Share

第526話

Author: 北野 艾
「どうしたのよ、辛気臭いわね」

志帆が声をかけたが、譲は黙々とグラスを空けるだけだ。

見かねた友人の一人が横から口を挟んだ。「どうも失恋したらしいんだよ。それもこっぴどくね。だからやけ酒さ」

志帆は押し黙った。

美穂はここぞとばかりに慰めようとしたが、譲は取り付く島もない。完全な拒絶オーラを出している。

友人が呆れて忠告した。「おいおい、どうしたんだ譲。いつものお前らしくないぞ。女の子が乾杯しようって言ってるのにお前……」

譲は冷ややかな一瞥をくれた。

友人は閉口し、代わりに美穂のグラスに自分のグラスを合わせた。「ごめんねお嬢ちゃん、こいつ虫の居所が悪いみたいでさ。俺が代わりに」

「いえ、大丈夫です」美穂は殊勝な態度を見せた。

だが、グラスを合わせた瞬間、男が首を傾げた。「あれ?なんか君、見たことあるな。どこかで会わなかったっけ?」

美穂は、男が自分をナンパしているのだと勘違いした。

本命は譲だが、彼の友人たちも金や権力を持っている上流階級ばかりだ。コネを作っておいて損はない。

「どこかで会った?」なんて、随分と古臭い手だなと笑って流そうとした、その時だった。

Continue to read this book for free
Scan code to download App
Locked Chapter

Latest chapter

  • 七年の恋の終わりに、冷酷な彼は豹変した   第1035話

    真理子と智也は、すでに三ヶ月も顔を合わせていなかった。この間、真理子から何度も連絡を試みた。だが智也は、電話口で妻の声を聞いた瞬間に無言で通話を切り、一切の対話を拒絶した。業を煮やして「陽汰に二度と会わせない」という脅しのメッセージを送りつけ、ようやく向こうから一度だけ電話がかかってきたほどだ。しかし、その内容は冷酷なものだった。「離婚の意思は変わらない。何か言いたいことがあるなら、直接弁護士を通してくれ」そして智也本人は「地方のクライアントへの技術指導」を口実に、この二ヶ月間一度も家に寄り付かなかった。それがようやく帰ってきたかと思えば、江崎詩織の誕生日を祝うためだというのだ。上等じゃない……本当に上等だわ!あの兄妹は、真理子を完全に赤の他人として排除する気なのだ。だが、腹の底で渦巻く執念がそれを許さない。忌々しい感情に突き動かされるまま、真理子は智也のスマホに発信した。――ブツッ。着信音すら鳴り終えないうちに、いつも通り一方的に切られた。苛立ちのあまり画面を叩き割るような勢いで、今度は紬の番号を呼び出す。数コールの後、ガチャリと繋がった。「もしもし——」紬が口を開きかけた瞬間、真理子は氷のように冷え切った凄まじい声で言い放った。「智也に代わりなさい!もし無視するっていうなら、江崎詩織の誕生会を今すぐメチャクチャにぶち壊してやるって伝えなさい!」「……お兄ちゃん、代わって」紬は怯えたような声で、スマホを智也に差し出した。智也が耳に当てた瞬間、真理子は先ほどの脅しをそのまま繰り返した。「今すぐ江崎詩織の誕生会から出てきなさい!すっぽかすなら、今から会場に乗り込んでメチャクチャにしてやるわ!赤っ恥をかきたいなら、みんな巻き添えにしてあげる!」その脅迫に屈する形で、智也は一人で会場の扉から出てきた。その表情は重く、そして氷のように冷え切っていた。真理子は足早に歩み寄り、甲高い声で怒鳴りつけた。「どうして私にこんな仕打ちをするの!? 誰があなたの妻か、忘れたの!」「話なら後で聞く。中の出席者は財界のトップばかりだぞ。少しでも『ココロ』の未来を思うなら、こんなところで騒ぐな」智也は感情を押し殺した、静かなトーンで諫めた。だが、頭に血が上りきった真理子に、そんな理屈が通じるはずもない。目の前の夫か

