INICIAR SESIÓN「は、話ってなんですか?」
高月の目が泳ぎ、黒木と真っ直ぐ視線を合わせられないでいた。 そんな彼女の目を真っ直ぐに見つめたまま、黒木は淡々と訊ねる。「どうして電話だと偽った?」 その言葉に反応し、高月は黒木の目を見つめ返す。「嘘じゃないです! 本当にあったんです!」「ほぉ」 黒木はそれ以上言葉を挟まない。ただ無言のまま、冷徹な視線で「続きを言え」と催促しているようだった。「社長から黒木さんに電話が繋がらないから、取り次いでくれって連絡があったんです!」「どこ宛てに?」「どこ、って……それは」 しどろもどろになる高月に、黒木は淡々と問いを重ねる。「大企業のプロダクションの社長が、平社員の携帯電話を知っているとは思えないんだが」「私の携帯にじゃありませんっ! こちらに電話があったんです!」 高月は早口で捲し立てた。「別荘に?」「そうです!」「は、話ってなんですか?」 高月の目が泳ぎ、黒木と真っ直ぐ視線を合わせられないでいた。 そんな彼女の目を真っ直ぐに見つめたまま、黒木は淡々と訊ねる。「どうして電話だと偽った?」 その言葉に反応し、高月は黒木の目を見つめ返す。「嘘じゃないです! 本当にあったんです!」「ほぉ」 黒木はそれ以上言葉を挟まない。ただ無言のまま、冷徹な視線で「続きを言え」と催促しているようだった。「社長から黒木さんに電話が繋がらないから、取り次いでくれって連絡があったんです!」「どこ宛てに?」「どこ、って……それは」 しどろもどろになる高月に、黒木は淡々と問いを重ねる。「大企業のプロダクションの社長が、平社員の携帯電話を知っているとは思えないんだが」「私の携帯にじゃありませんっ! こちらに電話があったんです!」 高月は早口で捲し立てた。「別荘に?」「そうです!」「それにあんたがたまたま出たのか? 他人の家の電話に?」 黒木の冷静な指摘に、高月は落ち着かない様子で頬に流れる髪を耳にかけ、そのまま後ろ首を撫でた。 黒木は、そんな様子を見せる高月から視線を外すことはなかった。「莉子の撮影が終わるまでの間、私はこちらの広間で待機していたんです。電話が鳴って、誰もいらっしゃらなかったので私が代わりに出たんです!」 目を真っ直ぐ見つめて伝えてくる高月だったが、その唇は震え、彼女は何度も舌で湿らせていた。 それを見逃さず、黒木は目を細めて視線を合わせたまま、静かに返す。「じゃあ着信履歴を調べても問題ないな?」「――え」「俺は元警官だから警察に知り合いがいる。俺が頼めば調べてもらえるぞ」「ほっ、ほほ、本当に電話があったんです!」 高月は声が裏返りながらも、必死に否定の声を上げた。「俺が別荘に着いた時には社長はここに着いたところだった。電話せずに口頭で話せば済むはずだろ」「でも、本当にあったんです!」
「屋敷に帰る前に携帯ショップに寄りましょう。その前に、銀行口座を作るといいかもしれません」 黒木が淡々と告げた。雪乃は驚いて目を丸くし、素早く口元を動かす。『契約違反では?』「契約書には、携帯ショップと銀行に寄ってはならないとは書かれていませんから」 黒木が真顔で屁理屈をこねてみせると、雪乃の顔にぱっと華やかな笑みが弾けた。 病院の自動ドアを抜けると、夏の光が目を刺した。雪乃は眩しさに目を細め、黒木の広い背中を追って駐車場へ歩いたのだった。 ※ ――車内。 雪乃は後部座席に揺られながら、自分の手元に戻ってきた免許証と保険証を掲げて見つめていた。 自分の手に帰ってきた身分証明書。これでようやく、自分が自分であることを証明できるものが手に入ったのだ。 信号待ちで停車するたび、黒木はルームミラー越しに雪乃の様子を盗み見ていた。 あんなにも嬉しそうに身分証を眺める姿に、黒木の口元が無意識のうちにふっと緩む。 その時、雪乃が何かを思いついたようにパッと顔を上げた。ミラー越しにバッチリと目が合ってしまう。黒木は「見ていたことがバレた」と一瞬焦ったが、雪乃本人はそれどころではない様子で、ハッとした表情で前へ乗り出してきた。黒木は雪乃の方へ顔を向け、彼女の口元を見た。『お金がないので、携帯の契約ができません』「出世払いで、私が払いますよ」『そこまでしてもらうわけにはいきません』「通信だけなら、今は安いです。電話はほとんど使わないでしょう」 黒木は淡々と論理的に説明を続けた。雪乃は少しの間ためらった後、真摯に口元を動かした。『……湊さんに作る曲のお金が入る予定です。それでお返しします』(別に……返さなくても構わないんだが) 黒木は心の中でそう思ったが、わざわざ口には出さなかった。(彼女の意思を尊重しよう)「分かりました」 そう答えると、雪乃はホッとしたように深く頷き、再び大切そうに身分証を掲げて眺め始めた。
