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・Chapter(21) 高畑瑞穂、歌いまぁす

last update 最終更新日: 2025-07-04 22:13:49

10時を少し過ぎた辺りで、二人は店を出た。

が、名残惜しさが瑞穂の後ろ髪を引っ張り、駅へと向かう瑞穂のその足取りはひどく重いモノであった。

「どうしたの、高畑さん。

ひょっとして、気分が悪いの?」

次第に遅れをとる瑞穂の様子が気になったのか、和田マネージャーは歩みを止めると、振り返り、後ろを歩く瑞穂に視線を向ける。

瑞穂は「はい」と、手短に言葉を返す。

確かに、気分は悪かった。

しかし、それはアルコールによるモノではなく、和田マネージャーとの至福の時が終わるが故に引き起こされたモノであった。

「だから、言ったじゃん。

飲み過ぎなんじゃないか、って。

まっ、俺としては中々珍しいモノを見せてもらったけどね」

「珍しい?」

「店でも言ったじゃん。

酔っぱらってる高畑さんは、結構レアだって。

俺の中の高畑さんって、飲み会とかでもハメを外さず、自分のペースをしっかりと保って酒を飲む人、だもん。

だから、今日の酔っぱらった高畑さんは、俺的には何か新鮮に見えたよ」

「アレ、和田マネージャー。

もしかして、アタシに対してギャップ萌えとか感じちゃったりしてます?」

和田マネージャーの思わぬ発言に気を良くした瑞穂は、口角を曲げながら尋ねる。

「ないよー、それはない」

和田マネージャーは、手を振りながら瑞穂の弁を否定する。

「高畑さんは、部下だからね。

上司として、そういう感情は抱く訳にはいかないよ。

あっ、これは高畑さんに魅力が無いとか、そういう話じゃないよ。

単純に、上司としての心構えだからね」

──また、上司と部下かよ。

堅物めいた言葉を述べ続ける和田マネージャーに対し、瑞穂はため息をつく事で応えた。

「どうしたの、高畑さん。

もしかして、吐きそうなの?」

しかし、和田マネージャーは瑞穂のため息の意味を取り違えたようで、再び歩みを止める。

「……ヤバいです」

和田マネージャーが作り出したその流れに瑞穂は乗ると、フラフラと電信柱に歩を進めた。

が、嘔吐する訳ではなく、ただ茫乎《ぼうこ》といった様子で夜空を見上げると、心までも冷やす秋の夜風にしばらく当たっていた。

「……大丈夫?」

和田マネージャーは怪訝な面持ちで、瑞穂に歩み寄る。

「うーん、ちょっと気分が悪いですね」

瑞穂は、ふぅ、と息をつくと、視線を夜空から後ろのビルへと移した。

「あの、和田マネージャー。

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