  • 七年の恋の終わりに、冷酷な彼は豹変した   第1034話

    江崎詩織は、すでに地を這うような状況に追い詰められているはずだった。それなのに、ここまでの大物たちがこぞって彼女の盾となり、絶対的な後ろ盾として君臨しているなど、到底受け入れられる現実ではなかった。いったい、どうしてよ……!真理子は、どうしてもその答えを導き出すことができなかった。学歴に多少の差はあれど、自分と詩織のスタートラインは全く同じだったはずだ。片親の家庭で育ち、最初はただの秘書からキャリアを這い上がってきた。そもそも、かつて真理子が智也を罠にはめた手口だって、元を辿れば詩織のやり方を真似たものだった。業界ではもっぱらの噂だったのだ。ただの秘書だった詩織が、絶対的権力者である柊也の懐に入り込めたのは、酒に薬を混ぜて既成事実を作ったからだ、と。だから真理子も、同じような卑劣な手段を使って智也のベッドに潜り込んだ。ただ、自分は詩織よりも運が良かった。たった一度の企みで子供を授かり、そのお腹のふくらみを盾にして「正妻」の座に這い上がれたからだ。一方の詩織は、影の女として七年も柊也に尽くした挙句、最後は用済みとばかりにお払い箱にされた。そうやって心の中で詩織を見下し、優越感に浸っていたというのに。入り口の陰で嫉妬に血走った目をしている間にも、詩織のパーティー会場にはおびただしい数の来賓が吸い込まれていく。その一人一人が、政界の大物や巨大資本のトップなど、途方もない影響力を持つ顔ぶればかりだ。この光景を見れば、先ほどの夫人たちが霜花のつまらないパーティーからこそこそ逃げ出した理由も痛いほど理解できた。詩織と決裂さえしていなければ、真理子自身も迷わずそうしていただろう。今はただ、入り口で焦燥感に焼かれながら指をくわえて見ていることしかできない。なんとかして会場に潜り込む手立てはないかと脳味噌をフル回転させていたその時――真理子の視界に、見慣れた二つの影が入ってきた。智也と、その妹の紬だ。真理子の表情が、ピシリと凍りついた。二人はローマ柱の陰に潜む真理子には気づく様子もなく、足早に詩織の会場の入り口へと向かっていく。紬が智也の隣で、ホッとしたような声を出して笑った。「あー、間に合って本当によかった!飛行機が遅延した時は、詩織さんのバースデーパーティーに出られないかもって本気で焦っちゃって、

  • 七年の恋の終わりに、冷酷な彼は豹変した   第1033話

    嘘をつき通した真理子は、スマホをしまい込むと、再び詩織の宴会場へと視線を戻した。実は先ほど会場を出た際、あの小宮山序が詩織のパーティー会場に入っていくのを偶然見つけてしまったのだ。喉から手が出るほどコンタクトを取りたいが、招待状がないため中には入れない。だからこうして入り口に張り付き、出てくるのを待つしかなかったのだ。真理子がそこで立ち往生しているほんのわずかな間にも、閑散としていたはずの詩織の会場には、次々と新たな客が到着し始めていた。その先陣を切って現れたのは、車椅子に乗った一人の男だった。その表情は凍りつくほどに冷酷で、数メートル離れた場所に立っていても、肌が粟立つような無言の威圧感を放っている。真理子はその顔にどこか見覚えがあるような気がしたが、それが一体誰なのか、どうしても思い出すことができなかった。車椅子の男が入ってから二分も経たないうちに、また新たな客が到着した。今度の人物は、真理子もよく知っている顔だった。G市を牛耳るフィクサー、高坂響太朗。かつて真理子が事業拡大のためにG市へ進出を図った際、どうにかして高坂家に食い込もうと画策したことがあった。だが結果は惨憺たるもの。彼女には、響太朗に面会する資格すら与えられなかったのだ。それなのに、江崎詩織は響太朗と顔見知りであるばかりか、あろうことか一時は結婚一歩手前までいっていたという。二人の婚約が発表された時、真理子は安堵と同時に、どす黒い嫉妬に狂いそうになった。安堵したのは、これで夫の智也が詩織への未練を完全に断ち切れると思ったからだ。しかしそれ以上に、自分から見れば雲の上の、一生かかっても手が届かない絶対的ヒエラルキーの頂点にいる男を、詩織が平然と手に入れたという事実が許せなかった。だからこそ、最終的に詩織が婚約を破棄された(と真理子は思い込んでいる)と聞いた時、彼女がどれほど狂喜乱舞したことか。どんなに仕事ができても、結局はエリート一族の門前払いじゃない。いい気味だわ!そうやって溜飲を下げていたはずなのに。今、目の前で、とびきり上等なスーツを着こなした響太朗が、詩織の誕生日を祝うために堂々と歩いていく。その姿を見た瞬間、真理子の中の薄暗い優越感は完全に打ち砕かれた。いったいどういうこと!?詩織の会社は今、破綻寸前で虫の

