「妻がいる男はもちろん違うに決まってるだろ。一人寂しく自分で作った食事を自分で食べるのと、作った料理を夫婦二人で仲良く食べるのと全然違うね。自分が作ったご飯を愛する妻が美味しそうに食べている姿を見ているのは幸せなんだよ。そりゃあ、この種の幸せはまだ独身のお前には味わえないだろうがな。お前一人寂しく食べるなら、高級ステーキですら美味しく感じるものか。俺ら夫婦二人で食べるなら、どんなに硬い肉だろうが美味しく感じるもんだぞ。比べられるとでも?」隼翔「……こんなに特殊な男が料理すべき理由を初めて聞いたんだ。まるで料理がてんでできない俺らのような男は、将来幸せになんてなれないような言いぐさだ。確かに俺の料理の腕は壊滅的だが、将来は料理上手な奥さんを探せばいいだろう。そうすれば同じように幸せな暮らしができるはずだ」理仁は彼を責めるように言った。「お前は奥さんを探してるのか、それとも料理を作ってくれる家政婦を探してるんだ?」隼翔は少し言葉に詰まった後、話題を変えた。「俺にもちょっと食べさせてくれよ」「お前は自分で作って少しは料理の勉強して経験を積めよ。将来奥さんに美味しいご飯を作ってあげれば、彼女がきっと喜んでくれて、そのご飯は格別に美味しく感じられるぞ」隼翔は口を尖らせた。「理仁、俺は今ここの客人だぞ」「俺が誘ったわけじゃなし、自分で来たくせに。ここに住まわせてくれと頼んできた奴は客などではない。自分で作らないなら、シェフに作らせればいいさ。俺の料理が完成すれば、シェフがお前に朝食を準備できるからな」理仁がキッチンを占領している間、シェフは庭で庭師と互いの自慢話をしていた。「わかったわかった、自分で作るよ。俺が全く料理できないとでも思ってんのか?俺も若い頃は外でいろいろ渡り歩いてきた男だぞ。その時何も学ばなかったと思うか?」不良やゴロツキたちのいる裏の世界では下の者が上の者に飯を作ることも日常的にあったのだ。理仁は愛妻のために栄養満点の豪華な朝食を準備し終わると、庭に行って綺麗に咲く薔薇を切りとり、枝葉を整えてから自分で包装して薔薇の花束を作り上げた。その花束を唯花の席に置いてから、上の階に彼女を起こしに行った。隼翔は理仁が唯花のために行う全ての行動を見て、こっそりと写真に撮り彼らの親友である悟に送った。そしてひとこと「悟、お
理仁は愛する妻を慰めた。「あまり考えすぎないで。きっと義姉さんはこれからどんどん幸せになるよ」唯花は少し考えてから言った。「それもそうね。お姉ちゃんと東社長もまだ進展はないんだし、自然の成り行きに任せましょ。あなたが言うには、東社長ってとても自立していて人生の舵取りは自分でする人なのよね。彼がお姉ちゃんのことを好きになったらきっと幸せにしてくれるって信じてるわ」「そうだね、自然に任せよう。君は今ちょっと考えすぎかもしれないよ」理仁は彼女の着替えを取ってきた。「先にお風呂に入っておいで」唯花はその着替えを受け取ると、彼の端正な顔にキスをして、お風呂に向かった。三十分後。夫婦二人はベッドに横たわって世間話をしていた。「唯花、いつ俺と一緒に顧客との会食に参加してくれる?」理仁は愛妻に尋ねた。「いつ、お客様との付き合いの場があるの?」唯花は伯母と一緒に何度かパーティーに参加してから、かなり自信がついていた。主に理仁が彼女が困難に立ち向かう勇気や自信を与えてくれているのだ。彼とそのような場に出席するのも、それほど問題はないだろうと彼女は考えた。少なくとも、彼女はそのような場に行くことに気が引けるようなことはなくなっている。高いヒールを履いても淑女のように優雅に歩くことができるようになった。伯母が彼女を連れて、教えるべきことは一つも漏らさずに全て彼女にたたき込んでくれたのだ。姫華はこのような社交の場を面倒臭く思っているので、学ぶ気持ちがなかった。だから代わりに詩乃は自分が数十年培ってきた経験を全て唯花に伝授した。詩乃は二人の姪っ子が強い女性へ成長することをとても望んでいる。自分の娘に関しては、そもそも家柄の良い生まれである。父や兄たちからの支えもあり、そこまで強い女性になれなかったとしても、誰も彼女に手を出す勇気のある者などいないのだ。しかし、二人の姪っ子は違う。彼女たちは、自分の力で強くならないと、周りから尊敬されることはない。「俺は毎日仕事の件で話し合いの場があるよ。昼間はそれぞれ自分のやることがあるだろうし、俺も君の時間を奪ったりしない。夜、君が一緒に行くのにちょうどいい場があれば、一緒に来てくれないかな」彼ら男たちがビジネスの話をしている時、場合によっては女性が顔を出すのには相応しくない時もあるのだ
