さんが、シャムシールの切っ先で膨れ上がった腹を突き刺した。蛭人間は寸劇さんを見下ろしてはいるが、されるがまま動こうとはしない。シャムシールを引き抜くと、今度は正面に立って手で膨れた腹をたたき出した。それでも蛭人間は反抗すらしなかった。サーリフくんに至っては、腕を掴んで肩に登ろうとしていた。 寸劇さんは戻ってくると、「どうやら奴らは構造体と化しているようだ」 つまり普段のスレイヤー・Rのエネミーではないという事らしかった。「それならあたしだけで行きます」 とDが言ったが寸劇さんは、「いや、中がどうなっているかわからない。一緒に行く」 と返した。 私
Huling Na-update: 2025-12-03
Chapter: 56.螺旋のビジョン 青墓は蛭人間であふれ、マップアプリを真っ赤に染めるほどだった。その赤い点滅の渦が収束する中心点が私たちの目的地。ミサさんが実況していそうな場所だった。ただ、ビーコンの位置はあやふやで、ミサさんがそこにいるかどうかははっきりとしていない。危険度MAXの渦の中心に行くからには確信が欲しかったのでDに聞いてみた。「今ミサさんの実況は見れないの?」 実況が見られたら倉庫の広場にいるかわかるかもしれない。「実況はリアタイで配信できないんです」 配信前に運営の検閲が入るのだそう。「そのせいでスマフォもカメラもヤオマン製しか持ち込めません」 サーリフくんが頭が目玉のオヤジになったスティックカメラを見せてくれた。「まあ、人が死ぬのを流されてもな」 とサダムさんがさらっと言ったのが余計に怖かった。そういうシチュエーションを何度も見て来たように聞こえたからだ。「隊列」 寸劇さんの抑えた号令で三角隊形を組む。近くに蛭人間の気配を感じて身を低くする。寸劇さんのフィンガーサインでみんなが前方を見た。 樹海の下草の先に蛭人間の壁があった。体を密着させて延々並んだ様子は、まるでそこから向こうに行かせないかのようだ。「マップを」 寸劇さんの指示でサーリフくんがマップを出す。マップを見ると渦の様子が変わっていた。蛭人間の赤い列が弧を描きながら中心に向かって続いている。「一つを突破しても、すぐに壁に当たるな」 サダムさんが眉間に皺を寄せている。この突破はかなり難易度が高いようだった。 「メンバー優先の観点からここは撤退する」 寸劇さんの判断は早かった。そう宣言されたら私はもう反対できなかった。寸劇さんたちが後退を始めた。私もそれについて行こうとしたらDが、「ここまでありがとうございました。あたしは一人で中心に行きます」 私は振り返りDの顔を見た。悲痛な顔をしているかと思ったら、あんがいさっぱりした表情をしていた。ことの重大さが分かっていないのかと思って、「無理だよ。一旦引こう」 Dはそれを聴き入れず、「タケルさんは、安全な場所で待っててください。ミサはあたしがきっと連れ帰りますから」 寸劇さんたちも立ち止まってDを見た。すると寸劇さんがDに、「勝算は?」 と聞いた。「あります。ビジョンです」 ベッド・イン・ビジョン
Huling Na-update: 2025-11-28
Chapter: 55.蛭人間の渦 私とDは寸劇さんのパーティーに守られて青墓の樹海を進んでいた。先頭に寸劇さん、私たちの両脇をサーリフくんとサダムさんが固めていてくれた。 それにしても寸劇さんはデカかった。見上げる巨大な背中は屏風岩のようだ。時折緊張した筋肉がビシビシと音を立てる。これはどんな音だろうと思いながら小説で書いたのだったが、実際に聞けたのは嬉しかった。「団長、これ見てください」 サーリフくんが隊列を崩し前に進み出るとスマフォを寸劇さんに差し出した。寸劇さんはそれを見て、「ゆゆしき事態だな」 停止の号令をかけた。そしてそれをみんなに見せるよう指示した。サーリフくんのスマフォには画面いっぱいに赤い光の点がひしめき脈動のように点滅してた。 それはスレイヤー・R専用のマップアプリで、参戦しているスレイヤーたちに青墓に放たれた蛭人間の位置情報を知らせるためのものだった。普段なら、広い青墓全体で十数体の蛭人間しか出現しないので重宝されているが、この表示ではまったく役立たずだった。「500体か。たしかにゆゆしいな」 サダムさん言った。「これ既視感あります」 Dが私に囁いた。私もそれを感じていた。小説で寸劇さんたちのパーティーが壊滅した晩も同じように青墓中に蛭人間が溢れかえったのだった。3人は一晩中蛭人間の攻撃を受けそれに堪えて生き延びる。しかし、朝になって休息を取っているところをヴァンパイアの襲撃に遭って全滅する。「ミサを探されたくないのかも」 Dが青墓の森の木を見上げながら言った。 これもまた繰り返しならば、それが辻沢の意志なのかもしれなかった。 サーリフくんが、スマフォの赤い点滅を指して、「この渦の中心って、倉庫の広場ですよね」 マップの赤い点滅はゆっくりと渦を描いていた。その渦の中心がミサさんが実況拠点にしている場所で、渦はそこに向かって収束しているのだった。つまり蛭人間はミサさんを集中攻撃している?「いそぎましょう」 Dが寸劇さんを促した。それに寸劇さんは少しムッとした顔をしたが、このパーティーの目的を悟って莞爾と笑い、「まあ、待て。やみくもに前進してもやられるだけだ」 とマップ画面を指して、「この渦には風車のように蛭人間が密なところと疎なところがある。我々はこの疎を目指して中心に到達する」 言い終わると寸劇さんはDに目配せ
Huling Na-update: 2025-11-26
