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第120話

Autor: 北野 艾
詩織はプールの縁にしゃがみ込み、水温を確かめる。

水は、骨身に沁みるほど冷たかった。

しかしミキは、そんな水の中に何度も何度も飛び込んでいく。

プールサイドに上がってきた時には、体は凍え、小刻みに震えていた。

詩織は声をかけるのをためらった。アシスタントから、ミキの集中を乱せば撮り直しになりかねないと釘を刺されていたからだ。

詩織は逸る気持ちを抑え、ミキの出番が終わるのをじっと待った。撮影終了の合図が出ると同時に、用意していたタオルを手に駆け寄り、彼女の濡れた体を拭った。

「詩織、どうしてここに?」ミキは驚いた顔をしたが、その目にはすぐに喜びの色が浮かんだ。

「いいから、黙って。とにかく着替えて」詩織の目は、赤く潤んでいた。

ミキが濡れた衣装から着替え終わるのを待って、詩織は自分が着ていたダウンジャケットを脱ぐと、すぐに彼女に着せかけた。

そのダウンジャケットは、もともとミキのものだ。彼女が少しでも温まれるようにと、詩織がわざわざ羽織って温めていたのである。

ミキは温かい甘酒を二杯飲み干して、ようやく人心地ついたようだった。

「こんな大変な役、なんで引き受けたのよ」文句を言いながらも、詩織はミキの冷たい手を握り、自分の体温で温め続けた。

「決まってるじゃない、ギャラがいいのよ!それに大作映画だし、これで一気にブレイクするかもよ?」

ミキはどこまでも楽観的だった。

「そうなったら、あんたが私に会うのだって予約制になるんだから!会えたとしても、『近藤大女優』って呼ばなきゃいけなくなるかもね!」

「へえ、近藤大女優様。有名になったら、私のこと暗殺者に狙わせたりするわけ? あなたの秘密、知りすぎてるから」

詩織が冗談めかして言うと、ミキはふふん、と顎をそらした。「それは、あんたの今後の態度次第ね」

冗談を言い合った後、ミキは真顔に戻り、出張の結果を尋ねた。

詩織はため息をつく。「……もう、やってらんないわよ。こっちは必死で説得して、強いお酒をボトル一本近くも飲んで……それでやっと、おこぼれを少し分けてもらえたってのに」

「どういうこと?」

詩織は会食での出来事を、ありのままミキに話した。話を聞き終えたミキは、怒りを爆発させた。

「また賀来柊也なの!? あいつ、ほんっとうにしつこいっていうか、ストーカーみたいね!しかもあの泥棒猫をとこ
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