「俺も別に義姉さんのために、君がケリをつけに行くのを止めようとしているわけじゃないんだ。だけど、もし義姉さんと旦那さんが完全に決裂してしまって、関係を修復できないような状態にまでなってしまえば、俺だって君が佐々木俊介のところに行くのは賛成だよ」内海唯花は面白くなさそうに、ベーコンをひと噛みしてから言った。「あなたのその言葉は理にかなってるわ。衝動で突っ走るようなことはしないから安心して。直接的じゃなくて、もっと違う方法であいつらに分からせてあげるわ。でも、しっかり警告だけはしておかないと。お姉ちゃんには頼れる実家がなくて、簡単にいじめられる存在だなんて奴らに思わせないわよ」結城理仁は彼女が自分の意見を聞き入れたのを見て、それ以上は何も言わなかった。朝食を食べてお腹いっぱいになった後、少し休んでから夫婦二人は一緒に出かけて行った。内海唯花が姉のことをとても心配しているのが分かっているので、結城理仁は彼女を店に送る前に、少し寄り道して佐々木唯月の家まで車を走らせた。唯花に姉の様子を確認してもらうためだった。彼のその気遣いに唯花はとても感動した。昨夜、これ以上は結城理仁をからかってはならないと、自分自身を戒めたばかりなのに、彼のこの優しさに唯花はその戒めの言葉を空の彼方に放り投げてしまった。明凛はこう言っていた。結城理仁はとても良い人だから、唯花たち二人がまだ夫婦関係であるうちに、彼の心を掴みなさい。半年後に離婚するという約束は、結婚してからすでに一か月経ち、残り五か月になった。その残りの時間に結城理仁との仲を深め、愛情を芽生えさせて本当の夫婦になりなさいと。そうしないと、将来後悔するかもしれないから。神崎姫華が言うように、誰かを愛したら追いかけるのだ。たとえ、その想いが相手に届かなくても自分は努力したのだから、結城理仁が自分のものにならなくて後悔したりはしないだろう。唯花は彼にあげた手作りの招き猫が車の中にあることに気づき、何気なく言った。「あなたにあげた招き猫、まだ車にあるのね」「後で会社に着いたら、デスクの上に飾るよ」それを聞いて唯花は微笑んだ。「もし誰かに聞かれたら、商品を宣伝しておいてね」「わかったよ」結城理仁は快くそれに応じた。彼は九条悟に彼女のネットショップでたくさん商品を買わせることにした。九
「結城社長、のろけないでもらえますかね。俺は結婚する予定ないんで」結城理仁は独身を卒業したので、彼が独り身であるのが見ていられないのだ。いつも妻がいる良さを自慢しているが、九条悟が独身貴族の生活から抜け出すための手助けでもしようというのか?「おや、今日はどうしてそんな服を着ているんだい?」九条悟の目は鋭い。彼は結城理仁が着ているスーツはいつものブランドではないことに気づき、好奇心を持って尋ねた。「どうしてブランドを変えたんだ?」結城理仁はこだわりが強い人間だ。彼は気に入ったブランドがあると、長年それを愛用する癖がある。簡単に他のブランドに変えたりはしない。結城理仁の目に留まるものと言えば、普段着ているスーツもとても高価なものだった。彼がこの日に着ているような数千円ほどのスーツとはわけが違う。これは、結城理仁のスタイルではないぞ。九条悟は結城理仁のすぐ後に続き、興味津々で尋ねた。「結城社長、もしかして我々結城グループは財務危機に陥ってるのでは?だから節約のために、その辺のモールで服を?」ひとセット数千円のスーツは九条悟のようなお坊ちゃんの目には、まさにそこら辺に売っているものなのだ。結城理仁は社長オフィスに入ると、九条悟の質問に答えた。「結城グループが財政赤字にでもなってるというなら、おまえのような社長専任秘書がそれを知らないとでも?これは妻からもらった新しい服だ。なんだ、見栄えが良くないのか?俺は結構気に入ってるんだが、サイズもぴったりだし、動きやすいぞ」九条悟「……」もう質問しないほうがいいだろう。質問すればするほど、のろけ話を聞かされるだけだ。社長夫人が社長にプレゼントした新しい服を、妻の顔を立てるためにも彼は着て回るつもりだ。九条悟は彼のこの上司兼親友は、妻に対してだんだんと好感を持ってきていると感じていた。そうでなければ、たとえ結城理仁は死んでもこのような服を着るのを拒んでいたはずだ。ただこの上司の様子を見るからに、自分では妻に対する感情に気づいてはいないようだった。九条悟はこの時、面白いものが見られると思った。さて、結城理仁のこの時の様子を内海唯花が知る由もなかった。彼女が店に入って奥の部屋まで行くとすぐ、姉の義母と義姉が座って彼女を待っているのが見えた。親友の明凛が彼女たち母娘に水を入れ