Chapter: 54.スレイヤー・R開幕 ヒイラギ林の流砂帯を抜けて青墓の本体に足を踏み入れたら一段と寒く感じた。着ているものを通して冷気が体を撫ぜていく。ヘッドランプの光が届かない暗闇の中に禍々しい物が蠢いているようで怯えながら進む。青墓の杜の道はどこも積もった朽ち葉がぐにゃぐにゃしていて歩きにくい。 私とDは寸劇さんのパーティーについてスレイヤー・Rの会場を目指している。 私の前を歩くサーリフくんが、「チケットなしだとポイントどうなるんでしょう?」「未登録扱いだからいくら蛭人間を倒してもチャラだろう。最悪垢BANもある」 しんがりのサダムさんが答える。そのまましばらく沈黙したまま隊列は進み、ちょうど横からの獣道と交差する地点に来た時、先頭の寸劇さんが立ち止まり、「だな」 と振り返って言った。 一行はそこで二回目の休息を取ることになった。寸劇さんたちは、その場で今夜のスレイヤー・Rの位置づけを話し合っっていた。私とDはその側に腰掛けて待っていたいたが、急に寸劇さんが、「あんたらもどうするつもりだったんだ?」 と聞いてきた。私はどうもこうもなかったのだが、Dが、「あたしたちは人探しに来たんです」「いるなそういうの」 寸劇さんはスレイヤー・Rで人がいなくなるなんて珍しくもないといった反応だったが続けて、「写真あるか?」 と聞いてきた。それでDはスマフォを出してミサの写真を見せた。「ピンク髪女子か。この子なら何度か見かけたことがある」 とそのスマフォをDの手から取って他の二人にも見せた。それにサーリフくんは、「見たことがあります」 サダムさんは少し眉間に皺を寄せて、「俺も知ってる」 と言ったのだった。Dはそれを聞いて何か言いかけたのだが、寸劇さんが制して、「探すのを手伝おう」 と言った。 それでまずミサの情報を寸劇さんたちと共有することになった。・ピンク髪(染めている)で黒いメイド服を着ていて背格好はDくらい。・行方不明になったのは2週間前の定例。・ビーコンがあるが位置は青墓ということしか分らない。・LINEの既読はなし 情報を確認しての寸劇さんの感想は、「生きてる保証はないな」 私が思っていても口にできなかったことを寸劇さんは言った。Dは何か言い返そうとしたけれど声が出ず拳を固く握ったまま下を向いてしまった。 スレイヤー・Rは非
Huling Na-update: 2025-11-24
Chapter: 52.流砂脱出 私とDはスレイヤー・Rのために張られた青墓の規制を回避するために、人が踏み込まない流砂地帯を抜けることにした。ヒイラギ林までは獣道を通って順調にこれたのだったが、流砂地帯に入った途端、私は足を滑らせて流砂穴に落ちてしまった。「タケルさん、動かないで!」 先を歩いていたDが私が落ちたことに気が付いて言った。「でも」 ふつふつと沸き立つ砂が足を呑み込み、どんどん中に引きずり込もうとする。じっとしていたらそのまま頭の先まで沈んでしまいそうだった。 私は摩擦を増やせば少しは呑み込む速度が減るかと思って砂の上に上半身を投げだした。顔に吹きかかる砂で息がしづらくなって余計に怖くなってしまった。起き直そうとして両手を砂に付くと、今度は両手が砂に呑み込まれて行く。一番やってはいけないことをしてしまったと後悔したけれどもう遅かった。次に浮上する時は屍人になっているに違いない。「これ掴んで!」 Dの叫び声がした。ヘッドランプの先に黄色と黒の縄が飛んで来た。私とDの絆、トラロープだった。私は砂に引きずり込まれつつある片手を伸ばし、トラロープを掴みに行った。「とどかない!」 トラロープの先端は伸ばした手の数十センチ先だった。するとヘッドランプの光の輪からトラロープが消え、再び現れた時には、私の頭の上に掛かった。私は命のトラロープを掴んで引っ張った。ロープがピンと張られて助かったと思った直後、ロープが力なく砂に落ちた。もがいたせいで砂に胸まで埋まる。かろうじてロープは掴んだまま。「力が入らないです」 Dは左腕が利かないのだった。「どこかに結わえて!」「やってます!」 ロープがピンと張るのを待って体を引き上げる。砂の抵抗が大きくて体がなかなか抜けない。「ダメだ!」「fdjshgs!」 Dがわめいたが何を言ったのか分からなかった。すると急にロープがぐいぐいと引っ張られて、そのおかげで私は砂から体を引き出すことが出来た。ロープを頼りに流砂穴の縁まで来ると、腕を掴まれものすごい力で引っ張り上げられた。「大丈夫か?」 立ち上がって見ると遥か上に顔があった。2mを超える大男、寸劇さんだった。「どうして?」 スレイヤー・Rに参戦しに来たのじゃないのか?私の質問の意味が把握できなかったのか、寸劇さんはしばらく黙っていたが、「あ
Huling Na-update: 2025-11-22
Chapter: 51.お天道様の油注ぎ 私とDは辻沢駅前のヤオマンカフェで、迷彩服姿のスレイヤー・Rの参加者がバスを待っているのを見ていた。その中に本当ならこの世に存在しない寸劇の巨人さんがいて、Dはそれを度々起こる「繰り返し」と感じ、私はビジョンの中にレイカを見た時の、―――辻沢の時間軸が狂い始めている。 を思い出したのだった。 バスの時間が来て私が立ち上げるとDが、「怖いです」 声が震えていた。「出直すかい?」 それにはDは首を振り、「ミサを探さなきゃだから」 とバックパックを担いで立ち上がった。 青墓行きの長い列に並んでバスに乗り込む。、「青墓北堺まで」(ゴリゴリーン)(ゴリゴリーン) 中は迷彩服でギュウギュウだった。寸劇さんは前のバスで行ってしまったらしく、搭乗していなかった。 私とDは後からの乗客に押されて車両の中ほどまでに押し込まれた。ガタイのいい男の中でバックパックを前に抱えたDは私に向かって立って、「すみません」 と私の左腕を掴んだ。 バスが発車して左右に揺られながらDの顔を見ると憔悴しきっていて、「あんたこれから大変な思いをするね」 という作左衛門さんの見立てを思い出してしまった。それでDが気がまぎれるようにクイズを出すことにした。「寸劇さんの前世の名前はなんだ?」 私を見上げたDは、なんで今? という顔をしたが、辻沢オタクの血が騒いだらしく、「まめぞうです」「正解。じゃあ、まめぞうの二つ名は?」「お天道様の油注ぎです」 と即答した。まめぞうは背が7尺半(230cm)もあるので「太陽に燃料を注ぐ人」と言われていたのだった。「正解。さすが」「この話好きなんです」 とDは微笑んで、「本当はタケルさんのおばあさまの綽名なんですよね」 祖母は誰にも聞かせたことがない女学生時代のことを私だけに話してくれた。「寮長の目を盗んで冷蔵庫の牛乳を飲んだ」「九条武子(大正三美人の一人)に似てると言われていた」(これは他の人には言ってはいかんよ) 等の話の中に、「背が高かったから級友から『お天道様の油注ぎ』と呼ばれてた」 というのがあって、それをキャラに使ったのだった。 そのことは小説の後書きに載せておいたのだが、Dは覚えていてくれたよう。 Dを慰めようとしたのに優しかった祖母を思い出して逆に私の方がほっこりしてしまった。