隼翔はすまなさそうに声を出した。「理仁、本当に申し訳ない」「そう思うなら、ホテルにでも泊まりにいけ」「いや、実は申し訳ないとは思っていないんだ。別にお前んちに初めて泊まりにきたわけでもないしな。以前、俺と悟もよく泊まりに来ては酒を大いに飲んだり、遅くになりすぎて泊まったことあるだろ」理仁「……」彼は愛する妻の手を取り立ち上がって、冷ややかに言った。「マスタールームから一番遠いゲストルームに行ってくれ。早く寝ろよ」そう言い終わると、唯花を連れて上にあがっていった。部屋に戻ると、理仁は愚痴をこぼし始めた。「一体いつからこの俺があいつを守る盾になったんだ?ここはあいつの避難所か」唯花は笑って言った。「東社長もどうしようもなくて、ここに数日泊まるんでしょ。あなた達は長年の親友なんだから」「あいつは別にどうしようもなくなったわけじゃないよ。ただ俺を都合のいい盾と思ってるだけだ。あいつは何もわかっていないような言い方していたが、樋口嬢のあいつに対する気持ちはよくわかってるんだよ。そのくせ陽君には何着もの服を買って来て、お義姉さんにその服の代金をきっちり請求するという、鈍感さも兼ね備えているんだ」唯花は彼に近づいて夫を抱きしめた。彼女のほうから積極的に抱きついてきたことで理仁はご機嫌になり、愚痴を言うその声はかなり落ち着いていた。「たぶん、東社長は本当にただ陽ちゃんのことが好きなだけで、お姉ちゃんには特別な感情なんて持っていないのよ」周りはみんな色眼鏡をかけて隼翔と唯月のことを見ているのだ。「唯花、男がなんの感情もなしにある女性によくしてあげることなんてないよ。そうするのには必ず下心があるもんだ」「東社長は陽ちゃんによくしてくれてるじゃない」理仁はすでに全てを見抜いたように笑い、それ以上は説明しなかった。結城おばあさんは既に探りを入れていたのだ。隼翔は自分の気持ちに気づいていないか、もしくは気づいていないふりをしているだけだ。理仁は前者である可能性が高いと思っている。隼翔は自分が唯月によくしてあげているのは、陽のためだと本気で思っていた。彼は陽のことがとても好きなのだ。「東社長がうちのお姉ちゃんに気があったとしても、東夫人は息子さんのお嫁さんを選んでいるんでしょ。その樋口さんって子は東社長と家柄も合う
理仁の持ち家もたくさんある。彼ら夫婦がよく生活しているのはここ瑞雲山邸とトキワ・フラワーガーデンの二つだ。この二か所の家が会社から最も近く、出勤には便利なのだ。隼翔が遠くに住むのが嫌だというなら、厚かましくこの家に暫くの間理仁たちと一緒に住むしかない。「理仁、この飾りつけは全部お前が考えたのか?」隼翔は不機嫌そうにしている親友に尋ねた。「レイアウトも装飾も完璧だな。まるでプロポーズ現場のようだ。それに結婚式も挙げられてしまいそうなくらいだぞ。今後、お前と奥さんの結婚式を挙げる時は、このような装飾でやれば女性陣を驚かせること間違いなしだな」理仁は不機嫌そうに言った。「俺が考えたんじゃないなら、お前がやってくれたって言うのか?」「俺には無理だ。こんなに女性を喜ばせられるような考えなど思い付きやしないよ」理仁は彼を睨んでいた。「そりゃ、お前には考えられんだろうさ。お前は女性から金を巻き上げることしか知らない男だからな」隼翔「……俺がいつ女性から金を巻き上げた?」理仁はそれには何も説明してやらなかった。隼翔はとても不思議に思っていた。唯花はこの大の男二人にお茶を淹れてやり、果物を切って持って来ようとしていた。そこを理仁が妻を捕らえて自分の横に座らせ言った。「唯花、こんなやつ構う必要などない。こいつはここによく来ていたから、君よりもうちの中のことは熟知している、食べたいものがあるなら、自分で持ってくるがいい」「そうそう、俺のことは気にしないで。ここは知り尽くしているからな」隼翔も唯花にあれこれ用意して持って来てもらうのは非常に気まずい。親友の表情は、彼を見た瞬間から今に至るまで闇に包まれている。かなり濃い真っ暗闇に包まれている。「どういうわけだ?その樋口とかいう女はまだ帰らないのか?」理仁は冷たい表情で親友に尋ねた。「そうなんだよ。一体いつまでうちにいるのかわかったもんじゃない。母さんが彼女のことを相当気に入ってるらしいんだ。暇さえあれば俺に電話してきて、彼女を連れて遊びに行けだの、食事をしに行けだのうるさくてな。仕事が忙しいと理由をつけて全部断っているんだ。しかし、母さんが彼女を連れて俺の家に泊まるんだ。母親だから、追い出すわけにもいかないだろ。あの人たちが出ていかないから、俺が出てきたんだ」
