エテルヴォワ王国の名門、ヴァルメール学院に通う17歳の少年、レイフ・ヘーデンストローム。 王国では珍しい白銀の髪に、鋭く光るガーネットのような真紅の双眸。校則違反なんてお構いなしのシルバーアクセサリー。その目立つ容姿と悪評のせいで、彼は“不良”と噂され、学院の中ですっかりと孤立していた。 そんなある日、学院に新任の歴史教師が赴任してくる。 深い紺青色の長髪と、夜の光と闇を閉じ込めたように輝くタンザナイトを想起させる瞳。ヴィオレタ・ウルバノヴァと名乗るその女性教師は、人間離れした美貌を湛えながら、どこか濃密な死の気配を纏わせていた。 そして彼女との出逢いが、レイフの止まっていた時間を動かしてゆくことになる――。 ※男女比5:5で楽しめるファンタジーを目指して書きました!是非、ご一読ください!!
View More※最後に大切なお知らせがあります。◆◇◆◇「話は、これでお終いよ。その500年前の戦いを最後に私は、あの暗君に申し出て隠棲することにしたわ」 長い昔話を終えて嘆息を漏らすヴィオレタと、その隣でかけるべき言葉を探るレイフを蒼月の淡い月明かりが照らしていた。 廊下の気温が先ほどよりも、心なしか下がった気がする。 心を預けてきた仲間たちを失い、信じてきた|主人《あるじ》には裏切られ、彼女は一体どのように生きてきたのだろうか。 彼女と比べるようなものでもないが、孤独な人生を送ってきたのはレイフも同じだ。 だが、自分には姉がずっと側に居てくれた。 そして、今は多くの仲間と言える存在が周囲に居る。 それは彼女――ヴィオレタのおかげだ。 だが、彼女には長い間、その哀しみを分かち合うことができる存在が居なかった。 そしておそらくは、想いを寄せていたであろう相手と彼女は――。 そこまで考えたとき、レイフの心の奥に、わずかに針で突っつかれたような痛みが走った。「俺は……あんたの側から居なくならねぇよ。もう二度と、死んでやる気もさらさらねぇし、あんたのことも……その、俺がこれから護ってやる」 言った後で顔に熱いものが込み上げてくる。 今、ヴィオレタがどのような|表情《かお》をしているのか、それを見る勇気がなく、思わず目を逸らしてしまう。 数秒の|後《のち》――聴き違いでなければ、微かな苦笑を含んだ嘆息が耳朶をくすぐり、頬に心地良く、冷たいものが触れた。 振り向けば、ヴィオレタの白く、ほっそりとした指に頬を突っつかれていた。 そこには、ある意味で予想どおりの無表情があるだけだった。 「生徒が、なにを生意気なことを言ってるのよ。黙って、子供は大人に護られていれば良いのよ」「子供扱いすんじゃねぇ……。死神なんだから、もう大人も子供も関係ないだろ。見た目も変わらねぇし」 レイフは、軽くヴィオレタの指を振り払うと、頬をわずかに朱に染めて、ぶっきらぼうに言葉を返す。 「17年しか生きてない子供には変わりないわよ。屁理屈を並べないの」「あんたにだけは、言われたくねぇよ……」 今まで、どれだけ滅茶苦茶な理屈で、こき使われてきたのかを思い出し、レイフはげんなりとする。 ちょっと、そういう雰囲気になったかと思えば、このようにいつもの調子に戻ってしま