Huling Na-update: 2025-11-19
Chapter: 七の下、琥珀地獄判官(コハクノヂゴクハンガン) 溶岩帯は果てしなく続き、それにつれてクサビは自分の位置がわからなくなっていた。スハエの姿も見失っていまや溶岩の襞の中をはいずりまわる小動物の気分になっていた。両側は高々とそびえる溶岩の壁に迫られ、空は一筋の線のように見える。もうなん時も歩いているのに山へ登る感じがない。平坦な狭い場所をひたすら歩き続けている。世界から断絶してしまったかのようだった。 そんな中、溶岩壁が透けて見える時がある。幾重にもなった襞の中を戸惑いながら歩む衛士たちの姿が右手にも左手にも見える。大声をあげて呼んだが声は届かぬようだった。それに気を取られている間に足元がぬかるんで来ていた。底に溜まった蜜のようなものが絡みついて足を上げるのさえ億劫だ。蜜は溶岩壁の隙間からにじみ出ているようで、だんだんと嵩が増し、腰のあたりまで来て動けなくなった。蜜を手に取ってみる。刺激のある匂いがした。クサビはその時になってようやく気が付いた。関東最強の嬰嶽、|琥珀地獄判官《コハクノジゴクハンガン》に取り込まれたのだと。 蜜はクサビの喉元の高さまで達し、いよいよ息の根を止めに来たかのようだった。泳ごうにも蜜は濃厚で重く、手先すら動かすことがままならない。このまま蜜に埋もれて嬰嶽の中で息絶えるのか。 その時、上方からずっしりとした衝撃音が響いてきた。見上げると一筋の空から強い光が降り注いでいる。そして再び、衝撃音とともに地鳴りのような振動が溶岩壁を伝って、蜜溜りの表面をゆらした。何度となく繰り返されるそれは、まさしくスハエが琥珀地獄判官へ打槌を仕掛けているものだった。その振動は蜜溜りを揺らし、クサビの体を浮き上がらせる。数十回も繰り返したころには、クサビは腰まで蜜溜りの上に出ることができた。そのまま溶岩壁に手を伸ばし、自分の体を引き上げ蜜溜りを脱出すると、クサビは溶岩壁をよじ登り始めた。壁か
Huling Na-update: 2025-09-10
Chapter: 七の上、琥珀地獄判官(コハクノヂゴクハンガン) クサビは人の背に負ぶわれていた。負ぶっているのは母のようだった。クサビは身を固くした。負ぶった赤子がぐずると後ろ頭でド突いて黙らすような女だからだ。そんなはずはない。母はずっと昔に死んだのだ。押しつぶされるような頭の重さを感じつつ、クサビはそこで目を覚ました。 クサビは衛士に負ぶわれていた。ザワだった。「どうして」「轍を追って来たらお前が道中で倒れていたので連れてきた」「サヨ姫は、いやユウヅツはどうした」「わからぬ。轍は足柄からずっと続いているが、ユウヅツは見当たらない」「ここはどこだ」「横走りの関」 そこから西に不死の山がもうもうと噴煙を上げる姿が遠望できた。「すまぬ。降ろしてくれ」 クサビはすこしよろけたが立てた。「礼を言う。ここからは一人で行く」「人手はいくらあってもよかろう」 相手はユウヅツだけではなく関東最強の|嬰嶽《えいがく》、|琥珀地獄判官《コハクノジゴクハンガン》と一緒なのだった。しかし、この任は誰のものでもない。クサビ自身のものだ。それにザワを巻き込むわけにはいかなかった。「ありがたいが一人で行く」 思った通りだという表情でザワは言った。「そう意固地になるな。援軍も直に来る」 すると真上から声が降ってきた。「すでにここに居るぞ」 見上げるまでもなく声でスハエだと分かった。逃げたのではなかったか。「糞のためではない。積年の恨みをはらす」 判官様から一番恩恵を受けたのはスハエだったはず。思いはザワも同じらしく、大げさなあきれ顔をクサビに向けた。 クサビは少し気持ちがほぐれて、ザワたちと同行することにした。「他の者たちは」 とクサビが聞くと、クサビの背後を指
Huling Na-update: 2025-09-09
Chapter: 六、小夜姫(サヨヒメ) 館の西門からユウヅツたちの痕跡は続いていた。それは道幅いっぱいの轍と、真ん中のか弱げな足跡だ。轍も足跡も泥濘るんだ道にはっきりと残っていたので、暗い夜道でもよく分かった。クサビはそれを頼りにユウヅツを追うことにした。 途中、遊行の僧に行き会った。ユウヅツのことを聞くと国分寺の者だというその僧侶が笠の中から言った。「そなたの娘御は、巨大な泥の山を積んだ土車を一人で曳いておった。土車から荒縄が伸びて娘御の首に巻き付けられておった」 さらに続けて、「あまりに不憫であったので、拙僧が書にて『ひと引き引いたば千歳供養、ふた引き引いたば万歳供養』という札を泥の山に立てておいたので、奇特な御仁がおれば助けてくれよう」 クサビは僧侶にお辞儀すると不死山が噴煙を上げる西に向けて先を急いだ。 ユウヅツの曳く土車が速いのか、それともクサビの出立が遅すぎたのか、全力で駆けているはずなのにまったく土車に追いつかなかった。 出立してから夜通しクサビは駆け続け、時に暗闇に轍を見失っては道の上をはいずって探し、見出しては追いかけた。やがて当たる風が冷たくなり、あたりが明るくなってきた。振り返るとすでに東の空が白み始めていた。道の上に目を落とすと足跡とともに血痕が点々と残っている。クサビが遅れれば遅れるほどユウヅツの身が危うくなってゆく。 それからしばらく行くと前方に木々が鬱蒼と生い茂る山塊が迫って来た。|足柄《あしがら》山、関東の西端にたどり着いたのだった。山中は昼にもかかわらず暗く静謐に包まれていた。足柄の山道にもこれまで通りユウヅツの足跡と土車の轍は続いていたが、ここに来てクサビにはユウヅツに近づきつつあることが分かっていた。ところが山中に踏み入れてよりクサビは不思議な感覚にとらわれてなかなか歩が進まなくなってしまう。それはこの轍が今できたものなのか、ずっと以前にできたものなのかが分からないというものだった。さらにありえないことだが今よりもずっと先