「失礼します」 その声が聞こえ、ドアがすべて開ききるよりも早く、雪乃は裸足のままベッドを飛び降りてドアへ駆け寄った。(この声は――) この声を二度と聞くことはできないと思っていた――自然と笑みが零れ、頬が温かい。 扉が開くと同時に、雪乃は迷わず声の持ち主の厚い胸板に飛び込んだ。「っ……!」 不意を突かれた男――黒木は体を硬直させた。胸元へ一直線に突進され、思わず頭をグイッと後ろへ反らす。それでも持ち前の体幹のおかげで、一歩も後退せず、体勢を崩さずに持ちこたえてみせた。 飛び込まれたものの触れるわけにもいかず、黒木の両手は所在なさげに宙を彷徨っている。「おく、奥様……すみません、離れていただけると……」 動揺を隠せない黒木の声に、雪乃はハッと正気に戻り、慌てて体を離した。顔がカッと熱くなるのが自分でも分かる。「戻って参りました」 黒木がそう告げると、雪乃は顔を真っ赤にしたまま、必死に口元を動かした。『辞めないのですか?』「今朝、別荘に戻ったのですが――」『今朝? 今朝までいてくれたんですか?』「……」 雪乃の指摘に、黒木はコホンと気まずそうに咳払いをし、襟元を正した。「駐車場に旦那様と大旦那様がいらっしゃったんです。大旦那様が、奥様を救出したことを労ってくださり……私がクビになったとお知りになると『業務を全うした者を処罰するとは何事だ。むしろ表彰すべきだろう』『手柄を立てた警護をクビにすれば、世間体が悪い』と仰り、クビを取り消してくださいました」 絶対的な権力を持つ謙也には、柊也も逆らえない。だからこそ、柊也も黒木の復帰に「NO」と言えなかったのだ。『柊也は、何か言っていましたか?』「いいえ。こちらをご覧になることもありませんでした」 淡々と答える黒木の声に、不満の色はなかった。『それでも、戻ってきてくれたんですね』「&hel
雪乃はハッと息を呑み、立ち去ろうとしている柊也の袖を掴んで必死に首を振った。『そんな……! 黒木さんは何も悪くありません!』「雪乃が危険な目に遭った責任を取らせる。それだけだ」 柊也は雪乃の手を冷たく振り払うと、一度も振り返ることなく、靴音を響かせて廊下の奥へと立ち去っていった。 寝静まった病院の廊下に、取り残される二人。 雪乃は震える身を抱え、悲痛な眼差しで黒木を見上げた。言葉にならない思いで、何度も、何度も首を振る。 黒木は雪乃を見下ろし、肩の力が抜けたように息を吐き、ふっと笑った。初めて見る彼の穏やかな笑みだった。『辞めないでほしいです』 黒木を見上げて、切実な目で訴えるも彼は困ったように眉を下げるだけだった。「雇い主の命令には逆らえません」『でもっ』 雪乃は力強く口元を動かし、足を一歩踏み出した。けれど、冷え切って疲弊した体を支えきれず、膝から崩れ落ちそうになる。 すかさず伸びてきた黒木の力強い腕が、雪乃の体をしっかりと支えた。「今日、海に落ちたばかりです。今夜はもう休みましょう」 黒木がそう告げ、病室のドアノブに手をかけた。その瞬間、雪乃は彼のワイシャツの袖を掴み、小さく首を横に振った。 掴んだ指先に力を込め、離そうとはしなかった。これを離してしまえば、彼はもう自分の任務から完全に降りてしまうことになる。 廊下に、黒木の息を吐く音が落ちた。「少し話しますか?」 その誘いに、雪乃は頷いた。 二人は病室に入らず、近くの談話室に移動した。自販機の灯りに照らされた円形のテーブルを挟んで、二人はパイプ椅子に腰を下ろす。雪乃は掴んでいた黒木の袖から手を離し、テーブルの上で両手の指を固く絡ませ、俯いて唇を噛み締めた。「先ほどは庇ってくださりありがとうございました」 雪乃は顔を上げ、目の前に座る黒木を見る。彼は理不尽に柊也から怒声を浴びせられても、一言も言い返さなかった。『どうして言い返さなかったんですか?』「旦那様が仰る通り