そこから先、なにが行われたのかをヴィオレタ自身は、ほとんど覚えていない――。 気がつけば、目の前には黒狼に身体を喰い千切られたクロヴィスが倒れていた。 だが、その口元には、如何にも愉快だという笑みが浮かんでいた。 ヴィオレタも同様に瀕死と言って良いほどの傷を負っていたが、激戦の中で感覚さえも麻痺したのか、もはや痛みさえもろくに感じなくなっていた。「いやぁ〜、まさか君の方が化け物だったとはねぇ。まだまだ、世界は僕の知らない愉しみに溢れているようだ。うん、実に愉快だ!!」「狂人ね……」――「どうやら失敗したようですね」 その瞬間、|刻《とき》が止まった。 脳に直接、語りかけるように響く声音は、夜空の深みに溶け入るような静謐さと、聞く者を屈服させるような冷然さを内包していた。 その者は文字どおり、〝上空〟から降りてきた。 まだ、十代半ばの少女と言えるような外見だ。 だが、ヴィオレタは直感的に彼女が自分たちとは、〝別の世界に棲む存在〟であることを感じ取った。 少女は蒼白い月明かりのような長髪を羽衣のように、はためかせながら瑠璃色の瞳でヴィオレタ達を|睥睨《へいげい》した。 その身に纏うドレスは、|日没直後の夜空《ブルーアワー》を想起させる。 少女のほっそりとした白百合のような足が地面に触れたとき、冷気を内包した衝撃波が波紋のように広がった。「うっ――!?」 まだ身体を動かすことさえもできずにいたヴィオレタは、いとも簡単に紙屑のように吹き飛ばされてゆく。「あ、いたたた……。やぁ、君か……」 ヴィオレタ同様、身体を吹き飛ばされたクロヴィスはそれでも笑顔を絶やすことなく、旧友に向けるような態度で少女に話しかける。「ごめんねぇ〜。せっかく機会をもらったのに僕は、ここまでのようだ」「大丈夫です。期待はしていませんでしたから。それに、どちらにせよ面白いものは見れました」「手厳しいねぇ。まぁ、運よくまた機会があったら頼むよ。 はぁ〜、もっと遊びたかったなぁ……」 「貴方達、さっきから一体なんの話を……」 ようやく身体が動かせるようになったヴィオレタは、杖を支えに立ち上がり、突如乱入してきた未知の力を持つ少女へと鋭い視線を向ける。 「あはは! 名高い〝|虚無の悪魔《ソリトゥス》〟にそう言ってもらえるとは光栄だね。あ、ごめ
◆◇◆◇ その日――冥都ルイーナは、炎に包まれていた。 |燕尾服《テイルコート》の袖や裾を、ちりちりと焦がしながら、一人の女性が業火の中を進んでゆく。 「ウルバノヴァ様……」 掠れた声が耳朶を打ち、女性――ヴィオレタ・ウルバノヴァが振り返れば、地面を血で染めながら一人の男性が倒れているのが見えた。 もう長くはないだろう。 ヴィオレタは彼の側に寄ると、その場に屈み込んで男の最後の言葉に耳を傾けた。 「……クライン様が、近衛隊を率いて|死霊庁《プルガトリオ》に居ます」 「そう……。ならば、私も向かうわ」 彼女が踵を返すと、まだ微かに男の声が聞こえた。 「どうか……|冥界《オルクス》を、この世界をお守りくだ……」 「そんな大層なものを人に背負わせて逝かないでよ……」 熱気を含んだ風が、彼女の|言の葉《ことば》を攫い、紺青色の髪が煙とともに空を舞った。 ――「冥王の犬どもを殺せ! これからは俺たちの時代だ!!」 「クロヴィス様に勝利を! 歯向かう者には死を!!」 「や、やめろ! お前たち、気が狂ったの……がはっ!!」 わずかに離れたところから風に乗せ、狂気に満ちた叫び声と断末魔が聞こえた。 クロヴィスが、多くの|死神《リーパー》を従えて叛乱を起こしたのだ。 クロヴィス・リュシアン・オートクレール――もとは冥界南西部一帯ヴァルモリア公国を統治し、〝|公爵《ドゥクス》〟の称号を持つ貴族だ。 そんな彼の行動と言動は、他者の目には狂人のようにさえも映るものだった。 だが、彼は同時に不思議なほどに人を惹きつける天賦の才を持っていた。 他を寄せつけない強さと、もとから人ではなかったのではないかと錯覚させるほどの美貌。 そして、何よりも彼は人の心の異常性を煽ることに長けていた。 どんなに理性的に振る舞っている人間にも、心のどこかには〝渇き〟がある。 他者のものを奪いたい、誰かを傷つけたい、屈服させたい――そんな願望を力のままに自由に叶えてみたい。 それは簡単にできることなのだと、クロヴィスは彼らの前で次々と実演してみせたのだ。 日に日に、彼のもとを訪ねる死神は増えてゆき、クロヴィスは彼らからは神のように崇められるようになっていった。 クロヴィスが発した号令により、冥界各地で叛乱は起こり、はじめ
