今、この費用は内海老夫婦の貯金から出している。内海じいさんは先に立て替えた費用を退院してから、孫たちが一緒に負担して返してくれと言っていた。お年寄りにとって、貯金がないと心細いものだ。この老夫婦は人柄は極めてクズだが、バカじゃない。頭ははっきりしていた。もし手の中にお金がなければ、子供や孫たちがそう優しくしてくれることはないのだと、彼らは知っていた。実の息子はいざという時、懐の財布より頼れないと昔から言われている。老夫婦の貯金はせいぜい何百万円だが、子供たちに分けてやれば、一人に百万くらいもあるのだ。ただでもらうお金なんて、受け取らない理由はないだろう。看護士が持ってきた昨日の費用を書いた請求書を見て、内海じいさんは顔がさらに暗くなった。「まだ何日も経っていないだろう、払ったお金がまた足りなくなったか」彼は子供たちに言いだした。「一人ずついくら出すかちょっと相談してみて。お金が集まったら、早く明日の費用を払ってこい。また催促されるだろう」「父さん、母さんとの貯金はもう足りなくなった?」内海家の長男が口を開けた。内海じいさんはぎろりと彼を睨んだ。「なんだ、金を出すのが嫌だってか?いくらも貯金があってももたないぞ。母さんが病気になってから、誰がお金を払ってくれたか、言ってみろよ。お前達をここまで育て、所帯を持たせて、一人前になるまでずっと手伝ってあげただろう。今母さんが病気になったら、医療費を出すのは当たり前のことじゃないか」長男は慌てて弁解した。「父さん、払わないとは言ってないよ。母さんの病気、今回全部でいくらかかるかわからないし、この数日、本当に水を流すようにお金を使っているから」彼らは今確かにそこそこ豊かな生活をしているが、母親の入院費がかなり負担になっていた。そのお金を払わなければならないと思って、長男は心が震えた。少し貧乏な生活をしても大したことじゃないが、病気になったら終わりだという言葉は確かに真理だった。「お前たちは本当に頼れないな。もしあの二人の小娘をちゃんと押えたら、今金を出す必要もなかったのに。文句があったらあの二人に言え。本当に金を出したくないなら、どんな手段だって使っていい、唯花に出させてやろう」二番目の孫は友人に頼んで内海唯花の近況を調べてみた。彼女は今星城高校の前に大きな本屋を開いていて、商
内海じいさんが唯一見えていたのは、最も重視していた二番目の孫が、ネット上の非難のせいで、会社に停職、謹慎の処分を受けたことだけだった。内海唯花の反撃が智文に停職を喰らわせるほど強力だとは思わなかった。智文は会社においては相当な重役で、社長と副社長を除いて、彼の上に立つ者はもういない状態だった。まさか本社からの一通の電話だけで、彼が停職処分にされてしまうとは。内海智文の年収は何千万円にもなる。「まだだよ。前に智文は上司を食事に招待して、神崎グループの社長の妹が智文を停職させるように要求したことで、会社からあんな処分を受けたことを知ったんだ。でも智文がクビにされるんじゃなくて、ただ一時休職するのにとどまれたのは、彼の能力が上に認められているからだ。まだどうにかできる余地がある」内海じいさんは心配そうに聞いた。「その社長の妹とやらは、どうして智文にそういうことをしたんだろうか。まさか唯花の小娘が見つけた後ろ盾じゃないのか」「そんなことないさ。彼女は東京で二番目の名家である神崎家のお嬢様だぞ。神崎家と言えば、結城家に負けないくらいの億万長者だ。そんな人物が唯花の後ろ盾になるわけないだろう。話題になった記事が神崎さんのゴシップ記事を押しのけたことに腹を立てたから、その怒りを智文にあてたんだろう」今では、二つのゴシップ記事は全部過ぎた事だから。神崎さんの怒りが収まったら、智文も会社に戻れるはずだ。「あの小娘のせいで、散々損したな。今はもう大丈夫だろう?」「完全に収まってはいないよ。ネットではまだ批判の声が絶えない状態だ」内海じいさんはまた内海唯花を罵倒した。「テレビ局に頼んで、ある番組が仲裁してくれるって言ったじゃないか。仲良くするふりをしてもいい、とりあえずやってみろ、これ以上子供たちの仕事の邪魔するわけにはいかない」内海唯花が反撃し始めてから、子供たちの仕事は全部影響を受けた。この期間失ったのは全部お金に換算できるのだ。あの日、彼は孫たちに内海唯花のところへ和解の話をしに行かせたが、うまくいかなかった。「智文に聞いてみる」次男は携帯を取り出して、内海智文に電話をかけた。内海ばあさんはまだICUにいて、子供たちの世話はまだ必要ないので、今病院にいるのは年長者だけで、若者たちは自分のことをそれぞれやっていた。内海智
