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34話

Author: 東雲桃矢
last update Last Updated: 2025-12-04 19:12:16

「敏貴……」

 先生の前だと言うのに、涙が止まらない。ぼやけた視界で原稿用紙を見つめる。

「お父さん、どうぞ」

「すいません……」

 差し出されたティッシュで涙を拭うと、先生も泣いていたのが分かった。

「本来なら、作文は一定期間保管してから処分するのですが、これはさすがに処分できなくて……。もちろん、他の生徒もそうなんですけど」

 慌てて付け足す先生に、笑みがこぼれる。

「ぜひ、他の生徒さんの作文も、返してあげてください」

「そうですね、そうします」

「これ、一旦お返ししますね。敏貴だけ返却されないのは、おかしいでしょう?」

 名残惜しいが、作文を先生に返却する。

「はい、分かりました。今日はお時間を作ってくださって、ありがとうございます」

「こちらこそ、素敵なことを教えてくれて、ありがとうございます」

 雅紀は一礼すると、教室を出た。誇らしい気持ちで、帰路を辿る。

「ただいま」

「ん、おかえり」

 帰宅すると、敏貴はスマホゲームをしている。そっけなくしている敏貴だが、本当はあんなに親想いの優しい子だと思うといじらしくて、愛おしくて、思わず抱きしめる。

「な、なんだよ!? あー! 邪魔したから負けたじゃん! サイアク……」

「ごめんごめん。でも、ありがとね、敏貴」

「は? 何が?」

「ふふ、別に。今夜は焼肉行くから、お風呂の準備してきて」

「よく分かんねーけどやったぜ!」

 敏貴はスマホを置いて、風呂を沸かしに行く。そんな息子の後ろ姿を見ながら、雅紀はひとり、幸せを噛みしめるのだった。

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  • ママを辞める時   34話

    「敏貴……」 先生の前だと言うのに、涙が止まらない。ぼやけた視界で原稿用紙を見つめる。「お父さん、どうぞ」「すいません……」 差し出されたティッシュで涙を拭うと、先生も泣いていたのが分かった。「本来なら、作文は一定期間保管してから処分するのですが、これはさすがに処分できなくて……。もちろん、他の生徒もそうなんですけど」 慌てて付け足す先生に、笑みがこぼれる。「ぜひ、他の生徒さんの作文も、返してあげてください」「そうですね、そうします」「これ、一旦お返ししますね。敏貴だけ返却されないのは、おかしいでしょう?」 名残惜しいが、作文を先生に返却する。「はい、分かりました。今日はお時間を作ってくださって、ありがとうございます」「こちらこそ、素敵なことを教えてくれて、ありがとうございます」 雅紀は一礼すると、教室を出た。誇らしい気持ちで、帰路を辿る。「ただいま」「ん、おかえり」 帰宅すると、敏貴はスマホゲームをしている。そっけなくしている敏貴だが、本当はあんなに親想いの優しい子だと思うといじらしくて、愛おしくて、思わず抱きしめる。「な、なんだよ!? あー! 邪魔したから負けたじゃん! サイアク……」「ごめんごめん。でも、ありがとね、敏貴」「は? 何が?」「ふふ、別に。今夜は焼肉行くから、お風呂の準備してきて」「よく分かんねーけどやったぜ!」 敏貴はスマホを置いて、風呂を沸かしに行く。そんな息子の後ろ姿を見ながら、雅紀はひとり、幸せを噛みしめるのだった。

  • ママを辞める時   33話

     僕のお父さん 白川敏貴 僕のお父さんは、最近までママでした。趣味が女装とか、女性になりたい願望があったからではなく、僕のためにママになってくれました。 僕は2歳の頃、母に捨てられたそうです。ふたりは結婚してなくて、別々の人生を歩んでいました。身勝手な母は、当時まだ20歳の父に、僕を押し付けるように置き去りにしました。 その時のお父さんはホストで、金髪で、たくさんピアスをつけてたみたいで、僕は怖がって泣いたそうです。 お父さんの友達が、お父さんにウィッグを被せたら、僕は泣き止んだそうです。 お父さんは最初、マサって呼ばせようとしたけど、僕がママと呼んだり、長髪のウィッグをかぶったお父さんの姿で安心したことから、ママになる覚悟をしてくれました。 それからお父さんはピアスを外したり、髪を伸ばしたりして、仕草も女性らしくして、ママになってくれました。 僕もしばらくはママを女性だと思っていました。声も見た目も、男性っぽくないから。 でも、小学5年生の授業参観で、友達に「お前の父ちゃんオカマなの?」って言われてしまいました。気になって、友達に言われたとおり銭湯に行くと、男湯に入るお父さんを見て、オカマのお父さんで恥ずかしいと思い、ずっと冷たい態度を取ってしまったことを、後悔しています。 冒頭にも書いたように、お父さんをママにしたのは僕で、お父さんは覚悟を決めてママになってくれたのに。 色々あって、お父さんがママになった理由について知った時、自分が恥ずかしくなりました。同時に、伝えきれない感謝がこみ上げてきました。 最初に書き忘れたけど、お父さんはパソコンが苦手なのに、僕のために在宅ワーカーになってくれたり、ホストをしてる時に、お客さんから子育てについて色々聞いてくれたりしました。 小学5年生から最近までまともに会話できてないので、どうすればいいのかまだ分かりませんが、お父さんと少しずつ仲良くなれたらいいなって思ってます。 お父さんは自分の女顔と女声をコンプレックスだと言ってましたが、そこも含めて最高の父親です。