◆◇◆◇ 夜闇の訪れとともにヴァルメール学院からは、人の気配が、すっかりと消え去っていた――。 建物の窓からは蒼月の淡い薄明かりだけが、ただ淋しげに射し込んでいる。 ふと、廊下の最奥に位置する|臙脂色《バーガンディ》の扉の部屋に光が灯った。 そこは学院に新しく歴史教師として赴任してきたヴィオレタ・ウルバノヴァに与えられた執務室だ。 執務室とは言うものの、机は彼女の意思によって撤去され、その代わりに天蓋付きの豪奢なベッドが部屋の中心を占領していた。 部屋の主人たる女性は、ベッドに腰掛けると冷艶な容貌を微かに歪める。 桔梗の花弁のような唇に、ほっそりとした指を添えるその姿は、彼女の苦悩を表していた。 扉から右側の壁に背を預け、腕を組み沈黙を守るレイフは、ヴィオレタの表情を横目に見つめていた。 クロヴィスとの戦いまでの|猶予《ゆうよ》は、残りわずか一日しかない。 彼の所有する|離魂剣《アエテリス》は、殺害した相手の魂を奪うことで所有者の力を高める〝魔剣〟と呼べる代物だ。 このような武具を創り出した者が、正常な倫理観を持ち合わせているはずもない。 レイフが抱いたクロヴィスという|死神《リーパー》への印象は、純粋無垢な〝悪〟だ。 どこまでも愉悦を追求する子供のように無邪気で歪んだ存在。「ヴィオレタ先生、俺にもっと詳しくあいつ――クロヴィスのことを教えてくれ」「そうね……。どこから話すべきかしら」 静かにベッドより腰を上げたヴィオレタは、しばらく言葉を探す様子を見せた|後《のち》に「少し歩きましょう」とレイフを誘う。 二人は部屋を出ると、蒼白い月明かりが照らす長く続く廊下を、歩幅を合わせて歩いてゆく。 「クロヴィス・リュシアン・オートクレール――彼の目的は、|冥界《オルクス》・|現世《サエクルム》を支配して女神たちが棲まう|天界《カエルム》へと戦争を仕掛けることよ」 彼女の口から発せられた言葉にレイフは、思わず息を呑んだ。 「〝何のためにか〟ということは聞かないのね。まぁ彼に直接会った貴方なら想像はつくでしょうね。これは大義名分もなければ、私利私欲のためなどでもない。純粋な〝好奇心〟からあいつは動いているのよ」 レイフの背を冷たいものが、駆け抜けてゆく。 それは予想していたとおりの答えであり、最も最悪の答えでも
「なんとかするのは、私たちじゃなくて〝貴方〟ね……」「おい、マジか、あんた。今さっき死神になったばっかの生徒を普通一人で戦わせるか?」「死神の戦い方は移動中に教えたでしょ……。獅子は我が子を谷に突き落とすものよ……」「めんどくさいだけだろ?」「……寝たわ(寝言)」「(寝言)をそのまんま言うんじゃねぇよ……」 ヘレンシアの頭部に気持ちよさそうに寝っ転がる彼女は、どうやら本当に手出しをする気はないらしい。 ついには、うっすらといびきまで聞こえてきた。 呆れ混じりの嘆息を漏らした後、レイフは視線を迫り来る男たちの方へと向ける。 こちらの出方を伺いながら四人の男たちは二組に分かれ、左右からじわじわと距離を詰めてきていた。「やるしかねぇか」「お前は俺達の狩りを邪魔した。殺す……」 研ぎ澄まされた剣のような殺意が男達の瞳から放たれ、ちりちりとした感覚がレイフの背筋を駆け抜けた。 クロヴィスが所有する|離魂剣《アエテリス》により魂を奪われた彼らの身体には、冥界から脱走した罪人達の魂が|憑依《ひょうい》している。 