内海唯花は佐々木姉の話を聞いて、今までに溜まるに溜まった怒りが抑えきれなくなったが、それでも物腰は柔らかくして机をバンバン叩いている佐々木姉に突っかかっていくようなことはしなかった。彼女は落ち着いてレジの方へと向かって行き、座って佐々木姉を見ながら聞き返した。「佐々木さん、姉がお義兄さんを殴ったって言いましたか?あなたはそれを見たんですか?姉が先に手を出したんですかね?お義兄さんは殴り返したりしてないと?殴られてどうなりましたか?入院しました?」それを聞いて佐々木姉は図々しくもこう言った。「うちの俊介が先に手を出したんだとしても、それが何だって言うんだい?あんたの姉はね、しっかり躾されるべきだったんだよ。あの日、俊介は彼女にちょっと教育してあげようと思ってたけど、あなたが旦那さんを連れて来たから、唯月の面子を考えて、私たちが俊介に止めるように諭してあげたんだからね。あんたの姉がやった事を考えれば、一発叩かない男がこの世のどこにいるっていうんだ?自分が間違いを犯したんだから、夫に殴られて当然だろう。それなのに俊介にやり返すとか、有り得ないでしょう?しかも俊介の顔が腫れ上がるほど殴り、青あざまで作らせて、あの子はもう何日も家に帰る勇気なんてないんだよ。唯花、あんたはお姉さんより何歳か年下だけど、もう結婚して一人前になっただろう。つまり、あんたはお姉さんの保護者的存在でもあるわけだ。だから今回の件について、私たちはあんたと話し合いに来たんだよ。お姉さんに何か手厚い贈り物でも買って、うちに来て俊介に謝罪するように言いなさい。それから、今後は絶対に俊介に手を上げないって誓約書も書かせるのよ。そして俊介を家に連れて帰るの」佐々木姉のこの話を聞いて、内海唯花と牧野明凛は認識を新たにした。内海唯花は佐々木姉がかなりのクズ人間だということは、前回姉が来て彼女に不満をぶちまけた時に知っていた。今こうやって実際目の前にしてみると、この人間は本当に愚劣の極みであった。彼女は怒りで呆れ笑いしてしまった。佐々木家の母娘は内海唯花が口を挟む間もなく、姉のほうが話し終わると、今度は続けて母親が話し始めた。「唯花さん、うちの子がさっき言ったのは道理にかなってるでしょ。どこの嫁入りした女が仕事もせず家にいて食事の用意すらしないのよ。俊介は働かなきゃいけないし、仕事も
そこへ佐々木姉は口を挟んだ。「自分で産んだ子なんだから、責任を持つべきなのは自分自身でしょ。祖父母が面倒見る義務はないわ」「そうよ。自分で産んだんだから、自分で責任持たなきゃね。じゃあ、そういうあんたはどうなのよ?」佐々木姉は口を大きくパクパクさせた後こう言った。「私のお父さんとお母さんは喜んで私の子供を見てくれてるのよ。できるもんなら、あんたの姉にも自分の両親にお願いして子供の世話でもしてもらえば」内海唯花は佐々木姉の目の前に置いてあったコップを持ち上げ、中身を彼女の顔に勢いよくぶちまけた。「ちょっと!唯花、あんた何すんのよ!」「あんたの口は臭いし、毒ばかり吐くようだから、私が代わりに洗ってやったまでよ」内海唯花は冷ややかな目でこの母娘二人を睨みつけていた。佐々木姉は怒りで手が出そうになったが、母親がそれを制止し、娘にこう言った。「唯花さんの両親は十数年前に亡くなってるでしょう。あんたが言ってはいけないことを言ったんだから、彼女が怒って当然よ」「でも、こいつだって私に水をかけて、服がびしょびしょになっちゃったじゃない。唯花、あんたこの服が一体いくらするかわかってんの?あんたに弁償できる額だと思う?」牧野明凛は横で力を込めて掃き掃除をしていて、やっと口を挟む隙を得てこう言った。「あなたのその服がブランド物なら、何万円もするでしょうね。でも残念ね、それって似せて作られたものだから価値なんてないですよ。もしそれを二万ちょっとで買ったのなら、騙されたようなものだわ。そんなに払っていないなら、二千円ちょっとでしょうね」佐々木姉は顔色を変え、牧野明凛を指差して怒鳴った。「あんたに何がわかるのよ。そっちこそブランドを真似して作ってる廉価版の店で買ったやつでしょ?私のは正真正銘ブランド物よ。一着二万円以上する服なんてあんたに着られる?自分じゃ買えないからって私に嫉妬して、私が着てる服を貶すわけ?」牧野明凛はふんと鼻を鳴らして言った。「私が着てる服はね、適当に選んでも数万円するものなの。ブランド物って何十万もするわ。あなたが今着てる服は、うちだったらテーブル拭き用の雑巾でしかないわね」「あんた……」佐々木姉は激怒して顔を真っ赤にさせた。彼女は心の内では自信がなかった。実際、数千円でこの服を買ったのだ。彼女はこのブランドのサイト