  • ママを辞める時   32話

    「ベタベタすんなよ! と、父さんがいつまでもあんなみすぼらしいのつけてるから、俺としても恥ずかしいんだよ。だから、買っただけで……」 「うん、うん……。ありがとう!」 「うっせぇ……」 悪態をつき、雅紀を押しのけて部屋に戻る。 「お前は自慢の息子だよ、敏貴……」 そう呟き、エプロンを抱きしめた。 9月3日の夕方。高校も終わり、大半の生徒が帰って行った校舎に、雅紀は呼び出されていた。 「先生に呼び出されたことなんて、今までなかったのに……。雅紀はいったい何を……」 和解する前の反抗期でさえ、先生に呼び出されたことなどなかった。それに、敏貴がそこまでのことをやらかすとは思えない。特に、修学旅行直前のこの時期に。 ドキドキしながら教室に入ると、ふたつの机が向かい合わせにされ、雅紀から見て奥の方に担任の教師が座っていた。「お父さん、お座りください」「はい……」 教室のドアを閉めて、先生の前に座る。緊張で喉が渇く。生きた心地がしない。「あの、敏貴は何を?」「え?」 先生は数秒ほど雅紀を凝視したあと、小さく笑う。「あぁ、安心してください。敏貴くんは何もやらかしてませんよ。優等生ってわけではありませんが、特に問題は起こしてません」「では、どういったご用件で……?」「わが校では2年生になると、夏休みの宿題で、親に感謝を伝えるための作文を書くんですよ。高校生になると、バイトも出来るようになって、大人に近づくでしょう? バイトで労働の大切さを学ぶ子もいれば、いい気になって、感謝を忘れる子もいるんです。だから、感謝の作文を宿題にしています」「はぁ……、そうですか。それで、敏貴の作文に、何か問題でも?」「問題だなんてとんでもない! あまりにも素晴らしい内容だったので、是非お父さんに見てほしくてお呼びしたのです」 先生は原稿用紙の束を、雅紀の前に置いた。

  • ママを辞める時   31話

    車内は静かだが、気まずい雰囲気はない。雅紀は上機嫌で運転し、敏貴は窓の外を眺めている。本人は隠しているつもりだろうが、ガラスの反射で泣いているのがまる分かりだ。 「修学旅行に必要なの、買いに行こうか」 「ん」 以前は不安になった短い返事も、今は心地良い。 ショッピングモールにつくと、キャリーケースや変圧器。酔い止めなどを買う。 「念の為にトイレットペーパーも持っていったほうがいいらしいな。家にあるのでいいか?」 買い漏れがないか、しおりを見ながらチェックする。 「いいよ」 「分かった。にしても、海外か……」 「行ったことねーの?」 「ねーな。だから、土産話楽しみにしてる」 「そうかよ……」 相変わらずぶっきらぼうな返事だが、以前のような刺々しさはない。 (これでいいのかもな) 敏貴を見て、そう思う。和解したての頃は寂しさもあったが、急にベタベタ来られても、喜びより困惑が勝つだろう。 夏休み終盤、パスポート引換可能の日になり、ふたりで取りに行く。 「良かったな、間に合って」 「うん、正直、ヒヤヒヤしてた」 パスポートを片手に、敏貴は苦笑する。引換書に、引換できる日時は書いてあるが、敏貴の同級生の大半はこれを機に取得する。遅れる可能性も考慮していたが、杞憂だったようだ。 「んじゃ、食材買いに行くか」 「行きたい店あるから、ショッピングモールがいいんだけど、いい?」 「珍しいな、いいぞ」 雅紀はショッピングモールへと車を走らせた。目的地につくと、雅紀は食材の買い出し、敏貴は個人的な買い物をしに行く。買い物が終わったら、1階のベンチで待ち合わせだ。 約3日分の食料品を買うと、待ち合わせ場所のベンチに行く。敏貴は片手にネイビーの紙袋を持って待っていた。 「おまたせ。好きな子へのプレゼントか?」 「ちげーから」 敏貴はそっけなく言い、ふんだくるように雅紀が持っていた荷物を持ち、外に向かって早歩きをする。 「思春期は難しいな」 苦笑し、敏貴の後を追う。 帰宅して冷蔵庫に食品を詰め込むと、ルイボスティーを飲んでひと息つく。 「こういう時間、大字だな……」 しみじみする自分に歳だなと小さく笑う。 「ん」 敏貴が先程持っていた紙袋を、雅紀に差し出す。