神崎お嬢様は結城家の御曹司になかなかの執着を持っていた。せっかくその御曹司とのゴシップ記事がネット上で注目を集めたのに、彼らの記事に押しのけられて、虫の居所が悪くなったのだ。しかし、何が名家の令嬢だ。まるで今までの人生で全く男の人に会ったことがないようじゃないか!たった一人の男を追いかけるため、内海家を何度も酷い目に遭わせるなんて、本当に憎々しい女だ。しかし、彼ら内海家の人間が全員協力し合い、一つになって対抗しても、その憎々しい神崎お嬢様には歯が立たない。大都市に来て、今回のことがあり内海じいさんはようやく「上には上がある」という言葉を痛感した。彼の孫たちは確かに十分優秀な者たちだが、孫たちより何十倍もすごい人はもちろん存在しているのだ。「どうしてだ?前にちゃんと約束したじゃないか。父さんと伯父さんは台本も準備していたぞ。仲裁してもらう時に一芝居打って、俺らが本当に改心したと思わせる手筈だったのに。そうしておいて、もし唯花が和解してくれなければ、あちらが理不尽な態度をとる立場になるわけだ。それなのに、取り消しだと?」内海家の長男も慌てて聞いた。「智文何て言ったんだ?テレビ局が手伝ってくれなくなったのか」その後、内海智文にまた何か言われて、内海家の次男は仕方がない様子で電話を切り、兄に返事した。「どの局もこの件を受けられないと言った。しょうがない、厚かましいと思うが、何回も頼みに行くしかないだろう。前に智明が弟たちを連れて行ったが、まだ若いだろう、相手が少し棘を感じてしまう態度を取ったのかも。一番下の子が唯花の店を潰すなんて言い出したし、これは和解をしに行ったんじゃなく、火に油を注いだんだ。兄さん、皆と相談して、大人の俺たちが唯花に直接謝りに行って、ブログに書いた記事を削除するように説得した方がいいんじゃないか?彼女がそれを削除してから、俺たちはネット上にもう和解したと明言するのが一番いい解決策だ。そうしない限り、この渦から抜け出すことができないよ」ネットの力は彼らの認識を超え、コントロールできないものになっていた。ああ、もし早くこうなると知っていたら、彼らは最初からこんな手は使わなかっただろうに。直接内海唯花の店に行き、お金を出してもらうように頼んだほうがマシだった。「そうするしかないね」内海家の人間が再び唯花に和解の
「結城さん、今会社の下にいるよ、まだ昼休みの時間じゃないの?うちの店で一緒にご飯を食べようと思って、迎えに来たよ。びっくりした?嬉しい?」結城理仁「……」びっくりはした!だが、ちっとも嬉しくはない!飛ぶほどびっくりしなかったのは、彼が普通の人より冷静さを持っている人間だったおかげだ。「結城さん?」返事を聞かず、内海唯花はもう一度彼を呼んだ。結城理仁はネクタイを締めなおしながら、低い声で答えた。「もう昼休みの時間になったが、取引先がまだ帰ってない。しばらく商談が続くかも、まだ出られないんだ。先に帰っていいよ、こっちが終わったら店に行くよ」「まだどれくらいかかるの?車で来たんじゃなくて、タクシーで来たの。じゃ、少し会社の下で待ってるよ。仕事が終ったら一緒に行きましょう」結城理仁は腕時計を確認しながら言った。「会社の向こうにカフェがあるんだ。あそこで待っててくれ、俺は後で迎えに行く」内海唯花が振り向くと、そこにはカフェがあった。深く考えず、結城理仁の言うとおりにした。内海唯花が電話を切ると、結城理仁は思わずほっとした。万が一彼女がそのまま会社に入ってきたら、彼の正体がばれるんじゃないかと……内海唯花が迎えに来たので、応接室に戻った結城理仁はすぐ取引先との商談をまとめた。その後、スカイロイヤルホテルで顧客を食事に招待するよう、九条悟と重役たちに頼んだ。「結城社長はご一緒じゃないんですか」先方がこう声をかけてきた。「ちょっと急用があって、伊集院さんにお付き合いできず、すみません。今度時間があればぜひ、また一緒にお食事をしましょう」この日の大切な顧客は他でもない、A市の一番名門の伊集院家の御曹司、五男の伊集院善である。アバンダントグループは東京にも支社があるが、今まで結城グループと取引はしていなかった。アバンダントグループは東京に支社を設立しても気が利き、都内のマンモス企業の商売を横取りもせず、結城グループとビジネスは被っていなかった。今回、アバンダントグループの支社は大きなプロジェクトがあり、結城グループあるいは神崎グループとの提携を求めていた。二つのグループのどちらもアバンダントグループと提携したかったが、伊集院善自身も結城グループと提携して事業を進めようと思っていたので、家の当主と相談した結果