「もちろん、あなたが自分の夫を下僕と称して奴隷にするんだったら、私は何も意見はないけど、私の姉は奴隷ではないので。現代は男女平等、夫婦平等、どちらのほうが偉いなんてないからね。この時代の風潮に逆らうのはあなたの勝手だけど、私の姉にまでその考えを押し付けないでよ。喧嘩の件に関しては、佐々木俊介のほうが先に手を出してきたよね。あの人、手加減せずお姉ちゃんを殴ったのよ、自分を守るためにそれに抵抗したんだから、姉は正当防衛ですけど!お姉ちゃんに謝罪させろだなんて、有り得ない話ね!逆に佐々木俊介に言って、お姉ちゃんに謝罪させるのが筋ってもんでしょう」内海唯花は氷のように冷たい様子で、一歩も譲る気はなかった。義理の相手家族を怒らせるかもしれないなど気にもせず、全く臆していない様子で言った。「あなた達が姉がお金を稼がず浪費してばかりだと言うのなら、姉を返してもらいましょうか。暴力に訴えないでちょうだい。あなた達は自分の家の子供が大事なんでしょ、なら私内海唯花も家族である姉がとても大切なの。それから、あの日、姉が一日に二万円以上使って服を買ったのは、私が夫を連れて来て両家の初めての顔合わせをするって言ったから、体面を保つために家族に新しい服を買っただけよ。あのお金はお姉ちゃんが自分のためだけに使ったわけじゃないの。ただこれだけのことで、姉を浪費家だと決めつけないでいただきたいね。姉が佐々木家に嫁いでから、今までずっと新しい服なんて買ってなかった。ただ姉があの日服を買っただけで、あなた達はいつまでもネチネチ、ネチネチと。そうね、佐々木家って本当に思いやりがあるわ。とっても親切な一家ですこと。嫁のことをこんなに思ってくれて、あなた達を表彰させていただきたいくらいよ」佐々木家の母娘は内海唯花の言葉に恥や怒りを感じていたが、もちろん怒りのほうが勝っていたのは言うまでもない。この二人はずっと自分達こそ正しく、内海唯花は間違っていると思っていた。「お姉ちゃんが一日ご飯を作らなくて、あなた達は佐々木俊介には妻がいるのにいないのと同じだと言ったわよね。じゃ、それと逆に姉も夫がいるのにいないのと同じじゃない?妻子を養えないのに、結婚するの?それなら、あんた達と一生一緒に過ごせばいいんじゃない。それにお姉ちゃんは何もしてないわけじゃないわ。おばさん、あなたって娘の家
「あなたは私たちと一緒だと思うわ。俊介たち夫婦が仲良く過ごしてほしいって思ってるはずよ。夫婦なんだから、どうしたってお互いに納得いかないところは出てくるでしょう。もう終わったことはあまり気にしないのが一番ね」内海唯花は冷たい声で言った。「お宅の俊介さんは、足が折れてしまったのか、それともお姉ちゃんと住んでいる家までの帰り道が分からなくなってしまったのかしら。どうしてお姉ちゃんがあの人を迎えにいかないといけないのよ」姉に夫を迎えに行かせるとすれば、その時には絶対に、あの佐々木一家からまた良いように言われていじめられることだろう。しかも、姉が迎えに行くということは、つまり先に姿勢を低くして謝るということだ。内海唯花は決して姉のほうから頭を下げさせるようなことはさせない。佐々木俊介が家に帰りたいなら、勝手に帰るがいい。帰らないというなら、一生両親の家に住んでいればいいだけの話だ。彼女の姉はこれは幸いと、今や穏やかに暮らせているのだから。「あんたって人はどうしてこうも頑固なんだい」佐々木母は怒って唯花にこう言った。「どのみち俊介がそっちに帰らなかったら、あんたの姉に生活費だって渡さないんだからな。唯月が自分の力で生きていけるっていうんなら、一生佐々木家のドアを叩くんじゃないよ」そういい終わると、母親は娘を連れて去って行った。「あんたら姉妹が一体いつまで強気でいられるか、見させてもらおうじゃないの!」佐々木母は店の出口まで行くと、また後ろを振り返って一言吐き捨てて行った。内海唯花は無表情のまま全力で怒りを抑え込み、周りの物には当たり散らさずに済んだ。彼女の姉は本当に結婚する相手を間違え、入ってはいけない一族に入ってしまったのだ。女性が結婚する時は、結婚相手である男性の人柄だけではなく、その人が生まれ育った家庭までしっかりと確認しておかないといけないだろう。「唯花ったら、あんたってお人よしね。もし私だったら、今頃箒で殴りかかってたところよ。すっごいムカつく。今まであんなにゲスな人間は見たことないわよ。あなたのあの親戚たちといい勝負ね」牧野明凛は横で聞きながら、あまりに腹が立って失神してしまいそうなくらいだった。「あの人たちが手を出してこない限り、私も手を出さないわ。口だけでもあいつらに負けたりなんかしないんだから。
「私からあなたのお姉さんに言ってあげる。これ以上こんな生活をしちゃ、いじめられるばかりだよ」姉は収入源がないので、ずっと劣勢なのだ。「だったらさ、お姉さんにこの店で働いてもらいましょうよ。私がお姉さんのお給料を出すから、あなたが出してあげる必要はないわよ。こうすれば、陽ちゃんの面倒だって見られるし、一石二鳥じゃない」牧野明凛は本当に唯花のためにそうしたいと思っているのだ。しかし、内海唯花はため息をついた。「お姉ちゃんは来ないわ。私たちの店は稼ぎが悪くて、私がネットショップを開いてようやくお金を稼げてるって思ってるんだもん」実際、彼女たちのこの店の利益はなかなか良かった。ただ彼女の姉は唯花のものになるはずのお金を自分のものにしたくないだけなのだ。