Huling Na-update: 2025-09-08
Chapter: 五、天青鬼鹿毛(テンセイオニカゲ) 世話好きな刀自や采女たちが、紅潮した頬をクサビに向けて話しかけてくる。「またとない話じゃないか。なにを拒む理由があるのかい」 無論だ。関東最強の判官様がユウヅツの裳着の後見をしてくださると仰せになられたのだから。たかが走り隷の養女ごときを、この関東でおそらくもっとも権勢のある、これ以上望みようもない御方が介添えを申し出てくださるなど、僥倖以外のなにものでもない。だから拒んでいるわけではない。クサビは不安なのだ。ユウヅツの後見人になるということは、親になるのも同じこと。判官様のおわします御簾の向こうにユウヅツをやるということ、それは二度と会うことができなくなるということだった。ユウヅツのことを思えばその方がよいに決まっているが、同時にユウヅツと離れて暮らすなど今となっては考えられない、ユウヅツとの出会いは運命だとも思う。クサビはそれでずっと逡巡しているのだった。 ある日、大きな|地震《ない》があった。ユウヅツが早朝より外出して不在だったためクサビは無事を案じた。大きな揺れがおさまり隷長屋から中庭へ出ると、人々が慌てふためいて行き来していて、全ての視線が不死の頂に向けられていた。西の空では噴煙の勢いが増し、黒々とした叢雲が広がり出していた。 クサビが局室にもどり倒れた調度を片付けているとエツナが訪れて言った。「地獄様が御馬を曳けと仰せだ」 以前は天災、人災に関わらず事が起きた時は、御前に馬を曳く習わしとなっていたが最近では珍しいことだった。それでも、それは|御厩《おうまや》の役まわりだ。走り隷の任ではない。判官様の御馬を自分のような下郎に曳かせて良いものではあるまいとクサビは思ったが、それが仰せとあらば否応するべきことではないのだった。 判官様の御馬は|鬼鹿毛《おにかげ》という名で、庁の南に広がる牧のさらに奥、|茅《ちがや》の生い茂る野原の中で飼われている。噂では相当な気性の荒さだと聞いていた
Huling Na-update: 2025-09-07
Chapter: 四の下、厚木蛍宇津保(アツギホタルノウツボ) クサビたちは晴れ渡った空の下をザワの母の居所に向かう。厚木の集落を抜けた先に小高い山が見えてきた。麓から続く急勾配の石段を上ると、貞観の大噴火前からのものなのか蒼然とした杜に隠れて古びた祠があった。さらにその杜に分け入り斜面を北側に回ると岩屋があった。入り口周辺には割れた|土器《かわらけ》が散乱していてどれもが錆色に赤く染まっている。ザワの母はこの中に居ると言う。「三秋になる」 ザワが絞り出すように言った。クサビが身をかがめて中を覗くとすぐ手前で二方に分かれていてどちらの奥も見えないが、洞内の饐えた土気の匂いから推して嬰嶽の巣であることがすぐに分かった。クサビはザワに小袿を渡し、ユウヅツを下の祠まで連れて行って見張っているように頼むと一歩中に足を踏み入れた。天井は低く赤錆色の壁が奥に向かって続いている。左手はすぐに行き止まりで、土気の匂いは右手の奥からしているようだ。じめついた中に進むとすぐに光が届かなくなった。クサビは脂燭に火を灯し壁に頼って洞内を進む。濡れた壁は丸みを帯びた小さな突起物がいくつも連なっていて蝋のように滑らかだ。洞は奥まるにつれ傾斜していて滑りやすく、草鞋に付いた泥濘の重さを足指に感じながら転ばぬように慎重に進む。さらに洞内を行くと、前方に一点の紫の光が見えてきた。クサビはそれまでの咽返るほどの土気が晴れて息苦しさが少し和らいだ気がした。灯に導かれつつさらに進むと、段々と足もとが水に浸されてきて、気付けば腰のあたりまで水没していた。その水は温かくそのままそこで安らいでいたい気にさせる。クサビは脂燭を捨て、手で水を漕ぎながら灯りに向かって行く。近付いて見ると、池の中に苔生した小島があって、そこに尺高の燈台が置かれ紫に光る玉が乗っていた。 クサビが寄せると小島が小さな波音をたて上下し、小島の燈台も右に左に揺れる。まるで波間の小舟のようなそれはおそらく浮島なのだ。クサビは燈台を倒して紫玉を落とさぬように慎重に取りつい
Huling Na-update: 2025-09-06
Chapter: 四の上、厚木蛍宇津保(アツギホタルノウツボ) クサビらが関東検非違使所に帰ると、局室が西の離れの隷長屋に移されていた。|嬰嶽《えいがく》の一、|座間輝安彙《ザマキアンノタグイ》を解除したことによる物忌のためであるが、おそらくこれからここがクサビの局室になる。判官様の居所からは少し離れたが檻でもなく明るい局室でクサビは気に入った。それとクサビがユウヅツを連れ帰ったことに頓着する者はいなかったので、おのずとそこに同居することになった。与えられる食餌はこれまでと変わらないので、そこはクサビの分をユウヅツに分けねばならなかったが。 そのユウヅツといえば、もとは貴顕の姫なのだからこの局室は決して相応しいとは言えない。それなのに己が境遇を嘆かず、当たり前のように振る舞っている。忌が明けてからというもの、内住まいの|刀自《とじ》や|采女《うねめ》の子らに誘われて西の離れの中庭で駆けまわったりしているのを見ると、もともとここで育ったかのような気さえして来る。クサビとてもそれが違和感なく、むしろいついなくなるかと不安が募って、夜半にふと目覚めては隣で寝ているユウヅツの艶やかな髪に触れてみて安堵することがあるくらいなのだった。 意外だったのは、これまでクサビを恐れて近づこうともしなかった女たちが、ユウヅツが来た途端に親しげに局室を訪うようになったことだ。最初のうちはユウヅツに食べさせろと、山芋を干したものや赤米を盛ったのやらを持って来てすぐに帰って行ったのだが、そのうち何も用事がなくともクサビの局室へ来るようになって世間話というものをするようになった。それでも女たちは相変わらずクサビは怖いらしく、機嫌のよさそうな時しか話を交わそうとしなかったものの、おかげでこれまで全くといっていいほど情報のなかった検非違使所の外の様子が少し分かるようになった。厚木の市に現れるという嬰嶽を知ることにもなったのもここからである。 その時は、いつもより多くの女たちがクサビの局室に来て厚木の市の話で盛り上がっていた。それは先月の三の市が立った時のことだというから最近の事らしかった。