カフェで結城理仁を待っている内海唯花は、何も注文せず座っているのはよくないと思って、テイクアウトでミルクティーを二杯注文した。ドアの近くの席に腰をかけていたので、結城理仁の車が出てくるとすぐにわかった。彼女はミルクティーを持ち、店を出た。顔に自然と笑みが浮んで、結城理仁に手を振った。車が彼女の前まで走ってきて、ちょうど止まった。内海唯花は助手席のドアを開け、車に乗り込んだ。彼女がしっかりシートベルトを締めると、結城理仁は再び車を走らせた。「どうしてマスク付けてるの?しかも黒いの」内海唯花はさりげなく聞いた。結城理仁は何も言わずマスクを外した。もう会社から離れて、誰かに見られることを心配しなくてもいいからだ。彼本人を直接見たことがある人はそう多くないが、気をつけるのに越したことはない。結城理仁はそれについて何も言わなかったが、内海唯花はそれ以上詮索せず、話題を変えた。「ミルクティー飲む?結城さんの分も買ったんだよ。私は先に飲むね、飲み終わったら私が代わって運転するわ。そうしたら、結城さんも飲めるでしょ」「ありがとう、でも俺はいらないよ」結城理仁は今までミルクティーを飲んだことがないのだ。「じゃ、帰って明凛にあげる。彼女はミルクティーがとても好きなの。毎日の午後、テイクアウトで何種類かお菓子とミルクティーを頼んでいるんだ」「女の子の方はミルクティーが好きかもしれないな。俺は飲まないし、好きもなれないんだ」内海唯花はミルクティーを飲みながら返事した。「私もあまり飲まないよ。飲み過ぎると体に良くないからね」明凛がミルクティーを頼む時、彼女はいつもフルーツジュースを注文するのだ。「今日はどうして俺を迎えに来たんだ?」結城理仁は優しく落ち着いた声で聞いた。「来る前に電話ぐらい寄越したら?もし会社にいなかったら、無駄足になるよ」今日の予定で、ちょうど昼に彼が会社にいたのは幸いだ。いつもなら、この時間になると、彼はほとんど会社にいないのだ。「昼ご飯の時間でも商談するの?」結城理仁はうんと返事した。「大体のビジネスは食事しながら商談をするから」内海唯花は頷いた。「じゃ、今度は電話をかけることにする。サプライズして喜ばせようと思ったけど、逆にびっくりさせたね、ごめんなさい。お姉ちゃんが仕事を探し
「そういえば、話したいことがあるの」内海唯花は話題を変えた。彼女の相変わらずのはつらつとした声を聞いて、結城理仁は彼女がさっきの沈黙に何の不満も抱いてないことがわかった。彼女のその怒りのない様子に、なぜだか結城理仁はもやもやした。「なんだ?」「おばあちゃんが週末の二日間うちに泊まりたいって言ってたわ。先に結城さんの許可を得るように頼まれたの。おばあちゃんの実の孫だから、同意しないわけじゃないでしょ」結城おばあさんは夫婦の邪魔になるのを恐れているに違いない。それはおばあさんの考えすぎだ。そもそも夫婦の邪魔になるわけがない、本当の夫婦じゃあるまいし。二人は昼間各々の仕事をしている。夜になると、二人とも自分の部屋で寝るのだ。用事がある時だけ少し会話を交わすようなもので、普段一緒に世間話をしながら暇をつぶすこともあまりないのだ。前に、スピード婚をするうえで、この婚姻はただルームメイトと一緒に同じ屋根の下で生活するようなものに過ぎないと思っていた。今は本当にその通りになっていた。内海唯花は確かに結城理仁に少し好感を抱いてこの先のことを期待していたが、ただ自分が迎えに来るだけで、彼を沈黙させるほど不愉快にさせるのに気がついて、彼女はその好感が生まれそうな芽を摘んだ。やはり契約書の通りに暮らしたほうがいい。五か月後、また独身に戻るまでだ。結城理仁は確かに祖母に来てほしくないのだ。おばあさんはずる賢い狐のように、よく孫たちに罠を仕掛けてくる。おばあさんは彼と内海唯花がただ夫婦のふりをしているだけだとを知っていたのだ。もし家に来たら、使える手を全部使って二人を同じベッドに送ろうとするに違いない。「週末でもそれぞれやることがあるだろう、ばあちゃんと一緒にいる時間はあまりないと思うけど。うちに来るより実家にいた方がいい、父さんと母さんはすでに退職してるから、ずっとばあちゃんの傍にいられるんだ」結城理仁の話を聞きながら、内海唯花は首を傾げ、彼を見つめた。どうりで、おばあさんは絶対彼の同意を得る必要があると、勝手に決めちゃいけないと何回も注意してきたわけだ。この人は本当に祖母に来てほしくないのだ。「おばあちゃんに泊まりに来てほしくないの?長くいるわけじゃないし、二日間だけよ。来ても午後に着くっておばあちゃ
彼とは、まったく話ができない。内海唯花はこれ以上何も言わず、ただ大人しく助手席に座って黙って、外の景色を眺めた。店に戻ると、佐々木唯月も戻ってきた。「お姉ちゃん」内海唯花は車を降り、姉を呼んだ。佐々木唯月は振り向いて、妹夫婦を見ると、ふっくらした顔に笑顔を浮かべながら聞いた。「結城さんとどこへ行ってきたの?」「一緒にご飯を食べるために、会社まで迎えに行ったのよ。お姉ちゃんは?仕事が見つかった?」結城理仁も車を降りると、佐々木唯月に挨拶した。佐々木唯月は笑って彼に会釈し、妹が仕事について聞くと、顔色を曇らせた。彼女は力なく首を横に振って言った。「まだよ。履歴書いっぱい出したけど、まだ返事がないか、そのまま断られるかの二択ね」途中で少し言い淀んで、また口を開けた。