彼女も姉を説得させる方法はなかった。「お姉さんは前、会社では財務部で働いていたでしょ。琉生の会社で財務ができる人を探してないか、お姉さんを雇ってもらえないか琉生に聞いてみるわ。おばさんの旦那さんの会社は結城グループや神崎グループと比べることはできないけど、それでも大企業だわ。福利厚生もしっかりしているから。琉生がいるんだから、お姉さんも会社で働きやすいでしょ。それに、お姉さんはもともと長年働いていて社会経験も豊富な人だし」内海唯花は少し考えてから尋ねた。「いいの?お姉ちゃんは仕事を辞めてから三年以上経ってるわ。その数年はずっと仕事してなかったから、職場復帰するのも、新しくまたスタートするのと同じよ。琉生君も今はまだ会社では経験を積んでいる途中でしょう。うちのお姉ちゃんを雇ってもらえるように会社に言うのは難しいんじゃないかしら」「週末琉生も誘ってご飯食べるでしょ。その時にできるかどうか聞いてみるといいわ。彼にその力がないなら、私自らおばさんの旦那さんに頼んでみるし」金城グループは今、彼女のおばの旦那さんがトップなのだ。「わかった。お姉ちゃんのために琉生君に聞いてみましょう。明凛、ありがとうね」「いいって、いいって。うちらの仲でしょ。あなたのお姉さんは私のお姉さんと同じことよ。唯月お姉さんの現状を見ると、私も心が痛くて、何か手伝ってあげて一日も早く社会復帰してもらいたいの。女性は強くならなくっちゃ。男なんかに頼りすぎちゃダメなのよ」佐々木唯月の結婚生活を見ていて、牧野明凛は多
結城理仁のほうは相変わらず少し沈黙してから口を開いた。「佐々木家の人たちはもう帰った?なにもひどいことをされていないよな?」「何もひどいことはされていないけど、あの人達ひどい言葉を吐き捨てて行ったわ。もう少しで私、手を出しちゃうところだったんだから。うちのあの親戚たちと張り合えるくらいにクズ人間達よ。口を開けばお姉ちゃんのことばかり責めて、お姉ちゃんだけが悪いんだって。しかも、謝罪の品を持って佐々木家に来いなんて言うのよ。佐々木俊介に謝れだなんて、ふざけんな!」佐々木母とその娘の話になり、内海唯花はまた怒りが込み上げてきて、電話で悪態をついた後、彼に対して申し訳なく思えてきて結城理仁に言った。「結城さん、さっきは私かなり頭に血が上ってて、悪態ついちゃったわ。ごめんなさい」結城理仁は落ち着いた声で言った。「君はちゃんとあの人たちを散々罵っておいたか?箒で奴らを追い出すべきだよ。お姉さんに暴力まで振るっておいて、彼女に謝罪の品を持って謝りに行けとはどういう了見なんだ」「もちろん、あの人たちがぐうの音も出ないくらい散々に罵っておいてあげたわ。それで慌てて逃げだして行ったんだから。明凛ったら箒も準備済だったの。でも私たちは常識人ですから、気持ちをぐっと堪えて、箒で追い出すなんてことはしなかったわよ」結城理仁はそれを聞いて笑ってしまいそうだった。彼女は別にぐっと堪えられるような性格の持ち主ではない。ただ、姉の将来のため、まだ姉が何も決心していないから、これでもちゃんと我慢できたのだ。本当によく頑張っていた。「君のお義兄さんはどの会社で働いているの?」結城理仁は俊介が働く会社の社長にちょっと挨拶でもしに行こうと思っていた。佐々木俊介をしっかりと面倒見とけよと。それは相手の会社の社長を知っていればの話だが。「スカイ電機よ。主にいろいろな電子製品の部品を作ってる会社で、規模もとても大きいの。会社には従業員が三千人以上いるみたい。お姉ちゃんと佐々木俊介は大学を卒業してこの会社に入ったの。お姉ちゃんはもともと財務の仕事をしてて、財務部長をしていたんだから。お姉ちゃんったら純粋な人で、あの男を信じ過ぎたの。結婚してからは仕事を辞めて家で子供を産む準備をして、出産後は子供の世話をしてる。仕事を辞めてからもう三年以上経ってるの。佐々木俊介のほうはそ
唯花は清水が掃除しようとするのを見て、特に気にせず先に出かけた。清水は彼女を玄関まで見送り、エレベーターに乗ったのを確認してから、家に戻り急いで携帯を取り出して理仁に電話をかけた。最初、理仁は電話に出なかった。清水は連続三回もかけたが、それでも出てくれなかった。仕方なく、清水は彼にメッセージを送った。「若旦那様、若奥様が薬を飲みました」すると、一分も経たず、理仁は自ら電話をかけてきた。「唯花さんが何の薬を飲んだんです?」理仁の声はいつものように感情が読めないくらい冷たくて低かったが、彼をよく知っている清水はわかったのだ。彼は今緊張している。「若奥様は寝不足で、頭と目が痛いと言って、鎮痛剤を飲みましたよ」理仁は一瞬無言になった。びっくりしたじゃないか!清水がはっきり説明してくれなかったせいで。彼は唯花が薬を飲んで極端な行動をしたのかと勘違いしたのだった。いや、これは彼の考えすぎだ。唯花は明るい性格だから、他の誰かがそんな極端な行動をしようとも彼女はしない。