  • ママを辞める時   30話

    「ということがあってだな……」 弥子について話し終えた法明は、新しい煙草に火を付け、煙を吐き出す。 「そんなことがあったのか……。なんかごめん……」 「なんでお前が謝るんだよ」 「だって、俺が弥子を紹介したから……」 うつむく雅紀の肩を、軽く殴る。 「バーカ、お前は悪くねーよ。弥子は俺達よりも大人のくせに、無節操だった。それだけだ」 「けど、彼女と別れたって……」 「いいんだよ。弥子には真面目でいい子がいるって言ったけど、実際は、束縛激しくて、どう別れるか迷ってたんだから。すんなりいって、びっくりしたけどな」 法明は笑うが、雅紀の中で、つっかかりは取れない。 「なんで俺に相談しなかった?」 「だって、あの頃のお前、まだ弥子に未練ありそうだったし。やり直したいとか寝ぼけたこと言う可能性あったからな」 「う……」 否定しきれず、言葉に詰まる。今でこそ完全に吹っ切れているが、あの頃は弥子への未練があった。弥子が初めて会った時のように、望む言葉をくれたら、許してしまっていただろう。 「はぁ……。そんな苦労かけてたの、なんか申し訳ない……」 「いいって、終わったことだし。まぁ、なんだ。これからもここで息抜きしながらがんばれよ、パパ」 「おう」 パパという言葉が嬉しくて、口角が上がる。 この日はこれで解散した。いつもならもっと愚痴を言ったり、カラオケに行ったりするが、敏貴の反抗期が終わり、愚痴りたいことが激減したことと、雅紀の仕事が溜まっていたことで、解散せざるを得なかった。 雅紀は帰宅すると、パソコンの電源を入れ、PC用眼鏡をかけて仕事を始める。 認知届を書いてから1週間後、白川親子は市役所に来ていた。住民票を取得するためだ。 「白川さん」 受付に呼ばれ、緊張した面持ちで向かう。 「こちら住民票です。確認お願いします」 雅紀が住民票を受け取り、恐る恐るふたりで確認する。 世帯主・白川雅紀 続柄・父 雅紀は安堵と喜びのため息をつき、敏貴は目が潤んでいる。 「ありがとうございます……!」 「いえ……。こちら、封筒です。よかったら使ってください」 「はい」 受付の女性は笑顔を浮かべつつも、どこか怪訝そうな顔で、封筒を手渡す。封筒を受け取り、その中に住民票を入れると、ふたり

  • ママを辞める時   29話

    合コン当日、法明と弥子は、百貨店の前にある石像の前で待ち合わせをした。 「おまたせ」 遅れて来た弥子は、露出の多いトップスとミニスカートで現れた。手に持つ小さなバッグは、疎い法明でも知ってる有名ブランドのもの。 「待ってないよ、行こう」 法明が歩き出すと、弥子は当然のように腕を組んでくる。不愉快極まりないが、最後だと思うと我慢できた。 「今日は振り払わないのね。やっと素直になったの?」 甘ったるい声でそう言うと、弥子は更にしがみつき、法明の腕に頬を寄せた。 (やめろよ、厚化粧。ファンデーションが服につくだろうが) 内心悪態をつきながら、笑みを浮かべる。 亜蓮に指定された店につくと、今日の合コンメンバーが揃っていた。皆知り合いの女性を連れてきている。法明と弥子も入れて合計10人の男女が揃った。「おせーよ、法明」「ごめんって。可愛い子連れてきたから、許してくれ」 弥子の背中を軽く押し、亜蓮の前に行かせると、亜蓮は口元に笑みを浮かべる。どうやら弥子を気に入ったらしい。法明から弥子の顔は見えないが、弥子も亜蓮を気に入ったに違いない。 店内に入ると、個室に案内される。黒を基調とし、さり気なく金を添えたシックでラグジュアリーな部屋だ。 亜蓮、亜蓮の連れ、弥子以外は全員グルの合コンが始まる。「じゃ、席決めるか。トランプを配るから、同じ数の人が向かいになるように座ろう」 友人がそれぞれにトランプを配る。亜蓮と弥子は4を引き、向かいに座る。もちろんこれもイカサマだ。友人はトランプに小さな印をつけており、ふたりを一緒にした。 王様ゲームをする時もイカサマを仕込んでいたが、それを使うまでもなく、ふたりはすっかり意気投合し、カップルが成立していた。「おめでとう、弥子。小さなケーキ屋の俺よりも、実業家の亜蓮の方が、お前を幸せにしてくれるよ」「ありがとう、法明くん。なんだかごめんねぇ?」 いい男を捕まえたと思いこんでいる弥子は、意地悪な微笑みを浮かべた。すべて仕組まれたことだと知らずに。 実業家と言ったが、亜蓮はヒモだ。亜蓮本人が、「女を幸せにして金をもらう。それの何が悪い? ビジネスだ」と言い、実業家を名乗っているので、亜蓮からしたら、間違いではない。ここにいるほとんどがグルだし、亜蓮の連れは友人のひとりとベッタリしていて、亜蓮に興味がな

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