「私に2歳の子供がいるのを知って、子供がまだ小さいから、手を焼くことが多くて、絶対仕事に集中できないって言い張ったの。本当にムカつく。子供がいる母親が仕事に専念できないって誰が言ったのよ。子供の世話をする人がいて、私はちゃんと仕事をこなせるって言っても、相手は全く聞く耳を持たなかったの。いつから子持ちの女性が就職するのに差別されるようになったの?」佐々木唯月は午前中ずっと就活していたが、疲れた体とお腹が空いた以外、何も得られなかった。佐々木俊介と離婚したらまともに生活できるかという夫の家族に罵られた言葉を思わず思い出した。これは三年間のブランクだった。取柄がない以上、彼女が好きなように会社を選べるわけじゃなく、会社に選ばれる状態なのだ。また経理部長の仕事ができると思っていたが、今の状況からみると、どんな仕事も関係なく、仕事がもらえるだけで幸運だということだ。「お姉ちゃん、大丈夫だよ、焦らずゆっくり探せばいいの。きっといい仕事が見つかるから」内海唯花は姉を慰めながら、彼女の腕を組んで店に入った。「先にご飯を食べて、休憩して、午後になったらまた探しに行こう。ネットで履歴書を出してみてもいいと思うよ。面接のお知らせが来たらまた出かけるの」「ネットにも出したのよ、でも面接の連絡はいまいちなの」職場復帰に自信を持っていた佐々木唯月は、午前の成果のなさのせいで、急に自信がなくなってきた。もしかしたら、経理の仕事だけではなく、他の仕事も視野に入れ
食事を終えた後、佐々木唯月は家に帰って休むと言った。午前中ずっと仕事探しをしていて、とても疲れていたのだ。仕事も見つからなかったし、それにショックも受けていた。家に帰ったら、もう少し自分の要求を低くして履歴書を書かなければならなかった。それで仕事が見つかるかやってみよう。「お姉ちゃん、家まで送るよ」妹に言われて佐々木唯月は妹の夫を見た。結城理仁はタイミングよく言った。「義姉さん、私は会社に戻ります」「ええ、気をつけてね」佐々木唯月はそう彼に言い、彼が去った後、まだ寝ている息子を抱き上げて妹の車に乗った。「結城さんが昼ご飯を食べる時間がそんなにないなら、会社までご飯を届けてあげたらいいわ。わざわざここまで来てまた行くのは昼休憩ができなくなるから」「わかった」内海唯花は車を出した。彼女はもう二度と結城グループには行かない。この言葉は言わなかった。姉に叱られるからだ。姉は明らかに妹の夫を気に入り認めていた。結城理仁が会社に戻った頃にはもう仕事開始の時間になっていた。エレベーターを出てすぐアシスタントの一人が彼を見て恭しく言った。「結城社長、九条さんがお待ちですよ」結城理仁は頷き、どっしりとした歩みでオフィスへと向かった。それと同時にそのアシスタントに「コーヒーを頼む。何も入れないでくれ」と言った。彼はブラックコーヒーを好む。彼はそれを聞いてすぐ反応して言った。「社長は午後、コーヒーをお飲みにならないのでは?」結城理仁は普通、朝一杯のコーヒーを飲めば、一日中目は冴えている。もし午後にまた一杯飲めば、夜はもう寝られなくなるのだ。だから、彼は午後にはコーヒーを飲まない。結城理仁が何も答えなかったので、アシスタントはそれ以上は何も言えなかった。理仁がオフィスに入った後、彼は急いでコーヒーを入れに行った。ドアを開けて入ると、九条悟が望遠鏡を持って窓から何かを見ているようだった。結城理仁は顔を曇らせ、大股で彼に近づくとその望遠鏡を奪い取った。「勝手に俺の物に触るな」「なんだ、なんだ、落ち着かない様子だな」九条悟はからかって言った。「君がデスクの上に置きっぱなしにしてたから、ちょっと借りて外を見てただけだよ」二人はデスクの前に座り、結城理仁は望遠鏡を置いた。「昼、奥様は来たか?」「悟、お前は
その時、聞いていて我慢できなくなった人が英子に反論してきた。「そうだ、そうだ。自分だって女のくせに、あんなふうに内海さんに言うなんて。内海さんがやったことは正しいぞ。内海さん、私たちはあなたの味方です!」「こんな最低な義姉がいたなんてね。元旦那が浮気したから離婚したのは言うまでもないけど、もし浮気してなくたって、さっさと離婚したほうがいいわ、こんな最低な人たちとはね。遠く離れて関わらないほうがいいに決まってる」野次馬たちはそれぞれ英子を責め始めた。そのせいで英子は怒りを溜め顔を真っ赤にさせ、また血の気を引かせた。唯月が彼女に恥をかかせたと思っていた。そして彼女は突然、力いっぱい唯月が支えていたバイクを押した。バイクは今タイヤの空気が抜けているから、唯月がバイクを押すのも力を入れる必要があった。それなのに英子が突然押してきたので、唯月はバイクを支えることができず、一緒に地面に倒れ込んでしまった。「金を返せ。あんたのじいさんがお母さんから金を受け取ったのを認めないんだよ。