ましてや理仁が原因でそんな行動をすると思うなんて、自意識過剰にもほどがある。彼女の心の中で、彼は明凛とも比べられないのだ。「若旦那様、若奥様は朝食を食べた時いろいろ話してくださいました」清水はため息をついた。「若旦那様、どうか考えてください。若旦那様は一体若奥様のどこが好きなんですか。もし若旦那様の思う通りに彼女を変えようとしたら、変わった若奥様はまだ若旦那様が好きな彼女でしょうか」「彼女は何も話してくれなかったんですよ。隼翔も知っていることを、俺が知らないなんて」「若旦那様こそ、あらゆることを若奥様に話しているんですか。どうか忘れないでください。若旦那様はまだ正体を隠しているではありませんか。若旦那様のほうが多くのことを隠しているでしょう」理仁は暗い顔をした。「清水さん、どっちの味方なんだ?」「もちろん若旦那様の味方ですが、だからこそ、こんな身分に相応しくないことを口が酸っぱくなるぐらい言ってるんです。でないと、ただの使用人である私が、こんなことを言いませんよ」「清水さんのことはちゃんと尊重していますよ」理仁は確かにプライドが高く横暴だが、使用人に対する礼儀はきちんとしていた。「おばあ様は実家に帰ったばかりなのに、ま
「これは彼がまだ私のことを完全に家族として見ていない証拠ですよ。彼自身がそれをできてないのに、どうして私にだけ要求できるんですか?他人に厳しいのに、自分に甘いにもほどがあるでしょう。それは強引ではありませんか?なんでも彼を中心として考えないと、すぐ怒るし、しかも、私が彼を家族として見ていないって言いだすんですから。私も苛立って、彼が自己中心過ぎて、心が狭いじゃないって言ったら、あっちは電話を切っちゃいました。それでメッセージを送っても全然返事してくれませんでしたよ。毎回こうなんです。怒るとメッセージも電話も無視して、まるでわがままで面倒くさい彼女みたいです」清水「……」若旦那様は確かにそんな性格で、若奥様の分析はいかにも正しかった。理仁は小さい頃から後継者として育てられ、弟たちは常に彼を中心にしていた。結城グループを引き継いだ後は、おばあさんと両親はもう一切手を出さず、彼を本当に結城グループのトップにさせた。会社では、彼の言うことが絶対で、誰も反論できないのだ。弟たちも社員も、相変わらず彼を中心に動いている。元々独占欲が強い性分だったので、そんな環境で育てられたら、ますます自己中心的な性格になってしまった。彼は全てを支配するのに慣れてしまっているのだ。周りの人が自分に従うのが当然だと思っている。唯花は人生を彼に支配されたくないし、何でも従ったり依存したりするのも嫌だった。だから、理仁は自分が唯花に無視されたと思っていた。それで、唯花が彼を重視しておらず、家族として見ていないと感じてしまったのだ。しかし唯花の言った通り、彼自身はすべてのことを何も隠さずに彼女に教えているだろうか。「清水さん、日数を数えてくれますか?今回はこの冷戦が何日続くか見てみましょう。もうメッセージを送るのも面倒くさいと思いました。送ったってどうせ見ませんよね。また私のLINEを削除したかもしれませんよ。もし本当に削除してたら、今度こそ絶対また友だちに追加しませんからね!」清水は彼女を慰めた。「……結城さんは確かに少し横暴なところがありますが、本当に唯花さんが彼を重視していないと、他人扱いされてると思い込んで、それで怒っているんでしょう」「ちゃんと説明したのに、それでも納得できないなら、私にどうしろって?もういいわ、怒りたいなら勝
「内海さん、焦らなくて大丈夫ですから、ゆっくり朝ごはんを食べてください。さっきお姉さんから電話があって、教えてくれました。陽ちゃんをお店に連れて行ったら、そこに牧野さんがいらっしゃったそうです。だから私たちは直接お店に行けばいいから、お姉さんのお家に行かなくていいですよって」それを聞いて唯花はホッと胸をなでおろした。そして食卓に座った。清水は今朝いろいろな具材のおにぎりを用意してくれていた。それから、味噌汁とおやつに黄粉餅まで。黄粉、餅……唯花は携帯を取り出してその小皿に盛られた黄粉餅の写真を撮り、あの怒りん坊に送ってやった。もちろん、結城某氏は彼女に返事をしてこなかった。唯花はぶつくさと不満をこぼした。「内海さん、おにぎり、美味しくなかったですか?」清水は唯花が何かを呟いているのを聞いて、おにぎりが美味しくなかったのかと勘違いし、尋ねた。「内海さんはどんな具材がお好きなんですか。教えてくれれば、明日作りますよ」「清水さん、私好き嫌いないので、どんな具材でも好きですよ。ささ、清水さんも座って、二人で食べながらおしゃべりでもしましょうよ」理仁が家にいないので、清水はかなり気楽にできる。若奥様の前では若旦那様はかなり和らいだ雰囲気を持っているが、理仁のあの蓄積された威厳では清水が一緒に食卓を囲む時にはやはり常に気が抜けないのだ。「清水さん。