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第8話

Author: 桃好きの象
「承知しました!」住本頭取は即答し、声に迷いがない。

「ただちに法務部に指示を出し、必要書類の準備に入ります!」

通話が切れると、事務室には張りつめた沈黙が落ちた。

慎也は顔面蒼白になり、力を失ったように膝をつく。

「朱音……」

震える声で彼は続ける。

「そんなこと、しないでくれ……片桐グループが、潰れてしまう……」

私は上から彼を見下ろす。

「今さら怖くなったの?」

慎也は弾かれたように私の足へすがりつき、涙と鼻水で顔をぐしゃぐしゃにする。

「俺が悪かった!本当に反省してる!全部、沙織が俺を誘惑したせいなんだ!俺は一時の気の迷いで……」

名を出された沙織が、発狂したみたいに彼へ飛びかかって、爪を立てて掴みかかった。

「慎也!あなた、人間の心はないの?」

二人はまた取っ組み合いになり、場は見るに堪えない混乱へと転がる。

私は冷ややかに眺め、管理会社のマネージャーに向き直る。

「この二人、外へ出して」

「かしこまりました、早瀬様!」

彼は腰を折ってうなずき、振り返って警備員たちに怒鳴る。

「何を突っ立ってる!この二人を連れ出せ!」

警備員たちが一斉に
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  • 三年ぶりに帰国、私は愛人になった   第8話

    「承知しました!」住本頭取は即答し、声に迷いがない。「ただちに法務部に指示を出し、必要書類の準備に入ります!」通話が切れると、事務室には張りつめた沈黙が落ちた。慎也は顔面蒼白になり、力を失ったように膝をつく。「朱音……」震える声で彼は続ける。「そんなこと、しないでくれ……片桐グループが、潰れてしまう……」私は上から彼を見下ろす。「今さら怖くなったの?」慎也は弾かれたように私の足へすがりつき、涙と鼻水で顔をぐしゃぐしゃにする。「俺が悪かった!本当に反省してる!全部、沙織が俺を誘惑したせいなんだ!俺は一時の気の迷いで……」名を出された沙織が、発狂したみたいに彼へ飛びかかって、爪を立てて掴みかかった。「慎也!あなた、人間の心はないの?」二人はまた取っ組み合いになり、場は見るに堪えない混乱へと転がる。私は冷ややかに眺め、管理会社のマネージャーに向き直る。「この二人、外へ出して」「かしこまりました、早瀬様!」彼は腰を折ってうなずき、振り返って警備員たちに怒鳴る。「何を突っ立ってる!この二人を連れ出せ!」警備員たちが一斉に飛びかかり、まだ揉み合っている慎也と沙織を乱暴に引き離した。二人はそのまま腕をつかまれ、容赦なく外へと引きずられていく。「朱音!お前には、すぐに後悔させてやる!」慎也は狂ったように怒鳴り散らした。「この辺りじゃ、人脈ならいくらでもあるんだ。お前なんかすぐに潰せる!」私は微かに笑い、スマホを手に次の番号を押す。「もしもし、山崎(やまざき)署長ですね?片桐グループの財務不正について、正式に告発させていただきます……」慎也の怒鳴り声がぴたりと途切れる。顔から血の気が引き、まるで魂が抜け落ちたように青ざめていく。そして、その目の奥に――初めて、本物の恐怖が浮かんだ。「や、やめろ……」慎也はかすれた声でうめきながら、必死にもがいてこちらへ飛びかかろうとした。だが警備員に両腕をがっちり押さえつけられ、身動きひとつ取れない。私は通話を続ける。「片桐グループの直近の決算書、明らかに売上が不自然に水増しされています。確かな証拠も手元にあります」電話の向こうで、山崎署長の声が一段と引き締まる。「早瀬さん、本当ですか?これは重大な通報になります」「ええ