Huling Na-update: 2025-09-05
Chapter: エピローグ 鈴風の物語 十六夜との約束(3/3) 部活動棟の屋上は日本庭園になっていた。枯山水というのだろうか、水はなくて緑の芝生と黒い岩、波紋がついた白い砂利のコントラストがとても綺麗だった。「ここは、あたしが潰したリアル園芸部が作ったらしい。荒れ放題だったけれど、今は業者を入れて管理させてる。創業家の権力を行使してね」 明るく笑った。その表情とは逆に潰した責任を感じているのが分かった。いい人みたい。「でさ、頼みなんだけど」「何でしょう」 この時あたしはクチナシ衆の立場を忘れて話を聞く気になっていた。それはこの前園十六夜という人の人を惹きつけてやまない魅力の虜になったからだと思う。ひよりさんがこの人のことを鬼って言うのも分かる気がした。こんな強いオーラ、普通の人なら魅了されるに決まっているから。「鈴風さん? それとも風鈴って呼べばいい?」 咄嗟に思ったのはこの人には本名で呼んでもらいたい、だった。「鈴風でお願いします。呼び捨てで」「じゃあ、鈴風。あんたの妖術をあたしにかけて」 あたしがとぼけていると、この前園十六夜の体を使って志野婦を再爆誕させる「身中蛹化」のことだと言った。「死にますよ」「知ってる。それを死なないようにかけて欲しい」 「身中蛹化」をかけて母子を入れ替えろ。つまり志野婦でなく前園十六夜を再爆誕させろということだった。それが前園十六夜の頼みだった。「そんなことしたら、十六夜さんが神様になっちゃいます」 それはそれで人としての死を意味していた。「分かってる。でもそうでもしないとこの街のカルマは解消しないから」 前園十六夜は枯山水の白砂の中に踏み入って立ち止まると、空に両手を突き挙げ背伸びをしながら言った。「神様なら新しい世界が作れるだろ?」 とても簡単そうに言ったけれどそんなことどう考えても無理に思えた。でも、前園十六夜ならそれができそうな気がした。「わかりました。やってみます」 それは当然、わたしが拠って立つ人たちを裏切ることだ。赤さんたち、大殿、志野婦様をだ。でもわたしはなぜだかそれが今選べる一番の方法のような気がしたのだった。 部活動棟の非常階段を降りながら前園十六夜が、「神様になったらこの風景も眺めるしかできないのかな?」 辻沢ヴァンパイアの始祖、宮木野の遺訓、「人為は須くこれに従うべし」 これは辻沢の人たちとの融和を促すために
Huling Na-update: 2025-11-16
Chapter: エピローグ 鈴風の物語 十六夜との約束(2/3) 5限は古文。退屈過ぎ。「お弁当後に小野ジーは反則だろ」 授業が終わって目覚めたひよりさんがよだれを拭きながら言った。わたしもそう思うけど、あなたは食べ過ぎなのよ。で、6限はなくてホームルームの後、ゲーム部へ。 前園記念部活動棟は今年出来たばかり。カフェテラスあったり、柱廊下に窓には緞帳カーテン下がってたり、ゴージャス過ぎて目が眩む。「ここのデザイン、ヤオマン屋敷デザインした人と一緒なんだって」 ひよりさんは色々知ってて時々何者? って思う時ある。「セークン先生の弟子の弟子の弟子の人」 誰? セークン先生。ひ孫弟子とかもう関係なくない?「そうなんだ」 ゲーム部は人気があるから、部室に入りきれないほどの一年生が集まっていた。「どうする?」 ひよりさんもあきらめ口調になってる。「他見に行こうか」 ということで二人で部活棟を歩き回ったけれどどこもパッとしない。そろそろ帰ろうかってなった時、廊下の突き当たりの部室のドアが空いていたので覗いてみた。VRブースが二機置いてある。それも最新のでグレードも最上級機種のようだった。正面の柱にきったない字で『えんげー部』と大書されていた。花とか植えるのにVR必要か?「ここ見ていかない?」 振り返るとひよりさんが遠くから首を振っていた。「どした?」「そこ、鬼が住んでるから。誰も入りたがらないから」 鬼て。聞けばこの学校を経営するヤオマンHD創業家のお嬢様が部長を勤めてるらしい。部員も三年が一人で、一年なんて入り込む余地もないという。「ちょっとだけ」「あたしはいいから。一人でどぞ」 逃げてった。どうしよ。ちょっとVRブースだけでも、抜き足差し足(死語構文)「ゴラ!」 ヒーーーッヒ!「ごめんなさーい」 一瞬身構えた。
Huling Na-update: 2025-11-16
Chapter: エピローグ 鈴風の物語 十六夜との約束(1/3) |妾《あたし》、いやいや今はわたしだ。わたしは女学生になった。志野婦様の真っ青な制服と違って辻女のはデザインが古臭いけど嬉しい。女学校の制服に袖を通す日が来るなんて思ってもいなかったから。 小学校を出てすぐに千福楼に売られたから制服を着るのは初めてのことだ。|印《しるし》を見て遊女になる前は楼で下働きばかり、女学生なんて昼に使いに出された時チラッと見るだけだった。同い年くらいの制服姿の子たちが繁華街で色付き水を飲みながら楽しそうにお喋りしてたけど、自分とは関係ない世界だと思っていた。 今年の春前、赤さんに呼ばれて拠点に行くと突然言われた。「風鈴太夫。JKになってくだちゃい」「JKになれとはよ」「知らないのでちゅか? 女子、高生のことですよ。そんなことでは時代に置いてきぼりを食らいまちゅよ」 語尾の「ちゅ」はスルー、わざわざ「ジョシ」J、「コウセイ」Kって指で書いたのウザかった。赤さんは若いつもりかもだけど、あなたがとっくに置いてきぼり(死語構文)だから。 JKになった目的は二つ。一つは志野婦様の魅力を女子高生の間に広めること。もう一つは志野婦様復活のための形代を探すこと。これまで別の人間が凌奪していたけれど、そういう子たちはみな形代にする前に死んでしまった。それで形代にするにふさわしい人間が分るのは「|身中蛹化《しんちゅうようか》」の使い手であるわたしだということになって、お役が回って来たのだった。どうやって探せばいい? 鬼子。あたしは昭和33年の暮れに|柊《ひいらぎ》と|田鶴《たづ》さんと分かれて以来、鬼子と出会ったことはない。前任者は情報を持っているようだけれど、クチナシ衆のわたしに教えるつもりはなさそうだし。 それで、まず魅力の伝播からすることにした。これはゴリゴリバースを使う。VR空間なら志野婦様の蠱惑的なイメージを潜在意識に刷り込めるからだ。 オリエンテーションとか身体検査とか、JK通過儀礼が一息ついて