あなたは結城家の九番目の末っ子君を何年もお世話してきたんですよね。理仁さんと知り合ってからもう何年も過ぎているでしょう?彼ってなんだか俺様な感じしません?自己中心でわがままだと思ったことありません?彼の前で少しも隠し事をしちゃいけないって要求されたことは?」清水はちょうど味噌汁に口をつけたところで、彼女からこの話を聞き、顔をあげて唯花のほうを向き、心配そうに尋ねた。「内海さん、どうしてこのようなことをお聞きになるんですか?」唯花は餅をつまみながら、言った。「昨日の夜、理仁さんとたぶん喧嘩になって、今、ちょっと、また冷戦に突入しちゃったかなって」清水「……」夜が明けたと思ったら、若旦那様と若奥様はまた喧嘩なさったのか。しかも、また冷戦に突入しただって?「内海さん、結城さんとどうして喧嘩になったんですか?」ここ暫くの間、若旦那様と若奥様の関係は見るからにと
数分後、ベッドに座って少し何かを考え、ベッドからおりて自分の生活用品を片付け始めた。そして、それを持って自分の部屋へと戻った。彼の部屋で、彼のベッドで寝るのをやめよう。唯花は怒って、また自分の部屋に戻り寝ることにしたのだ。そして一方の理仁もこの時悶々としていた。唯花からメッセージが届き、彼はそれを見たが返事はせず、そのまま削除してしまった。彼はこの時、ただ唯花から彼は心が狭いと責められ、家族として見てくれていないことだけが頭の中を巡っていた。携帯をテーブルの上に置き、理仁は起き上がってオフィスの中を行ったり来たり落ち着かない様子で、とてもイラついていた。そして、彼はコーヒーを入れに行った。コーヒーを飲んだ後、無理やり自分を落ち着かせて、仕事に没頭し始めた。徹夜する気だ。唯花ははじめは怒りで寝返りを打ち、なかなか寝付けなかったが、一時間少し粘ってやっと怒りが収まってきた。彼も別に初めてこんなふうになったわけではないし、毎回毎回彼のせいでこのように怒っていては、寿命が短くなってしまって、損してしまう。それで彼女は怒りを鎮めて、夢の世界へと旅立つことにした。怒りたい奴は勝手に怒っていればいいさ!すぐ怒る奴はいつも彼を中心にして世界が回っている。自分だって全てのことを彼女に教えることはできないくせに、彼女には小さい事から大きい事まで全てを話すよう要求するのだ。彼は今ここにいないのに、言ったとして、帰って来てくれるというのか?姉の今回の件は、実際彼女自身も特に何もしていないのだ。彼女の伯母が佐々木家の母親と娘に自己紹介をしただけで、あの二人を驚かせてしまったのだ。そしてその後どうするかを決めたのは姉だ。陽のことを考え、姉は最終的に和解することにしたのだ。これは姉が決めたことだ。彼女は姉が決めたことは何でも尊重する。それなのに彼ときたら、また隼翔が知っていて、彼は知らなかったと言って噛みついてきた。東隼翔は姉の会社の社長だぞ。そんな彼が会社の目の前で起きたことを知っているのは、それは当然のことだろう?別に彼女がわざわざ東隼翔に教えたわけではないというのに。なんだか彼は勝手にヤキモチを焼くみたいだ。この夜、唯花は遅い時間にやっと眠りにつくことができた。出張中の理仁はコーヒーを二杯飲んで、翌日の
姉と佐々木俊介が出会ってから、恋愛し、結婚、そして離婚して関係を終わらせ、危うくものすごい修羅場になるところまで行ったのを見てきて、唯花は誰かに頼るより、自分に頼るほうが良いと思うようになっていた。だから、配偶者であっても、完全に頼り切ってしまうわけにはいかない。なぜなら、その配偶者もまた別の人間の配偶者に変わってしまうかもしれないのだからだ。「つまり俺は心が狭い野郎だと?」理仁の声はとても低く重々しかった。まるで真冬の空気のように凍った冷たさが感じられた。彼は今彼女のことを大切に思っているからこそ、彼女のありとあらゆる事情を知っておきたいのだ。それなのに、彼女は自分から彼に教えることもなく、彼の心が狭いとまで言ってきた。ただ小さなことですぐに怒るとまで言われてしまったのだ。これは小さな事なのか?隼翔のように細かいところまで気が回らないような奴でさえも知っている事なのだぞ。しかも、そんな彼が教えてくれるまで理仁はこの件について知らなかったのだ。隼翔が理仁に教えておらず、彼も聞かなかったら、彼女はきっと永遠に教えてくれなかったことだろう。彼は彼女のことを本気で心配しているというのに、彼女のほうはそれを喜ぶこともなく、逆に彼に言っても意味はないと思っている。なぜなら、彼は今彼女の傍にいないからだ。「私はただ、あなたって怒りっぽいと思うの。いっつもあなた中心に物事を考えるし。少しでも他人があなたの意にそぐわないことをしたら、すぐに怒るでしょ」彼には多くの良いところがあるが、同じように欠点もたくさんあるのだった。人というものは完璧な存在ではない。だから唯花だって彼に対して満点、パーフェクトを望んではいない。彼女自身だってたくさん欠点があるのは、それは彼らが普通の人間だからだ。彼女が彼の欠点を指摘したら、改められる部分は改めればいい。それができない場合は彼らはお互いに衝突し合って、最終的に彼女が我慢するのを覚えるか、欠点を見ないようにして彼に対して大袈裟に反応しないようにするしかない。すると、理仁は電話を切ってしまった。唯花「……電話を切るなんて、これってもっと腹を立てたってこと?」彼女は携帯をベッドに放り投げ、少し腹が立ってきた。そしてぶつぶつと独り言を呟いた。「はっきり言ったでしょ、なんでまだ怒るのよ。怒りたいな