じいさんの借金は孫であるあんたが返せ、さっさとお母さんに金を払うんだよ」英子はバイクと一緒に唯月を地面に倒したのに、それでも気が収まらず、彼女が持っていたかばんを振り回して力を込めて唯月を叩いた。さらには足も使い、立て続けに唯月を蹴ってきた。唯月はバイクを放っておいて、立ち上がり乱暴に英子からそのかばんを奪い、狂ったように英子を殴り返した。彼女は英子に対する恨みが積もるに積もっていた。本来離婚して、今ではもう佐々木家とは赤の他人に戻ったので、ムカつくこの佐々木家の人間のことを忘れて自分の人生を送りたいと思っていた。それなのに英子は人を馬鹿にするにも程があるだろう、わざわざ問題を引き起こすような真似をしてきた。こんなふうに過激な態度に出れば、善悪をひっくり返せるとでも思っているのか?この間、唯月と英子は殴り合いの喧嘩をし、その時は英子が唯月に完敗した。今日また二人が殴り合いになったが、佐々木母はもちろん自分の娘に加勢してきた。この親子は手を組んで、唯月を二対一でいじめてきたのだ。「警察、早く警察に通報して!」その時、誰かが叫んだ。「すみません警備員さん、こっちに来て喧嘩を止めてちょうだい。この女二人がうちの会社まできて社員をいじめてるんです」
唯月がその相手を見るまでもなく、誰なのかわかった。その声を彼女はよく知っている。それは佐々木英子、あのクズな元義姉だ。佐々木母は娘を連れて東グループまで来ていた。しかし、唯月は昼は外で食事しておらず、会社の食堂で済ませると、そのままオフィスに戻ってデスクにうつ伏せて少し昼寝をした。それから午後は引き続き仕事をし、この日は全く外に出ることはなかったのだ。だからこの親子二人は会社の入り口で唯月が出てくるのを、午後ずっとまだか、まだかと待っていたのだ。だから相当に頭に来ていた。やっとのことで唯月が会社から出てきたのを見つけ、英子の怒りは頂点に達した。それで会社に出入りする多くの人などお構いなしに、大声で怒鳴り多くの人にじろじろと見られていた。物好きな者は足を止めて野次馬になっていた。唯月はただの財務部の職員であるだけだが、東社長自ら採用をしたことで会社では有名だった。財務部長ですら、自分の地位が脅かされるのではないかと不安に思っていた。唯月は以前、財務部長をしていたそうだし。上司は唯月を警戒せずにいられなかった。さらに、唯月が東社長に採用されことで、上司は必要以上に彼女のことを警戒していたのだ。唯月は彼女にとって目の上のたんこぶと言ってもいい。周りからわかるように唯月を会社から追い出すことはできないから、こそこそと汚い手を使っていた。財務部職員によると、唯月は何度も上司から嫌がらせを受け、はめられようとしていたらしい。しかし、彼女は以前この財務という仕事をやっていて経験豊富だったので、上司の嫌がらせを上手に避けて、その策略に、はまってしまうことはなかった。「あなた達、何しに来たの?」唯月は立ち止まった。そうしたいわけじゃなく、足を止めるしかなかったのだ。元義母と元義姉が彼女の前に立ちはだかり、バイクを押して行こうとした彼女を妨害したのだ。「私らがどうしてここに来たのかは、あんた、自分の胸に聞いてみることだね。うちの弟の家をめちゃくちゃに壊しやがって、弁償しろ!もし内装費を弁償しないと言うなら、裁判を起こしてやるからね!」英子は金切り声で騒ぎ立て、多くの人が足を止めて野次馬になり、人だかりができてきた。彼女はわざと大きな声で唯月がやったことを周りに広めるつもりなのだ。「あなた方の会社の社員、ええ、内海唯
「伯母さんはあなた達が簡単にやられてばかりな子たちだとは思っていないわ。ただ妹のためにも、あの人たちをギャフンと言わせてやりたいのよ」唯花はそれを聞いて、何も言わなかった。それから伯母と姪は午後ずっと話をしていた。夕方五時、詩乃はどうしても唯花と一緒に東グループに唯月を迎えに行くと言ってきかなかった。唯花は彼女のやりたいようにさせてあげるしかなかった。そして、唯花は車に陽を乗せ自分で運転し、神崎詩乃たち一行と颯爽と東グループへと向かっていった。明凛と清水は彼らにはついて行かなかった。途中まで来て、唯花は突然おばあさんのことを思い出した。確か午後ずっとおばあさんの姿を見ていない。唯花はこの時、急いでおばあさんに電話をかけた。おばあさんが電話に出ると、唯花は尋ねた。「おばあちゃん、午後は一体どこにいたの?」「私はそこら辺を適当にぶらぶらしてたの。仕事が終わって帰るの?今からタクシーで帰るわ」実はおばあさんはずっと隣のお店の高橋のところにいたのだった。彼女は唯花たちの前に顔を出すことができなかったのだ。神崎夫人に見られたら終わりだ。「おばあちゃん、私と神崎夫人のDNA鑑定結果がでたの。私たち血縁関係があったわ。それで伯母さんが私とお姉ちゃんを連れて一緒に神崎さんの家でご飯を食べようって、だから今陽ちゃんを連れてお姉ちゃんを迎えに行くところなの。おばあちゃんと清水さんは先に家に帰っててね」「本当に?