Huling Na-update: 2025-11-16
Chapter: 3-117.みんなが優しい世界を(4/4) あたしは後ろから腰を抱かれて加速した。それは冬凪も同じだった。あたしを小脇に抱えているのは鈴風ではなく志野婦だった。 振り返ると、鈴風、ユウさん、高倉さんが螺旋の外から手を振っていた。あたしたちの目の先には新しい螺旋の渦巻きが出来ていた。「どこへ?」「新しい世界を作るんだろ? 夏波」 その声は十六夜だった。志野婦の中身は十六夜なのだった。微妙にさじ加減を変えて羽化するのを志野婦でなく十六夜にする。鈴風の謀反は完成していたのだった。あたしはようやく十六夜に会えた気がした。「そうだけど、どうやって?」「三人で作るんだよ」「あたしも入れてくれるの?」 冬凪がうれしそうに言った。「ボクと夏波と冬凪の三人で」 螺旋の中心に十六夜と冬凪とあたしが長棹を大地にぶっさすビジョンが見えていた。それはまるで、「そうだよ。国作りだよ」 でも、あたしみたいな女子高生が国なんて作れるとは思えなかった。「自信ない」 十六夜が冬凪とあたしを解放した。三人のスピードが爆上がりになって、ビジョンの中心に驀進しはじめる。どんどん近づくビジョン。「大丈夫。ボクら三人ってさ」 十六夜が自分を指さして、「イザ」 冬凪を指さして、「ナギ」 もう一度自分を指さして、「イザ」 そしてあたしを指さして、「ナミ」「イザナギとイザナミだから」(死語構文) と言って笑った。十六夜と冬凪とあたしは螺旋の中心に激突した。長い暗転の後、目が覚めるとそこは十六夜が最初にギューンした純白の世界だった。何もない世界の中心に長棹が浮いていた。「これが世界樹の苗」 十六夜が教えてくれた。
Huling Na-update: 2025-11-15
Chapter: 3-117.みんなが優しい世界を(3/4) 孟宗竹の道をしばらく行くと、爆心地があったらちょうど端のあたりに瓦葺きの古そうなお屋敷があった。腰くらいの高さの垣根に白い花がビッシリと咲いていて甘いクチナシの香りがただよっている。「旧千福家だよ」 冬凪が言った。 水が打たれた石畳を歩いて玄関前まで行くと格子の扉が開いた。玄関の板の間に和服の女性が正座して頭を下げていた。「千福楼へようこそいらっしゃいました」 頭を上げた顔を見たら千福ミワさんだった。「あの千福ミワさんですよね」「はい、私が千福楼の女将、ミワでございます。さ、遠くからお疲れでしょう? お上がりになって我が宿でおくつろぎください」 いそいそとスリッパを並べるミワさんを見ながら、「千福家って旅館だったの?」 冬凪に聞くと、「違うはずだけど」 なんか様子が変だけどノリで付き合うことにする。「みんなあがろう」 それぞれスリッパに履き替えてミワさんに先導されながら長い廊下をすすむ。「辻沢女子高のみなさまには、毎年修学旅行で使っていただいてますんですよ。はい、みなさまのお召し物で分りました」 ミワさんすっかり旅館の女将だ。「京都は人が多いですね」「この時期は特に混雑しておりまして、お客様にはほんとうにご苦労おかけしまして」 と恐縮して言うけれど、思いつきで言った京都がミワさんのツボに嵌まったらしく、それからずっと京都観光案内をしてくれた。「ここ京都?」「辻沢だから」 それからずいぶん歩いたけれど全然部屋に案内されない。どこまでも続く長い廊下をずっと歩いている。その先を見ると点になるほど廊下が続いていた。「ミワさん。まゆまゆさんに会いたいですよね」 本題を切り出してみた。すると周りの音がなくなって色が褪せ始めた。別世界にズレ込み始めたのだ。ミワさんもカチッとした女将姿ではなく、黒髪を垂
Huling Na-update: 2025-11-15
Chapter: 3-117.みんなが優しい世界を(2/4) 愛した人には誰もがきっとまた会える、だよね。ユウさん。背中のユウさんの重さを感じながら、前世でも現世でも来世でも、きっとユウさんとあたしは会い続けるんだろうと思った。「夏波、もう歩く」 ユウさんが背中で目を覚ましたようだった。「なんだ、この格好。辻女の制服じゃないか」 あたしの背中から降りたユウさんが自分の服装を見て言った。「いやだった?」「そんなことない。何年ぶりかって思って」「え、ユウさん辻女生だったの。じゃあ、あたしたちの先輩?」 冬凪も知らなかったらしい。「そうだよ。悪いか?」「ううん。学校行ってたんだって」「あれを行ってたといえればだが」 「ユウさんは優等生でしたよ」 今度は冬凪の背中の高倉さんが目を覚ましたようだった。「盗んだバイクで走り出したと思ったら猛スピードで壁に激突して無傷だったんです」 あ、軽いデジャヴュが。それなんか覚えてるっぽい。「あら、私まで女学生にしていただいて」 高倉さんが自分の服装に気づいたよう。「和服のほうが良かったですか?」「いいえ。一度着てみたかったんです。私がデザインしたものなのに着られてなかったものですから」 辻女の制服デザインしたの宮木野だった。それでちょっと古くさ(ry。(死語構文) 冬凪、鈴風、ユウさん、高倉さん、あたしの5人は、古き良き辻沢の街を歩きながら目的地に向った。途中は高倉さんの止まらない面白話でまったく退屈しなかった。やがてあたしたちは辻沢の南に位置する辻沢発祥の地、六道辻に着いたのだった。六道辻のバス停から孟宗竹の中を真っ直ぐに伸びる道の先に、大事な人たちはいる。「行こう。千福|母子《おやこ》の元へ」 冬凪とあたしは、千福みわさん。千福まゆまゆ、茉優奈《まゆな》ちゃんと茉優乃《まゆの》の双子の姉妹。三人を会わせる約束を果たすためにここに戻ってきた。