「理仁、彼女がお前に教えなかったのは、きっと心配をかけたくなかったからだ」隼翔は自分のせいで彼を誤解させてしまったと思い、急いでこう説明した。しかし、理仁は電話を切ってしまった。隼翔「……しまった。もしあの夫婦が喧嘩になったら、どうやって仲裁しようか」結城理仁という人間は誰かを好きになったら、その相手には自分のことを一番大事に思ってもらいたいという究極のわがままなのだ。彼のように相手を拘束するような考え方は、時に相手に対して彼がとても気にかけてくれていると感じさせもするし、時に相手に窮屈で息苦しさを感じさせるものだ。致命的なことに、理仁は自分が間違っているとは絶対に思わない。彼が唯花にしているように、彼が彼女を愛したら何をするのも唯花を助けたいと思っている。しかし、唯花は非常に自立した女性だから、いちいち何でもかんでも彼に伝えて助けてもらおうとは考えていない。しかし、彼は唯花がそうするのは理仁のことを信用しておらず、家族として認めてくれていないと勘違いしてしまっているのだった。隼翔はまた理仁に電話をかけたが、通話中の通知しか返ってこなかった。「まさかこんな夜遅くに内海さんに電話をかけて詰問を始めたんじゃないだろうな」隼翔は頭を悩ませてしまった。彼もただ二言三言を言っただけなのに、どうしてこんなおおごとになったのだ?悟は普段あんなにおしゃべりだというのに、一度もこんな面倒なことになっていないじゃないか。理仁はこの時、本当に唯花に電話をかけていた。夫婦はさっき電話を終わらせたばかりだから、理仁は彼女がまだ寝ていないと思い、我慢できずに電話をかけてしまったのだ。確かにこの時、唯花はまだ寝ていなかった。携帯が鳴ったので、布団の中から手を伸ばし携帯を取ってからまたすぐ布団の中に潜り込んだ。寒い。少しの間暖房をつけていたが、すごく乾燥するから彼女は嫌で切ってしまったのだ。理仁の部屋には湯たんぽはない。理仁という天然の暖房は出張していていないから、彼女は布団にくるまって暖を取るしかなかった。携帯を見るとまた理仁からの電話だった。彼女は電話に出た。「どうしたの?もう寝るところよ」「今日何があったんだ?」理仁のこの時の声は低く沈んでいた。唯花は彼と暫く時間を一緒に過ごしてきて、彼の声の様子が変わったのに気
彼女とは反対に、彼のほうはどんどん彼女の魅力にやられて、深みにはまっていっている。「プルプルプル……」そして、理仁の携帯がまた鳴った。彼は唯花がかけてきたのだと思ったが、携帯を見てみるとそれは東隼翔からだった。「隼翔か」理仁は黒い椅子の背もたれに寄りかかり、淡々と尋ねた。「こんな夜遅くに俺に電話かけてきて、何か用か?」「ちょっと大事なことをお前に話したくてな。お前のあのスピード結婚した相手に伯母がいることを知っているか?それは神崎夫人みたいだぞ。彼女がずっと捜し続けていた妹さんというのは、お前の奥さんの母親だったんだ」隼翔は悟のように噂話に敏感ではない。人の不幸を隣で見物して楽しむようなタイプではないのだ。しかし、彼はこのことを親友にひとこと伝えなければと思った。「神崎グループとお前たち結城グループはずっと不仲だろう。神崎玲凰とお前が一緒にいることなんてまず有り得ないだろうからな。お前たちの関係はギスギスしててさ……そう言えば」隼翔はようやく何かに気づいたように言った。「お前があの日、神崎玲凰を誘って一緒に食事したのは、お前の結婚相手が神崎夫人の姪だと知っていたからなのか?だから、早めにあいつとの関係を良くしておこうと?」理仁は親友に見透かされて、恥ずかしさから苛立ちが込み上げてきた。彼らは電話越しで距離があったから、隼翔は理仁が当惑のあまりイラついていることに気づかなかった。「あの日は気分が良かったし、神崎玲凰が珍しく顧客を連れてスカイロイヤルに食事に来たもんだから、俺は寛大にもあいつらに奢ってやっただけだ。ただうちのスカイロイヤルは噂に違わず最高のホテルだと教えてやろうと思っただけだ。俺は別に神や仏じゃないんだから、どうやって先に神崎夫人が捜していた妹が俺の義母だなんてわかるんだ?俺もさっき妻に聞いて知ったばかりだぞ」まあ、これも事実ではある。しかし、彼は予感はしていた。神崎夫人の妹が彼の早くに亡くなってしまった義母だと。だからあの日、神崎玲凰に出くわしたから、彼は太っ腹に彼ら一行にご馳走したわけだ。「知ってるなら、どうするつもりだ?」隼翔は彼を気にして尋ねた。「神崎グループとはわだかまりを解消するのか?」「唯花さんと神崎夫人が伯母と姪の関係でも、俺ら結城グループの戦略変更はしないさ。強