  • 三年ぶりに帰国、私は愛人になった   第7話

    彼はそう言いながらブリーフケースから一通の書類を取り出し、両手で差し出した。「それから、これも……」彼は媚びた笑みを浮かべながら続ける。「うちの会社、近々上場を予定していてね。ニューヨークで活躍しているトレーダーの君に、ぜひ力を貸してほしいんだ……」私はダイヤリングの小箱と業務提携の書類を受け取り、無表情のままぱらぱらと目を通す。慎也の顔に、勝ち誇ったような笑みが浮かぶ。立ち上がると、私の腰に腕を回そうとする。「ねぇ、朱音、やっぱり……」パシン!私はダイヤリングの小箱とと提携書類を、そのまま彼の顔めがけて叩きつけた。鋭い紙の縁が彼の頬を切り、細い血筋が走る。小箱の蓋が弾け、高価なダイヤリングが「カラン、カラン」と床を転がった。「うっ!」慎也は顔を押さえて悲鳴を上げ、目を見開く。「朱音、君……」「慎也」私は彼の言葉を冷然と断ち切った。「あなた、本当に吐き気がするわ」私は身をかがめ、転がったダイヤリングを拾い上げる。光に透かしてじっと観察した。「GIA証明、Dカラー、VVS1、5.01カラット……」小さく数値を読み上げ、口の端を冷たく吊り上げる。「市場価格は少なくとも一億円ね」慎也の顔色がみるみる変わり、額に細かな汗が滲む。「朱音、これは俺が自分で貯めたお金なんだ……」「先月、私の口座から一億二千万が消えてたの」私は冷たい声で彼の言葉を遮った。「その時、あなたはシステムの誤作動だと言って、わざわざ調べてくれたよね」慎也の顔から血の気が引き、唇が震え、言葉にならない。「私の金を流用して、私にダイヤリングを買ったってわけ?」私は冷ややかに笑った。「慎也、あなたって本当に才能あるわね」「違、違うんだ!」彼は慌てて手を振る。「その金は借りたんだ!本当は……」「黙れ」私はきっぱりと言い放ち、ダイヤリングの入った箱を彼の顔に叩きつけた。箱の縁が彼の額をかすめ、細い血の線を刻む。ダイヤリングは転がって隅へ消える。慎也は顔を押さえてうめき、指の間からじわりと血がにじむ。「それと、これ」私は床の書類を拾い上げ、その場で一枚ずつ引き裂いていく。「私に上場の手伝いを?夢でも見てなさい」紙片が雪のように舞い落ち、慎也の顔から血の気が引いていく。「朱音……」

  • 三年ぶりに帰国、私は愛人になった   第6話

    「沙、沙織?お前はなんでここにいる?」慎也がようやく声を漏らす。沙織は溺れる者が藁をつかむように、警備員の手を振りほどいて慎也に飛びつく。「慎也!この人たちが私をいじめたの!そして、この頭のおかしい女が……」「黙れ!」慎也は彼女を乱暴に押しのけ、顔を青ざめさせる。「俺の婚約者に向かって、よくもそんな口をきけるな」沙織はよろめきながら二歩ほど後ずさり、信じられないというように目を見開く。「こ、婚約者?あなたはさっき確かに……」慎也は彼女を一瞥することもなく、私の方に向き直って取り繕うような笑みを浮かべる。「朱音、全部、ただの誤解なんだ……」私は手を上げて彼の言葉を遮った。「先に、監視映像を見て」画面には、沙織が私を蹴り、指を踏みつけ、スーツケースを放り投げる一部始終がはっきりと映し出されている。慎也の顔はみるみる険しくなる。「沙織!」彼はくるりと振り返り、彼女の喉元をつかみ上げた。「よくも俺の婚約者にこんなまねを!」沙織は首を締めつけられ、白目をむきながら必死に彼の腕を叩く。「は、放して……あなた、言ったじゃない?私のこと……愛してるって……」慎也は彼女を床へ放り出し、嫌悪を隠そうともせず手を払った。「ふざけるな!俺がいつそんなこと言った?」そう吐き捨てると、彼はくるりと私の方へ向き直り、片膝をついて私の手を握った。「朱音、この女は頭がおかしいんだ。ずっと俺に付きまとってきて……」私は彼の手を振りほどき、冷ややかに問う。「じゃあ、この家は?どうしてあなた名義になっているの?」慎也の顔色が一瞬で変わり、すぐさま声を張り上げる。「朱音、聞いてくれ!この家は最初からずっと君のものなんだ!」彼は慌ててスマホを取り出し、震える指で何かを探し始める。「ほら、これを見て!不動産登記事項証明書の写真だ。所有者は君のままだ!俺は……君が海外にいたこの三年間、名義上の代理をしていただけだ」私は冷たく笑った。「なら、どうして管理会社は工藤沙織がオーナーだと言ったの?」慎也はぎろりと沙織をねめつけ、地面に座り込む彼女の襟首をつかんで私の前に引きずる。「お前の仕業だな?言え!」沙織は顔面蒼白で、唇を震わせる。「私、私はただ……」「ただ、何だ!」怒号