雪乃の背中しか見えない黒木には、彼女がなんと唇を動かしたのか分かる由もなかった。 ただ、目の前に立つ柊也の表情が、口元に笑みを作る途中で固まっているのを目にして不穏な空気は読み取れた。 柊也は固まった口元をわざとらしく歪めると、貼り付けたような笑みを浮かべた。「……ふっ、急に何を言い出すかと思えば」 その笑みは、眼球の奥までは一切届いていないような作り物だと分かるものだった。苛立ちを隠しきれていない声が病院の廊下に落ちる。「海に落ちた衝撃で、パニックになって頭が混乱しているんじゃないか? そこまで追い詰められていたとはね」 柊也は哀れむような視線を雪乃に向け、言葉を続けた。「まだ体が本調子じゃないんだ。休みなさい――」 柊也はそう言いながら、雪乃の肩へ手を伸ばした。その指先が触れようとした、その瞬間――雪乃はその手をやんわりと払いのけた。『私の話を聞いて下さい』 ゆっくりとした唇の動きだが、それは力強かった。宙で止まったままの柊也の手が、所在なさげに揺れている。 払われた手を見つめたまま、柊也の笑みが深まった。「なぜ庇うんだ?」 その声は、怒鳴り声よりもずっと冷たく、底に何の感情もない空洞のようだった。 雪乃は、一切怯まなかった。柊也から目を逸らすことなく、彼の瞳を真摯に見つめる。柊也の瞳に嫉妬が揺らいでいる。そのことに、柊也自身も、対峙する雪乃も気付いてはいなかった。『海に落ちたのは、私の不注意です』 柊也がこの唇を読んでくれるかどうか、賭けだった。 前回のようにはぐらかされるかもしれない――だが、柊也は雪乃の唇をしっかりと読んでくれた。「不注意、か」 柊也は低く呟き、喉の奥で嘲るように笑った。「そんな不注意を起こさせること自体、警護としての無能の証明だろう。なぜそいつを庇う必要がある?」 不快そうに眉を顰め、視線を雪乃へと向けた。「屋敷で二人きりで過ごして……二人の間になにかあったのか?」『何もありません』 雪乃は毅
黒木は圧迫のリズムを崩さず、雪乃の胸元へ必死に力を込め続けた。 その間にも、柊也たちの気配が視界の端で揺れる。だが、黒木は一切見ない。彼の視線は、雪乃の顔にだけ向いていた。(頼む……戻ってきてくれ……っ) 掌の下で感じる雪乃の身体は、氷のように冷たく、あまりにも儚い。力を込めれば容易に砕けてしまいそうなその華奢な躯に、黒木は自身の命を分け与えるかのように懸命に呼吸を送り込んだ。 胸の奥で、古い傷が疼いた。 情報提供者の男が血を流して道に倒れていた姿が、ふっと脳裏に浮かぶ。 警察官時代――黒木は公安に身を置いていた。彼には、命懸けで内情を告発してくれた一人の協力者がいた。 極めて危険な情報を提供してくれていたその男の身に、組織の追手が迫っていることを察知した黒木は、即座に保護を上層部へ進言した。 だが、上司から下された命令は残酷なものだった。「作戦の継続が最優先だ。今あの男を動かせば、こちらの捜査網がバレる。切り捨てろ」 警察は完全な縦社会で、上司の命令に逆らうことは悪であり、たとえ実行したとしても今後警察という組織の中で出世は見込めず、肩身の狭い思いをすることを黒木は知っていた。彼は警察官としての「正義」と「命令」を取った。 結果、情報提供者であることが露見したその男は、無残にも殺害された。 事件の後、上司は何事もなかったように言い放ったのだ。「まあ、仕方がなかった。協力者なんて、また作ればいい」 拳を握り締め、考えるより先に上司の顔面をぶん殴っていた。 その後、黒木は警察を自主退職した。 辞めたのは、上司を殴ったからでも自分が短気だからでもなかった。組織の命令に盲従し、一番弱く、自分を信じてくれた人間を道具のように扱い見殺しにした――そんな自分自身に対する嫌悪からだった。「命令に従ったのは俺です。殴ったことについて、言い訳するつもりはありません」 ――そう言って、去った。 一人の人間を見捨てたことが、ずっと心の奥底に錘となって沈んだままだ