唯花ちゃん、伯母さんが見つかって良かったわね」おばあさんはまず唯花を祝福してまた言った。「私と清水さんのことは心配しないで。辰巳に仕事が終わったら迎えに来てもらうから。あなたは伯母さんのお家でゆっくりしていらっしゃい。彼女は数十年も家族を捜していたのでしょう。それはとても大変なことだわ。伯母さんのお家に一晩いても大丈夫よ。私に一声かけてくれるだけでいいからね」唯花は笑って言った。「わかったわ。もし伯母さんの家に泊まることになったら、おばあちゃんに教えるわね」通話を終えて、唯花は一人で呟いた。「午後ずっと見なかったと思ったら、また一人でぶらぶらどこかに出かけてたのね」年を取ってくると、どうやら子供に戻るらしい。そして唯月のほうは、妹からのメッセージを受け取り、彼女たちが神崎夫人と伯母と姪の関係で
昔の古い人間はみんなこのような考え方を持っている。財産は息子や男の孫に与え、女ならいつかお嫁に行ってしまって他人の家の人間になるから、財産は譲らないという考え方だ。息子がいない家庭であれば、その親族たちがみんな彼らの財産を狙っているのだ。跡取り息子のいない家を食いつぶそうとしている。それで多くの人が自分が努力して作り上げた財産を苗字の違う余所者に継承したがらず、なんとかして息子を産もうとするのだった。「二番目の従兄って、内海智文とかいう?」詩乃は内海智文には覚えがあった。主に彼が神崎グループの子会社で管理職をしていて、年収は二千万円あったからだ。彼女たち神崎グループからそんなに多くの給料をもらっておいて、彼女の姪にひどい仕打ちをしたのだ。しかもぬけぬけと彼女の妹の家までも奪っているのだから、智文に対する印象は完全に地の底に落ちてしまった。後で息子に言って内海智文を地獄の底まで叩き落とし、街中で物乞いですらできなくさせてやろう。「彼です。うちの祖父母が一番可愛がっている孫なんですよ。彼が私たち孫の中では一番出来の良い人間だと思ってるんです。だからあの人たちは勝手に智文を内海家の跡取りにさせて、私の親が残してくれた家までもあいつに受け継がせたんです。正月が過ぎたら、姉と一緒に時間を作って、故郷に戻って両親が残してくれた家を取り戻します。家を売ったとしても、あいつらにはあげません!」そうなれば裁判に持っていく。今はもうすぐ年越しであるし、姉が離婚したばかりだから、唯花はまだ何も行動を起こしていないのだ。彼女の両親が残した家は、90年代初期に建てられたものだ。実際、家自体はそんなにお金の価値があるものではないが、土地はかなりの値段がつく。彼女の家は一般的な一軒家の坪数よりも多く敷地面積は100坪ほどあるのだ。彼女の両親がまだ生きていた頃、他所の家と土地を交換し合って、少しずつ敷地面積を増やしていき、ようやく100坪近くある大きな土地を手に入れたのだった。母親は、彼女たち姉妹に大人になって自立できるようになったら、この土地を二つに分けて姉妹それぞれで家を建て、隣同士で暮らしお互いに助け合って生きていくように言っていたのだ。「まったく人を欺くにも甚だしいこと。妹の財産をその娘たちが受け継げなくて、妹の甥っ子が資格を持っ
姫華は唯花たちが引っ越し作業を終えてから、ようやく自分がそんなに面白いことを逃したのだと知ったのだった。だから彼女は明凛と唯花に不満を持っていた。明凛は唯花に姫華にも教えるよう言ったが、唯花が彼女はお嬢様だから家をめちゃくちゃにするという乱暴なシーンは見せたくないと思い姫華には伝えなかったのだ。確かに姫華は名家の令嬢であるが、神崎姫華だぞ。神崎姫華は星城の上流社会ではあまり評判が良くない。他人が彼女のことを横暴でわがまま、理屈が通じないというくらいなのだから、そんな彼女が家を壊すくらいのシーンで音を上げるとでも?逆に、彼女自身も機嫌が悪い時にはハチャメチャなことをしでかすというのに。「姉がもらうべき分はしっかりと財産分与させました。ただ内装費に関しては佐々木家が拒否したので、私たちが人を雇ってその内装を全て剥がしたんです」詩乃はそれを聞いて「それはそうすべきよ。どうして佐々木家においしい思いをさせる必要なんてあるかしら」と唯花たちの行動を当たり前だと言った。そして最後にまた残念そうにこう言った。「もし伯母さんが知っていれば、あなた達の家族として、大勢で彼らのところまで押しかけて内装費を意地でも出させてあげたものを。これは正当な権利よ」この時、唯花はふいに姫華の性格は完全に母親譲りなのだと悟った。「唯花ちゃん、もうちょっとしたらお店を閉めて私たちと一緒に神崎家に帰りましょう。家族みんなで食事をするの。そうだ、あなたの旦那さんはお時間があるのかしら?彼も一緒にいらっしゃいよ」唯花は「夫は今日出張に行ったばかりなんです。たぶん暫くの間帰ってきません。彼が帰ってきたら、一緒に詩乃伯母さんのお宅にお邪魔します」と返事した。「出張に行ってらっしゃるのね。なら、彼が帰って来てからお会いしましょう」詩乃はすぐに姪の夫に会えなくても特に気にしていなかった。彼女にとって、二人の姪のほうが重要だったからだ。今、彼女は姪を見つけることができて、姪二人にはこの神崎詩乃という後ろ盾もできた。ちょうど唯花に代わってその夫が頼りになる人物なのか見極めることができよう。「あなたのお姉さんは五時半にお仕事が終わるのよね?」「ええ」神崎夫人は時間を見て言った。「お姉さんはどこで働いていらっしゃるの?」「東グループです」神崎夫人は「そ
