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第4話

Author: 子豚狐

「どうして返事をくれなかったんだ?」

拓海は相当慌てて戻ってきたらしい。呼吸もまだ整っていない。

すると結衣が、わざとらしく口を挟んだ。

「斎藤さん、嫉妬するのは勝手ですけど、さすがにタイミングってものを考えたほうがいいんじゃない?

先輩は取引先の商談会まで抜けて、わざわざ斎藤さんのところに戻ってきたんですよ?」

周りの同僚が一斉にこちらを微妙な目で眺めている。

結衣がわざとやっているのは分かっている。

全部私のせいにして、私を悪者に仕立て上げるつもりなのだ。

拓海もその意図に気づいているはずなのに、彼は黙ったままだ。

短い沈黙のあと、結衣はスマホを私の目の前に突き出した。

「斎藤さんって、先輩が私の旅行プランを手伝ってくれたことと、お礼に航空券をプレゼントしたことが気に入らないんですよね?

本当に誤解なんですから。今回の旅行だって、先輩だけじゃなくて他にもたくさんの人を誘ってましたし。

ほら、今すぐ全部のスケジュール見せます。これで信じてもらえます?」

彼女は次第に声を荒らげ、目元を赤くしながら、怒りをぶつけるようにスマホを強くタップしている。

穏やかな様子から一気に崩れ落ち、ひどい目に遭わされた被害者を演じきる姿はあまりにも完璧だ。

それを見た同僚たちも黙ってはいなかった。

「俺も誘われてたよ。仕事があったから途中で帰っただけだ」

「斎藤さん、誰彼構わず自分の男を狙ってるみたいに見るのはどうなんですか?安井さんが気の毒で、そこまで追い詰めなくてもいいでしょう」

「正直、斎藤さんってそんな人だとは思わなかった。彼氏に不満があるなら本人に言えばいいのに、同僚まで巻き込んで仕事の邪魔になるだけだ」

私は拓海の方を見た。

彼は最初から最後まで全てを知っている……私がどれだけ辛い思いをしたか、誰よりよく分かっているはずなのに。

それなのに、拓海は何も言わず、ただ赤くなった目で私を見つめているだけだ。

結衣は涙を拭いながら、鋭い声を上げた。

「先輩がたまには息抜きしたいって言ってた理由、分かる気がしました。

斎藤さん、ちょっと束縛が強すぎません?

そんなに縛りつけたら、先輩だって逃げたくなっちゃいますよ」

彼女の挑発は、私を怒らせて、取り乱させるための罠にすぎない。

でも、拓海の姿を見ていると、ふと賭けに出てみたくなる。

私の未練だったのかもしれない。

十年という歳月を簡単に割り切れるなんて、私はそれほど強くない。

「本当に何もないのかどうかなんて、自分が一番よく分かってるでしょ。

若いのに随分と性根が腐ってるのね。まともな人に相手にされないからって、人の恋人に手を出すわけ?泥棒猫の分際でよくも私の前にしゃしゃり出られたものだわ。

そこまで潔白だって言うなら、あんたが送ってきた写真をここでみんなに見せなさいよ!」

「晴香!」

拓海が私の言葉を遮るように怒鳴り声を上げた。そして泣き崩れそうな結衣を庇うように、自分の背中へ引き寄せた。

「いい加減にしろ!

これ以上理不尽な言いがかりを続けるなら、本当に別れるぞ!」

その言葉だけを残し、拓海は結衣を連れて去っていった。

しばらくして、スマホが震えた。

それは拓海からのメッセージだ。

【晴香、さっきのは本心じゃないから】

【結衣が自殺するって取り乱してるんだ。今はそばについていないと危ない】

【明日は先に空港へ行っていてくれ。俺は次の便で追いかけるから】

私は噂話の渦中に立ち尽くし、胸がどうしようもないほど痛かった。

私は賭けに負けた。でも同時に、勝ったのかもしれない。

ずっと心のどこかに残っていた未練が、その瞬間、完全に断ち切れたから。

その日のうちに、私は必要な手続きをすべて終わらせた。

翌日。

二年間待ち続けた結婚旅行へ向かう飛行機が、青空を横切っていく。

私はそれを静かに見送った。

そして振り返り、会社が用意してくれた異動先へと向かう新幹線へ乗り込んだ。

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