「あいつに何をしてるのか聞いてくれ」こんな夜にわざわざ車でここまでやって来て彼の行く手を妨害するとは、その元気を他のところに使ったらどうなんだ?七瀬は車の窓を開けてこちらにやってきた隼翔に尋ねた。「東社長、どのようなご用件でしょうか?」「理仁は車の中か?理仁、ここに暫くの間住まわせてもらえないだろうか。荷物もすでに持って来たんだ。吉田さんには決められないと、中に入れてもらえなかったんだよ。ここでお前が帰ってくるのを待つしかなかった」それを聞いた理仁は顔色を暗くさせていた。彼が長年の親友でなければ、彼は絶対に運転手に命令してアクセルを踏ませ邪魔をするあの車にぶつけてぶっ飛ばしているところだ。唯花はその会話を聞いていてとても意外だった。夫が不機嫌になりその表情に闇を宿したのを見て彼女は車の外にいる隼翔に尋ねた。「東社長、ここに暫くの間住みたいというのは、どうしてなんですか?」「あの女がずっとうちに居座って帰ろうとしない。それに俺名義の家がどこにあるのかも知っていて、俺がどこに住もうと彼女が探しに来て、本当に鬱陶しいんだ。だから荷物を持って君たち夫婦のところに来るしかなかった」隼翔の口から出てきた「あの女」というのは、他の誰でもなく、あの樋口琴音のことだ。琴音は東美乃里の心の中で息子の嫁として最適な女性だった。琴音が隼翔の顔にある傷痕も特に気にしていないので、美乃里はなにがなんでも息子と琴音をくっつけようとしているのだった。隼翔は東家の実家に帰りたくなかったし、美乃里も琴音を連れて息子名義の屋敷にもやって来るという始末だった。隼翔の持ち家はいくつもあって、母親である彼女はそれを全て知っているのだ。だから彼は逃げようにも逃げることができず、ただ理仁という盾に頼るしかなかった。そして適当に数着の服をまとめて、スーツケースを引きずり理仁のところへやって来たのだ。隼翔がいくら鈍感な男であろうと、自分がこのように理仁の家に来ては、親友夫婦の二人きりの世界を邪魔してしまうことはわかっていた。しかし、結城理仁という盾しか琴音を遠ざけられる人間などいないのだ。悟でもできない。悟にそれができるようであれば、さっさと彼のところに避難しているはずだ。悟がそれを知ればそれは光栄だねと皮肉を漏らしていることだろう。唯花は自分の
莉奈は唇を尖らせると、何も言わずに部屋に戻り大きな音を立ててドアを閉めてしまった。「莉奈、莉奈」俊介は彼女を二回呼んだ。佐々木母は息子に向かって言った。「あの子のことは構わなくていいわ。ただあなたと唯月が一緒に出かけるのが面白くないだけよ。別にあんたと唯月が二人きりになるってわけじゃなし、私たちだって一緒なのに、何を嫉妬しているのやら。そもそも自分が唯月のところからあなたを奪ってきたんじゃないの」佐々木母は今、莉奈のことを相当嫌っていた。以前の彼女は息子が他所に女を作れる魅力があると思っていたのに、今はその他所の女である莉奈が嫁になったのを嫌っているのだ。佐々木家は全員一致で、明日の昼に陽と唯月二人を迎えに行って、動物園に遊びに行くことにした。この時の天気は寒くも暑くもなく、ちょうど春の行楽日和だった。一方、唯花夫妻はというと、姉の家に暫く滞在していてから家に帰った。そして帰る途中、唯花は理仁に言った。「前、あの人たちは、口では陽ちゃんのことをとても大事にしているとか言っていたけど、肝心な時に手伝ったりしてくれることはなかったわ。陽ちゃんは私とお姉ちゃん二人で生まれてから今までずっと面倒を見てきたの。陽ちゃんの世話をしたこともないのに、今さら一緒に過ごしたいだなんて、そんなのできっこないじゃない。お姉ちゃんの産後のお世話も私がしたのよ。あの一カ月ほどは私もあまりの疲れで三キロ痩せたわ」彼女は姉のことをとても心配していて、産後一カ月ほどはできるだけ唯花が家事などほとんどこなしていたのだ。それで姉はゆっくりと産後のケアをすることができた。食事も姉の部屋に運んであげて、食器洗いも全てやっていた。姉に無理をさせて産後の体に悪い影響が出ないようにしていたのだ。その間、陽はよく泣き喚いていた。時には大泣きして夜中過ぎでもずっと寝ないこともあった。俊介は仕事があるので、別の部屋に移って寝ていたのだった。陽の叔母である唯花は姉がゆっくり休めるように、泣き喚く陽を抱っこしてあちこち歩き回ってあやしていた。陽が寝てからようやく彼女自身も休むことができた。姉は俊介に義母に来てもらって陽の面倒を見てほしいと言ったことがある。しかし、俊介は両親は恭弥の世話があって、手が空いていないし、妹の唯花がここにいて姉と甥の世話をしているから問題な