Huling Na-update: 2025-11-15
Chapter: 【あとがき】(設定、引用や参照、次回作について)「ザ・ラストゲーム・オブ・辻女ヴァンパイアーズ」を読んでいただきありがとうございました。心より御礼申し上げます。応援していただくことがどんなにありがたいことか、それを知りました。だから今、読んでくださった皆様に夜野たけりゅぬから一生分のお礼の言葉を送りたいと思います。本当にありがとうございました。◎設定〇辻沢のヴァンパイアについて。 まず最初にお断りしなければなりませんが、辻沢は架空の土地です。夜野たけりゅぬの脳内にしか存在しません。 辻沢はこの国では珍しいヴァンパイア伝承の残る土地です。女子の乳犬歯を折る風習(辻沢の割礼)があったりします。そこに巣くっているヴァンパイアたちは、いわゆる吸血鬼とは少し違います。・吸血行為だけではヴァンパイアにはならないが、吸血されすぎて死んでしまうとヴァンパイアの劣化版の吸血ゾンビになる。・女女や男男の双子の場合どちらかに、男女の双子の場合は双方にヴァンパイア因子が遺伝する。・因子を持つものが大量の血液成分を摂取、または浴びると覚醒しヴァンパイア化(V化)する。・ヴァンパイアが正体を現すと個体特有の匂いを発する。クチナシやニセアカシアの花の香り、牛乳の匂い、菜っ葉の腐ったような匂い、古本屋さんの匂いなどがある。屍人のココロは日向ぼっこしてきた猫の匂い、同じくシオネはお日様差し込む体育館の匂いなど特有の匂いを常時させている。・目の中を覗くことで相手の来し方行く末を観ることが出来る。・弱点は山椒(気持ちよくなるだけ)とスギコギの唄(迷信、実際は効果なし)。・覚醒したてのヴァンパイアは「蘊蓄げっぷ」をする。 「蘊蓄げっぷ」とは、おっさんのような声で勝手に余計なことをしゃべりだす困った症状のこと。 Wikiに書いてあるような誰でも知っていることを得々と話すので人から嫌がられる。 摂取した血液に内在する情報の余計なものを体外にはきだす目的があるとされる。 個体差はあるが、V化して3か月ぐらいは続く。・太陽に対する耐性を持つ者(ザ・デイ・ウオーカー)が普通にいる。〇六辻家について宮木野と志野婦の血を濃く受け継ぎ、辻の字
Huling Na-update: 2025-06-30
Chapter: 【キャラクター紹介】○響(ヒビキ)カリン 主人公 ヒビキパートの語り手 野良ネコにミルクをやるのだけが楽しみの社畜OL 遊佐セイラの影響でモバゲーにぶっこみ体験中。 無類の車好きだが、自分のは紫キャベツの軽自動車のため、 町長の愛車エクサスLFAが欲しくてたまらない。 辻沢のコングロマリット「ヤオマンHD」勤務。 ココロの親友。 元辻女バスケ部シューティングガード 6番○調(シラベ)レイカ 主人公 レイカパートの語り手 いつもぼけっとしている天然ギャル。 子どもっぽいところがあり、 辻沢出身なのに辻沢のことが全然分かっていない。 元はN市のブラック企業で働いていたが、 惨殺されたママの遺言に従って3年ぶりに辻沢に帰ってくる。 再就職先は役場の夜間窓口勤務。 元辻女のバスケ部マネージャー 13番希望○千福(センプク)ミワ レイカの幼なじみで役場の同僚。レイカにやたらと雑草スムージーを勧めてくる。 新米ママで女バス時代もみんなのおかーさんだった。 仕事でもレイカのお守り役。 元辻女バスケ部センター 8番 副キャプテン○遊佐(ユサ)セイラ モバゲーにぶっ込みまくってるガジェットオタ モバゲー開発会社YSSの広報担当者。 ヤオマン会長の愛人。 シオネの親友。 元辻女バスケ部サブ 11番○蘇芳(スオウ)ナナミ 上背があってガタイが良く ダッドキャップと白Tシャツ袖巻き上げ姿が似合いそうな、アニキ女子。 辻沢最大の山椒農園主。 考え方が保守的でSNSを一切使用しない。 オタク嫌いでもある。 レイカをボケだ、天然だ、pkし過ぎだと言いまくる遠慮を知らない人。 元辻女バスケ部パワーフォワード 5番●辻川(ツジカワ)ヒマワリ 口が悪く、時代劇と火サス好きのオヤジ女子だが、 クレバーな頭脳、シュッとした目鼻立ち、しなやか
Huling Na-update: 2025-06-29
Chapter: 【参考文献】以下に参考文献を掲げるが、本編に描かれた内容のすべての責任は作者夜野たけりゅぬにあることを明記しておく。 ○山椒 ・新特産シリーズ サンショウ 実・花・木ノ芽の安定多収栽培と加工利用 内藤和夫著 農文協 2015 第6刷発行 ・WEBフリー百科事典 ウィキペディア 「サンショウ」の項 2016/6~9 参照年月 ○バスケットボール ・基本から戦術までよくわかる 女子バスケットボール 村松敬三監修 実業の日本社 2014 初版4刷刊 ・わかりやすいバスケットのルール 伊東恒監修 成美堂出版 2014 発行 ○怪談・ヴァンパイア・怪物 ・江戸怪談集 上中下巻 高田衛 編・校注 岩波書店 1989 初版 ・モンスター図鑑 ~SF、ファンタジー、ホラー映画の愛すべき怪物たち~ ジョン・ランディス著 ネコ・パブリッシング 2013年 初版第一刷 ○浄瑠璃・義太夫節・文楽 ・浄瑠璃集 新編日本古典文学全集77 小学館 2002/10 第一版第一刷発行 ・邦楽決定版2000シリーズ 義太夫 キングレコード 1963年 ・実践「和楽器」入門 伝統音楽の知識と筝・三味線・尺八の演奏の基本 財団法人 音楽文化創造 伝統音楽委員会監修 株式会社トーオン 2001年/10/20 初版発行 ・文楽・義太夫節の伝承・稽古を探る その1~4 後藤静夫 日本伝統音楽研究(紀要)8~11号 京都市立芸術大学日本伝統文化センター刊 ○雑草 ・道ばたの食べられる山野草 村田信義 偕成社 1997/6 1刷発行
Huling Na-update: 2025-06-29