姫華は父親である神崎航と一緒に母親を気にかけていたので、理紗が忘れずにこの鑑定結果を持ってきたのだった。唯花は理紗から渡された鑑定結果を受け取って見た。彼女はその結果を見た後、少しの間沈黙してからそれをテーブルの上に置いた。「唯花ちゃん、あなたは私の姪よ。私のことは詩乃伯母さんって呼んでね」今世では妹と再会を果たすことはできなかったが、妹の娘である二人の姪を見つけることができただけでも、神崎詩乃(かんざき しの)にとっては一種の慰めになった。彼女は唯花の手をとり、自分のことを「詩乃伯母さん」と呼ばせた。「唯月ちゃんは?それから陽ちゃんも」神崎詩乃はもう一人の姪のことも忘れていなかった。「姉は昼にはここへは来ないんです。夕方五時半に退勤したら帰ってきますよ」唯花はそう説明して、明凛のほうを見た。明凛が陽を抱っこして近づいて来て、唯花が彼を抱っこした。「神崎おば様……」唯花がそう言うと、詩乃は言った。「唯花ちゃん、私のことは詩乃伯母さんって呼んでね。私はずっとあなた達を見つけられるのを夢見ていたのよ。ようやく見つけたんだから、そんな距離感のある言い方で呼ばれると寂しいわ」唯花は少し黙った後「詩乃伯母さん」と言い直した。DNA鑑定結果はもう出てきたのだ。彼女が神崎詩乃の血縁者であることが証明されたのだから、神崎夫人はまさに彼女の伯母にあたるのだ。本当にまるでドラマのようだ。詩乃は唯花に詩乃伯母さんと呼ばれて、目をまた赤くさせた。そして姫華がこの時急いで言った。「お母さんったら、もう泣かないで。陽ちゃんもいるのよ、お母さんが泣いたりしたら、陽ちゃんを驚かせちゃうでしょ」明凛と清水はみんなにお茶とフルーツを持ってやってきた。詩乃は陽を抱っこしたいと思っていたが、陽のほうはそれを嫌がり、背中を向けて唯花の首にしっかりと抱きついた。「陽ちゃん、こちらはおばあちゃんのお姉さんなのよ」詩乃は立ち上がって、陽をなだめようとした。「いらっしゃい、おばあちゃんが抱っこしてあげる、ね」しかし陽は彼女の手を振り払い「やだ、やだ、おばたんがいいの」と叫んだ。詩乃は陽が過剰な反応をしたのを見て、諦めるしかなかった。そして少し前の出来事を思い出し、彼女はまた容赦なくこう言った。「あの最低な一家が、陽ちゃんにショックを
数台の高級車が遠くからやって来て、星城高校の前を通り過ぎ、唯花の本屋の前に止まった。隣の高橋の店で暇だからおしゃべりをしていた結城おばあさんが、道のほうに目を向けると数台の高級車がやって来ていた。そしてすぐに顔をくるりと元の位置に戻し、わざと頭を低くした。あの数台の車から降りてきた人に見られないようにしたのだ。「唯花、唯花」姫華が車から降りて、唯花の名前を呼びながら店の中へと小走りに入ってきた。その時は隣の店でおしゃべりしていた結城おばあさんを全く気にも留めていなかった。その後ろの車から降りてきた神崎夫人の夫の神崎航がボロボロに泣いている妻を支えながら、娘の後ろに続いて店の中に入ってきた。理紗はボディーガードたちに入り口で待機するように伝え、それから彼女も店の中へと入ってきた。唯花は三分の一ほどビーズ細工のインコを作り終えたところで、姫華に呼ばれる声を聞き、その手を止めて姫華のほうへ視線を向けた。「姫華、来たのね。ご飯は食べた?もしまだなら……」その時、神崎夫人が夫に支えられて入ってきて、夫人が涙で顔を濡らしているのを見て、唯花は状況を理解した。神崎夫人はDNA鑑定の結果を手にしたのだ。神崎夫人のその顔を見れば、聞くまでもなく彼女と神崎夫人には血縁関係があるのだということがわかった。「唯花ちゃん――」神崎夫人は急ぎ足で、レジ台をぐるりを回って彼女のもとへとやって来て、唯花を懐に抱きしめ泣きながら言った。「伯母さんにもっと早く見つけさせてよ――」彼女はそれ以上他に言葉が出てこないらしく、ただ唯花を抱きしめて泣き続けた。唯花は彼女に慰める言葉をかけたかったが、自分もこの時何も言葉が出せなかった。「私の可哀想な妹――」神崎夫人は妹がすでに他界していることを思い、また大泣きした。唯花は彼女と一緒に涙を流した。明凛は陽を抱っこして清水と一緒に遠くからそれを見守っていた。陽は全くどういうことなのかわかっていない様子だった。姫華と理紗も目を真っ赤にさせていた。神崎航がやって来て、妻を唯花から離し、優しい声で慰めた。「泣かないで、姪っ子さんが見つかったんだ、良かったじゃないか。私たちは喜ぶべきだろう。そんなふうにずっと泣いてないで、ね」神崎夫人は夫に支えられて椅子に腰かけた。妹の不幸な境遇と、二人の