  • 三年ぶりに帰国、私は愛人になった   第5話

    沙織は吐き捨てるように言う。「あなたたち、勘違いしてるわ!こいつはただ恥知らずの愛人なの!」マネージャーの顔がみるみる険しくなる。「この方を外へお連れしろ」二人の警備員がすぐに方向転換し、沙織の両腕を左右から押さえ込む。「なにするのよ?」沙織はヒステリックに蹴り上げる。「慎也が戻ってきたら、ただで済ませないから」マネージャーは沙織を一瞥することもなく、私の前に進み出て、腰を直角に折った。「早瀬様、このたびは誠に申し訳ありません。私どもの不手際です」彼は額に冷や汗を浮かべながら続ける。「山本(やまもと)社長から特に申し伝えがありました。早瀬様は非常に重要なパートナーなので、万全の対応をするようにと」私は口元の血を拭い、冷たく沙織の方を見据える。彼女の顔から血の気が引き、唇がわなわなと震えている。「そんなの、ありえない……そんなはずない……」一方で、若い職員の男は膝が抜け、その場に崩れ落ちる。「は、早瀬様……」声が震え、額に大粒の汗がにじむ。「お、お恐れ入りました。私、見る目がありませんでした。どうかお許しを……」マネージャーがさらにその背中を蹴りつけた。「ぐずぐずするな。土下座して謝れ!」すると、職員の男はまるで搗き潰されるように石張りの床へひれ伏し、額を何度も叩きつけた。「申し訳ありませんでした、早瀬様!私の不見識でした!どうか、どうかお許しを……」額が床にぶつかるたび、鈍い音が響く。やがて、流れ落ちた血が床を伝い、鮮やかな赤の筋を描いた。私は冷ややかにその光景を見下ろすだけで、何も言わない。膝と指の傷口はまだ焼けるように痛み、口の中には血の味が残っている。マネージャーが恐る恐る温かいおしぼりを差し出す。「早瀬様、こちらでお顔をお拭きください……」私はそれを受け取る。指先がまだ微かに震えている。その間も、沙織は警備員に支えられながらわめき散らす。「よくもこんな真似を!慎也がすぐ戻ってくるから!見てなさい、許さないわよ!」髪を振り乱して抵抗する彼女の姿は、狂気じみている。「彼がこれを知ったら、全員クビにしてやるからね!」私はゆっくりと彼女の前に歩み寄り、手を振り上げて強く頬を張った。パシンッ!沙織の顔が横に弾かれ、口元に血が滲む。

