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第7話

Author: べつに
「君には関係ない」

修一は手を振った。

「警備員。

江崎さんにお引き取りを」

「寧子、たいしたもんだな!」

信二は彼を取り押さえようとする警備員を振りほどき、険しい表情を浮かべた。

「後悔するなよ」

そう吐き捨てると、彼は一度も振り返らずに立ち去った。

ホール中の招待客たちはようやく我に返り、ざわざわと小声でささやき始めた。

普段はあまり人目を気にしない私でも、この状況にはさすがに少し恥ずかしさを覚えた。

修一は私の動揺に気づき、真剣な表情で私の薬指に指輪をはめた。

そして、そっと私の手の甲を叩き、静かに言った。

「大丈夫、俺に任せて」

気持ちを落ち着けて、これはただの小さな出来事だと思うようにした。

信二が去った後、結婚式は滞りなく再開された。

最後のセレモニーが終わると、私は修一と新居の部屋で向かい合った。

少し気まずい空気が流れていた。

「今日の件はもう収まったよ。変な噂が広まることはないから」

「ありがとう」

「……」

長い沈黙の後、修一は鼻に手をやりながら、ぎこちなく口を開いた。

「今夜は、俺はゲストルームで寝るよ」

驚いて彼を見つめた。そして、胸の奥から熱い感謝の念がこみ上げてきた。

そして、深い罪悪感も。

「ごめんなさい、私が悪かったの」

うつむいて、小さな声で彼に謝った。

あの日信二と別れたとき、すべてに絶望していた。

少しのわだかまりを胸に抱えながら、修一との縁談を受け入れた。

正直、意地になっていたところもあった。でも、気づけば、結婚はもう既定の事実となっていた。

だから、修一とちゃんとやっていこうと思って結婚した。

でも、こんなに短い時間で別の男性を受け入れることは、やはり無理だ。

悪いのは私のほうだ。修一には本当に申し訳ない。

「それに……ありがとう」

修一の眼差しは、春風のようにそっと私を包み込んだ。

「寧子さん、君の過去のこと、実は全部知ってるんだ」

胸がぎゅっと締めつけられる。「それでも気にならないの?私……」

彼は言った。「正直言うと、ちょっとはやっぱり気になるよ。

でもそれ以上に、胸が痛い。君が信二のためにあれだけ頑張ってたのに報われず……好きになっちゃったから、しょうがないんだよ。俺は」

私は信じられない思いで修一を見つめた。

修一が今、何て言ったの?

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