「内海のクソじじい、あんたはしっかり私から百二十万受け取っただろうが。現金であげただろう、あれは私がずっと貯めていたへそくりだったんだよ。あの金を受け取る時にあんたは唯花を説得してみせると豪語してたじゃないか。それがあんたは何もできずに、うちの息子はやっぱり唯月と離婚してしまったんだぞ。だからさっさと金を返すんだよ。じゃないと本気で警察に通報するわよ」佐々木母は内海じいさんがどうしても認めようとしないので、怒りで顔を真っ赤にさせていた。内海じいさんは冷たい顔で言った。「もし通報するってんなら、通報すりゃええだろ。俺がそんなことを怖がるとでも思ってんのか。俺はお前から金を受け取ってないし、もし受け取っていたとしてもそれが何だって言うんだ?それは唯月が結婚した時の結納金の補填だろう。うちの孫娘がお宅の息子と結婚する時に一円も出しゃあしなかったくせによ。結納金に代わって百万ちょいの補填だけで済んだんだぞ。お宅にも娘がいるだろ。その娘が結婚する時に一円も結納金を受け取らずにタダで娘を婿側に送ったのか?」佐々木母はそれを聞いて腹を立てて言った。「なにが結納金だ、お前は唯月を育ててきたのか?そうじゃないくせに結納金を受け取る資格があんたにあるとでも?彼らはもう離婚したってのに、馬鹿みたいにあんたらに結納金を今更補填してあげるわけないでしょうが。さっさと金を返すんだよ!」「金なんかねえ。命ならあるけどな。それでいいなら持って行くがいい」内海じいさんは、もはやこの世に何も恐れるものなど何もないといった様子で、佐々木母はあまりの怒りで彼に飛びかかって引き裂いてやりたいくらいだった。そこに英子が母親を引き留めた。「お母さん、あいつに触っちゃダメよ。あいつはあの年齢だし、床に寝転がりでもされちゃったら、私たちが責任を追及されちゃうわよ」「ああ、じいさんや、私はすごくきついよ。もう息もできないくらいさ。こいつらがここで大騒ぎしたせいで私まで気分が悪くなってきたみたいだ。死にそうだよ……」病床に寝ていたおばあさんが突然、気分が悪そうな様子で胸元を押さえて荒い呼吸をし始めた。内海じいさんはすぐにナースコールを押して、医者と看護師に来るように伝えた。そして、佐々木母たち三人に向って容赦なく言った。「もしうちのばあさんがお前らのせいで体調を悪化させた
唯花は笑って言った。「姫華が言ってたの、九条さんって情報一家らしいわ。彼と一緒にいたら、ありとあらゆる噂話が聞けるわよ。あなたって一番こういうのに興味があるでしょ。九条さんってまさにあなたのために生まれてきたみたいな人だわ、あなた達二人とってもお似合いだと思うけど」明凛「……」彼女が彼氏を探しているのは、結婚したいからなのか、それとも噂話を聞くためなのか。「そういえば、お姉さんの元旦那のあの一家がまた来たって?」明凛は急いで話題を変えた。親友に自分の噂話など提供したくないのだ。「お姉ちゃんと佐々木のクソ野郎が離婚して、お姉ちゃんがあの家から出て行ったでしょ。あいつらは待ってましたと言わんばかりに引っ越して来ようとしてたわけ。だけど、今は部屋を借りるかホテル暮らしするか、はたまた実家に帰るしかなくなったでしょ。あの一家は絶対市内で年越ししたいと思ってるはずよ。実家には帰らないでしょうね」佐々木一家は絶対に実家のご近所たちに、年越しは市内でするんだと言いふらしていたはずだ。だから、住む家がなくとも、彼ら一家は部屋を借りるまでしてでも、市内で正月を迎えようとするに決まっている。唯花は幽体離脱でもして佐々木家に向かい、彼らの様子を見てみたいくらいだった。「あの人たち、家の内装がなくなってめちゃくちゃになった部屋を見て、きっと大喜びして失神したことでしょうね」唯花はハハハと大笑いした。「そりゃそうね」唯花が今どんな状況なのか興味を持っている佐々木家はというと、この時、すでに内海じいさんがいる病院までやって来ていた。内海ばあさんは術後回復はなかなか順調で、もう少しすれば退院して家で休養できるのだった。佐々木母は娘とその婿を連れて病室に勢いよく入っていった。佐々木父は来たくなかったので、ホテルに残って三人の孫たちを見ていた。ただ佐々木父は恥をかきたくなかったのだ。「このクソじじい」佐々木母は病室に勢いよく入って来ると、大声でそう叫んだ。内海じいさんは彼女が娘とその婿を連れて入ってきたのを見て、不機嫌そうに眉をしかめた。彼の息子や孫たちはどこに行ったのだ?誰もこの狂ったクソババアを止めに入りやしないじゃないか。「これは親戚の佐々木さんじゃないですか、うちのばあさんはまだ病気なんで、静かにしてもら