  • 三年ぶりに帰国、私は愛人になった   第4話

    職員の男は、私の突然の大声に驚き、しぶしぶ固定電話の受話器を取った。「片桐様、早瀬という方がいらしてまして、この家は彼女のものだとおっしゃっています……」受話器の向こうから、慎也の苛立ちを隠そうともしない声が響く。「今すぐ追い出してくれ。早瀬とか誰だか知らない。俺はいま急ぎなんだ、空港まで人を迎えに行く」私は受話器に飛びつくように手を伸ばし、受話口に向かって叫ぶ。「慎也!私よ、朱音……」「下がってください!」職員の男が私を強く押しやり、通話口をふさぐ。そのとき、風切り音まじりに慎也の怒声が伝わってくる。「管理は一体どうなってる?このせいで空港への迎えが遅れれば、数十億の案件が飛んだとき責任が取れるのか?」「ち、違います、片桐様。こちらの早瀬さんが……」と職員が慌てて取り繕う。「早瀬でも高瀬でも関係ない!」慎也の声が一段と鋭くなる。「俺がこれから迎えに行くのは、ニューヨークの投資ファンドの代表だ!これ以上邪魔をしたら、管理会社ごと責任を取ってもらうからな!」通話は乱暴に切られ、冷たい発信音だけが狭い事務室に鳴り響く。私は呆然と立ち尽くす。耳鳴りがやまない。ニューヨークの投資ファンドの代表?それって……私じゃない?「パソコンをよこして!」私は勢いよく管理事務所のパソコンに飛びつき、指を素早くキーボードに走らせた。不意を突かれた職員は弾かれるように横へよろめいた。震える指でラインのIDとパスワードを打ち込む。心臓の鼓動が早まり、息が詰まりそうになる。ログインが完了した瞬間、慎也からのメッセージが画面に弾ける。【朱音、どこまで来た?もう空港で待ってる】返信しようとした瞬間、頭皮をえぐるような痛みが走る。「このあばずれ、まだ慎也をたぶらかすつもり?」沙織が叫びざまに飛びつき、私の髪を乱暴につかんだ。私は床へ引き倒され、後頭部を机の角に打ちつけ、視界が暗転した。「出ていけ!」若い職員はその隙に私を突き飛ばし、慌てて画面を閉じた。そして、インターホンに向かって大声で指示を飛ばす。「警備員さん!この女を引きずり出せ!出入り禁止です!」屈強な警備員二人が勢いよく入ってきて、まるで荷物でも運ぶみたいに私を外へ引きずり出す。「放して!」私は必死にもがき、爪で警備員の

  • 三年ぶりに帰国、私は愛人になった   第3話

    沙織が勝ち誇った目で私を見下ろす。「聞こえた?慎也はあなたなんて知らないって言ったわよ」指先の痛みは痺れて感覚がなく、視界が何度も暗転する。「ありえない……」私はやっとの思いで言葉を押し出す。「彼に、直接会わせて……」けれど、電話の向こうで慎也の声がせわしなくなる。「沙織、今は急ぎがあるんだ。そんなことは自分で何とかして」通話は、それだけでぷつりと切れた。ツー、ツー、と続く冷たい話中音が、頬に叩きつけられた平手打ちみたいに響く。沙織はスマホをしまい、見下ろす位置から冷たく言う。「聞こえた?慎也は忙しいの。あなたみたいな狂った女に構ってる暇はないって」彼女はくるりと野次馬へ向き直り、声を張る。「ねえ皆さん、今どきの愛人はここまで恥知らずなの?」「そうよ!」と、すぐにあるおばさんが応じる。「慎也ってほんとに立派な人じゃない。若くて将来有望で、沙織ちゃんとも仲が良いのに、そんな人が愛人なんて作るわけないでしょ!」「この女、金に目がくらんでるだけだ!」と、別の年配の男が私を指さして罵る。指先はまだ焼けつくように痛み、膝の傷口からは細い血の筋が滲んでいる。けれど、それよりも痛むのは心だ。まるで誰かに胸を引き裂かれたみたいに。「私は慎也に会って、直接、話をつける」私は歯を食いしばって立ち上がる。「この家は私……」「警備員さん!この女よ!」沙織が突然、甲高い声で遮った。制服の警備員が二人、すばやく駆け寄って私の両腕を左右からつかむ。「この方、直ちにお引き取りください。さもないと警察を呼びます」片方の警備員が厳しい声で言う。私は必死にもがく。「放して!私には権利が……やめて、私のスーツケースに触らないで!」私は叫びながら、もう一人の警備員に引きずられていくスーツケースへ手を伸ばす。沙織はその様子を見て、勢いよくスーツケースを奪い取った。そして、ためらいもなく階段の下へ思いきり放り投げる。スーツケースは階段を弾みながら転がり落ち、耳をつんざく音が響く。「やめて――!」私は喉が裂けるほど叫び、警備員の腕を振りほどいて身をねじる。その中には、祖母が亡くなる前に私に託した翡翠のブレスレットが入っている。代々受け継がれてきた、うちの家宝だ。スーツケースが階段を転

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