Chapter: 最終章―完結 辻女ヴァンパイアーズはホーケー仮面と決着をつける【ヒビキ】 セイラが窓の外を見ながらぼそっと言った。 「レイカって何なの? PKの自覚、なんもない。シオネやココロに会わせたのムダだった?」 PK、プレイヤー・キラー。自分のキルを稼ぐため敵味方見境なく殺すはぐれ者。ゲームでもっとも忌み嫌われる存在。 「辻沢に帰って来たくらいだし、実はちゃんと分かってるかもよ」 「ふつー分かるよね、そもそもレイカの髪型とか容姿、あの頃とまったく変わってない。ずるくない?」 確かに、レイカは高校入学当時からまったく変化ないよな。 「でしょ。宮木野さんが、レイカのことも『犬歯を牙とするもの』って言ったときレイカがうんうんって頷いてたの見て、『レイカあんた犬歯ないから』って突っ込みたかったもん」 あれはモチベを保つために宮木野さんが打ったレイカ向けの小芝居だけどね。 それに、あの時ホントのこと言ったら、それこそモチベ、ダダ下がりだったろうし。 だって、真実の父親殺しに行くんだから。 「歯並びのことだってそう。たちつてと言いにくそうとか」 「レイカの中学の時のあだ名、とっとこネズタローだったしね」 「レイカのボケはヤマハイ仕込みってレベルじゃないよ」 あれからスオウさんに色々聞いたけど、センプクさんの母乳でレイカをヴァンパイアにしたってのもホントーかよ、だし。 だったらヴァンパイアみんな赤ん坊の格好してるだろって。 だから今回のことは全部、レイカのママのギミックだったんじゃないかって思う。 レイカのママが作った時限爆弾、それがレイカだった。 けど、あたしがレイカのママのメッセージを間違えて送らなかったら、レイカは永遠に辻沢に帰って来なかったかもなんだよな。 そのせいでこの一連の出来事の意味を未だにあたしは見出だせていない。 本当はレイカのママはレイカ爆弾を起爆させるつもりはなかったともいえそうだけど、そこをさらに踏み込むと、 今回のことで一番目的を果たしたのはセンプクさんとツジカワさんたちだった。 いけ好かない養父を排除して、囚われの姉妹を助け出し、それを調家の娘に実行させた。 それはレイ
Huling Na-update: 2025-06-29
Chapter: 最終章-3 辻女ヴァンパイアーズはホーケー仮面と決着をつける【ヒビキ】 エクサスLFAの車内を静寂が支配している。 音と言えば、セイラのPCから聞こえてくるくぐもった声だけ。 それは普段とは違う薄気味悪い会長の声だった。 〈あ、気付いた? いっとくけど、このカメラ赤外線対応だから。 あんたらカメラに映らないらしいが、動きぐらいは分かるようになった。 バージョンアップってやつさ。 うちの技術陣は優秀でね。どこよりも短い工数が自慢。 わが社のモットーは「拙速を尊ぶ」。 ヤオマン・システム・ソフトウエアをよろしく。 ちょっと宣伝〉 〈あんた何者?〉 〈ヤッチャ場から人気ゲームアプリまで。 皆様の暮らしを微に入り細に入りサポートする、ヤオマン・ホールディングス会長、前園満太郎です。あ、名刺切らしちゃってる。 でも、これから死んでく人には不要だね〉 〈ヤッチャ場? あんたも町長の一味?〉 〈あいつは、僕の腰ぎんちゃく。ヤッチャ場のゴミ捨て場で野垂れ死にしそうになってたのを拾ってやったんだよ。小物だけど頭の回転は速かったんでね。 2か月前の役場の事故で死んだときはびっくりしたが、あとからヴァンパイアだったって聞いて、かえって清々したよ〉 〈みなさん見てらっしゃるんだろ。そんなことひけらかしていいのか?〉 〈心配ないよ。この実況中継は関係者しか見てないから。 今はテストフェーズなの。スレイヤー・R・リブートの〉 〈なら、なんで宣伝してんだよ〉 〈まずいところは“編集”(耳の横でチョキチョキ)して、後でゴリゴリ動画にアップ。まさに無駄のない経営術〉 〈なんだお前。何ポーズとってるんだ?〉 〈おしゃべりはこのくらいにしておこう。リスナーは移り気だから、すぐ他行っちゃうからね。 とっとと死んでください。 辻沢には、もうヴァンパイアは必要ないんで〉 〈ヴァンパイアいないと、『R』になんないだろが〉 〈あー、それ? ユーザーから要望があってね。 怪我するのは勘弁って。今度からキャスト雇ってやることにした。 「中の人なんていません」ってね〉
Huling Na-update: 2025-06-28
Chapter: 最終章-2 辻女ヴァンパイアーズはホーケー仮面と決着をつける【レイカ】 「こんばんは」 こんな夜更けに女子の部屋に土足でヘルメット? その上チェーン・ソー持参ってのはぶっそーすぎだよ、前園のオジサン。 「すまないね。窓が開いてたんで、屋根伝いにお邪魔しに来たよ」 「で、何の用? お茶しに来たわけじゃ、ないよね」 「あー、そうだね。そんな穏やかな用件じゃない。 君の命をいただきに来た」 「それはそれは、いらっしゃいませ。 そうやって、ママの命もいただいちゃったわけだ。 カスが!」 お葬式のあと、ママの命を奪ったやつがどこから侵入したのか考えてたら、ヘイちゃんが教えてくれたよ。 あんたが屋根伝って来たってね。 人嫌いのヘーちゃんをスルー出来るのあんた意外に誰がいる? 他の人間だったら食い殺されてるもん。「最近の子は目上に対する言葉遣いがなってないな。 それに君は女の子だろう。 もっと上品にしないといけないんじゃないかな。 そんなことじゃ、雄蛇ヶ池に捨てたママの首が悲しむよ」 首を捨てた? 雄蛇ヶ池に? 持って行っちゃったの? お葬式でママの顔を拝めなかったのは、お前のせいだったのか。 「ミワちゃんが手引きしたの?」 「ミワちゃん? あー、あの腹ぼて女か。いや、関係ないよ」 そうなんだ。よかった。 「可笑しんだ。チェーン・ソー見せてやったら、産気づいちゃってね。 帰るとき『病院に連絡してって』って腰にすがりついてきたな。 振り払ったけど」 それってツリだ。ミワちゃん、お葬式のあとの出産だったもん。 「さっさとかかってこいや! 皆様が待っていらっしゃるんだろ! ウチの血を!」 「ご名答。 それとヘイゾーのカタキ」 「え? ヘーちゃんは老衰じゃないの?」 「あ、そーだったかな。 まー、なんでもヴァンパイアのせいにするのが、辻っ子のいいところでね」ブウィ、ブウィ、ブウ
Huling Na-update: 2025-06-28