  • 七年の恋の終わりに、冷酷な彼は豹変した   第1032話

    太一は少し戸惑ったように眉を寄せ、尋ねた。「……霜花さんも、今日が誕生日なんですか?」霜花の顔が、一瞬で強張る。瑞臣もまた、ぽかんと口を開けた。「えっ?では宇田川さんは、娘のパーティーに来られたのでは……?」「すみません」太一は軽く頭を下げた。たった一言。しかしそのひと言が、太一と霜花の間に何の接点もない関係であることを残酷なまでに明確にしていた。さすがの瑞臣も、気まずそうに表情を曇らせる。その沈黙を破ったのは太一だった。「後でこちらの顔出しが終わったら、霜花さんの方にも『おめでとう』を言いに寄らせてもらいますよ」霜花の顔色はますます青ざめた。太一が誰の誕生日パーティーに来たのか、彼女には痛いほどわかっていたからだ。江崎詩織の誕生日に。自分のパーティーには、単に父親の顔を立てるための「ついで」として寄るだけなのだ。「あ、ああ、そうですか!わざわざすみません。では、お引き留めしては申し訳ない、また後ほど」瑞臣が揉み手で見送る中、太一は愛想よく頷き、さっさとホテルの中へ消えていった。太一の背中が完全に見えなくなってから、霜花はようやく瑞臣に問い詰めた。「ねえパパ、どうしてあの太一なんかと知り合いなの?」瑞臣は不思議そうに娘を見た。 「なんだ、お前は知らなかったのか?宇田川さんは投資会社『栞』のトップを務めているんだぞ。ここ数年、海外市場で破竹の勢いを見せている、あの栞だよ。うちの銀行も彼らとはかなりの取引があるんだ」専業主婦の恭子でさえ、その名を知っていた。「パパが今年トントン拍子に出世できたのも、栞の資金運用を任されて、ノルマを大幅に達成できたおかげなのよ」霜花は言葉を失った。目を見開き、信じられないという顔で立ち尽くす。「ウソでしょ……?」「あいつが?」「『栞』のトップ!?」冗談じゃない。誰がそんな話、信じるというのか。だが、瑞臣はきっぱりと首を縦に振った。「紛れもない事実だよ」今度こそ、霜花は完全に沈黙した。あのろくでなしの太一に、そんな裏の顔があったなんて。娘の心中など知る由もない瑞臣は、まだ一人で熱心に話し続けていた。「だがなぁ、私が本当にパイプを作りたいのは、栞のバックにいる黒幕の方なんだよ。ただ残念なことに、未だにその『真のオーナー』が誰なのか、誰も正体をつかめてい