「お前らの不幸には同情するぜ? けどよ、もう元の魂が戻るわけじゃねぇんだ。それにこれ以上、誰かが犠牲になるのも見たくはねぇ。だから、こっちも手心を加える気はねぇよ」 レイフは懐から漆黒のカードを一枚取り出すと、それを上空へと勢いよく放り投げた。 瞬く間に宙を舞うカードからは、瑠璃色の幻想的な紋様が刻まれた魔法陣が展開する。 魔法陣の中から最初に現れたのは、|紫色《ししょく》の輝きを放つ宝石が先端に付いた鎖分銅だ。 その後、徐々に漆黒の柄が姿を見せてゆき、最後には黒と紫の|二色《ツートン》に分かたれた刃が出現する。 〝鎖鎌〟と呼ばれる東方の国々で、使われる暗殺に適した武具だ。 だが、これはどちらかといえば扱いこそ難しいものの、近接戦への対応能力や殺傷力も向上させた|大鎌型《デスサイズ》だ。 レイフの死神としての〝|鬼才《グロリア》〟――【|貪婪なる王の宝物庫《アワリティア・コレクション》】 これは|冥界《オルクス》に古の時代から存在する宝物庫より、カードを媒体として様々な武具を呼び出すものだった。 東方の国々で暮らしたこともないレイフには当然、鎖鎌のような武器は扱った経験などない。
ヴィオレタとのある意味、いつものやり取りを終えたレイフは、彼女から|死神《リーパー》や|冥界《オルクス》といった、知っておくべき知識についての解説を受けていた。 話を聞くレイフの表情は真剣そのものだ。 まずは状況を把握した上で、今後の指針を決めなければいけないだろう。 ヴィオレタの説明は意外なほどに丁寧なものだった。 もしも少しでも彼女に〝やる気〟というものがあるならば、意外と教師という仕事は向いているのかもしれない。 「なるほどな……。いろいろと理解が追いつかねぇってのが本音だが、人が死んだあとに行く、|冥界《オルクス》って場所があるってことで良いのか?」 「えぇ、死後に肉体から離れた魂が辿り着くのが〝冥界〟。そこで善良と|見做《みな》された魂は、神々の暮らす世界〝|天界《カエルム》〟へと昇っていくわ……。でも、悪しき魂は冥界から出ることを許されず、犯してきた罪の重さに相応しいだけの時間、裁きを受けることになる」「その冥界を管理して守護するのが、あんたら〝|死神《リーパー》〟ってわけか」「〝あんたら〟じゃなくて、〝貴方〟もよ……」 ヴィオレタは呆れたようにレイフのことを指差してくる。 「人を指差すな」と軽く払うと、彼女はムッとした|表情《かお》をしてみせる。 いつもどおりのくだらない戯れ合いがはじまりそうになった、そのとき、ヒューッと静かに吹き抜ける秋風に乗せて、女性のものと思われる悲鳴が|微《かす》かに響いた。 気怠げな雰囲気を|纏《まと》っていたヴィオレタの表情が一瞬にして、真剣なものへと様変わりする。「かなり遠くから聞こえたな……」「死神の聴力は人間のそれよりも遥かに優れているわ。そしてこのタイミング……」「さっきのあいつらか?」「えぇ、あなたにはちょうど良い練習相手かもしれないわね。説明の続きは移動しながらするわ、戦ってもらうわよ……。覚悟はいいかしら、新人くん?」「はっ! 当然だ!!」 レイフとヴィオレタは、夜の街を屋根|伝《づた》いに駆け抜け出す。「っ――!?」 人間だったときには、とてもではなかったが、出せなかった速度や跳躍力にレイフは思わず息を呑んだ。 だが、動揺したのも一瞬のこと――身体の軽さに慣れてくればそれを楽しむ余裕も生まれてきた。 視線を下へと向ければ、煌びやかな夜のアル
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