唯花は彼の電話に出た。「俺は湯たんぽなんかじゃないぞ!」唯花が電話に出たと思ったら、彼はいきなり不機嫌そうな声で呼び方を訂正してきた。唯花は笑った。「だって今寒いんだもの。だからあなたを思い出したの。あなたって湯たんぽなんかよりずっと温かいから」理仁はさらに不機嫌な声をして言った。「寒く感じなかったら、俺のことを思い出しもしないと?」唯花は正直に認めた。「寒くなかったら、たぶん、こてんと寝ちゃうでしょうね。あ、あとあなたに『おやすみ』のスタンプも送ってあげるわよ」理仁は顔を暗黒に染めた。「もうお仕事は終わったの?まだなら頑張ってね。私は寝るから」唯花は電話を切ろうとした。「唯花さん」理仁は低い声で言った。「神崎夫人との鑑定結果はもう出たの?」「出たわ。神崎夫人は私の伯母さんだった。だから私と彼女は血縁者なの」理仁はそれを聞いて心の中をどんよりと曇らせていたが、それを表面には表すことはなかった。話している口調もいつも通りだ。「親戚が見つかって本当に良かったね」「ありがと」姉と十五年も支え合って生きてきて、突然実の伯母を見つけたのだ。唯花はまるで夢の中にいるような気持ちだった。なんだか実感が湧かない。「そうだ、理仁さん。おばあちゃんがまた自分の家に引っ越して行っちゃったの。今夜辰巳君が迎えに来たみたい。私は家にいなかったから、清水さんが教えてくれたのよ」この時理仁が思ったのは、ばあちゃん、脱兎のごとく撤退していったな!だ。「ばあちゃんが住みたいと思ったら、そこにすぐ住んじゃうんだ。俺はもうばあちゃんがあちこち引っ越すのには慣れっこだよ」おばあさん名義の家もたくさんある。よく今日はここに数日泊まって、次はあそこに数日泊まってというのを繰り返していた。だからおばあさんから彼らに連絡して来ない限り、彼らがおばあさんを探そうと思っても、なかなか捕まらないのだった。「今日他に何かあった?金城琉生は君の店に来なかっただろうね?」「あなたったら、こんなに遠くにいるのに、餅を焼いてる匂いでもそっちに届いたわけ?金城君はとても忙しいだろうから、私に断られた後はたぶんもう二度と私のところに来ないはずよ。だから安心して自分の仕事に専念してちょうだい。私は絶対に浮気なんかしないんだから」そして少し黙ってから
清水は自分が仕える結城家の坊ちゃんをかばった。「内海さん、私があなた方のところで働いてそう時間は経っていませんが、私の人を見る目には自信があります。結城さんと唯月さんの元旦那さんとは全く別次元の人間ですよ。結城さんは責任感の強いお方ですから、彼があなたと結婚したからには、一生あなたに対して責任を負うことでしょう。結城さんは女性をおだてるのが得意な方ではないですし、若い女性が自分に近づくのを嫌っていらっしゃいます。見てください、牧野さんに対しても会った時にちょっと会釈をする程度で、あまりお話しにならないでしょう。このような男性はとてもスペックの高い人ですけど、誰かを愛したらその人だけに一途です。内海さん、お姉さんの結婚が失敗したからといって、自分の結婚まで不安になる必要はないと思いますよ。愛というものは、やはり美しいものだと思います。結婚だって、幸せになれるものなんですよ。みんながみんな結婚してお姉さんのような結婚生活を送るわけではありませんでしょう。私は以前、結城さんの一番下の弟さんのベビーシッターをしていました。彼の家でもう何年も働かせてもらって、結城家の家風はとても良いということをよく知ってるんです。結城さんのご両親世代は愛や結婚というものに対してとても真剣に受け止めていらっしゃいます。とても責任感の強い方々ですよ。結婚したら、一生奥さんに誠実でいます。結城さんもそのようなご家庭で育ってらっしゃったから、責任感のあって、誠実な結婚というものをたくさん見て来られたでしょうし、彼自身も一途な愛を持っていることでしょう。今後、内海さんが結城さんと何かわだかまりができるようなことがあったり、結城さんが内海さんに何か隠し事をしていて、それが発覚したりした時には、しっかりと彼と話し合ってみてください。立場を逆にして、相手の立場に立ってみれば、それぞれの人にはその決断をした理由というものがあるんですから」唯花は理仁のあのプライドが高い様子を思い出し、確かに佐々木俊介よりも信頼できるだろうと思った。それに、結婚当初、彼女に何か困ったことがあった時に、彼女と理仁は一切の感情を持っていなかったが、彼はいつも彼女のために奔走して解決してくれた。今までのことを思い返してみれば、理仁が俊介よりも責任感が強いということがすぐ見て取れた。そして、唯花は言った。