  • 七年の恋の終わりに、冷酷な彼は豹変した   第1031話

    霜花はすぐに満面の笑みを浮かべて駆け寄った。「パパ、ママ! 遅いじゃない」甘ったるい声で文句を言う。「少し渋滞に巻き込まれてね」そう答える瑞臣の横で、恭子は慈しむように娘の頬を撫でた。「なんとか間に合ったんだからいいじゃない。お誕生日おめでとう、霜花」「ありがとう、ママ」嬉しそうに恭子の頬にキスをする。恭子は霜花の背後をちらりと見回し、不思議そうに尋ねた。「京介さんは?」霜花の顔から、ほんの少しだけ笑みが引いた。「京介なら、まだ海外出張中なの」その答えに、恭子は露骨に不満そうな顔をする。「今日はあなたの誕生日なのに、顔も出さないなんてどういうつもり?」実のところ、二人はすでに離婚している。しかし新堂夫妻は、単なる若者同士の痴話喧嘩くらいにしか思っていなかった。ここ最近、霜花が電話のたびに「京介とは完全に仲直りした」と言い張っていたため、恭子もすっかり信じ込んでいるのだ。霜花はあくまで京介を庇うような口ぶりを続けた。「ママだって昔から、男は仕事を第一にするべきだって言ってたじゃない。それに、プレゼントはもう前もってもらってるのよ」本人が気にしていないのであれば、親がこれ以上とやかく言う筋合いもない。「まあ、二人が上手くいっているならそれでいいけれど」「とっても上手くいってるわ」霜花は甘えるように恭子の腕に抱きつき、中へ案内しようとした。だが、エントランスを通り抜けようとしたその時、瑞臣がふと足を止め、足早に歩いていく男に向かって声を張り上げた。「おお、これは宇田川さん!奇遇ですね、こんなところでお会いするとは」足早に歩いていたのは、太一だった。いきなり呼び止められ、太一は仕方なく足を止めて振り返った。「新堂社長?」瑞臣の顔を見て、太一も目を丸くした。目の前のビジネス相手が、まさかあの霜花の父親だとは思いもよらなかったからだ。一方、横でやり取りを見ていた霜花は、頭の中に疑問符を浮かべていた。どうしてパパが太一を知ってるの?しかも、なんであんなにペコペコとへりくだってるわけ?霜花の認識では、太一は宇田川一族の末端に這いつくばっているだけの存在。権力もなければ能力もない、ただのろくでなしのドラ息子だ。当然、普段から心の底で見下している。宇田川という姓を持ち、京介の従弟であるという

  • 七年の恋の終わりに、冷酷な彼は豹変した   第1030話

    「……ついに江崎詩織が「ココロ」の株を手放したというわけか?」電話の向こうから聞こえる小宮山序の声は、妙に冷ややかだった。「ええ、その通りです!」真理子の声には隠しきれない喜びがにじみ出ている。「これで『ココロ』は華栄から完全に切り離されました。いつでも投資していただけますよ」以前、真理子が序にスポンサーになってほしいと接近した際、彼は『華栄と完全に無関係になるなら投資を検討してもいい』という条件を出していた。だからこそ真理子は、半年近い時間をかけてようやく詩織の手からすべての株式をもぎ取ったのだ。手に入れた直後、次なる提携の話を進めるために、こうして真っ先に序に連絡を入れたのである。電話の向こうで、序がフッと短く笑った気配がした。「真理子さん、何か勘違いをしていないか?」真理子は一瞬言葉を失い、焦ったように声を荒らげた。「勘違い?どういう意味ですか!私はあなたが言った通りの条件をクリアしたんですよ!」「ああ。私が何を言ったんだったかな」序の口調は、あくまでもマイペースで悪びれる様子がない。真理子は完全にパニックに陥った。「小宮山さん、以前はっきりとおっしゃったじゃないですか!『ココロ』が華栄から切り離されれば、投資してくれると……」言葉を遮るように、序が軽く言い放った。「ビジネスの世界において、口約束ほど無意味なものはない。真理子さん、あなたもこの業界に長くいるのだから、そんな基本くらいわかっているだろう?」真理子は深く息を吸い込んだが、込み上げてくる怒りと焦燥はどうしても抑えきれなかった。声が引きつる。「……おい。あんた、私を弄んだの?」「いやいや。ビジネスの提携というものは、タイミングや条件がすべて揃ってこそ成立するものだ。確かに以前は、「ココロ」を有望視していた時期もあった」序の含み笑いには、明らかな嘲りが混じっていた。「だが、今の「ココロ」には、一円の投資価値もないね」なぜなら、江崎詩織という圧倒的な舵取り役を失った以上、『ココロ』は核心的な競争力などとうの昔に失っているからだ。投資する理由などどこにある?真理子が感情を爆発させる直前、序は一方的に通話を切った。ちょうどその時、コンコンと社長室のドアが叩かれ、小宮山遥が満面の笑みで入ってきた。「お兄ちゃん、もう出発できる?」序は腕時計に視線

More Chapters
Explore and read good novels for free
Free access to a vast number of good novels on GoodNovel app. Download the books you like and read anywhere & anytime.
Read books for free on the app
SCAN CODE TO READ ON APP
DMCA.com Protection Status